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 〈1〉 偽の手品師と称賛を送る女


 果たして、自分が今やるべきこととは一体何なのだろうか。


 教室全体を支配する夏特有のじっとりとした熱気から逃げ出して、薄暗く少しひんやりした階段下へ向かうと、雑に置いてあった持ち主不明の椅子に座る。

 目下(もっか) 全世界(ぜんせかい) はぼんやりとしながら、先ほど言った『自分がやるべきこととは何か』を考える。

 遠くの方で一匹のセミが鳴いているのが聴こえる。

 その声をよく聞いていると、そこに混じってリノリウムでできた階段を降りてくる音が聞こえてくる。

 カツン、カツン、カツン……。


「……? 誰かいたような気がするが、気のせいか」


 ――ミーンミンミンッ、ミッミミ!? じじっバサバサッ……。

「別に、そんな驚くことではないだろう? ……まぁ、急に現れたら蝉といえども驚くものか」

 遠くで鳴いていたはずの一匹の蝉は「誰かのせいで」どこかに遠くへ行ってしまい、そこに残されたのは、風で揺れる木々のざわめきと、木陰に佇む制服を着た一人の男だけだった。

 いつ鳴るかわからない昼休みのチャイムを逃さないように聞き耳を立てながら、遠くに見えている〝さっきまで自身がいた校舎〟をぼんやりと眺めながら、相も変わらずグルグルと考える。


 ―――………


 その日の放課後、まだ日が沈む前の全体的に明るい時間。ワタシは一人で空き教室の椅子に座り、再三で申し訳ないけれどまたぞろ考えていた。


 何を考えているのか。


 それを語るには、まず、ワタシが超能力に目覚めた〝あの日〟のことを説明しなければならない。

 だがしかし、思い出すだけで気分が悪い。なので簡素に説明させてもらう。


 生まれてこのかた、体調が優れない日が多く続く体質だった。

 生物として周りよりも弱い……そんな風に感じていたと記憶している。

 学校を休む日が続いたりすると、体が弱いことがバレる。

 すると、そこに目をつけてちょっかいをかけてくる奴もいる。これに関しては治安が悪い地域だったことも影響しているとは思う。

 当然、ワタシはその状況から逃げたかった。けれども足は動かない。

 じわじわと追い込まれていく。精神的に物理的にも。そんな時ふと目覚めた。

 ……らしい。

 そこに確証があるわけじゃないし、これは単なる憶測にしか過ぎない。というのも実例が自分のものしかないので、比べられないしお愛嬌ってことで許してもらいたい。

 それと、これは齧った知識でしかないが、過去、冷戦時のアメリカでは、スターゲイツ・プロジェクトとかいう、超能力の研究を国家ぐるみでしていた話もある。

 そこで、ふと思ったことがあった。いや、正確には〝思い出したこと〟があった。

 それは、自分の他にも〝過去のトラウマがきっかけで超能力に目覚めている人間がいるかもしれない〟ということである。


 人間というのは残酷な生き物で、同じ種族でも「弱者」を見つけた途端にマウントを取ろうとし、さらには暴力やその環境の空気を利用して無視させたりと徹底的に貶めようとしてくる疎かな生き物である。

 そのことに関してはワタシも身に染みるほどに経験してきたことだ。

 いじめる方は何も考えずその愚行を平然と行い、いじめられる方は抵抗する勇気を背負う時間が足りず、危険を恐れた仲間が離れてゆく。

 結局救いは無く、ただ我慢をするか心を殺してそれを受け入れる一方になり、それ故にただ淡々と憎悪が溜まっていくだけの「空っぽな人形」へと姿を変えてしまう。


 では、そのいじめられている人間がある日突然、『人知を超えた強大な力』を持ってしまった時、果たしてどうなるのか。


 「その力を持って虐殺の限りを繰り返す」。


 ――なんて、そんなことは有り得ない。「自分が嫌な思いをするよりも、人を嫌な気持ちにさせる方が嫌だ」という人だからこそいじめ〝られる〟側になるのだから。

 そして、その〝加害を嫌悪する心〟を変わらずに持ち続けるか、ワタシみたいに逃げることが出来れば大丈夫かもしれないが、時に憎悪や怒りはその心根ごと捻じ曲げてしまうことがある。

 そうなった時、さっき有り得ないと言った〝目を塞ぎたくなるほど惨劇〟がやっぱり起きるかも知れない。

 それを止める人間はいるのだろうか。人知を超えた能力を持った人間が、悪意をもってそれを振りかざしたとき誰が止められるのか。

 無論、誰も止められないだろう。

 しかし、同じように能力に目覚めて、かつまだ優しい心を失っていない人間を見つけて手を取り合うことができれば、もしかしたらその力を抑止する事が出来るかもしれないし、さらにその環境がその人自身を救う一つの手立てになるのかもしれない。


 夢物語な妄想と揶揄されるかもしれないけれど、頭の中だったらテロリストだってこの手で倒してしまえるのだから。


 それと、〝単純な興味〟として他の能力者を探しているというのもあった。

 『能力者』という存在として、他の能力者に対する未曾有の知的好奇心が止まらないのである。

 「それだけか」と思うかもしれないが、誰しも〝心から通じ合える仲間〟というものに憧れを抱くのは普通だろう?

 過去の話だけど、若干名、友達と呼べる存在がいた。

 しかし、どこか〝自分とは違う〟という「壁」のようなものが、ワタシの心を悪戯に邪魔して、その影響か徐々に疎遠になってゆき、『自然消滅』という形でその間柄に幕を閉じたのである。

 忘れたくても忘れられない過去。

 もしかしたら、『友達』という概念に抱いている「青春」とか「通じ合う心」とか「かけがえのなさ」みたいな一見クサそうなものが、ワタシと他人とを関わり合わせる動機たらしめているのかもしれない。


 つまり、本当の意味で心を通わせた――いずれ「親友」とさえ恥ずかしげもなく言えるような、そんな人間を探している。


 ……のかもしれない。

 この事をずっと前から考えていたはずなのだが、時間というものが忘れさせていた。

 そして、最近そのことを思い出した時、何故、今までこの考えを忘れ去っていたのだと後悔したのだ。

 その後悔の影響が大きすぎて、昼休みに誰もいないところでぼーっとしてしまったし、挙句の果ては、その場面を誰かに見られそうになってしまった。

 別に見られて何か減るものでもないが、自分の変なプライドがそれを許さなくて、その結果、逃げたいと強く思ってしまい、〝能力〟を使って校外の木陰まで瞬間移動してしまったのだ。

 この能力は〝逃げたい〟と心の底から思った時に使えた。

 逆にそれ以外の感情の時に使えた試しがない。そう考えてみると『超能力』というには自在性が低いけど、これに救われたというのもまた事実なので文句も言いがたい。

「……ん?」

 この空き教室はどの教室からも離れているのでとても静かだ。

 なので近づく人がいたら一瞬で分かる。

 現に、近づいてくる足音と気配を感じる。

 特別棟の人が寄り付かないような、こんな遠くの空き教室にわざわざ来るなんてロクな奴じゃない。自分も含めて。

 可能性としてワタシの知り合いという線もあるが、そいつはまだ部活に出ているので来るはずがない。

 ……ということはそういうことだ。

 だが焦ることではない。こんな時に取る行動は決まっている。

 ワタシはここから逃げたいと強く念じる。次第に体が泡になっていく感覚がする。自然と手に力が入って握り込んでしまう。そして、完全に体の感覚が無くなってパッとまぶたを開けた時――突然、悲鳴が鼓膜に突き刺さった。


「きゃっ!?」


「……」

 能力を使って〝空き教室から逃げた〟ということは間違いない。

 何かしらの力が働いて、『移動中に能力を解除された』なんてこともない。

 なぜなら、さっきまでいた空き教室とは全然違う景色が広がっているからだ。

 筆を洗う黄色いバケツの塔、半透明のボックスに適当に詰められた絵の具、肩から上しかない石膏像達。

 そう、ここは美術室である。

 だが、幸いなことに今日はまだテスト期間中なので部活は休み。

 つまり、今日は誰もいないはずだ。

 ……のはずだったのだが、目の前にいる人物がそれを真っ向から否定してくる。

 

「ええぇ! びっくりした! あなた今どこから来て……」

 ――これはどうやら、まずいことになってしまった。

「あのー……」

 何も言えずに黙っていると、こちらの様子を窺ってくる女子生徒。

 今まで生きてきてこういう風になったことがない……わけではなかった。

 しかし、絶賛焦っている通りこれは立派なアクシデントだ。

 手が震え、冷汗が噴き出して止まらない。

 美術室にいた彼女の方を見てみると、まあ当たり前だけど「不審なまなざし」で見つめてきている。

 段々と真っ白になっていく頭をフル回転で稼働させて、この不思議な〝男子生徒出現現象〟に見舞われた彼女を納得させることができる「賢い言い訳」をあれこれ考えるが、一向にこれっぽっちも出てこない。


「えーっと……じゃ、じゃじゃーん!」


 この状況で絞り出せる限界はこれだった。

 要は〝マジックで突然現れた〟という「体」を取る作戦だ。

 それとなく両手を広げて、さも何かを成したかのように振る舞うことで、「ワタシは手品師である」と勘違いしてもらうことしかできなかった。



 しばらくの間、空白の時間が流れる。



 そして、彼女は「……あ!」と感嘆したかと思ったら、「パチパチパチパチ!」と拍手しだした。


 橙色に染まる美術室で決めポーズを取っている男と、キャンバスの前に座って男に称賛の拍手を送る女。


 この光景を見たら、きっと頭がおかしいと思うだろう。

 しかし今、ワタシは不思議と落ち着きを取り戻していた。

 それどころか、この状況を美しくとすら思う余裕すら出てきた。なぜなら、今ちょうど目の前の問題が〝オールクリア〟したからである。


「いやー、申し訳ありません! ワタシ『手品部』のものなんですが、教室で瞬間移動マジックを練習していて、それでまぁ、何と言いますか、少々手違いが発生してしまいまして……」


 流石にちょっと強引だろうか?

 強い願いを込めて彼女の反応を見てみると、どうやら納得したのか、左手をパーに広げてもう一方の手をグーにしてぽんと叩いた。例えるなら、手のひらにハンコを押すようなジェスチャーだ。

 どうやら、彼女は俗に言う「ちょろい奴」なのかもしれない。

「――はい!」

 彼女はピンと手を挙げて、とても質問をしたそうに瞳を輝かせている。

「はい、どうぞ」

 その好奇心を無下にする程の気概を持っていなかったワタシは、仕方なく質問に答えることにした。彼女は少し興奮気味に質問をしてきた。

「あ、あの! どうやって瞬間移動したのでしょうか?」

 もちろん、プロのする『瞬間移動マジック』の仕組みなんて知らない。なので、ここはそれっぽいごまかし方をすることにする。

「それは、企業秘密です……。でもそれでも、どうしても知りたいと言うなら……」

「い、言うなら?」

「ここではない……とーーーっても遠くの田舎にある田んぼのど真ん中に飛ばしてしまいますよ? ……いいんですか?」

「ひいぃぃ!? やめてください! お願いします!」

「……冗談です、冗談ですよぅ! そんなこと、どんな凄腕マジシャンでもできませんから、安心してください」

「あ、そうなんですね……ホッとしました」

「でも、タネを知らない方が楽しめるのは事実なので、貴女の楽しみを奪わないためにもここは一つ辛抱してもらっても大丈夫ですか?」

「了解です! こちらこそごめんなさい野暮なこと聞いちゃって」

 なんとか誤魔化せた気がするけど、これ以上ここに居たらいつかボロが出そうなので、ここは「偽」だとしても手品部らしい退出することにしようと思う。

「そろそろ、ワタシは退散しようと思いますが、せっかくなので瞬間移動マジックを披露しながら、ここから去ろうと思います! よろしいですか?」

「わー! 楽しみです!」

 彼女は、純粋な笑顔でそう言った。

「それではいきますね。まず、ここにある布をお借りしてもいいですか?」

「どうぞ!」

 まずは、近くの机に畳んであった大きな布をお借りする。

「では、今からこの布を広げるように上空に投げて、ワタシがその布を頭から被ります。そうなると、普通はただワタシが布を被るだけで何も起きませんが、ワタシが特殊な力を使うと、空中で広がったその布は何の形も留めずに、ただ床へ広がって落ちていきます……ではいきますね?」

 それっぽい口上をつらつらと喋ることで、彼女の期待度を上げるとともに、不自然さが消えるという作戦だ。

 あと、「特殊な力」と言ったのが比喩でもなんでもないというのが、自分的満足ポイントである。

 わざとらしく布をひらひらと揺らしてはためかせ、布を広げながら頭上に思いっきり投げた。その勢いで吹き上がった埃やちりが、夕日に照らされてキラキラと煌めき美術室を彩っていく。

 落ちてくる布が、風の抵抗を受けて広がりながら、体を包み込んでくる。ワタシは布で視界がふさがれたと同時に、手を握り込んで念じる。


 彼女のためにここから逃がしてくれ。


 美術室が静寂に包まれた。


 ―――………


「あのー……えぇっと?」

 〝私〟はそのまま消えると思っていた男の子が、まだ消えていないという事実に困惑していた。

 しかし、その布の下にいるであろう男の子は、未だ身動きを取らずにじっとしている。

 心配になって彼の肩辺りをちょんちょんと触ってみたけれど何の反応もなかった。

 しばらくしても動きが無いので、焦った私は恐る恐る覆っていた布を取り払った。


「え?」


 そこにはなんと、複雑に絡まっている三つのイーゼルが、絶妙なバランスでもってお互いを支え合い立っていたのです。

「す、凄い! って――あっ……名前聞き忘れた」

 私の「後悔」はこの目の前のイーゼルのようにしっかりと立っていました。

 私の後ろでしっかりと。


2021/06/01に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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