第11話:止まっていた時間
次の日の昼休み。
拓人は図書館裏に来なかった。
昼休みが終わるギリギリまでお弁当箱を抱えて待ってはいたけれど彼が姿を現す事がなかった。
やっぱり昨日の事を怒っているんだろうか。
それとも彼に何かあったのだろうか。
スマホを開いて、メッセージの入力欄に指をかける。
けれど、送信ボタンを押すことができなかった。
——もしこの一言で、彼に嫌われたらどうしよう。
そう思うと、指が震えて動かなかった。
次の日も、その次の日も私は昼休みに図書館裏で彼が来るのを待ち続けた。
でも彼が来る事はなかった。
気づけば、隣の席には風で落ちた葉っぱが積もり始めていた。
私の膝のお弁当箱が、いつの間にか重石みたいに感じられた。
彼はもう、私と顔を合わせる気がないんだろうか。
秋の空は青く澄み渡っているのに、胸の奥だけはずっと曇っていた。
彼と会えなくなって二週間が過ぎた。
私もいつしかあの図書館裏に行かなくなり、昼休みはクラスで過ごす生活に戻っていた。
賑やかな声の中で笑っていても、心のどこかが空白のままだった。
そして今日は学校の文化祭。
もう何週間も前から準備をしていたクラスの出し物はよくある喫茶店だった。
私はメイドさんとして来てくれたお客様を笑顔で迎える役。
開始前に学級委員に「笑顔を忘れないでね」と言われていたけど、私はなぜか素直に笑う事ができなかった。
私の中では、まだ拓人の事が引っかかっていた。
何度か彼のクラスに行ってみたけれど、あの仏頂面はどこにもなかった。
同じクラスの子に聞いてみたけど誰も彼がどこに行ったのかも知らないと言う。
スマホに残る彼の名前が、私の心をきゅっと締め付けていた。
——彼に会いたい。
それが紛れもない私の本心だった。
午前中メイドのお仕事が終わると私は自由時間になる。
どのクラスもそんなに珍しい出し物ではなかった。
友達との話をしても素直に楽しむ事ができずにいた。
気づけば、私は校舎の中をふらふらと彷徨っていた。
廊下の窓から外を眺めてみる。
文化祭を楽しんでいる生徒や外から見物に来た人達で校舎の前は賑わっている。
みんな楽しそうだ。
本当は私もあんな風に楽しめていたかもしれない。
だけど今の私には無理だった。
どうしても彼のことが心のどこかにあって。
それが私の気持ちの中でどこかぽっかりと穴を開けていた。
何も考えずにただぼんやりと外の喧騒を眺めていると私は思わず声を上げた。
沢山の人が行き来している中、見覚えのある髪型の男の子がいた。
私の心が跳ね上がる。
間違いない、拓人だ。
私の目は彼だけを追い続けていた。
彼は面倒くさそうに人混みを掻き分けると一人校庭の方に歩いていく。
気づけば私は廊下を走り出していた。
校庭はいつものような騒がしさはなく、シンと静まり返っている。
喧騒が嫌いな彼が行きそうな場所だった。
私は目で必死になって彼の姿を探す。
——そして校庭の奥に彼を見つけた
ベンチに座りスマホを覗き込んでいる表情はよく分からない。
もし彼が顔を上げた時、一番最初の仏頂面に戻っていたらどうしよう。
それどころか怒りの表情を見せてきたら…
私は彼に近づくのを躊躇ってしまう。
彼はもう私に会いたくないかもしれない。
だけど私はもう一度彼と話をしたい。
真逆の感情が私の中でぶつかり合う。
私は小さく「よし」と言って気合いを入れ直した。
もし彼が怒っていたら謝ろう。
許してくれないかもしれないけど、それでも私は自分の心にケジメをつけたい。
ゆっくりと彼の時間の邪魔をしないように彼に近づく。
彼は相変わらずスマホを眺めたままこちらには気づかない。
私は彼の横にそっと立つと声をかけた。
「拓人くん、何をしてるの?」
その言葉に拓人の体がビクッと震える。
出会った時と同じだ。
あの時は私の事を邪魔者のように見ていた。
だけど今は違っていて欲しい。
体が緊張で震えている。
彼が顔をゆっくりあげる。
——そこには少し躊躇いがちな笑顔があった。
遠くの喧騒が私達の時間を再び動かそうとしていた。
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