第72話 深淵へ
「大丈夫?ノエル君」
「ああ…」
心配そうにこちらを覗くウサギと目が合う。
(こいつもこいつで大変だよなあ)
「大事な家族がいなくなっただけでも悲しいのに…その身体がどこかに行って帰ってこないっていうんだから。普通じゃいられないよな」
例えば、遠方での地でどうしても帰る事が出来なくなったケースも勿論あるだろうが、彼らの場合は、一度手もとに置いてキチンと弔いをして…心の整理がついた時に墓を荒らされるのだから、たまったものじゃない。
「俺からすれば…弔いをできるだけ、羨ましいとも感じるけどな」
「え?」
「いや、…ただの愚痴だ。あークソ…こ―言うときはサンドラのパッとした笑顔が見たいよなあ」
「彼女は…笑顔が似合う」
「ああ…そうだな。もう少し頑張ったら、会いに行こうかなあ」
「ノエル君てさ、意外と一途だよね」
「なんだよ、それ。俺の心は何時でも清廉潔白!…好きな女は一人だけ、さ」
軽くウィンクする姿に、ラヴィは少しだけ羨ましく感じた。
(僕も…彼女が好き、何だろうか)
自分ではよくわからない。そうのような気もするし…誰かが違う、という風に誰かが言っているようにも感じる。
ただ…逢いたいと思う気持ちに嘘はなかった。そして同時に、それがとても難しいことなような、そんな気もしていた。
「…にしても、最初のサリーは別として…骨が盗まれているのはどこも脊椎の部分てのも、気になるな」
「せきつい…ってどこ?」
「ちょうどここ」
ノエルは自分の後頭部をトントンと叩く。
「首と背骨を繋ぐ部分かな」
「ふうん…何か意味があるのかな」
「意味、ねえ…ま、意味というか《《理由》》はありそうかな」
「理由?」
「そう。人間の身体の構造って複雑だろ?その中からあえてそれを選ぶなんて」
「うん…」
「…少し、俺は怖いかな」
「怖い?」
「そう」
それ以上、ノエルは言葉を続けなかった。
自分が更なる深淵に踏み込んでいく…その覚悟が、まだ足りないのかもしれない。
**
「う…ッ!!」
ずらりと並んだ、宝石の数々。
煌びやかな青色のドレスに、そろいの靴、そして、そこに当然のように笑顔で立つユリウスの姿。
なんだろう、美しいものが全てそこにそろってあり、思わず目がくらむ。
…一週間後に控えたガーデンパーティーに向けて、これらは全てユリウスは準備してくれた品物の数々らしい。
わざわざ美しいプリムローズの花束を抱え、本人自らやって来たのだ。
「こんにちは、カサンドラ様。早速ですが、今度の庭園パーティーの打ち合わせをしようと思いまして」
「う、打ち合わせ…フラムベルグ…の?」
「はい。私の初仕事となるわけですし…」
当然のように私の手を取り、チークキスをする姿に、周りのメイドちゃんたちはてかてかこちらを見ている…。
「随分仰々しいな」
冷静な声に思わずぎくりとする。
うわー怒ってる。怒ってる気配がひしひしと感じるわ。なんで怒るのお兄様?!
まだ体調が完全に戻っていないヘルトは、どうやら第二師団の隊長さんから休暇命令が出たらしく、しばらく休み中である。…本日のお召しものは白ブラウスにカーディガン、といった姿だった。
休暇でもブラウスは絶対に着るのよね、この人。
「ヘルト…にーさま」
「これは、義兄上様!」
「!!」
「ひっ」
あ、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「契約婚約…とは、我が妹ながら面白いものを考え付くものと感心するな。…ところでユリウス。俺はお前の上官になった覚えはあるが、義兄弟になった覚えはない」
「いいえ、時に《《演技》》も必要な時もあるでしょう?…それに、未来のことはわかりませんから、慣れておくのも悪くないかと思いますが」
「たった、一年だろう?あくまで婚約者《《候補》》なんだし、そこまで気にしなくてもいい」
この二人は相性ピッタリのようだけど、混ぜたら危険というか、朱は決して赤にならないというか、とにかく相いれない関係性なのは見ていてよくわかる!
ていうか、この二人お互いコンビを組んでいるのよね?要するにバディってことでしょ?なんでこんなに険悪になっちゃうの?
「ふふ、婚約者殿。男同士の感情というのは、色々と種類があるものです、普段はかち合わない歯車の方が、意外とかみ合うものなのです。ね、ヘルト殿」
「…まあ、ある程度の緊張感を保つ方が、互いを切磋琢磨出来ていい場合もあるな。学べるところは学び合い、互いに生かすということだ」
「そうそう。遠慮なくお互いの欠点を言い合えますし」
「多少仲が悪い方が仕事をする上で効率がいい場合もあるんだ」
「へえー…そうなんですかって、何も言ってませんけど」
「顔に書いてあります」
……。
だからどうしてそう見破るの?この人たち。
「…そうだ、カサンドラ」
ぐるりと突然私の方に向くヘルト。
「?!な、何でしょうか…」
「どうせなら、正式な誓約書を作るのはどうだ?」
「誓約書?」
「……!」
どこか勝ち誇ったような顔で、ヘルトはそう言った。
「…そ、そこまでしなくても」
今まで余裕だったユリウスだったが、ヘルトの言葉に美しい柳眉をひそめた。
「ああ、サンドラ、お前が出した条件を羅列してそれを俺が確認して判を押す。もちろんここは正式なグランシアの印章を使うとしよう」
「ふむふむ。」
「そうすれば、なにか契約違反な出来事があった時にはいつでも契約破棄ができるというわけだ」
「…ちょっとお待ちを」
「1年と決まっているなら、それ以上もそれ以下もないだろう?」
「な、なるほど」
二人で頷き合っていると、やや食い気味にユリウスが口をはさんだ。
「お二人とも!契約破棄、などと簡単におっしゃいますが…私にも立場というものがございます。」
「だったらユリウス殿がその《《コンプライアンス》》を守ればいいことだ。それとも、守れない理由でも?」
「そんな、とんでもない。ですが、守りやすいよう、ある程度譲歩いただかないと」
「…その前に、グランシア公爵家として、一つ提案がある」
「公爵家として?」
「そうだな、大抵の夜会の随伴はいいとして、公式な王家の夜会での随伴は、グランシアとしてはいただけない部分もある。そこは譲歩していただくとしようか」
「そうですね。曲がり間違って、場所によってはお父様やお兄様、クレインの時もあるでしょうし」
「そう言うことだ」
「……わ、わかりました」
「な、なら私からも!」
「えっ?」
「今書きますね!!」
そして、半時後。
「接触は許可制、耳元で囁かない、あくまで健全に…ですか」
「はい!ええと…守れないルール、ありましたか?」
「そ、そう言われると。ならば私からも一つ!…公式は譲歩いたしますが、それ以外の夜会のエスコートと準備は絶対に私にさせてください!」
「それくらいなら…」
「よかった…」
「では、サインを」
どこかほっとしたようなユリウスに対し、ヘルトはどこか満足げに笑った。
「ええと…カサンドラ・グランシア…と。ハイ、ユリウ」
ペンを渡した手を、ぎゅっと握る。
いつもの笑顔ではなくて…どこか。ゾッとするというかなんというか、なアルカイックスマイルを浮かべた。
「…一つ、コンプライアンスを追加しても?」
「えっ?」
なになになんなの?!
「…大したことではありません。カサンドラ様は、とてもアクティヴでいらっしゃるので…時々無性に不安に思うことがあります」
「不安…ですか」
余計なお世話よ!と言いたいけど、否定はできない…
「なので、もし何かあった時は私に相談するようにしてください」
「ユリウス…に?」
「はい」
ユリウスの表情はいたって真剣だった。
私のこと、本当に気遣ってくれているのがよくわかる。
「わかりました…ええと」
それはつまり…先日街で起きたあの騒動も、報告すべき?
私の目が泳いでいたのを察したのか、ユリウスのみならず、ヘルトまで私の顔を凝視している。
「何かあったんですね…」
「う、ええと」
「この間…言っていたな。カシルに発破をかけた、と」
「ぅえっ?!!」
い、今それをここでいうの?!
「…カサンドラ。白状なさってください。もしやまた、あのずる賢い黄色の子鼠があなたに何かしましたか?!」
「っっずるがしこッ?!」
「兄さま、笑いすぎです…ユリウスまで」
「それで?」
ああ…うん。まあ、そうだよね。
よし、覚悟を決めよう。
「ええと…興味があるのは私じゃないでしょ?馬鹿にするな!って…手袋投げつけちゃいました!しかも左手で」
「…?!」
「……」
あきれ顔のヘルトに、驚愕のユリウス…うん、美しい人はどんな表情をしても、崩れないからすごいわね。
なんて思っていたのに、私が予想していたものと違う言葉が飛び出した。
「なるほど…先にあなたの方が手を出してしまったんですね。うーん、残念だ」
「残念て…」
「どうせなら私が自らの手で打ち負かせてしまおうと思っていたのに」
「……」
怖い。
やっぱユリウスって、怒らせたら本当に怖そうよね。なんかこう、復讐を果たすまで地の果てまで追ってきそうな、そんなイメージ…
すると、黙っていたヘルトが口を開いた。
「ユリウス。…チェスは?」
「まあ、嗜み程度です。…ああ、あの坊やは、チェスがお得意でしたか」
チェス…というと、あのチェス、だよね?
あちらでもお決まりのテーブルゲームはこちらにも存在しているのね。
「チェスって、私はルールをよく知らないのですが」
お決まりの「チェックメイト」とか、ナイトとか駒のデザインがかっこいいとか…その程度の知識である。
「…では、実際にやってみましょうか?」
「いえ。わ、私は見ています」
せっかくのお誘いだけど、この人たちと戦うなんて恐れ多い。
傍観者の方がよほど楽だわ、というのが本音である。
「では、ヘルト義兄さま。一戦いかがでしょう」
「ふむ…」
瞬間、ぴりっとした緊張した空気が張り詰める。
だからこの二人はどうしてこういちいちピりつくのよ…
「…俺はまっすぐで馬鹿正直な手しか使わないが、いいか?」
「ご随意に」
ヘルトは策略とか、そう言うのは嫌いそうだものな、と思う。すごく納得する…
なんだかんだで、二人の戦いが始まった。




