〈16〉 いぬらしきドリル
山を登っていった末に辿り着いたのはとある廃校舎だった。
いぬらしきが突然道を逸れ、草を分け入っていった時は流石に不安だったが、しばらく進んだ先の開けたところにぽつんと建っている廃校舎を見て、すぐにここが目的地なんだと分かった。
正直、いぬらしきがいなければ絶対にたどり着けなかったと思う。
さて、無事にたどり着いた安堵感もほどほどに。
早速、昇降口から校舎の中へと入る。
中は真っ暗で、ぱっと見では足の踏み場も分からず、壁にある電灯のスイッチを見つけて指を掛けみたが残念なことに点かなかった。
幸先が悪いけれど気を取り直して、まずは能力を使い校舎から人が出られないようにする。
道中で気付いたことなんだが、この能力は「範囲」と「条件」を定めることが出来るらしい。
そしてこの能力の特性上、自分自身も能力範囲内にいなければならないし、どんな条件を課そうとも自分はその範囲からは逃れられないようだ。
「逃げない」という覚悟からなる能力なのでそこに不満はない。
それを踏まえた上で、効果付与条件は『校舎内にいる人間全員』にした。
影山は能力発動後に入ってきてもらうことになっている。外に「目」を仕掛けたり、〝もしものための準備〟があるらしい。
いぬらしきはそもそも人じゃないので条件外だ。今は傍らで護衛に勤しんでくれている。
この能力、条件が細かくなるほど体力の消耗が激しい。しかも、今回は範囲が大きいのでよりもっと消耗が激しい。
そんなワタシの事情からしても、いち早く妄想さんを見つけなければ。
能力を発動する。
ググっと液体が校舎を満たすようなイメージをすると、少し気が張った状態のまま留まった。
こうして特に問題なく範囲を拡張できた後、ちょうどよく影山が校舎に入ってきた。
「無事発動できたかい?」
「あぁ、でも流石にこの広さは長く持たない。少し急ごう」
「了解」
いぬらしきを先頭にして下駄箱を抜け、廊下を歩みだす。
いぬらしきが歩くたびに「ちゃちゃちゃ」と足音が鳴るのが気になりながらもしっかり後を付いていく。
――バキャン
上の階で何かが激しくぶつかる音がした。まず第一に妄想さんの身に何かあったのかと考えた。
急いで二階に上がる階段を探す。
だけど、どれだけ廊下を周っても階段は見つからなかった。
一瞬、階段は元々無くてエレベーターだけで上階に上がれる建物なのかと思ったが、こんな山奥の廃校舎にあるはずない設備だと冷静になって気付いた。
というかさっき電灯のスイッチを確認して、電気が通っていなかったんだからそもそもそんな発想が浮かぶこと自体おかしかった。
これも能力発動の弊害ですよね? 神様。
なんて責任転嫁をしてみるけど今はそれどころじゃない。
「影山、これは一体何が起こっていると考えればいい?」
「予めの改築、隠し通路、幻術、現実改変……袋小路の罠っていう可能性もあるね」
出てくる可能性が全部物騒だった。
「その中だと隠されてるって考えるのが一番妥当じゃないか?」
「同感だね。よし、壁や床をしっかり見て何処かおかしいところが無いか探そう。いぬらしきも手伝ってくれるかい?」
「ぐわわわん!」
気合十分のいぬらしきと一緒になって、我々は床や壁、天井をじっと見て周る。
あちらこちらが古くなっていて、もはや全部が隠し通路に繋がっているんじゃないかと思うほどだった。
そうやって各々が探していると、廊下の奥の方でいぬらしきが壁を掘っている姿を影山が目撃したようだった。
「いぬらしきーなんか見つけたのー?」
「わん! わん!」
「そうなんだ! でかした! ――全世界くーん! いぬらしきが怪しい所見つけたって言ってるよー!」
なんでいぬらしきの言ってることが判るのかとツッコミたくもなるが、今はその報せを確認する方が先だ。
ワタシは自分の持ち場を離れ、影山が手を振っている廊下の奥の方へと向かった。
「それで、どこが怪しいんだ?」
「ここらしいよ」
視線の先に当たる壁を見てみると、確かにこの一面だけやたらと新しかった。
新しい土壁だった。
今更ここだけを、しかも土壁で補修するっていうのが全くもって変だった。
「壊すか」
「そうだね、壊そう。いぬらしき、できるかい?」
いや、いくらいぬらしきが能力で生み出された存在だからって、壁を壊すのは流石に無理があるのではないか。
――と考えるよりも、先に穴が開く方が早かった。
回転しながら壁に突っ込んでいく様はまるでドリルのようであり、一度穴が開いてしまえばそこからはボロボロ崩れて、結局、人一人が悠々通れる大きさまで広がった。
こんなにサクサク進んでいいのか、これ自体が罠なんじゃないか、という懸念が浮かんだが、ワタシにできるのは何か準備をするとか引き返すとかじゃなく、何かが起きた時のために心構えをしておくのみだった。
穴から壁の内側を覗き込むと、そこには予想通り階段が隠されていた。
「お、当たりだ」
先に行った影山に続いて、穴をくぐり中に這入る。
下から階段を見上げれば、そこには闇が広がっていた。前後不覚に陥るほどの暗さだった。
流石にこの暗さで階段を上るのは危険だと思ったが、いぬらしきと影山はスイスイ先に行ってしまう。
「全世界君、早く来なよ」
そういえばあいつら、目の機能が特殊だった。
「ちょっと待ってくれ。こっちはお前らみたいに見えてないんだよ」
「夜目が効かない? もしかして全世界君っておじいちゃん?」
「……言っとけ」
躓かないよう細心の注意を払いながら階段を上る。
中はしんとしていて、空気が淀んでいた。おばあちゃんの家にある使われていないタンスに潜り込んだ時を思い出す。
探り探りで段差に足を掛けて上り、踊り場を折り返して上まで着くと、そこにはまたも壁が立ち塞がっていた。
どうやら二階にも壁が建設されていたらしい。どこよりもこの階段が暗く感じたのはこいつのせいだったようだ。
「やれ、いぬらしき!」
まるで某モンスターバトルゲームみたいな掛け声でいぬらしきに命令をする影山。
「わわわわん!」
いぬらしきはさっきやったみたいに回転して壁に穴を開けた。
貫通した丸い穴から白んだ月明かりが差した。
まるでスポットライトみたいに照らされた床には白い丸がぼやけて浮かぶ。
そう考えるとこの光に当たるのが少し嫌になるけれど、やはり先を急がなければならないワタシ達に選択肢は無かった。
屈んで体を滑り込ませ、先に穴を抜ける影山。その後に続いて、ワタシも身体をねじ込むと上半身が抜けて下半身でつっかえた。
「ん、ちょっと待ってくれ」
そう言うと影山といぬらしきは立ち止まって振り返った。
「どうしたのさ、早く行こうよ」
「その、言い辛いんだが身体を引っ張ってくれないか?」
しばらくの間、その意図を図りかねていた影山は小さく微笑んで一言。
「壁尻?」
「誰かあの喧しい口を塞いでくれ」
「え、なに? 僕口塞がれるの? マウストゥマウスはまだその、心の準備がまだ……」
「もういい、お前には頼まない……いぬらしき頼んだ」
「えー」
文句を垂れる影山を無視していぬらしきに促すと、たちまち回転し始めて、ドリル状態のままワタシの身体をなぞるように壁を削りだした。
その風圧が頬を凪ぎ、削る音がダイレクトに聴こえてきて、その威力をまざまざと感じさせてくる。
いぬらしき次第で、肋骨とか背骨などを削られかねないという恐怖に耐えながら、ワタシはなるだけ微動だにせずその終わりを待った。
「わん!」
「いぬらしき、ありがとう……」
冷や汗を拭いながらいぬらしきに礼を言う。
「もうちょっと揶揄っていたかったけど、いぬらしきドリルに恐れ慄く全世界君も面白かったから僕は満足だよ」
「感想なんか求めちゃいない。はぁ……」
紆余曲折(内容はあれだけど)あったけれど、これでようやく足並み揃って二階へ辿り着けた。
「ん、そこに何か落ちてない?」
影山は暗い廊下の【隅】を見ながらそう口を開いた。
正直、この暗さかつ電灯の付いていない廊下なので、端っこに何かあったって気付けない。
今も目を凝らして見ているけど、あるのは暗黒だけ。目が慣れても何も浮かんではこなかった。
警戒心なくそれにダッと近付いた影山に冷や冷やしつつも、同時にワタシも何が落ちているのか少し気になった。
「うーん……なんだろこれ、木クズまみれの布切れっぽいけど」
「布切れなんてよくそこらへんに落ちてるだろ。そんなもんはただのゴミだよ、ゴミ」
「いや、道端なら何にも珍しくないんだけど、ここ廃学校でしょ? しかも珍しいことに荒らされた痕跡も無い割と綺麗な校舎だ。おかげで一階もすっからかんだったしね。で、そんな場所なのに、急にこんなものが落ちていたらさ……なんか意味深じゃない?」
「……そうかね」
言わんとしていることは分かるけど、それがただの布切れなら大方重要度は低そうだ、と思ってしまったワタシは果たして変だろうか。
「あ、文字が書いてある。えーっと、へのも、じ?」
「この時代にへのへのもへじが書いてある布なんて落ちてるのか? その布だけ過去からタイムスリップしてきたって言われた方が納得できるな」
「……うーん、全世界君の言う通りやっぱりゴミかも」
「言ったろ」
気を取り直し、窓から差す月明かりを横から受けながら、暗く長い廊下を歩いていく。
しばらく進むと左手に階段が見えた。
「あれ? 階段がある」
「ここは隠してないんだな。まぁ多分一階までは下りれないようになってそうだが……」
ふと床を見た時、視界に入ってきたあるものに目を疑った。
「ちょっと待て、ここに血が付着している」
「本当だ……うーん、ぱっと見で戦闘の跡に見えなくもないけど、「事故」よりも前にそう想像するのも悲しい話な気がしてきたよ……お里が知れるっていうかさ」
「もう今更だろ」
ただその血の跡は古くなかった。
影山もそのことに気付いているかは分からないけど、つまり、ついさっきまで血を流した人間がここにいたということだ。
「影山――」
「うん。急ごう」
やはり気付いていたらしい。ここで何があったかなんて分からないけど、最悪な想像をして血の気がさっと引く感覚がした。
「いぬらしき、その血を流した人間がどこにいるか特定できるか」
そう言うといぬらしきは床にある血の跡に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「ぐるるるっ……わん」
いぬらしきは低く唸った後、弾けるように駆けだす。急いで後を追う影山とワタシ。
白い背中を追いかけて廊下の角を一回曲がると、奥にオレンジ色の光が漏れている部屋があることに気が付いた。
校舎自体には電気が通ってないので、この光は手持ちのランタンか何かで照らされた光だと想像した。
不謹慎ながらその弱い光が、さっき最悪な想像してしまった妄想さんの状態そのものを表しているように思えて仕方がなかった。
いぬらしきが一足先にその扉の前までたどり着き、ワタシ達の到着を待つ。
ワタシと影山は遅れて扉の前まで辿り着いた後、どっちがドアノブに手を掛けるか逡巡して目を合わせた。
間があって、ワタシがドアノブに手を掛けた。
緊張が手の平まで感電したみたいに走った。
硬直した手で無理矢理引っ張って扉を開ける。
ギィッ――
「ごめんね……ごめんなさい……うぅ」
「お、来たね」
中には白いベッドに横たわって目を瞑る妄想さんと、その横で椅子に座りながらベッドに身体を乗り出し、手を握ってひたすら呼び掛けている制服の女子高生がいた。
そして手前のソファには、自身の膝の上に肘をつき、伸ばした指の先で頬を支えている男が企んだ顔でこちらを見上げていた。
その男の顔には覚えがあった。
しかし、ここで見かけるにはあまりにも場違いであり、それによって、より一層状況が飲み込めなくなってしまった。
何故なら彼が同じ学校の人間――というか〝隣の席に座っている男子生徒〟だったから。
そう。
そこには誰にでも優しく明るい男、佐藤が座っていたのだ。




