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トラウキネシーズ  作者: 不透明 白


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2/18

 〈2〉 自身が人間らしくあるために

 朝目が覚めると、うるさい蝉の声と登校中の子供たちの声が聞こえてきて、自分が起きた要因を一瞬で自覚した。

 これが夏季限定のルーティーンだった。

 ただ、子供たちはまだいいとして、蝉……お前はダメだ。自分の子孫を残すためとはいえ、さすがに迷惑すぎる。

 アスファルトの上を歩いているとき、お前が傍らでひっくり返っているのを見かけて、「果たして、こいつはまだ生きているのか?」という疑念が過ぎるのはもう嫌なのだ。

 朝から怨念をまき散らして体を起こす。

 下着が肌に張り付いてくる不快感を覚えたことで、眠っている間に自分が汗をかいていたことを知る。

 昔から使っていて十分ほどずれているのに未だ直していない時計を見て、あと十分後に最寄り駅まで行かなければ電車に乗り遅れることに気付く。

 ちなみに、最寄りの駅までは歩いて45分、自転車で15分だ。どう頑張ったって絶対に間に合わないだろう……ワタシ以外だったら。

 いや、この際そんなことどうだっていい。問題はしっかりアラームをセットしたはずなのに、何故鳴らなかったのか、の方が問題だった。

 そう思って、枕の隣に置いてあるスマホの電源を入れる。履歴を見る限りちゃんとセットされていたので、どうやらちゃんと鳴ってはいたらしい。

 おかしいとは思いつつも、今回は特別に許してやろうという寛大な心をもっておく。

 そして、電車に乗っている時に通知音が鳴らないようミュートを入れる。

 カチッ、と音が鳴って画面には『ミュートを解除しました』と表示された。

 ……あー、そういえば昨日ミュート解除するのを忘れていたな。

 自業自得とはまさにこのこと。

 親は遅刻しそうな子供を無視して何をしてるんだ、と思ったがそう言えば母親が「明日、早朝出勤でいないから自分でよろしく!」と言っていたし、父親は徹夜で原稿を仕上げていたっぽいから今は多分寝ているのだろう。

 ということは。

 〝遅刻をする〟という事実から逃げたいと強く思いながら、能力を使うより他ないのではないか。

 すぐに決意をしたワタシは一瞬で登校準備を終え、そして目を瞑った。能力を使うとふわっとした感覚があった。肌に触れる空気が変わった。

 ……しかし、駅のアナウンスも往来する人の声も聞こえない。

 その状況が成功なのか失敗なのか。

 おそるおそる目を開けるとそこには、積みあがった椅子や机があり、辺りは埃っぽい匂いで充満していて、悪い意味で鼻腔(びこう)をくすぐってくる。

 ここには見覚えがあった。そう、ここはあの空き教室である。

「あぁ、神様ありがとう……」

 駅を経由せずにそのまま学校に飛べるなんて、何という幸運だろう。

 神は二物を与えないらしいが、一物(いちぶつ)のサポートは完璧なのだと思い知り、深く感謝をするワタシだった。


 ―――………


 世の少年少女は口をそろえて言うだろう。


 「超能力が使えるなら使いまくればいいじゃん!」……と。


 もちろん、そう思うのも無理はないと思う。

 しかし、今のワタシはなるべくこの能力を使いたくないと思っている。

 それがなぜかというと〝自分が人間である〟ということを忘れないためである。

 日本の中で一番神社の多いこの県で育ったからこそ、苦痛に耐えたワタシを神様が見つけてくれたからこそ、褒美としてこの能力を授けてくれたのかもしれないけれど、ワタシは腐っても人間なのだ。

 人並みに喜んで、悲しんで、時には怒りを覚える時だってある。

 だから、ワタシはむやみに能力を使わない。……今朝のことはワタシの判定で「むやみ」にならないので、セーフだ。

 なんて。

 あぁ、つまらない古典の授業は、時間の進みを遅くするし、少し前の休み時間に小説を読んだせいか、頭の中で語り口調の自分が、淡々と思っていることを語っている。

 窓の隙間から入り込んできた夏の生暖かい風が、眠気を誘ってくる。

 蝉の声と先生の声が遠くなっていく感覚がする。

 うつらうつらと舟をこいでゆく。

 終業のチャイムが鳴った時、四時間目の授業の記憶はここまでしか残っていなかった。


 ―――………


 六時間目の授業が変更になった。

 いつも通りなら英語の授業だったが、そこが潰れて「道徳的ビデオを観る」という授業? になった。

 そのため一年生が全員ぞろぞろと群れを成しながら移動し、体育館に集まってくる。

 英語の担当はよく怒鳴るうるさい女の先生で、毎回急に大きな声で怒るため、みんな嫌いだった。もちろんワタシもあまり得意ではない。もはや、その先生のせいで英語が嫌いになったという人が多いだろう。

 これが過言ではないのだから、未来の日本教育における教師の質の担保を憂いてしまい、否応なしにため息が出る。

 とまぁ、それぐらい嫌いな英語が、一番楽でつまんない授業に置き換わったのだ。同じクラスの誰もがホッとして喜んだことであろう。

 そして、そのビデオの内容はというと、イジメについてのものであった。

 過去に受けたことがある身として、心がざわめくところもあったが、ほとんどの生徒は興味なさげにひそひそと雑談していたので、それに耳を傾けることで誤魔化した。

 そこでワタシは一つ興味深い話を耳にした。

「……そういや、うちのクラスに不登校の奴いるよな」

「なに、急に」

 隣の列に並んでいる、別のクラスの男子生徒が話している。

「なんで来ないかお前、知ってる?」

「知らないけど……知ってんの?」

「いや、知らない」

「お前も知らねぇのかよ」

 どうやら、クラスに不登校の生徒がいるらしい……何かが揺れ動く予感がした。

「でも、テストを受けるために学校来たりしてるらしいよ。そんでもって、頭良いらしい。確か、前回の中間テスト五位だったとか」

「マジかよ! 授業受けてないのに点取れるとかずるじゃん」

 話を聞いてる感じ、頭が切れる奴ときた。これは何かの糸口になるかもしれない。

「名前なんていうんだよ」

「えぇっと何だったかな……確か苗字が影山(かげやま)……みたいな感じだったと思う」

 早くこの時間が終わらないかと(はや)る気持ちを抑えながら、顔も知らない「影山」という人間に勝手な期待を寄せるのだった。


 ―――………


 放課後を知らせるチャイムが鳴り、各々が別々の目的をもって解散していく中、ワタシは意気揚々と空き教室に入っていく。

 いやはや、体育館で一人意気込んだはいいものの、そもそも見ず知らずの人間を調べるなんてどうすればいいのか。

 どうにかその方法を考えることしばらく……。

 ――うん、何も思い浮かばない。

 探偵でもないワタシがパッと思い浮かぶほど簡単ではないようだ。

 うんうん唸っても出てくるのは、あの嫌いな英語の先生の険しい顔であった。

 答えを問われて長考すると、機嫌を悪くするその性格は誰も幸せにしないと声高に言ってやりたいが、そんな勇気があったらこんなところで悩む人生を歩んでいなかっただろうな。

 結局、この日は何も思い浮かばなかったため、泣く泣く帰路に就くことになった。


2021/06/10に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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