第97話 悪者
「死は永遠の絶望…」
時間というのは残酷だ。
生きている以上、人間は死を回避できない。決して止まることなく動き続け、生ある者全ての時間をゆっくりと浪費し、等しく平等な死を与える。
そして、時間という牢獄から解放されるのは死を迎えたその瞬間だけ、その先を誰も知らない。
「公爵…申し訳ありません。これ以上は…」
病魔という悪魔に取りつかれたと知った瞬間死を悟り、残された時間が自分にさほど残されていないと知った時、人間であることを呪った。
学べる知識がまだ世の中にこんなにも溢れているというのに、現在進行形の実験の結果すら見届けることもできず、終わってしまうのか。
それに気が付いた時、絶望した。
「嫌だ!私は死にたくない!死にたくない!!」
その時、ふと過去に読んだ文献を思い出す。
それはハルベルン王国が創生された初期の頃から行われていた錬金術の実験で、名目上は「女神の復活」を実現させるためのものだった。
(…あれを学び、自分のものにしてしまえば。私は死を回避できるのではないか)
彼の名はファルケン・フォスターチ。
血の清算を推し進めた罪深き人間であり、己の欲望と夢の実現のために多くの者を【犠牲】と称し、毒で命を奪った。
後に彼は錬金術という禁じられた知識に没頭し、自らを【ビショップ】と名乗ることとなる。
「体の調子はどうですか?ヒューベルト殿下」
「…おかげさまで」
「何か不調があれば、すぐさま仰ってください」
「ああ」
そのファルケンにとって、最高の作品は彼である。
(完璧な容姿に、死を超えた存在。遺体が綺麗だったのも幸いしているし、何より彼のコアこそこの世界に置いて完璧な存在だった)
――麗しき創生の神話には、続きがある。
妻アロンダイトを失った初代国王は嘆き悲しみ、女神の骨を粉末にして常に傍に置いていたという。
しかし、女神アロンダイトの骨は常人が持つだけでも精神に異常を起こす程強力な魔力を内側にため込んでおり、魔力に負けて命を落としてしまう危険性のある者だったと言われている。
結果、国王は徐々に精神に異常をきたし、最後はアロンダイトの復活を叫び死んでいったと言われている。
都合の悪い部分は美談として後世に残され、都合の悪い部分は一部の者しか知らぬまま時は過ぎていった。
アロンダイトには二人の息子と四人の娘がいた。
王国を継ぎ、導いたのは武勇に優れた【ルベリアム】。そして、知力に優れた弟の【エイリアス】は、父の遺言を実現すべく、アロンダイトの骨を研究し始めた。
女神の砂には、【再生能力】があることを突き止めたエイリアスは、それを使って手始めに不運の内亡くなった自分の娘を蘇らせようとした。
――既にもうこの時点で、エイリアスはどこかおかしくなっていたのだろう。
女神の力の賜物なのか、娘は見事に回復し息を吹き返した。
しかし、息を吹き返したところで、朽ちた身体を保つのは難しい。
娘は七日七晩朽ちてゆく身体の激痛にのたうち回りながら、最後は呪いの言葉を父に放ち、死んでいったという。
エイリアスは、その後まるで狂ったように研究に没頭した。
その後判明した蘇りの条件は、朽ちた身体を使うよりも、骨になってからそれを組み立て、女神の粉を混ぜた方が成功率は向上するというもの。しかし、何度も何度も実験を重ねるも、成功に至ることはなかった。
実験は徐々に人の道を外れていき、その研究内容はあまりにも凄惨なものになっていく。見かねた兄のルベリアムは、弟に預けたアロンダイトの骨を奪い取ってしまったとという。
エイリアスの死後、彼が秘密裏に弟子たちに教えた研究結果はひっそりと保管され、その結果に魅入られた人間は後を絶たず、細く長く今代まで受け継がれていくこととなる。
ファルケンもまた、それに魅入られた人物の一人だった。
初めてその真実を王家の図書館で知った時、感動と同時に衝撃に打ち震えた。
あまりにも非人道的で、人間はかくも残酷になれるというのか。神を侮辱した傲慢な知識欲をこれ程までに肥大していくことができるなら、人間はいずれ【完璧】な存在になれるという確信を得た。
血の清算でファルケンが進んで現皇帝に尽くしたのは、自らの研究を世に残すことを等価として動いたものだったが、実はもう一つ、隠れた目的があった。
それが、逃げ惑うエイリアスの人間を一人残らずこの手で掴まえて、代々ひっそりと隠され、細く太く続けられていた知識を暴くこと。
そのために、残された時間のほとんどを費やしたのだ。
「今、私の手には、研究の全ての結果となったヒューベルト殿下がいる。彼が王になった時こそ…人間という器を乗り越え、新しい存在へと昇華する。その証明となるのだ…!」
**
「あの…」
「うん?」
風を切ながら草原を二頭の馬が走る。
(これって…乙女ゲーム的には、最高のシチュエーションよね…)
先日、ヘルトの馬に乗ってから、私はあることに気が付いた。そう、馬に乗っている時は背筋をピン、と伸ばした方が乗りても馬もバランスがしっかりとれるということ。
なので、私はビジュ的には本当に絵にかいた王子様…つまりレアルド殿下の馬に乗せて貰いつつ、しっかりと前を向いていていた。
そう…最高のシチュだろう。何事も無ければ。
しかし、今彼は絶賛逃亡中の王子殿下であらせられるらしい。
「ええと、一応確認しておきたいのですが」
「ああ」
「私は一体どういう立場でここにいればいいんでしょう」
「そうだね…あなたのことを思うと、一番しっくりくるのは、人質かな」
「そうそう!オレも殿下の人質だしね~」
「…やっぱりそうなるんですね」
「なんだか、極悪人にでもなったような気分だな…」
ノエルもいるので、危険なことはないだろうと思いつつ、改めて見てもなんと複雑な状況だろう。
(ヘルトも心配してるだろうし、ユリウスにも…私を思っての行動だろうに、ついムキになっちゃった)
「大丈夫。私は貴方を傷つけることはしない…目的を果たすまでは付き合ってもらうことになるかもしれないけれど」
「レアルド殿下…なぜ、私を?」
「うーん…そうだな。あなたは私を信じてくれているようだから」
「信じるって…第一王子の話?」
「そう。…君が思う以上に、今、このハルベルンはとても危機的状況にある。まともであるかもしれない私が、動かないとならないから。…事実の証人になってもらえたら、と思う」
主人公力強。本当、この方の責任感は凄いと思う。
なんて…つい先日アードラにもこれは【私の物語】って言われたばかりなのに、どうしても元のゲームとてらし合わせようとするのは、もうやめないと。
「…私は、王都の情報に疎いのですが…第一王子は亡くなったはずなのに、どうしてみんなすんなり生存していたと思うのでしょう」
「…社会的同調性、というものだろう」
「社会的同調性…みんながそう言ってるから、これが間違っていないと錯覚してしまうということ?…でも」
ふと、大学の時専攻していた心理学の項目を思い出す。
そうか…【バイアス】。民衆が従うべき王が【生きている】と発表してしまえば、それは公認の事実となる。
「兄上の帰還を発表したのは皇帝・父上。そこに支持の多い聖女代行がその恋人だと発表すれば、事情をよく知らない人々の先入観につながる。そして、最終的には生きているという歪んだ事実を造り上げてしまった…だって、その本人がそこにいるから。それが…たとえ、兄上の皮を被った別の者であろうと」
「……よく、わかりました。それで、これからどこへ?」
「ひとまず…元・聖女の墓を見に行こうと思う」
「聖女の墓…?」
そこへ、並走していたノエルがやって来た。
「10年前、その街にも聖女様というのがいたらしい」
「そうなの?!」
「今はもう荒らされて、どうなっているかわからないけど。何かわかるかもしれないから」
「それって今神殿にいるヴィヴィアンも…もしかして第一王子と同じ…」
ここまで言葉に出して、私はさっと血の気が引いていくのを感じた。
『僕の原型は、フォスターチ家の亡くなったユリウスの兄、リオンだ』
その言葉通りなら、ラヴィはどうなるんだろう。
ここで、あてはまるのは…そう、レアルドの兄である第一王子ヒューベルト様、ということになる。
(もしかして…ラヴィがいなくなったのって、理由は…今、王宮にいるから)
「…おい!グランシア公女…?!大丈夫か!」
「あ…ええと、大丈夫。うん…」
「でも、顔色が…」
本当、この人は面白いくらい心情が表情に出る人だわ。
今も分かりやすく動揺しているし、真面目過ぎるのも考えものね。
「いえ、…ちょっと色々考えてしまって。それと…私のことは名前で呼んでいいですよ、レアルド殿下」
「…え?!」
そう、全ての情報の整理は今からゆっくり始めよう。
「もう、こうなったら運命共同体ということです!…公女って呼ばれるのは、少し苦手何ですよね、私」
「あ…ええと、なら。…サンドラ?」
「い、いきなりそっち?!…ええと、はい、もうそれで…」
「なあなあなあ!!!」
突然並走していたノエルの馬がスピードを上げて前に出た。
「そろそろ馬を休ませたいな――!!!ね?!レアルド殿下―――?!!」
「!あ、ああ。そうだな…」
「い、いきなりどうしたの?ノエル…」
「……そんなの、俺が殿下に聞きたいけどね!」
「??」
ちらりとノエルと目が合うけど、なぜかため息をつかれた。
ノエルはノエルで、レアルドの方を見て、静かに首を左右に振る。
「まさかとは思っていたけど…まーためんどくさい奴が」
カサンドラは前ばかりを見ているので気が付いていないが、ノエルの目にはリンゴのように顔を真っ赤にしているレアルドが映っているのだった。




