第74話 ゲーム・スタート
「…ッ」
私は、あくびをかみ殺して歯を食いしばる。
「できました!!お嬢様!」
鏡を見てはっとなる。…今回のドレスは、昼の時間ということもあり、詰襟で体のラインがあまり見えないように、各所にマダム・ベルヴォンの薔薇の刺繍のレース飾りがついている。今回はユリウスの随伴ともなるので、ドレスコードはお揃いになる。薄紫のドレスに、首に巻いているスカーフは黒色の蔓草模様が刺繍されているもので、フォスターチ家の印章に由来するものらしい。
これで、自他ともに認める婚約者同士、ということになるわけだ。
「髪はまとめ上げた方がいいですね」
「飾りはこちらで…はい、どうです?カサンドラ様」
「‥‥うん!さすが、アリー」
「えへへへ~お嬢様の美しさを万人に知らしめるためにも…当然です!」
「う、うん」
なんだか最近この子の言動が不穏なんだけど…カサンドラのことを大事に思っているのは本当よね…。
「準備はどうだ?」
「あ、お兄様」
やって来たのは…礼服ではなく、グランシア家の印章が入った制服のヘルトだった。今回、彼はあくまで初めて社交界デビューするクレインとフェイリーの護衛ということもあり、裏方に徹するらしい。
(おお…騎士の制服とまた違うデザインでカッコいい…)
グランシア公爵家専属の護衛騎士団というものがある。ヘルトはあくまで王国直属の騎士でもあるので、騎士団長はまた別にいるのだけど…やはり様になっている。
ハルベルン騎士は基本的に青色と白色が基調であり、グランシアはワインレッドの色が基調となるわけだけど…これはこれで、目立つだろうなあ。
「どうした?」
「あ、いえ。…白いタイがまぶしいです」
「??ま、まあとにかく…フェイリーたちはもう下にいるぞ」
「はい」
「後、母上も」
「え」
そう、今回はフェイリーとクレインの初社交会、ということもあるので…
「あ!お姉さま!」
「お美しいです!!」
「クレイン、フェイリーと…」
どこにいても煌びやかな雰囲気を放つのは、元・舞台女優なればこそ、だろう。
華やかな赤い髪はフェイリーにも受け継がれており、将来すごい美人になるだろうなあ。
「た、タリア様…」
「……」
じっと穴を空くほどに見詰めて…すっと視線を外した。
「…よろしい。さすがね」
「あ、いえ」
え?!褒められているのかしらねこれは…
「め、メイド達のおかげです」
「そうね。その心意気、忘れてはダメよ」
うーん…合格、ということね。
貫禄がすごい。
「ヘルトも、頼んだわ」
「はい…もうユリウスも迎えに来ているらしいから、行くぞ」
「はい!」
「はーーい!!」
元気のよいフェイリーとクレインの返事にふっと笑みがこぼれる。ちょっと緊張がほぐれたかな…など、ほっと胸をなでおろしていると…あ。ヘルトと目が遭った。
「緊張してるのか?」
「ええ…まあ。昼だろうが夜だろうが、人が集まるパーティーには変わりありませんから」
「ガーデンパーティーとなれば、夜会のようにダンスがあるわけもなし。フラムベルグ公子を叩きのめしてとっとと帰るとしよう」
「叩きのめして…って、言いすぎですよ兄さ」
「…名前でいい」
「え?」
「嫌か?」
「ええ?!!そ、そんなことはないけど…」
何言いだすのよ?!うっすら動揺していると、ヘルトは気まずそうに目を伏せた。
「書斎では…その、悪かったな」
「え?!!」
あ、ダメダメ。色々とよぎる場面を思い出してはダメ!!!
「…あの時」
「……あ、あの!!!ダメよ無理しすぎちゃ?!また倒れたらどうするんです!」
「その半分の原因はサンドラ、お前だろう」
「うっ!…その、大人しくしているつもりなんだけど…」
「あまり心配を駆けさせるな。…お前が何の心配もなく、過ごすのが俺にとっては一番の休息だ」
さっと出された手を取り、一緒に歩く。
穏やかに笑うヘルトに、心臓がとにかく落ち着かなかったのだった。
**
その頃、神殿の寮では。
「…今日、よね…イベントの日」
ヴィヴィアンは、目の間にカレンダーについた赤いマークを触りため息をつく。いつもなら、自分のステイタス画面を呼び出してチェックをするが、最近はそんな気分にもなれない。
…原因は、毎夜見る悪夢にある。
(毎晩、毎晩…なんなの)
その夢は、あまりにもリアルであまりにも現実味があって、起きた時、自分が一体誰なのか自信が亡くなるほど。そうして、朝起きてすぐに鏡を見るのが日課になってしまった。
壁一面に張られたポスター、本棚にはびっしりの同人誌に、アクリルスタンド、グッズの数々が陳列された見慣れた部屋。
大きなゲーミングモニターに映るのは、【ヘヴンス・ゲート】のステイタス画面。でも、操作しているのは自分ではなく、ヒロインヴィヴィアンの姿だった。
「このままいけば、レイヴンは問題なくEDになれるのに…レアルドが0になってしまった今、彼しかいないじゃない。どうして嫌がるの?」
ヒロイン特有の眩しい笑顔でそう言われるが、それがあまりにも不気味で目をそらしたくなる。
「…怖い、から…」
「怖い?どうして」
ふっとあざけるように言うヒロインの瞳に映る自分は一体誰なのか。
「そんなに嫌なら、私が変わってあげてもいいわよ?」
「…そ、それはいや」
「なんで?結局あなたはどうしたいのかしら…所詮ヒロインの顔を被った異邦人なんだから、本当の意味で幸せになんてなれるわけないのに」
「…」
「に・せ・も・の…なんだから。ふふっ…」
(だからなんなのよ!!)
だって、今ここにいるのは私で!言葉を話すのも!鏡に映っているのも!!この私…結奈じゃない!!!
「お嬢様、レイヴン・クロム様がお迎えにいらっしゃいましたけど…」
「!」
(え?どうして…私、彼には断りの手紙を)
『はーい。わかりました、いつもありがとうギネリーさん』
思わず出た言葉に口元を手で押さえる。
「あ…え?どうして』
そして、思わず鏡を見る。…そこにいるのは、青い瞳のヴィヴィアン・ブラウナー。とろけるような笑顔でこちらを見てほほ笑む。
『「私が、ヴィヴィアンよ」!』
そこに、結奈の意志はない。あるのは…意識だけだった。
はっと気が付いた時には、まるでゲームの画像を見ているように場面が流れていく。それこそ、上等なVRの画面の中にいるように。
「!ヴィヴィアン…来てくれたんだね」
『レイヴン…迎えに来てくれたのね、ありがとう』
「その…この間はごめん、僕はどうかしていた」
『大丈夫よ』
(勝手に…進んでいく)
そっと手に触れると、レイヴンの頬が赤くなる。
「あ…」
『誰にだって、調子が悪い時はあるものでしょう?』
「うん…ありがとう、君に嫌われてしまったら僕は」
『大丈夫よ、大丈夫…さあ、行きましょう!』
(遠ざかっていく…私が、私に戻っていく)
そこで、場面はぶつん、と切れてしまい…残ったのは暗い闇だけだった。
(そんなの、いや)
**
「……」
バサバサと翼をはためかせ、アードラは庭園の中の樹木に止まる。
全面玻璃で覆われたこの温室の中で一番高い木の峰は、眼下にある庭園全体を見渡すことができる。
ここは、フラムベルグ家のご自慢の温室らしい。
こちらを見たカサンドラに小鳥らしく軽く首をかしげると、それを見つけて笑顔を見せてくれた。
(隣にいる…あれが、ユリウス・フォスターチ、か)
カサンドラと同じお揃いの薄紫のドレスコード。周辺が明らかにざわついているようで、彼女たちの注目の高さがよくわかる。そして、その後ろにぴったりと付き従うヘルトと子供たちの姿も別の意味で注目を集めているようだ。
「僕の方が似合うと思うけどなあ、あの色」
ぶつぶつと呟きながら、注意深くあたりを見渡す。…招待客は思ったよりも多く、百合の花壇で囲まれたスペースには幾つかのテーブルが並び、クラウンのナフキンとシルバーのカトラリーがずらりと並んでいる。
アードラが近くの木に止まると、丁度カシルとカサンドラが挨拶しているところだった。
「ようこそいらっしゃいました!カサンドラ様」
すっと差し出した手をユリウスが握り、にっこりとほほ笑む。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「…はは。お待ちしていましたよ。ユリウス卿…色々と多種多様な噂が飛び交うようですが、よく顔を出せましたね」
「私は自身の行い全てに責任を持って行動しています。それを恥じることも、後ろ暗いこともございませんので」
(うわぁ…)
「あなたと違って、ね」
「…っそれは、それは!」
こういう時、身長差というのは時に酷なものだとアードラは思う。
明らかにカシルの背が小さいせいか、はたから見るとどう頑張ってもちんちくりんに見えてしまう。
(ま、女神神殿の時期最高神官筆頭候補の肩書とキャリアを華麗に空に蹴飛ばして、敵対する騎士団に試験を挑んで入団、身内の兄を徹底的に追求したうえ、投獄させるメンタルを持った奴に敵うわけないよなぁ)
彼の行いを非難する者も多いようだが、アードラ的にはその英断を支持したい。それが愛しのご主人様の契約恋愛の相手というのは、正直面白くないが適任だろう…こんな奴に勝負を挑もうとする人間はそうはいない、と思う。
そのカサンドラはというと、表情から察するに、きっと同じことを考えているようだった。
「…そ、それより、ヘルト卿は…」
「ああ…」
どうやら、頼みの綱はグランシア家の長子たるヘルトのようだったが…ちらりと後方に視線をやると、ちょうどクレインとフェイリーたちがやってきたところだった。
カシルの視線を受けるが、ヘルトは素知らぬ顔でクレインになにやら耳打ちをする。
途端にシャキン!と背筋を伸ばしてクレインは咳払いをした。
「こ、この度はこのような場にお呼びいただき、ありがとうございます。今日は、グランシア公爵ロッシ・グランシアの名代としてお招きにお預かりました。」
「!!!」
(おお、なるほど?)
ついヘルトの方を見ると、彼は意地の悪そうな顔でにやりと笑った。




