第15話:離れていく未来
吐く息が白くなり始めた頃、文化祭の喧騒もすっかり過去のものになっていた。
あの時以来俺は放課後もほのかと一緒にいる事が増えた。
彼女と一緒に下校するのが当たり前になって、俺の毎日は静かに変わっていった。
相変わらず彼女以外には心を開く事は難しいが、今はそれでいいと思ってる。
ほのかがいれば、俺の世界は壊れずに済んだ。
そんなある日、学校では受験に向けての最後の成績表が配布された。
常に勉強し続けている俺の成績は悪くない。
これならば目指している医大も余裕でいけると確信していた。
その日の帰り、俺はほのかといつものように下校しながら話は成績表の事になっていた。
「拓人くんの成績表見たいな」
そんなほのかの言葉に俺はカバンから取り出すとさっと渡す。
自画自賛にはなるが人に見せても悪くない評価だ。
案の定ほのかは俺の成績表を見ると「へえぇ」とか「ほおぉ」とか唸り出した。
成績表なんて親以外に初めて見せたけど、意外と悪くない気持ちだ。
「ほのかのも見せてよ」
俺のだけ見るなんてずるい。
俺だって他人の成績表を見てみたい。
ほのかにねだってみると、彼女は恥ずかしそうにカバンから取り出して渡してきた。
そんなに自信がないのだろうか。
俺は宝箱を開けるように気持ちを踊らせながら開いてみた。
——なぜ恥ずかしがるのか分からないほどの好成績だ
俺と比べると少しだけ差はあるけど、それでも普通なら妬まれるくらいの数字が並んでいる。
実は彼女は頭が良かったらしい。
「これなら確実にいい大学行けるじゃん」
妬みの宝庫になる紙を返すと彼女はカバンにしまいながらなぜか寂しそうな顔をした。
なぜそんな顔をするんだ。
何も言わなくなった彼女の横を他の生徒達が騒ぎながら追い越していく。
「……私ね、海外に留学するつもりなんだ」
その一言が、冬の冷たい風よりも冷たく胸に刺さった。
なんだそれ。
せっかく仲良くなれたというのに。
一緒にいられる時間はあとほんの数ヶ月しかない。
「夏の間に色々準備しててね
あとは願書を送るだけなの」
微笑みながら言う彼女の顔を俺は見れなかった。
せっかくできた唯一の友達。
学校を卒業してもこの間柄は続いていくと思っていた。
それなのに——
「そっか
海外だと日本語なんて忘れちゃうかもな」
俺は自分の気持ちを隠すように冗談を言った。
彼女がどんな顔をしているかなんて分からない。
きっと今見たら俺は彼女に行かないように懇願してしまう。
だから俺はただ真っ直ぐ前だけを見ていた。
「そうだね
忘れないように時々日本に電話でもしないと」
あははと笑う彼女。
その電話を俺にしてくればいい、などというカッコいい事は言えず。
俺達は微妙な雰囲気のまま帰路に着いていた。
モヤモヤした気持ちのまま自宅に着く。
頭の整理が追いつかない。
別に俺に彼女を止める権利はない。
でも素直に彼女が海外に行く事を受け止める事ができず。
着ていたブレザーを半ばヤケクソにベッドに投げた時、急にズボンのポケットで電話が鳴った。
ほのかが帰りの妙な雰囲気の事について電話をしてきたんだろうと思い、俺は少しにやけながらスマホを手に取った。
——着信相手は母親だった。
名前を見ただけで、胸の奥に沈めていた嫌悪感が一気に浮かび上がる。
いつもの家族の状況報告か。
そんなものは今はいらない。
俺はもう新しい道を見つけたのだから。
面倒臭いと思いながらも電話に出る。
耳に馴染んだ、少し甲高い声が響く。
今まではそれが不快だったが、今は少しだけ心に余裕ができる。
「何?」
俺は一言だけ返す。
『あんたの成績表が届いたのよ
それを見てお父さんが次の三者面談に行くって言っててね』
その言葉に俺の体が固まる。
今まで全く俺の学校生活に興味がなかったやつが一体何の用だ。
親父の目的が何なのか分からず、母親の話など頭に入らないまま気づけば俺は電話を切っていた。
冬の闇に包まれた窓の外を、車のライトだけが静かに流れていった。
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