第92話 協力
「ん…?……!」
(寝てたのか…?!どれくらい…)
ぱっと起き上がり、ヘルトは自分の状況を確認する。
(太陽の位置からして…今は丁度昼下がり…か?)
辺りから鳥のさえずりや、木々のざわめきが聞こえてくる。それに混じり、隣から健やかな寝息が聞こえてくる。
自分から背中を向けた側で、仰向けになって眠っているカサンドラを見た。
「全く、無防備なやつだな…人の気も知らないで」
(いつも、こいつには振り回されている。簡単に心配させるし、無茶苦茶だし…それに。秘密が多い)
ヘルトは、あまりカサンドラという人間について、良く知らない。
積み重なって深くなっていった埋められぬ溝は、最近は少しずつ埋まって生きていると思う。だが、彼女には秘密が多すぎる。
これが本来持っていたものなのか、そうじゃないのか…それを判断する材料が多くはないのである。
それでも、もっと知りたい、知れば知るほど。
「お前は…誰なんだ?」
何気なく口にした言葉は、誰に聞いたわけでもない。
「俺は…お前に聞いてばかりだな。なのに…」
「ふがっ」
「?!!」
突然聞こえた声に驚く。
「…あ、やば。自分のいびきで目が覚めちゃった……あれ?……わっ?!今の聞いてた??!」
「……あ、ああ」
「ええ?!もう!起こしてくださいよ~ヘルトのバカ!!」
「俺も今起きたとこ…」
ふと、カサンドラが飛び起きた反動か、傍らに置いてあったカサンドラのバスケットがひっくり返り…中から、赤い封筒が出てきた。
「それ…例の聖女からの?」
「!…あ、は はい」
「中は」
「……お茶会のお誘い、でした」
「随分と個性的な色の封筒だな…」
半ば呆れ気味に言うと、カサンドラも曖昧な笑みを浮かべた。
「…その聖女とは、親しいのか?」
「私は彼女を信用していません。人として…ましてや友人だなんて」
「人として…なのに、何故お前に干渉してくる?…何か、変なことに巻き込まれていないか?」
「…それは、ヘルトもでしょう」
「俺?」
「ガーデンパーティーの時…私は、正気を失ったレイヴンに《《襲われた》》時がありましたよね」
「…あれは、正直おどろ」
「ほら」
「?」
「ヘルト、正確に言うと…私はあの時、襲われそうになっただけで、何がか起きる前にあなたが全部を知っていた様子で未然に防いでくれたんです」
「それは…」
(あれは…確かに、俺は、《《そうなる》》と、なぜか確信していた。そのため、何をするべきか、どう行動するべきか)
「あ、あの…せめているとか、そう言うのではなくて!ヘルトこそ…何か、知っいるのでは?って…」
「俺が、何を?」
「わかりません…でも、もしかして眠れないのも…それに関係しているのかなって」
「…それにこたえる前に、俺はお前にいくつか質問をする」
「え?」
ヘルトは少しためらう。しかし、続けた。
「サンドラ。何度かお前を襲った人外の生き物がいただろう?…その正体をお前自身知っているじゃないか?…襲われる原因も」
「!」
「…カサンドラ。お前自身の何かしら変化もあるのだろうが…お前の周りにはありえない現象のトラブルが多すぎる」
色々な偶然や状況が重なったとはいえ、短期間でここまで周囲の状況が変容するのは、何かの意志や意図を感じてしまう。
カサンドラは、うつむいたまま何も答えない。
「…俺は最近お前が殺される夢をずっと見続けているんだ。だから、眠れない」
「?!え…っ」
「先日会ったあの聖女…あの女がお前を、……赤い剣でその身体を貫く夢だ。この間のパーティーでも、俺はあの後何が起きるか、どうするべきか、知っているから、あの行動をした。もしかしたら、それも…お前がって」
「そ、そんな力ありません!でも…ごめんなさい、どれから…何から話せばいいのか」
「…やっぱり、何かに巻き込まれているのか?いつから…」
「それは…」
ふと、ぐらりと足元が揺れた。
「?!」
そして続いて…今まで聞いたこともないほどの轟音と、何かが壊れる音。
「なんだ…?!」
「きゃあ?!」
顔を見上げると、自分たちがいる湖から、少し離れた場所の山がごっそり削れているのが見えた。…土砂崩れだ。
「最近…雨が続いていたから…?!」
「規模が大きい…あそこのあたりには確か人里がある。行くぞ!」
「は、はい!!」
少し気が荒立っていた馬をなだめ、二人は駆け出した。
湖の周辺は保養地や避暑地として利用されていることが多く、周辺には小規模の村が多く点在している。
一番近くにあった村に行くと、既に幾人か逃げ出してきたようでその対応に村長が追われているようだった。
「おい!何があった?!」
「あ…!騎士様!う、うちは大丈夫ですが…あちらの、こちらとは真逆にある湖の裏側にある山麓のふもとの村が…」
丁度対岸にはいくつか桟橋が見えた。
その周辺は幾つか大きな木々も巻き込んで上から流れ出し、幾つかの建物を丸ごと飲み込んだようだ。
曇り空のせいか、全体的に霞んで見えるのは、もしかしたら土煙かもしれない。
「…この村で一番早く馬を駆れるのは?」
「じ、常駐の騎士様が…」
「なら、大至急グランシアの公爵邸に早馬を飛ばせ。ここの飲み水は、湖から?」
「は、はい。向こうに大きなろ過装置があって…」
「確か、ここ数年で開発された浄水施設だろう?湖の水が汚染される前に直接引いている井戸は使わず、汚染を防ぐように。浄水施設の水門は閉じて、飲料水を確保、空いている宿は総出で、あちらからに逃げ出してきた者達に臨時の非難所を。それから‥‥」
次々と的確に指示をするヘルトに、カサンドラをはじめ、数人は唖然とした。
「あ、あの…騎士様は、一体」
「俺はヘルト・グランシア。ここは我がグランシアの領地で、この一帯は俺の管轄でもある。公爵邸からここまでそう時間がかからない…だから、皆安心しろ!」
そう叫ぶと、その場にいた者達から歓声が上がる。それにすっかり感化されたカサンドラは、バッと手を挙げた。
「はっはい!!ヘルト、私は?!」
「お前は俺といるように」
「ええ?!」
「行くぞ」
「…はぁい」
湖に添って馬をかけていると、逆側から白い馬が駆けているのが見えた。カサンドラはその白く美しい葦毛の白馬をどこかで見た事あるような気がしていた。
「あれ…?もしかして」
そして、目視で確認できる位置まで来て…二人は言葉を失う。
「あっれーー?!何してるんだ、ヘルトにサンドラ!」
「ノエル?!」
見れば、ぞろぞろと後ろから多くの人々が彼に続いている。
「大丈夫!対応が早かったからな。犠牲者はなし!」
「あの規模の土砂崩れだろう?!」
「それは…事後処理が完璧だったから」
ノエルがくるりと後ろを振り返ると…人々の列の先頭に立っている人物を見て、再び驚く。曇り空にも関わらず、燃えるような赤い髪の黒い外套の青年。
「まさか…!」
2人の声を聴き、青年はフードを脱いだ。
「…やあ」
「!」
一瞬、カサンドラの目を見て柔らかく笑う。
「久しぶりだね。カサンドラ。それにヘルト・グランシア。…それにしてもさすが名家の後継。もう現場に駆け付けるなんて、ね」
「レ、レアルド殿下…?!」
「ふふ、女神様のお導きかな」
言いながら、顎に手を当て、何かを考える仕草をした。
「え?」
「こうなれば…いっそ、君たちにも協力をお願いしようかな」
そして、再びにこやかな笑みを浮かべた。
―――それは、先日の夜のこと。
時間は、閉店間近の深夜のギルド・シュヴァル。うっすらと太陽の光が東側から差し込み始めた頃…客も少なくなった時刻に、一人の来客が訪れた。
「あ、すみません。実はもう閉店で…」
「ああ。一杯だけ」
やって来たのは、明らかに高価そうな外套に身を包み、腰に宝剣を携えた一人の男性だった。顔は見えないが、この店の暗黙の了解に【素性を探らない】というものがある。
供を付けずにやって来た明らかにどこかの高位貴族であろう男性を見て、店番をしていたフラウは、ため息をつく。
(はあ…今日も残業かあ。それに…)
ちらりと店内と伺うと、隅の方で飲んでいたガラの悪い男たちがちらちらとその青年を見、時折腰の帯びた剣を指さし、にやにやと笑っている。
(何も起きないといいけど…)
そう思った矢先、声をかけたのは、ガラの悪い方の男たちだった。
「なあなあ、兄ちゃんよ」
「!」
どか、と青年の隣にボスらしき男が座り込む。
「いーい剣をもってんじゃないの。これも高そうだしぃ?」
無遠慮に外套の端を掴もうとする男の手を払う。
「触るな」
「家出かなぁ?ならさ、俺たちがい~い仕事紹介してあげようか?ぼくちゃんなら一回脱げば相当稼げるぜえ?」
「…酒臭い」
「え い」
短い悲鳴を上げると…男はひっくり返り、天を仰いだ。
「…こ、この」
「…大層な筋肉だな。頭の中身はそちらに持っていかれたか」
「てんめぇえ!!!」
立ち上がりざま、青年につかみかかろうとするが、それはなんなくかわされ、返り討ちに会う。
「お前ごときに剣を向けるまでもない。…汚れる」
そう冷たく言い放ち、足蹴にする。
「…店番の青年」
「はい?!」
「ここの頭領を呼んでくれるかい?」
「えっでも」
「…呼んだかい?」
やれやれと言った様子でやって来たノエルを見ると、青年はすらりと剣を抜き放ち、首元に当てる。
「頭領…っ」
「別に、こんなことしなくてもいいのでは?」
「…ここは、一つ協力してもらわないと」
「協力?」
「ああ。一応、君が絶対に裏切らないという保証が欲しいから…そうだな。これ」
そう言って、取り出したのは一枚の書面だった。
それを見て、ノエルの顔は険しくなる。
「…何処でそれを」
「すまない。私もなりふり構っていられなくなってしまったので…君のことを調べた。君が、どこの人で、過去《《何をしていた一族》》なのか、を」
「……それで」
「この《《土地の歴史》》もろとも…今は私が管理している。だから、この店もどうこうするのも、私の手にあるということだ」
「店質ってことですか。あなたは一体何を?」
ノエルの問いに、青年は黒い外套を外す。
その赤い髪を見て、フラウは思わず後ずさる。
「お願いだ。‥‥僕の協力者になってほしい。ノエル・シュヴァル」
「協力…?」
「ああ。君が協力してくれるなら、その理由を話す」
「…その紙を持っている以上、俺に選択権はないでしょう?」
「すまない…、私がしようとしていることに、決着がついたら…この書面は君に渡すよ」
「…はあ、全く。とりあえずその物騒なものを下げてください。それにその剣て」
ノエルは思わず喉元にある宝剣を見た。
赤い刀身の、翼の装飾が入った銀色の剣。その剣を、恐らくこの国の人間は必ず目にしているだろう。
各所にある女神神殿の像に、絵画に、レリーフに。
「日が昇れば、王宮は大騒ぎだろう。何しろこれは宝物庫から持ち出した国宝のアロンダイトの剣だから」
「やっぱりか…」
「えぇええ?!!ちょっと待ってください?!…何をお考えで」
「別に。…まともじゃない父上が動く前に、手を打ったまでのこと…大丈夫、店番の青年君。君は何も見てない…まあ、頭領は人質にとられて王子が逃げ出した、とでも言っておいて」
どこか楽し気にそう言うレアルドに、フラウは勿論、ノエルも絶句する。
そして…やがて手をたたいて笑った。
「あはは!!すげー!俺が人質ですかあ―…!これは面白い!」
「と、頭領ぉ…」
「しょうがありませんね。じゃあ、お供しますよ、殿下。…そう言えば、あなたのご忠臣のルイス卿は?」
その質問には、レアルドは苦笑する。
「まきこむわけにはいかないからね」
「…そうですか。わかりました。じゃあまずどちらへ?」
「ひとまず…【聖女ヴィヴィアン・ブラウナー】について…南方の村に行きたい」
そうして…今に至る。
レアルドの予想通り、王宮では混乱が起きていた。
宝物庫から勝手に持ち出された剣と、王子殿下の失踪…そして、もう一つ。
「お帰りなさいませ!!」
「…ああ」
それは、《《遊学から帰国した》》…第一王子の帰還であった。




