第75話 ブラック・クイーンの誘惑
(何でこうなるんだ…)
表向きにはカシルが主催した、このガーデン・パーティー。
実を言うと、ほとんど父の威光を借りて催したものであり、カシルが及ぶ力はわずかなものだった。
フラムベルグ伯爵は、息子が自分達より序列の上である公爵家に自分の手が届かぬ場所でちょっかいを出したことに、憤慨した。
だが、同時に親馬鹿と言われようが、反面よくやった、とも思う。謎のベールに包まれた公女・カサンドラとどんな形であれ接触し、フラムベルグ伯爵家に意識を向かせることに成功したのである。
そこでまさかフォスターチ家まで引っ張り出すとは予想外ではあったのだが。
「…いいか、カシル。私の代行として今季のガーデン・パーティーの主催を許可する。そこでグランシア公爵家に誠意を見せろ」
「ち、父上…ありがとうございます」
「だが、条件がある」
「条件…ですか?」
「ああ。令嬢はフォスターチ家と縁を結ぶことになったようだが…あちらには、まだ次期後継と噂されるヘルト卿がいるだろう。彼を必ず出席させろ」
「あ…それは」
そう。フラムベルグ伯爵は、ただでは転ばない。
ピンチと危機をチャンスとし、ここまで家門を大きくしたのである。
「うちにもおるだろう…?!適齢期の娘が!!」
「……そ、それは…む、難しくないですかっ!?」
「バカ者!やる前から諦めてどうする!!決めつけと常識は、せっかくの好機を逃すといつも言っているではないか!!」
「う…」
「だから!なんとしてもヘルト卿をこちらに引き込み、うちの娘に誘惑させるのだ!!!」
…というわけである。
つまり、今回のカシルの任務としては、目的はカサンドラではなくヘルトと親睦を深めることにあった。
にもかかわらず…やって来たのは。
「えっと。フ、フェイリー・グランシアです…」
おすまし顔で恭しく淑女の礼。カチコチに緊張しているようだが、終わった途端のやり切った!!みたいな生き生きとした表情がなんとも可愛らしい。
(何でこっちが来るんだ…!!)
「み…未来を担う公爵家の公子殿がいらしてくださるとは…光栄です」
そんなことをつゆ知らず、アードラは傍観者を決め込んでこの状況を楽しんで観察していた。
(あ、苦虫を嚙み潰した表情…ってやつか?カシルがわかりやすく「ぐぬぬ」な表情をしている)
公爵家を除くと、フラムベルグ伯爵家の知名度はかなり高い。
その二大公爵家をこの場に招待しただけでも、一目置かれるべきではあるが、その根底にある目的が垣間見えるようで、当人たちからすれば白けるところだろう。
すると、どこからか離れたアードラの場所まで届く強烈な香水のにおいを感じ、思わず羽根でくちばしを抑える。
(うわ)
どうやらそれは、カサンドラ一行も同じようで、ユリウスはともかくヘルトがものすごく眉間にしわを寄せているのが見えた。
「昼間ですし、オープンなパーティーなので夜会程ギスギスしたような感じは見受けられませんが…」
ユリウスがそっとカサンドラに耳打ちする。
「……ヘルト殿が、今回裏方に徹しようとする理由がわかりました」
「どういうことですか??」
「どうやら、フラムベルグ伯爵というのは、ただでは転ばぬ方のようですね」
「え」
ふと、ねっとりとした…というか獲物を狙うというか、そんな気配を感じてカサンドラは周りを見渡した。
(アードラはわかりやすく顔をしかめている…ユリウスは苦笑気味、じゃ、ヘルトは…)
くるりと振り返ると、あからさまに明後日の方向を見ている。
「まあ、これはこれは!思わぬ方がいらっしゃるではありませんか」
嬉々とした甲高い声。見れば、向こうからカシルと同じハニーブロンドがやって来た。
(ええと…私より恐らく年齢は私より上?てことは)
この世界で言う結婚適齢期。
カサンドラと同じ詰襟のドレスなのに、上から下までぱっつんぱっつんに張り切ったボディが、むんむんと漂う色気を隠し切れていない。
何となく、クレインの目はふさぎ、フェイリーを背中に隠した。
「おねー様!せっかくなのに、前が見えません!!」
「見えなくていいの!フェイリーもこっち!」
「なになあに?」
目的は…言わずもがな。
「初めまして、ヘルト・グランシア様。フラムベルグの次女、レジエンナ・フラムベルグと申しますわ!」
「……」
わざとらしく髪をばさぁッとやる仕草は、初めて会ったときのカシルとよく似ており、さすが姉弟というべきだろう。
表情を一切変えていないように見えるが、ヘルトの眉間がぎゅっとしているのを、カサンドラは見逃さない。
(すごい…初めて見た。それが世に言う肉食系!この世界のもいるの?!!)
ぷるんぷるんと胸元が揺れるところを見ていると…もしかして、わざとサイズが小さいのを着ているのかもしれない。
(すごいポテンシャル…!)
「まあ…騎士の中でも最も名高いヘルト様に逢えるなんて…今日はなんてすばらしい日なのでしょう…!」
こういう女性というのは、さりげないボディ・タッチを忘れないのがお決まりである。彼女も例外ではなく、上目遣いのまま、そっとヘルトの腕にお触りをする。
しかし、ヘルトは無言で触れられた手を払い除けた。
「あなた方ご姉弟はよく似ているようだ」
「え?」
「弟のカシルといい、ご自身の立場をわきまえぬ振る舞い。礼節というものを、フラムベルグ家は軽んじているようだな」
一瞬、ポカンとした表情を見せるが、レジエンナは見る見るうちに赤くなっていく。
「な、ななな…無礼では?!」
「どちらが?」
「あ、あねう」
「…ッ!」
絶対零度なヘルトの塩対応にご不満げな表情のレジエンナは突如ぐるりとこちらを向いた。…そして、いじめっこよろしく、目がギラリと光る。
「あら…あなたが例の引きこもり公爵令嬢、カサンドラ・グランシア様?」
パタパタとわざとらしく扇で仰ぎ、わかりやすくターゲットを変える。その様子を見て、ユリウスとヘルトの空気がさっと冷えこんでいくのを、離れた場所にいるアードラさえ感じた。
(…なんとも人を小馬鹿にしたようなこの振る舞い。大丈夫かな、あのご婦人)
それは、相手の心配をしてしまうほど。
「まあ、気付くのが遅くなってごめんなさぁい?…あまりにも夜会に顔を出さないものだから、あなたのことを全く知らなくて!」
しかし、当のカサンドラは目をキラキラさせ、色々と思考を巡らせているようだ。
(もしかして、これが噂の【マウント】というもの?!これよこれ…!まさに二次元の中でしかなかった世界が今ここに!)
などと、考えているに違いない、とアードラは確信した。
「とんでもございませんわ!令嬢のような太陽の如く輝きを放つ女性に声をかけてもらうなんて光栄です」
「!あ…あら?そう?」
「はい!はちみつみたいな金色の髪も、隠し切れない豊満さを惜しげもなく強調させたはち切れそうなそのドレスも…私にはとても真似できません。なんて羨ましい…!」
「な…」
その言葉に、フラムベルグの二人は絶句する。
そして、同じように一行のやり取りに聞き耳を立てていた他の招待客は皆、吹き出したのであった。
「令嬢のように、どんな場面でも殿方に対して下品で卑猥な行動と服装をあえて積極的にできる姿勢…まさに反面教師、とでも言うべきでしょうか」
「な、んですって…?」
わなわなと震えるレジエンナを見るに見かねて口元を抑えながら周囲の人間は撤退する。そんな様子を横目で見ながら、カサンドラは持っていた扇子をパッと開いた。
「ですが…仮にも帝国の双肩と謳われる我がグランシア公爵家の名をもつ身として、家の名前を貶めるような真似、私にはとてもできません。本当、兄さまのおっしゃる通り、フラムベルグの皆さまはご自由なご身分で、羨ましい限りですわ」
「っし…しし失礼にもほどがあるわ!!」
「あ、姉上!!!すみません、後程また」
(あー…圧勝)
ほどほどにしなよ…という念を込めてアードラが見るが、目が遭った瞬間カサンドラはにっと笑ってウィンクした。
「お二人とも、随分楽しそうじゃない」
「やるな、サンドラ」
「ヘルトのご指導のたまもの…ですわね」
「…!ヘルト、ですか」
「?」
「いいえ…」
「あ…そういえば」
「あ、あの!」
「?」
「か、カサンドラ・グランシア…令嬢、ですか?」
「そうだけど…あなたは」
やって来たのは…カシルと同じハニーブロンドの少女だった。何となく構える一同だったが、それはすぐに杞憂に変わる。
名前を聞くや否や、少女はカサンドラの手をがしっとつかむ。
「ご挨拶が遅れましたわ!私はリンジー・フラムベルグ。カシルのすぐ上の姉です!カサンドラ様、よろしくお見知りおき下さいませ!」
「え、ええ…よろしく…」
(な、なんていうか、積極的な子ね)
にこにこと微笑む彼女の瞳の色は…なんだろう。敵意じゃないのは確かだけど。
「先ほどは次女がご迷惑をかけたみたいで、ホント、申し訳ありません」
(次女というと、あのぱっつんぱっつんなクイーン様か)
顔は…似てなくもないのだけど、雰囲気はまるで正反対。この子は随分とさっぱりとした性格のようで、年頃も近いせいか親近感がわいてしまう。
「カサンドラ。」
「はい!」
し、しまった反射的に返事をしてしまったが、油断するな、ということだろうか?
ヘルトとユリウスの二人は騎士らしく、そのまま私の後ろに立つ。
「ええと、あの…り、りんじーさん…?」
こくこくと力強くうなづくと、隣に立つユリウスとカサンドラを交互に見て、にこにこする。
「はあぁ…やば、美しい人が二人…!」
「へ?」
「あ、ごめんなさい取り乱しちゃって…カサンドラ様の噂はかねがね聞いております!」
「噂…とは」
「フォスターチの一件では、女性ながらに悪人退治!!復活祭では誘拐されそうになった弟君をたったおひとりでお救い、これまた悪人をばったばったとなぎ倒したとか!!!」
身振り手振りを見せて、息継ぎをなしに一生懸命リンジーは語る。
「ちょ、ちょっと待って…それは私ではなくて」
「はあっはあッ…そんなご謙遜を!!!今日のお衣装もとっても素敵…!!!安心して!私はうちのバカ弟じゃなくてユリウス様を推しますわ!!!!」
はあはあ、と何度か深呼吸をして、リンジーはにっこりとほほ笑む。
「私、あなたのファンなんです!!!よろしくお見知りおきくださいね!」




