第90話ヘルト③獲るか、退くか
その日、私は黙々とサンドイッチを作成していた。
その様子をコック長やアリーが物珍しそうに隣でみつめ、コック長に至っては目を丸くして驚いている。
「ハムに、卵に、ジャム…後はレタスにベーコン」
手際よく一枚一枚に具材をはさんでは二枚目のパンで閉じるを繰り返し、あっという間にバスケットいっぱいのサンドイッチ弁当が出来上がった。すると、思わず拍手と歓声が上がった。
うん、いい出来。
貧乏だから毎日弁当を作っていた過去がここで役に立つとはね。
「お嬢様…!いつの間にこんな技を…!」
「まあ、本で見たのを実践しただけよ」
うん、嘘は言っていない。
つい、久しぶりだったもので、無になって多めに作りすぎてしまっただろうか。何枚か余ったサンドイッチを使い切ると、朝食一人分くらいの量ができた。
「あ。良かったらみんなでどうぞ」
「ありがとうございます!…おお、これならきっとヘルト坊ちゃんもお喜びに!」
「ヘルト…坊ちゃん」
「おい!…その呼び方は勘弁してくれ」
私が二の句を告げずにいると、背後からヘルト坊ちゃんがやって来た。
さて、何故こんな朝っぱらから、調理場でサンドイッチを作っているのかというと…今日はなんと、ヘルトと二人で出かけることになったのだ。
―――それは、毎朝の稽古の時間の時のこと。
「……あのー」
「……」
「もしもーし」
「……ん?」
もうかれこれ三度目。
私はようやくこちらを振り返ったヘルトをひと睨みする。
「どうした?」
「どうした、はこっちのセリフです。みんな、今日のメニューはこなしました。」
「ああ…」
見れば、クレインはやり切った!という表情で堂々とさぼり、フェイリーと楽しそうにおしゃべりをしている。
「…ヘルト、この間連休取ったばかりでしょう?なのに何でそんなに疲れた顔をしてるんです?」
「疲れている?俺が?」
「はい!だって、毎朝糊のきいたブラウスシャツを着用しているのに、今日はしわしわ…それに、目の下のクマだってくっきり出ています!…寝てますか?」
「どういう基準だ。でもまあ、最近夢見が悪くて」
「夢見?…どんな?」
「それは…」
その問いには答えず、さっと目をそらされてしまう。
「よく覚えていない」
「?…覚えていないのに、疲れるの?」
「…まあな」
「うーん…ねえ、ヘルト。今日はお休みですよね?」
本日は、土曜日でも日曜日でもないが、いわゆる月に一度の【休息の日】である。ほんと、このシステムいいわよね。
「ああ」
「なら!私と出かけませんか?!」
「…え?」
「嫌な夢を見てるんでしょう?なら、気分転換しないと!」
「それは…まあ、でもどこに?」
「!!ヘルト兄さま、サンドラお姉さま、お二人でお出かけですか?!」
すると、傍で聞き耳を立てていたであろうクレインが手を挙げた。
「なら!南領のヘルデン地区はどうですか?あそこに綺麗な湖があるんです。よく僕ら家族でピクニックに行くんですよー!」
「ああ…あそこか。確かに、馬で行けるし、大した距離でもないな」
「じゃあそこで!」
「…いいのか?」
「お買い物って気分でもないので。そこにしましょう?」
と、言うことになったわけなのだけど。
(うーん…ちょっと、強引過ぎたかな)
自室に戻り、己が起こした行動を少し反省していると、猫型アードラがパタパタと尻尾を振ってこちらを見た。
「出かけるの?」
「うん。ヘルトと」
「?なんでまた…」
「なんか疲れているみたいだし。ちょっと何個か聞きたいことと、報告しないとならないこともあるから…」
「報告?」
アードラが小首をかしげると、私は引き出しから二通の手紙を見せた。
「ソレ…例の聖女様の手紙?」
「そう。これ、なんとお茶会の招待状だったの」
「それでその血みたいな赤?…趣味悪ぅ…」
「ほんとよね。…でもヘルト、なんだかすごく聖女様のこと気にしているみたいだし、勝手に行動するのもなあって」
「へえ、ご主人様、成長し…いて」
「どこから目線よ!全く!だから、今日は大人しくしてね?ケガしたばっかりなんだから、無理しないで」
その提案に、アードラはいささか不満そうだった。
「まあいいけど。…何かあったら、僕の名前を呼んで?どこでも行けるから」
「わかった。ありがとう」
(そう…どうやって説明するか。それが、問題よね)
そして、現在。
「どうです!!」
私はどや顔で、バスケットに入った大量のサンドイッチをお披露目する。
それをまじまじと見つめ、不審そうにヘルトは言いやがった。
「…嘘は良くないぞ?」
「嘘じゃないです!!さっき調理場で見たでしょう?!」
「俺が行く頃にはもうできていたし…」
「う。ま、まあ…パンを焼いたのはシェフだし、私がやったのは具材を挟めるのと、ベーコンを焼いたくらいで…全部を作ったわけではありませんけど」
言いながら、なんだかちょっと情けない…でも、ヘルトは軽く微笑した。
「まあ、調理したことにはかわりない。一つ、貰っていいか?」
そういうと、ヘルトはベーコンと野菜のサンドイッチを指さした。
え?私に取れということ??というか一枚でいいの??
「これ?」
しょうがないので一枚手に取ると、ヘルトは少し屈んでその一枚を、私の手から直接ぱくりとかぶりついた。
硬直する私と一瞬目が合う。そのまま、私の手から食べかけのサンドイッチをするりと取り出す。…少しだけ、触れた指先が熱くて、思わずひっこめてしまう。
「…美味い。またあとで」
「あ、…はい」
私は慌ててバスケットを持つと、急いで身支度を整えるために自室に戻った。
戻りながら、心臓が煩い位鳴り響いて落ち着かなかった。
ヘルトと目が合った瞬間、まるで狼に睨まれるような、そんな獲物の気分になった。
ふと、例の書斎の出来事がまたまた脳を横切る。
(いやいやいや!!お兄様よお・に・い・さ・ま!!しっかりして!!私の脳内!!)
**
走り去っていく足音を聞きながら、ヘルトは思わず自分の顔を手で覆う。
「何をしているんだ…俺は」
「あら。今日は出かけるのね」
誰もいないつもりでいたのに、聞こえるはずのない声が聞こえてぎょっとなる。
…母のタリアだ。
「ええ、まあ…何か御用ですか?母上」
「ふうん…今日はサンク・デノンの新作のハイネックのベストとコート?悪くないチョイスね」
「それはどうも…」
ヘルト自体出かけることが珍しいのか、母タリアは、出かける時には必ずやってきて軽いファッション・チェックをする。
その為、あまり適当な格好にできず、仕立て屋から定期的に直接新作を卸してもらっているのだ。
「それで…決めたの?」
「何をです」
「決まっているでしょう?…あの子を獲るか、退くか」
「――余計なお世話です」
「あらそお?早く決めないと、手遅れになるわよ?…女性の心っていうのは、魅力的な男性のところに惹かれていくものだから」
「……」
軽く一瞥して、部屋を出る。…グローブを嵌めながら、ヘルトはため息をつく。
(退くはまだしも…獲るなんて)
「そんなのは…傲慢だ」
約束の時間となり、玄関に行くと…こちらを見てカサンドラが驚いた。
「嘘…ヘルトは休みでも絶対にシャツを着るものだとばかり…」
「お前は俺を何だと思ってる…」
「え?ブラウスマニア?」
「お前な…!」
「それより、馬に乗っていくんですね?!」
外に待機していたのは、ヘルトが主人をしている青毛の馬【ノーヴェラ】。青が混じった黒い毛並みは、太陽の光を映してうっすら青光りして見えるのが特徴で、とても美しい馬だった。
それを馬自身も自覚しているようで、得意げに嘶いた。
「ああ。…俺の馬、ノーヴェラだ。馬は好きか?」
「はい!!ユリウスにもノエルにも乗せて貰いましたが‥‥すごく楽しくて!」
「!……へえ。ノエルとユリウス」
「はい!だから今度乗馬も…」
「なら」
「え?わぁ!?!」
ぐっとカサンドラの身体を引っ張ると、横抱きのまま自身の膝の上の乗せる。
「捕まってろ」
「?!!きゃああ!!」
超特急で走り去る馬を使用人たち一同が見送る。
「ああ…こう、お嬢様って、罪な方ですよね…」
ほう、とアリーがため息をつくと、メイド長のアデイラがそれを嗜める。
「…現実は色々と複雑だから、その辺にしておきなさいな、アリー」
それをほほえましく見ていた執事のトーマスだったが、南側の空を心配そうに見た。
「雲行きが怪しい…何事も無ければいいのですけど」
**
「あはははは!!」
「…大丈夫か?」
「あは、ははっ…早くて、もう笑うしか!」
(こ、こここの馬!!!超早い!!!)
しっかりとしがみ付きながらいるせいか、景色を見る余裕はない。
すると、徐々に馬の速さは落ち着いていき、私はようやく握りしめていたヘルトの外套から力を抜いていく。
「…すまん、こいつの能力は恐らく国内でも五本の指に入る。走らせるとどこまでも走り抜けるからな…」
「そ、そうなんですね…びっくりしたっ…」
「他の連中とは…その、良く出かけるのか?」
「え?」
「いや…馬に乗るのは初めてではないんだろう?」
「あー…はい!ノエルの馬は白くて綺麗だし…ユリウスの馬は少し淡い茶色で、鬣はグレーっぽい色ですごく美しいんです!」
「……馬が、か」
「はい!」
なんとも歯切れの悪い返事をされたが、はて。
「…でもこのノーヴェルもとってもきれい…青みがかかった黒は、ヘルトみたい」
すると、頭上でふ、と笑った気配がした。
「褒めても何も出ないぞ」
そう言って柔らかく笑う姿は…普段のしかめっ面からは想像できないくらい爽やかで、思わず見とれてしまいそうになる。
(ええと、リラックスしているから?もっと笑えばいいのになあ)
「そう言えば、この辺りに少し大きい街があるな」
「あ…ここ一体、グランシア領になるんですよね。ヘルトは街の場所も把握しているの?」
「おおよそは」
「へえ…すごい。それも後継教育の一環、ですか?」
「後継…」
すん、と空気が少し重くなる。
先ほどまで柔らかかった表情が少し険しいものに変わってしまった…
(どうしよう…余計なことを言ってしまった…かな)
何か言わないと、とおろおろしていると、先にヘルトが口を開いた。
「俺はグランシアは継がない。…クレインが成人したら、そのまま除籍するつもりだ」
「…え?」
思いがけない言葉に、私は言葉を失ってしまう。
「で、でも」
「…所詮俺は連れ子に過ぎないからな。公爵と母上の間に、男子がいるなら、余計な火種はいなくなる方が後腐れなくていい」
「そんな!…それは、クレインだって、お父様だって…悲しみます」
「……お前は?」
馬の脚がぴたりと止まる。
「…?」
顔をあげると、ヘルトの黒曜石みたいな瞳が私を射貫く。
「俺がいなくなったら…お前は、どう思う?」
お読みいただき、ありがとうございます。
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