第96話 別離
「南部の災害についてですが…被害は最小限に抑えられたみたいです」
「そうか…」
「ヘルト様とカサンドラお嬢様が活躍なさったようですね」
どこか嬉しそうにほほ笑む公爵を見て、トーマスもまた顔がほころぶ。
「……まさか二人でたまたま出かけた先でそんなことになるとはな」
「ですが…もう一つの方は」
「第一王子の帰還、か」
「その…一体、どうなっているのでしょう。私の記憶では」
「今は」
「!」
「それ以上は口にしない方がいい」
「……申し訳ございません、旦那様」
「いや」
先日、王宮から妙な通達が来た。
それは、第一王子の帰還を知らせる吉報と、第2王子レアルド・ルベリアムの謀反の疑い、という驚くべきものだった。
『アロンダイトの宝剣を持ち去り、逃亡。見つけ次第、早急に王宮への帰還を促すように』
そして、最期には短くこう書いてあった。
『万が一、二大公爵及び爵位を持つ者の救援支援等を確認した場合、貴族査問会の開催の運びとなり、即刻爵位の剥奪と罰金を命ず』
(尋常ではない。それに…その時期に二人が南部に赴いたのは、単なる偶然かそれとも)
「トーマス。すまないが…南部に届ける物資に、私の書状を入れておいてくれまいか?」
「…どなた宛てに?」
「ヘルトだ」
「かしこまりまして」
「それと…黒い封筒を」
「それは…」
「…《《盟約》》通り、奴と酒でも飲み交わすとしようか」
**
「……」
「随分難しい顔してるね、ユリウス」
バサバサと近くの木に鳥が舞い降りる。
「アードラ…」
「いつ、カサンドラを連れて帰ろうか」
「!」
「やっぱり」
「…ここに来る途中、お前はわざわざ私の元にやって来た。それを見越してのことだったか」
アードラは人の姿に変えると、木の上にふんぞり返る。
「僕が一番大事なのは、カサンドラが何事もなく無事でいることだから…もう一つ、当ててあげようか。君がここにいるのは、第二師団の密命なんかでなく、南部の地方の支援でもない…違う?」
「……」
「君は誰の命令で、何の命を受けて動いているの?ユリウス」
「王都では、死んだと公表されているはずの第一王子の帰還など、バカげたことを本気で信じている連中があまりにも多い。そして、次の建国式典でバロル陛下が勇退し、その座を第一王子に譲渡するとも言われている」
「?!…そこまで、話が進んでるなんて…」
ザク、と土を踏む音に二人は振り返る。
「あれ?二人ともどうしたの、こんな人けのないところで」
「カサンドラ様!」
「アードラもダメじゃない。頻繁に人型になったら」
「な、なんでここに?ご主人様」
「二人を探しに来たのよ。レアルド殿下が…」
言い終える前に、ユリウスはカサンドラの腕をつかんだ。あまりにも真剣な表情に、思わず後ずさる。
「ゆ、ユリウス?」
「…カサンドラ様。これ以上、あなたは《《この件》》に関わらない方がいい」
「この件って…」
「レアルド殿下は今、王都で謀反の嫌疑をかけられ、国王陛下が自ら探している最中と聞いています」
「?!…そんな、どうして!あ…アロンダイトの、宝剣」
「あなたも見たでしょう?あれは、次の王位継承者のみ持つことが許されるハルベルンの王たる証…今、あの方が持つべきものではない」
「え?でも…レアルド殿下は」
「今、レアルド殿下は…王都で謀反の疑いをかけられています。宝剣を勝手に持ち出して、いなくなったから…」
カサンドラから見て、兄の死を語った時の表情は本物だった。その時、彼はこういっていなかったか
「君は、あちら側ではないんだね」と。
(あの時の言葉はそう言う意味だったの…?)
「彼に支援・援助した者は、査問会にかけられ、一族もろとも爵位のはく奪を命ぜられる。…今の状況では、もっとひどいことも」
「ユリウス…」
「私は貴方を失いたくない。だから、どうか…私と共に王都へ戻っていただけませんか?」
「で、でも!その第一王子様だって、偽物でしょう?なら…間違っていないことをを言うレアルド様が謀反なんて…!そんなのおかしい!」
「ですが…!今彼と共にいれば…私は貴方を!」
「…私を?」
ふと、気が付いた。
ユリウスが所属する第二師団の支援の話をカサンドラは聞いていない。グランシア公爵家の私兵が来ていたのは、見慣れた制服を見たから知っているのに。
もし本当に第二師団が来ていたら、ヘルトの元に来るはずだし、ヘルトも何も言わないのがおかしい。
「あなたは…もしかして、レアルド殿下を探しに来たのですか?」
「…それは」
「見つけてどうするの?第一王子の偽物を作った…ファルケンの元に差し出す?ファルケン・ビショップは、何度も私を殺そうとしたし、ヴィヴィアン・ブラウナーとつながっている。そんな人をあなたは信じるの?」
「違います!!!私は貴方を守りたいだけです!!このまま彼と一緒に行動していたら…」
バシ、とカサンドラはユリウスの腕をはじいた。
「…私は、過去…何度も真実を訴えたにも関わらず、多くの人に後ろ指をさされたことがあります」
「カサンドラ…」
カサンドラの身体が持つ記憶。
この世界に初めて来たとき、あらぬ疑いで他でもないレアルド王子に私刑の裁判にかけられそうになったことがあった。…どこか別の未来で、カサンドラはもしかして本当に裁かれて死んでしまったのかもしれないと思うと。
「間違いを間違いだと叫ぶ人間を…私は信じたい」
「本当に?」
「え?」
「!」
突然、ふわりと身体が浮いた感覚がして、カサンドラは思わず振り返る。
「れ…レアルド様っ?」
「あなたがそう言ってくれるなんて、嬉しい」
「え?!ちょ…っ」
太陽の光が透けると金色が混じった赤色は、何となく昔見た誰かの姿を思い出した。
(…ラヴィ?に似てる…)
「レアルド殿下!!!」
「ユリウス・フォスターチ。…君の姫君は、私が預かる」
そのまま軽々と持ち上げられ、流れるような動作で近くにいた馬の背に乗せられた。
「ちょ…ちょっとおお?!!」
「カサンドラ!!」
ユリウスが駆け出したころには、後から来たノエル・シュヴァルと共に走り去った後だった。それを慌ててアードラが追いかける。
それを茫然と見送りながら、ユリウスは膝をつく。
「……くそ!どうして、私は…」
それは、レアルドが宝剣を持ち去った次の日のこと。
ユリウスは、極秘にレアルド王子の捜索をゲオルギウス公爵に依頼された。
「なぜ私が?」
「…私が知らないとでも思っているか?先日、植物園に赴いたそうだな」
「私にもその資格はあります。…父上が気にかけるようなことでも…」
「ファルケン・フォスターチ」
「!」
「最近随分と熱心にそれについて調べているようだな」
「……」
ゲオルギウスは、パイプに火を点け、ふ、と息を吐く。
「会ったのか?」
「‥‥正直に言います。私は何度かファルケン・ビショップ・ファスターチと名乗る人物に何度も遭遇しております」
時には命を狙われたり、 友人を襲おうとしたり…と、決して良い遭遇の仕方ではない。
(どういうつもりだ?父は、奴とつながっているのか)
真っすぐ見つめるユリウスに、ゲオルギウスはふっと笑った。
「そのような目をするようになったのか。大したものだな」
「…?」
「神殿に努めていた頃のお前は、いつも心ここにあらずと言った様子で、死んだ獣の目をしていてた。今は…そうだな、猛獣とまでいかないにしても、猟犬位にはなれたようだな」
「……」
(猟犬…それは、褒めているのか、けなしているのか?)
なんとも複雑で、どう答えても鼻で笑われそうなので、ユリウスはそれ以上何も答えなかった。
「奴は亡霊だ」
「亡霊?」
「時代の亡霊、…むしろ、妄執が塊となり、勝手に独り歩きしているというべきか」
「妄執…」
実際、錬金術にのめり込んで人体生成に傾倒するなど、まともな人間のすることではない。まさに、悪魔と呼ぶにふさわしい。
「…あなたはどこまでご存じなのですか」
言うべきか迷いはしたが、どうせ記録係に行ったことも含め、全て筒抜けだろうと思った。
「お前にはこれを見せたことがなかったか」
「?」
ゲオルギウスはそう言うと、懐から首にかけていたネックレスのようなものを取り出した。
(何度か見たことはあるが…)
生前母が家族に送った手のひらにすっぽりと収まるほどのクリスタル結晶。
キラリと日の光を通して、中に白い粉末があるのが見えた。
「‥‥その粉は?」
もっていたクリスタルをすっとしまうと、いとおしそうにそれを見つめた。
「…ルエリエだ」
「母上…それは、まさか」
昔の習慣では、大事な人の骨を粉末にして持ち歩いていたと言われていた。それが、今は亡きエイリアスの一族の弔い方だと。
「ファルケンは、コレに少し骨を足せば、ルエリエを《《造れる》》、そう言った」
「?!」
造るということは。
あまりにも常識とはかけ離れた告白に、思わず吐気を催し、口元を抑えた。
「その様子では、大分、奴の本性について知っているようだ」
「‥‥ち、父上はそれを…」
「承諾などするはずがない」
その言葉を聞いて少し安堵した。
しかしある可能性にさっと血の気が引いていくのを感じた。
(…確認せずとも、わかる。アードラという青年がすべてを物語っている)
「‥‥今からちょうど2年前のことだ。奴は一度だけ私の目の前に現われた」
「ファルケンが?」
そんなにも前から、あのファルケン・ビショップは動いていたのか。
「そして、ひとりの青年を連れてきた」
「青年…?」
「そのお姿は、忘れる筈もない。…何年も前に亡くなったヒューベルト・アスク・ルベリアム殿下と瓜二つだった」
「それは…まさか」
(つまり、今王宮にいる『彼』がそうなのだろう。…アードラがそうであるように)
「父上は、第一王子殿下の帰還をお認めに?」
ゲオルギウスはそれに応えない。
「裏にファルケンがいるならば…陛下はその座を退き、第一王子を皇帝の座に指名するつもりだろう」
「?!そんなバカな」
「レアルド殿下もお前と同じようなことを考えていたようだ。…宝剣を持って、失踪したらしい」
「…失踪?」
「偽物にその座は渡さない―――その意思表示だろう」
「……」
「いずれ、ルベリアム王家はレアルド王子の捜索を命じる。謀反人として、内密に。その前にお前が見つけ出せ。…今の王家は、尋常ではない。何が起きてもおかしくないことを、忘れるな」
ぐ、とこぶしを握ると、背後に気配を感じた。
「?!…ヘルト殿」
「行くぞ」
「…?」
「謀反人の嫌疑あるレアルド殿下に、妹が連れ去られたんだ。追わないわけはないだろう?」
「あなたまで…」
「…王家からの命令は、見つけ次第王宮に帰還するよう促すことであり、捕らえよ、とは言われていない」
「?…と、いうと」
「促せばいいだけで、…間違って連れ去られた妹を救い出すために追いかけるのは当然のことだろう」
「え?!」
真剣な表情で淡々と続く言葉に、思わずユリウスは言葉を失う。
「離れてついていくぞ。…彼らが何処に行こうが、やむを得ない場合は協力せざるを得ない状況あるだろうし、妹を救うためには仕方がない」
「…はい!」




