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トラウキネシーズ  作者: 不透明 白


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9/18

 〈9〉 白い浜辺とテトラポットは同化する

 浜辺から少し離れた所に屋根のあるちょっとした休憩所的なところがある。

 そこから見える景色はとても綺麗で、白いテトラポットが部屋の隅に追いやられたみたいに乱雑に堤防を覆っているのが好きだった。

 そんな景色が一望できるこの場所なので、流石にワタシ一人では独占出来なかった。そう、先客がいたのである。

 キャンパスを目の前にして腕を組み、じっと眉間にしわを寄せて唸っている女の人がいた。

 その面影と雰囲気からその人が誰なのか一瞬で分かった。

「あれ、もしかして妄想さん?」

 寄りに寄った寄り目の妄想さんは声を掛けられると、ハッとして恥ずかしそうに言葉をまくし立ててきた。

「え? 全世界君!? 久しぶり……いや、なんでいるの! いや別にいてもおかしくないか……いやいや、そういうことじゃなくて――というか、なんでそんなびしょびしょなの!? タオルいる――」

「大丈夫だから少し落ち着いて」

 そう言うと、妄想さん「はっ! うん……そうだね」と言って大きく深呼吸をした。

 落ち着いてもらったところで、なぜワタシがびしょびしょになっているのかの理由を聞いてもらうことにした。

「……へぇー、そうだったんだぁ。でも全世界君、水着持ってなかったんでしょ? 濡れる必要あった?」

「それはまぁ、なんというか……海にいた少年に遊ぼうと誘われたら、そりゃあ本気でやらないと失礼だろう?」

 そう言うと妄想さんは一瞬目を丸くした後、ケタケタ笑った。お腹を押さえてうずくまりその瞳には涙まで蓄えていた。

「……いや、そんなに面白いか?」

「いや……ヒヒッ、そんなイメージ無かったからさっ、はーふー、面白かったー」

 なんだか釈然としない。

 妄想さんが一息ついたところで、一つ気になることがあった。

 それは、そこに立てかけてあるキャンパスを見て思ったこと。

 ワタシは一回も妄想さんの描いた絵を見たことがない。

 美術部に在籍していることや、今目の前にいる妄想さんの様子を見て分かる通り、絵描きを嗜んでいるのは確かだろう。

「そういえば一回も妄想さんの絵を見たことがないんだけど……そこにある絵、見せてもらっても?」

 そうやって聞くと、妄想さんはあらん限りの力で首を振り、近くに置いてあった布をバサッとそのキャンパスにかけて隠してしまった。

 布のはためきで押し出された風が絵具の匂いを鼻まで運んでくる。さっきまで描いていたという証拠と言ってもいい新鮮な匂いだった。

「嫌! それは絶対に何がなんでも無理!」

 恥ずかしがっているのかそれとも、本気で嫌がっているのか分からないが、その絵を背に隠してジッとこっちを睨んでくる。

「妄想さんが描いた絵、是非とも観させてほしいのだが……駄目か?」

 妄想さんは顔をしかめて悩んでいるようである。

 なぜ彼女は絵を見せるのを拒むのだろう。

 これは失礼かもしれないが、これまで接してきた感じからしても変なプライドの高さとかなさそうだったので、そこまで拒否するのが意外であり、不思議だった。


 ゴッ……ゴソゴソ。


 ――なんだ? 今、絵にかかっている布の中を何かが動いていたように見えた。……ネズミ? 虫? 気になってジッとその布がかかった絵を観察する。

「うーん、仕方ないね。全世界君が〝どうしても〟見たいっていうなら、特別に見せてあげても……いいけど!」

 どうして急に見せてくれる気になったんだろうか? という疑問が浮かんだが、絵を見れるのは普通に嬉しいので、それ以上は気にしないことにした。

「では、ありがたく見させてもらいます」

 そう言ってワタシは絵にかけてある布を掴んだ。肌触りの良さに少し驚きつつ、その布をゆっくりと持ち上げる。今は絵の下半分だけが見えている。

 そこには今、目の前に見える白い砂浜と白いテトラポットが見えて、そして……。

 その砂浜の真ん中に謎の穴が開いていた。

 ……しかもこの穴、よく見ると穴じゃない。そこにあったはずの絵具だけが、何らかの形で切り取られているようだった。どういうことだ?

「ねぇ、ど、どうしたの? まだ半分しか捲ってないけど……」

「あぁ、ごめん。絵の砂浜が綺麗だったから見惚れてて」

 変な勘繰りをされないように素早く布を取り払う。

 そこに現れた絵はやはり目の前の海岸らしき風景が描かれてあった。感想はというと色味が地味、という感じだった。しかも砂浜とテトラポットがぐちゃぐちゃに混ざり合って同化してしまっている。

「で、どう?」

 彼女は目をキラキラとさせて感想を求めてくる。彼女には悪いがこの絵は……。

「えーっと、写実的というよりはその、耽美的というかそんな魅力を感じる……かな」

 「抽象的」と言うことが褒めることに繋がるか微妙なラインだったので、乏しい語彙の中から手を突っ込んで出てきた、まだマシな「耽美的」という言葉でもって急場を凌ぐことにした。凌げているのかはよく分からないけれど……。

 ワタシがそう言った後、彼女は顔を腕で隠して、ぺたりと座り込んでしまった。

「ほらね、そういう反応するの! 分かってたんだ! あぁ、見せなきゃよかった。うぅ、ぐすんぐすん!」

 困ったなぁ……全然凌げていなかった。そして、女の子がこうなった時の対処法をワタシは知らなかった。

 困り果てながらも必死に言葉を探していると、遠くの方でワタシを呼ぶ声が聞こえてくる。

「おーい、全世界くーん! そんなところで何をしているんだーい!」

 妄想さんとワタシは声のする方を見た。

 細い体躯に低い背丈、そして遠くからでも分かるほどに輝いているエメラルドグリーンの瞳。みるからに爽やかな青年が小走りで近づいてきている。

「……影山? なんでこんなところに」

 数奇な運命がワタシたちを結び付けようとしていた。こんな状況になる確率を考えてもそう思わざるを得ない。

 全く、神様はワタシ達に何をやらせようってんだか……今すぐ教えてくれよ。


2021/08/28に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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