第80話 白薔薇
「はあ…やれやれだぜ」
…依頼を受けて一週間がたった。
無事、事件の関係者と思われる人たち全員に話をつけ…残りは、フォスターチ家を残すばかりとなった。
(やっぱりどれも、消えた骨の部位は脊椎ばかり。これは何か意味があるんだろうがなぁ…)
「あ。頭領!お疲れ様です!」
「ああ…あれ?ラヴィは」
「え?」
ギルドにつくと、店内は忙しそうに動く従業員の姿が見えるが、どうやらラヴィの姿は見えないようだった。
(…?勝手にさぼるような奴でもないと思っていたが)
「…ラヴィの奴を知らないか?」
「ラヴィさんですか?そういえば、今日は見てないような」
「…そうか?」
部屋に戻ると、なにやら甘ったるい花のような香りが充満していた。
「ラヴィ―?…う」
思わず顔を顰めるが、そこにラヴィの姿がなかった。
ウサギの姿にでもなっているのかと確認するが、その姿も見当たらない。
首を傾げていると、コンコンと窓を叩く音がした。驚いてそちらを向くと、鷹の姿のアードラが怖い顔で睨んでいるようだ。
ただ事ではない様子だったので、早速窓を開けるとものすごい勢いで突っ込んできた。
「ラヴィがいなくなった!!!!」
「アードラ?!落ち着け、どうしたっていうんだ」
「ラヴィがいないんだ!!…気配はするけど全くの別物っていうか、なんか気持ち悪いっていうか」
「気持ち悪いって…」
確かにラヴィがいない。
見れば、置手紙があるわけでもなく、どこに行ったのか見当もつかない。
「サンドラの所に帰ったんじゃ?」
「…いいや、戻ってみたけど、そういう感じはしなかった」
「じゃあ…一体」
「嫌な予感がするんだ…」
印象的にいつも落ち着き払っているアードラがここまで動揺しているとなると、ただ事ではないのだろう。
「…とりあえず、一日待ってみよう。まだ、サンドラには言うなよ」
「うん、わかっている…けど」
そう言って飛び立つアードラを見送りながら、ノエルは再び周りを見渡した。
(この鼻を突くような香りは…香水か?見知らぬ女の残り香なんて少しゾッとするな)
ふと、見るとテーブルには一輪の白い薔薇が置いてあった。
「白い薔薇……?」
(白い薔薇は故人を現す、となると)
「もしかして…あいつ…!」
**
「ふぁああ…」
私はふと目が覚めると、自分がふわふわ宙に浮いているような気がして驚いた。
「よく眠っていらっしゃいましたね」
「!!!」
はっとなると、私はどうやらユリウスによって、俗にいうお姫様抱っこと言う奴で運ばれて言る最中だった。
「わ、わわわユリウス!!」
「ああ、動くと落ちますよ。」
「だ、大丈夫!一人で歩けますから?!」
「はは。何を今さら、さあもう部屋に着きますからご安心を」
ご安心、安心ってねえ?!
周りを見れば、確かにここはグランシア邸のようだ。
…そう言えば美味しいデザートをたっぷり堪能した後、馬車に揺られていた最中、どうやら眠ってしまったらしい。
あ、色々思い出してきた。
(無防備にもほどがあるでしょうに…はぁ、恥ずかしくて死んでしまいたい)
そんな私の様子をアリーは何か言いたそうにこちらを見ている。言いたいことは分かる、わかるわアリー。でも、お願いそんな目で見ないで。
「お嬢様の部屋はこちらです」
「アリー…」
確かにもうあと数歩で私の部屋のようだ。
(…ユリウスにこうやって運ばれるのは二度目だ)
「も、もう!ここで!!ここまでで十分です!!」
一応私はこれでも花も恥じらう17歳なわけだし(中身は違うけど)部屋の入り口の前で辞退を申し出た。
「そうですか…では、仕方がありませんね」
コイツ、入る気だったのか!!
すとん、床におろされると、すかさずアリーが傍に来て支えてくれた。
「カサンドラ様、一つお願いがあるのですが」
「お、お願い?」
「土曜日の約束、覚えていらっしゃいますか?」
「それは…勿論」
「もし叶うのであれば、お弁当も用意していただけないでしょうか」
「そ、そんなことでいいんですか??」
一瞬、面食らったような表情を見せたユリウスだったが、すぐにほっとしたように笑った。
だって、何を言ってくるか想像できないんだもの
「ええ。それと、馬を用意しておきますので、動きやすい恰好でいらしてくださいね」
「わかりました」
(警戒…し過ぎ、かなあ)
「良かった…、では土曜日楽しみにしていますね」
そう言うと、ユリウスは何気ない動作ですっとかがむと、そのまま私の頬にキスをしてきた。
「!!!」
「ふふ、では、また明日」
またやられた…!
だめ!やっぱコイツ油断ならないわ!!あ、でもこういうのって普通の挨拶だっけ??…わからないけど、びっくりするからやめてほしい…。
ため息交じりで部屋に戻ると、アリーに着替えを手伝ってもらった。
「油断なりませんね…フォスターチ卿…!」
「いたい、痛いからアリー、もう少し優しく髪ほどいて」
本当に、アリーは一生懸命だなあ。
「あ、そう言えばお嬢様、お手紙が来ていましたよ!」
「手紙?…必要じゃない限り当分夜会だのパーティー系には出たくないわ」
そういうイベントごとに出ると必ず何かしら起こるもの。
わたしだってできれば何事もなく平和に過ごしたいのだ。
「うーん、そういう招待状は必要じゃない限りトーマスさんが処分されていると思うので…これは個人からの手紙のようです」
そう言って、アリーが手渡してくれた手紙の差出人を見ると‥そこには日本語で「崎本結奈」と書いてあった。
(日本語?!まさか…これって)
「不思議な文字ですね。外国の方ですか?」
「……これ、読めないのね」
「?はい、すみません、私は学が浅くて」
「大丈夫よ、この文字は読めなくたって無理はない」
この世界の公用語は【英語】だ。
【日本】という国が実際にあるとも思えないので、これはおそらくヴィヴィアン‥もとい、私と同じ場所から来たかもしれない、あの子のものじゃないだろうか。
中を開けると、同様に日本語でただ一文字書かれていた。
それは…「助けて」だった。
寝室に戻ると、アードラがどこか落ち込んだ様子で私の寝台に寝転がっていた。
「そこ、私の寝るところなんだけど」
「いいじゃない、ご主人様。一緒に寝ようよ」
「あんたには前科があるでしょう」
仕方ないので長椅子に座り、アードラを見る。
ぱっと見では異常を感じないのだが、その様子はどこかおかしい。
(落ち込んでるというか…なんだろ、元気ない?)
今日の一件で魔力とやらを使いすぎてしまったのだろうか。そんな心配をしてしまう。
「こっち来る?」
「いいの?隣に行って」
「何もしないなら」
「ほんと?」
「人間以外の姿でね」
「…ちぇ」
そう言うと、アードラは黒い猫の姿になって私のひざに座り込む。
…くぅ、可愛い。なんか悔しいわ。
「どうしたの?」
「何が?」
「落ち込んでるでしょう?」
「…そうかな」
そっと撫でると、ごろごろと喉を鳴らす。
こういうところは、本当に猫っぽいのよね。
「そう言えば、手紙をもらったよ」
「手紙?あの不幸な手紙じゃなくて?」
「コレ」
アードラは何気なくすっと手を伸ばすと、白い手紙を手にとって見た。
「…これ、なんて字?」
「日本語。…私の元居た場所の言葉よ」
「へえ……?なんて書いてあるの?」
「…助けて、って」
「……」
「何か、あったのかな……」
すると、突然アードラは人間の姿に変わった。
「あのさ、ご主人様」
「急に…な、なにっ?!」
「…あのヒロイン様と、関わらない方がいいと思う。今のヒロイン様も、昔のヒロイン様も…両方」
「……珍しいね。はっきり言うなんて」
私の見解では、アードラは今のヴィヴィアンじゃない方に同情しているのかな、と思っていた。
「何か…よくないと思う」
「うん…それは、わかっているつもりだけど、助けてなんて…言われたら」
「それが罠だったら?」
「!」
「…ごめん、でも…ご主人様が傷つくのは嫌だ」
「アードラ…ありがとね。でも」
カシルのこと、レイヴンのこと、ヴィヴィアンのこと。レイヴンが正気に戻り、レアルドも正気に戻ったって言うなら、【シークレット・フラグ】は全て壊れたということだろうか。そしたら、何が起こるんだろう?
これも確認する方法もないので、結局のところ分からない。
「何ができるかわからないけど…助けて、っていう人を無視したくない」
「…いうと思ったよ」
「今日はもう寝よ?…明日できることは明日する!今考えても答えなんて出ないしね」
「あ、じゃあ僕も」
「人型以外の動物だったら赦すわ」
「…じゃあ、猫でいい?」
「よし」
そして、私は早々に床に就いたのだが…ここで問題が。
(さっき思う存分寝たから、あまり眠たくない…)
目を閉じると、今日起きた様々な出来事が頭をぐるぐる回る。
ヴィヴィアンも気になるけど、実は私が一番気になるのはヘルトのことだ。
レイヴンとのやりとりの最中で、巻き戻った時、まるで何が起こるか最初から分かっていたかのようにヘルトは行動していた。
(アードラの逆戻しの力の影響を受けない、とかそう言うこと?…それとも)
そうして、私の脳内で明確な回答など得るわけもなく…いつの間にか眠ってしまった。
―――ハルベルン帝国の貴族たちは、郊外と首都の周辺と邸宅を二つ構えている場合が多い。
首都・アンリの中でも富裕層の多くが邸宅を構える5番街には、爵位を持つ著名な家も数多くある。
その中でも5番街の一等地に建つ、どこかこじんまりとしているが荘厳な造りの邸宅は、ユリウス・フォスターチの住居となっている。
元は街を訪れた際の居住地としてフォスターチ公爵自ら夫人へと贈った建物だったが、母亡きあとそのままユリウスが受け継いだのだ。
通勤するにしても、こちらの方がはるかに楽で、他の兄達も同様にこの辺りに居住を構えている。
「おかえりなさいませ、ユリウス様」
「ああ」
子供のころからユリウスの世話をしているメイドに上着を渡すと、若き執事のアランが一枚の封筒を差し出した。
「温室の入室した方々のリストですが…ここ数年、正規な手段で出入りした人間はいないようです」
「だろうね」
「え?」
「だけど…鍵がなくても入れる者がいないわけではないから」
「…?それは一体」
「例えば…亡霊、とかね」
そう呟くユリウスの脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。
(ファルケン・ビショップ…冥界からわざわざ舞い戻って来たとでもいうのか?)
「それと…もうひとつ」
「ん?」
そう言って差し出されたのは、一通の手紙だった。




