〈11〉 飛ぶには膝を曲げなければならない
「能力を使える人間がここに三人もいる」
「すごい偶然ですねぇ」
「びっくりしちゃった」
こんなことがあっていいのだろうかと運命を疑う。だがそれと同時にワタシは安心していた。
ここにこうやっているということは、二人共「能力の悪用」という一度は過ぎるであろう悪魔の誘いを断ったということだから。
この能力というものは時々語り掛けてくる。
人間、生きていたら「自分とは何者か」と自分自身を問うことがある。
それにどう答えたとしても、正解なんかないし不正解もない。
「もう一度確認するけど、今目の前で角砂糖に齧りついている「それ」が〝妄想さんの能力で生み出されたもの〟ということで間違いないんだな?」
「そうです……」
「別に怒っているわけじゃない。ただ確認として聞いただけだ」
申し訳なさそうに視線を下げた妄想さんを見ていると、まるで本当に糾弾したような気持ちになって辛い。
「まぁまぁ、いいじゃないですか! 偶然にもここに能力者が集まったんだから、もっと別の明るい話をしましょう」
影山はそう言って窓に視線を移した。
窓の外には田んぼでできた一面の緑が広がっており、そのど真ん中にポツンと一体のカカシが立っていた。久々にカカシを見た。
「明るい話って一体――」
ワタシが疑問を口にするよりも早く、影山は自身の口元に人差し指を添えた。口に微笑みを湛えながら。
「それは例えばこの店を出た後、無事に家まで帰る方法……とかですかね?」
影山は小声でそう言った。
ワタシと妄想さんは互いに顔を伺い合い、何か知っているかのアイコンタクトを取ったが互いに首を振ったことで意味のないものに成り下がった。
「この店から出たら確実に何かが起きます」
いまだ小声のままそう言う影山。
「なぜそんなことが判る?」
「それは……僕の能力で判るのです。僕たち三人の他に能力者が一人、この近くに潜んでいます」
「えぇっと、それってその人が〝悪い人〟かまで判るの?」
妄想さんは冷静な様子でそう言った。普段の優しい姿しか見ていないのでかなり頼もしく格好いいと思った。
「……確証はありません」
影山は少し俯いて小さくそう呟いた。
「じゃあ、無暗に攻撃したりするのはまずいんじゃ――」
「はい。なので〝向こうからのアクションがない限り〟こちらからは一切手を出しません」
ということはそいつが〝悪意を持ってワタシ達に接近してくる者〟だったとしても、こちら側からは絶対に先手を打てない、ということ。
何というかそれはあまりにも――。
「…………あまりにもリスクが高すぎないか? 向こうの人数も分からないし、こっちには「絵で描いた物を出す能力」と「瞬間的に逃げる能力」、そして君の持っている『視点を増やせる能力』しかない。それで未知の相手に立ち向かえるとは到底思えない」
「大丈夫です、安心してください。僕に作戦がありますから」
笑顔でそう言った影山の目には、燃え滾る緑の炎が勢い良く蠢いているように見えた。
―――………
〝僕〟、影山聡には考えがあった。
こんなお洒落なカフェでピンチに陥ることは〝良くない想定外〟であったが、全世界君と妄想さんに出会ったのは〝良い方の想定外〟だった。
彼らがいるから、この状況をどうにかしようという勇気が湧いたのだ。
短い作戦会議が終わった僕たちは、席を立ち、全世界君、妄想さん、僕の順番で並び木製の重いドアを押して外へと出た。
外はまだ昼間の暑さを残していたが、風が吹いているおかげか快適な気温だった。
警戒しながら僕の能力を使って周りを見ている。が、今のところ目立った人影は見当たらなかった。
しかし、辛うじて人型と言える物体があったのを僕は見逃していない。それは店内から確認していた。
そう。あの田んぼのど真ん中にいたカカシである。
――すぐに能力を発動し、カフェの屋根上に置いていた『目』からそのカカシを見た。
けれどそこには、風に吹かれて絨毯の毛並みのように模様を変え続ける緑が見えただけだった。
そして、そのカカシが今立っているところは……。
「――まずい! 二人共そこを離れて!」
入り口付近にお洒落なインテリアとして置いてあったそれは、あの田んぼに立っていたカカシと全く同じ素材、色、大きさであったのだ。
「なに!? きゃっ……!」
その置物は妄想さんの方に倒れ掛かったかと思ったら、突如泥のような粘度のある液体へと変化して、瞬く間に妄想さんへとへばりついた。
「た、助けて!」
顔の表情を歪ませて必死に助けを求める妄想さん。
その様子を見て、すぐに全世界君近づいたのだが、その泥のようなものは細長く変形し始め、そのまま目にも止まらぬ速さで全世界君の手の甲を振り払ってきた。
「ぐっ! ……ってぇ」
そして、その変形した泥が妄想さんの足元に落ちたかと思ったら、なんと妄想さんが地面に沈み始めたのである。
「た、助けてぇ! 全世界君、影山君!」
悲痛な妄想さんの声が辺りに響く中、攻撃を受けた手の甲をもう片方の手で押さえた全世界君が僕の目をじっと見ている。その目は訴えてくる。「作戦実行だ」と。
これはもう覚悟を決めるしかない。
僕は能力をフルパワーで行使し、この店に入った時からこそこそと展開していた十個の視点、全てに意識を向ける。そして、視線を一点に集める。
そして、その全てを妄想さんに向けて――ではなく、全世界君の着ている白シャツの胸ポケットに向けた。
そこには〝妄想さんの創り出した犬っぽい謎の生物〟が入っている。
「わうんわぁっ……わうー!」
胸ポケットに入っていたその生物は、叫びながら段々と大きくなっていく。
そして、遂に胸ポケットに入り切らなくなって、ポケットを破壊しながら外へと飛び出した。
どさりと重みのある大きなものが落ちた音がした。
「ぐるるるぅ……。ぐわぁんわん!」
その生物は最終的に全世界君の腰あたりぐらいまで大きくなり、妄想さんを襲っている泥に向かって低く吠えた。
「なぁ、影山……ワタシが今こんなに眠いのは、お前のせい……だ、ろ」
「すみません、このことを言うと断られると思っていたので……でも、これで僕の作戦は次の段階へ移る……後は頼みましたよ」
フルパワーで能力を使用したせいか意識が遠のいていく。
しかし、僕に後悔はない。
獰猛な生物が泥の塊に食らいついたのを見届けながら、僕は気を失った。
2021/09/25に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。




