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トラウキネシーズ  作者: 不透明 白


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18/18

 〈18〉 背負って歩んでいく

 あの出来事から数週間が経った。

 この間は事後処理というか、色々な情報整理と身辺整理に追われて休む暇もなく動いた。

 その中には「学校の人間に不審に思われないよう動く」というのもあり、故に神経を尖らせて立ち回らなければならず、不本意なことに今回の一連の出来事を振り返る時間も精神的余裕もなかった。

 それがようやく一段落した今、忘れたくても忘れられない新鮮な記憶を掘り起こして振り返ってみる。

 まず最初に言わなければならないのは、能力で飛ぶ場所にあの『人のいないコインランドリー』を選べたのは紛れもなく佐藤のおかげだということだった。

 何しろあの場所は「いぬらしき」が運んできてくれた場所だから。


 いぬらしき――妄想さんの創った「犬っぽい生物」を佐藤が記憶し、能力の泥でそっくりのものを作って、遠隔で操作していた傀儡。


 妄想さんが眠っていてもいぬらしきが解除されなかった理由は、そもそも妄想さんが作ったものではなかったから。

 そのことに初めて気付いたのは、ソファの裏で泥だらけになっている影山を見たからだった、というのはあまりにも遅い。

 要はすっかり騙されていたという訳だ。

 佐藤はいつからこの計画を考えていたのかと末恐ろしく思う。

 是非とも本人に聞いてみたいものだけど、今後その機会が訪れるかどうかは正直なところ分からない。

 もはや生きているのか死んでいるのかさえも分からない。

 ただあの覚悟を宿していた佐藤が、生きてここに帰ってくるという気概を持っていたかと言われればそれは甚だ疑問だった。


 つまるところ、佐藤はあの日から学校に来ていない。


 もちろん影山も。

 だけど、影山は元々不登校(という体)だったので来ていないことに特別違和感は無いけれど、一方、一度も休むことなく学校に来ていた佐藤が急に休み、しかも音信不通になったというのは、流石に拭いきれない違和感があった。高校生という底知れない好奇心を持つ集団にとって、それは瞬く間に噂の種となり拡散した。

 そして、その沈静化に先生達が手を焼いているのも何となく透けて分かった。

 こういうのは時間が流れるのを待つしかない。

 事故とか病気とかそこら辺を匂わせておきながら、聞いてくる生徒がいたら「プライバシーの関係で話せない」と言うしかないのも、事情を知っている方からしたら少し気の毒に思う。

 まぁ、こんな無理な嘘をつかなければならないのも、警察の方で情報統制を図られているからなのだろう。

 そう、警察は動いているのだ。

 という都合もあって、ワタシはこの数週間の間、〝秘密裏に指名手配されているのではないか〟という一抹の不安を抱えていた。

 でもそんな不安はすぐに解消された。

 というのも、そういうのをひっくるめた全部を佐藤が引き受け、そして被ってくれていたということを、今になって知ったからだった。それを初めて聞かされた時には、どうにもやるせない思いでいっぱいになった。


 しかし、その情報を教えてくれたのが富樫先生だったというのは、流石に予想外だった。


 この学校の誰かが警察側の人間で、今もどこかから監視しているなんて言われても別にいまさら驚きもしないけれど、まさか影山のクラスの担任である富樫先生が佐藤の協力者だったとは……。

 しかしこれが大いにありがたい話だった。

 佐藤が事前に話を付けていたおかげで、こんなにスムーズに事後処理を進められたのだから、本当に用意周到と言わざるを得ない。

 もちろん妄想さんの方も富樫先生が手伝ったようなので、そっちも無事に事後処理を終えられただろう。


 ……だからといって、もう警戒することなくいつも通りの日常に戻れる、と楽観視するのも些か不用心だとワタシは思う。


 なにせ、先生ですら佐藤の内通者だったのだ。

 それは逆に言うと、誰が誰の協力者やら関係者なのかなんて見当もつかない危険な状態だとも言い換えることができる。

 そんな疑心暗鬼な状態に陥ったワタシなのだが、少し前に妄想さんと会って話をした時のこと。

 妄想さんの一挙手一投足、一言一句に過敏な表情を浮かべていたワタシを見かねて、彼女が堂々と「私は佐藤の協力者でも、警察の協力者でもない! 私は全世界君の味方だから!」と強く言ってくれたことがあった。

 その言葉は今のワタシにとってみれば、なんというか、あまりにも心強かった。

 下手したら視界が少しぼやけたのを気付かれたかもしれない。それほどに彼女の言葉は勇気になった。

 ワタシはかけがえのない友人を持ったのだと改めて思った。


 そして、かけがえのない存在を失った女の子の話もしなければならない。

 彼女の名前、『かかし』というのは佐藤が付けたニックネームであり、彼女は本名がちゃんとあるのだと教えてくれたが、ワタシ達は「かかし」と呼ぶのにもうすっかり慣れてしまっていたし、いまさら呼び方を変えるのもくすぐったくて恥ずかしかったので、ワタシと妄想さんは今もそのまま「かかし」と呼んでいた。

 かかしは今、妄想さんの家に匿われている。

 成人してもう出ていった兄の部屋が空き部屋になっていたらしく、そこを使わせてもらっていると彼女は嬉しそうに話していた。ただ妄想さんの家族には事情を誤魔化さざるを得なかった。

 少し申し訳ないけれど、流石に事情が事情だったのでそこは目を瞑らせてもらう。

 こうなった経緯として、役所に素直な説明をした場合、補助金とかの手続きやらなんやらで芋づる式に色々とバレそうだったというのがあり、諸々の工面が終わるまではおとなしくしてもらっていた。

 今やかかしは妄想さんと一番仲が良い。妄想さんにべったりとくっついているかかしをよく見る。

 それがたとえ罪悪感から仲良くしていたとしても、その思いは時間や信頼によってするりと無くなるだろうし、そんなのは些細な問題だとワタシは思っている。


 そんなかかしなのだが、実は最近ワタシ達と同じこの高校に転校してきた。


 だから仲の良い二人をよく見るわけだけど、いつでもどこでも手を繋いだり腕に手を絡ませたりで、かかしが本当に人目を気にしない性格だということが見て取れた。

 新しい依存先を見つけた、なんていう穿った見方もできるだろう。

 だけど依存することが悪なのかどうかは分からないし、彼女にはまだ愛情が足りないことも事実だろうと思う。

 それに相手は妄想さんだ。妄想さんの愛を受けた人間が捻じ曲がるとは思えない。

 というかそもそも二人は〝一戦交えた仲〟なのだ。他人(よそ)からとやかく言えるほど単純な絆じゃないさ。

 なんて勝手に決めつけてみる。

 それとワタシも前よりは仲良くなったのだ。あの二人の関係性には遠く及ばないけれど、だからといってよそ者と言えるほど他人でもない。


 何より我々は同じものを背負って生きているのだ。


 その重さや形はそれぞれ違うけれど、あの日あの時あの場所にいたという運命を背負っている。

 それでも前に進むのが、運命を背負った者のできる唯一のことだとワタシは思う。

 超能力を頼りながら、後悔やトラウマを乗り越えるのではなく背負って歩んでいく。

 別にそれが逃げるという手段であってもいいんだと思う。

 色々な視点で振り返るでも、創作にぶつけるでも、泥のように沈むでも、人形に話しかけるでもいいんだと思う。

 幼かったあの時、必死になってもがいた自分に対して言えることがあるとするならば、それでも背負って歩むんだと、出来ることはそれしかないのだと――今は胸を張って言える気がした。


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