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 〈7〉 『いつも通りの日常』という風景

 翌朝、学校に登校したワタシは、なんとなく隣のクラスを覗いてみたが、影山(かげやま)の姿を見かけることはなかった。

 皆、机の横に荷物をかけたり、机の上に筆箱や教科書が乗っている中、窓際に不自然なほど整っている机が一つあることに違和感を覚える。多分あれが影山(かげやま)の席なのだろう。

「あのー、どうかしたんですか?」

 教室の前を不審にウロウロしていたため、このクラスの生徒と思しき女子生徒が話しかけてきた。

 別に変な事をしていたわけではないことを釈明しようと、慌てて後ろを振り向いた。見るとその顔に覚えがあった。

「あ! 手品部の!」「あ、美術室の」

 お互いにそう言ったはいいが、続く言葉が見当たらずに変な間が生まれた。

「あぁ……えぇっと、あ! そうだ!」

 ワタワタした挙句、何かを思い出したようだ。美術室の女子生徒は続ける。

「そういえばお名前聞いてなかったので、その、聞いてもいいですか?」

「そういえば言ってなかったな。では改めて……一年一組の目下(もっか) 全世界(ぜんせかい) だ」

「私はここ、一年二組の妄想(もうそう) つく です!」

 ほぉ、影山(かげやま)と同じクラスだったのか。じゃあ、もしかしたら彼のことについて何か知っているかもしれない……聞いてみるか。

妄想(もうそう)さん」

「はい」

 ――キーンコーンカーンコーン。

 ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り、言おうとしたことを邪魔されてしまった。妄想(もうそう)さんは慌てた様子で勢いよく礼をすると、そそくさと教室へ戻っていった。

 廊下の窓からはチャイムの余韻と一緒に蝉の声が聞こえていた。


 ―――………


 一時間目をぼんやりと過ごし、二時間目をただ板書して過ごし、三時間目をウトウトしながら過ごして、昼休みになった。

 昼休みを迎えた教室の中には、全体の半数ぐらいの人数しかいない。多分、各々が思い思いの過ごし方をしているのだろう。

 それでも、教室内の様子は賑やかで、『いつも通りの日常』と名付けるに相応しい風景だと思った。


「よっ!」


 隣の席に座っている佐藤(さとう)が話しかけてきた。

 こいつは、このクラスでの数少ない友達だった。誰にでも親しく接しているところからも分かる通り、明るくて気さくな奴だ。

「よう」

「今日あれだな、授業中ほとんどぼやーっとして過ごしてたな」

 どうやら見られていたらしい。

「昨日、夜更かししてしまってな。まぁ心配されるほどでもないから安心してくれ」

「へぇー、お前のわりに珍しいな」

「……そうか?」

 そんなことを言い合いながら、いつも通りお昼ご飯を食べていると、佐藤(さとう)が突然、物騒なことを言い出した。

「いやー怖いよな、誘拐事件」

「んん? 誘拐事件?」

 突然そんな物騒な言葉を口にしたものだから、よく分からず困惑していると、佐藤(さとう)は呆れた顔してウィンナーを一口頬張った。

「お前……ホームルームで言ってた先生の話聞いてなかったんだな」

 「頭がおかしい奴」みたいな言い方をされたが、まだ起きて間もない眠気(まなこ)の状態で聞くホームルームなんか記憶に残らず右から左へと通り抜けていくに決まっている。……なんてそんな言い訳をぐっと我慢して飲み込んだ。

「あぁ、さっきも言った通り眠すぎてテンで頭に入らなかった。それで? 先生はなんて言ってたんだ?」

「だから誘拐事件だ。隣の市で、とある高校生が誘拐されたんだとよ」

 それを聞いて、ふと疑問が浮かんだ。

「いや、小学生とかだったらまだ分かるけど……高校生が攫われただって?」

「だから変だって思ったんだ。こんなの普通じゃない」

 日々ぼんやり過ごしていると、ろくに情報が入ってこないことを身に染みて感じた。まさか、そんな重大な事件が割と近くで起こっていたなんて。

「それって女子高校生と男子高校生のどっちだったんだ?」

「えーっと、どっちって言ってたかな……分からんから、ネットニュース観てみるわ」

 そう言われて、そりゃそうかと一人でハッとした。そんな事が起きたら絶対に全国ニュースになるに決まってる。

 やっと〝現実で起きた〟という実感が湧いて背中がぞっとした。

「あー、二年生の女の子らしい。あと目撃者もいて、そいつが言うには「女の子が地面に飲み込まれていった」……らしい」

「飲み込まれていった? それって誘拐なのか? 地盤沈下とかそういう類じゃないか?」

「いやどうだろう。俺も実際に見たわけじゃないし、先生は「誘拐事件」って言ってるからなぁ……」

 一つ考えなくてはいけない事がある。

 それは、その犯行を行った犯人が能力者か否かである。

 悪意を持って能力を使う人間とは一体どんな奴だろう。そう思って考えてみたが、全然想像もつかなかった。

 もやもやした頭の中を晴らすように緑色のエナジードリンクをグイっと持ち上げて喉に流し込む。

 特有の甘ったるい味が通り抜け、鼻に薬品的な香りが残る。

「弁当にエナドリは合わないだろ……」

「別にこっちの勝手だろう……」

 この佐藤の明るさのおかげで、落ちた気分が少し晴れたような気がした。

 ……いや、気のせいか。


2021/07/16に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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