第70話 昼に想い、夜に夢を見る
鐘の音が三回鳴った。
(また、この夢か…)
そこは暗い闇…遠くで聞こえる鐘の音。音の鳴る方向へと歩いていって、彼女を見つける。…そして
「ダメだ!!」
届かない声と同時にひと振りの剣が彼女の身体を貫き、彼女は片膝をいてそのまま崩れ落ちていく。…どんなに手を伸ばしても、決してたどり着けず、いつも間に合わない。
貫かれた剣は、赤い光をほとばしらせ、そのまま消えて…横たわる彼女だけがそこにいる。
「カサンドラ!!!」
掴んだその手は既に冷たく、何度も何度もその名前を呼ぶが、届かない。
―――そして、俺の意志は今に覚醒する。
(何で…どうして…!!)
「!!!」
自分のうめき声に驚き、目を覚ます。
まるで自分の身体が自分じゃないような、妙な感覚。右の手のひらを一度握りしめると、ゆっくりと起き上がる。
「はあ…また、この夢か…」
もう何度目だろう?夢にしては明晰すぎるし、かといって現実で起きていることではなく…熱にうなされていたから、ただの夢だろうと、思っているのに。
一度大きく息を吐き、サイドテーブルに置いてある懐中時計を見…時刻は三時のまま、止まっていることに気が付く。
「時計が…止まっている。どうし」
「ヘルト様」
「!…ああ」
すると、突如響くノック音。
執事が扉を開き、ほっとした表情で頷く。
「お気づきでしたか?もう丸二日程お眠りだったようで」
「そのようだな…」
「それでその…」
「ん?」
「ええと…早速ですが、旦那様がおよびです…その、お嬢様の、事で」
「……また、何をしたんだ、あいつは」
**
「どうしたの?サンドラね―様。元気ない」
「ん?大丈夫よ。…ちょっと日差しがきついかな、なんて思ってたの」
今ではすっかり心を開いてくれるようになった、義妹のフェイリーが心配そうにこちらを見ている。
その状況を察知してか、クレインが向こうからすっとんできた。
「サンドラ姉さま!!大丈夫ですか?!」
「大丈夫よ、クレイン。ほら、さっさと訓練に戻る!ったく、すぐさぼろうとするんだから」
本日、ヘルトは不在だ…もうこの際、しっかり休んでほしいと願うばかりである。
昨日、私は墓場から生還(?)したのだけど…あの後、公爵に色々と説明するのが大変だった。
別の男性と婚約するしないでもめていたその次の日に、また違う男性と一緒に馬車で帰ってくるなんて、公爵からすれば晴天の霹靂だったのだろう。
お前をそんな風に育てた覚えはないって…言われても、ねえ?
「ねえねえ、サンドラ姉さま!次、ノエルはいつ来るの?」
「ん?ノエル?」
私が尋ねると、フェイリーの顔がポッと赤くなる。
(…っっかっわいぃぃい~)
「ノエルに会いたい?」
「べ、別に!」
にやつく口元をなるべく抑えながら笑顔で答えると、フェイリーはツン、とそっぽを向いてしまった。
「うーん…忙しいみたい?」
「そ、そうなんだ…」
分かりやすくしゅんとするその姿が可愛らしく、つい意地悪を言いたくなっちゃう…けど
「…お手紙、書いてみたら?」
「えっ?!だ、だめだよ!!フェイリー、まだ子供だもん!」
「年齢なんて関係ないよ。気持ちよ、気持ち!きっとノエルも喜んでくれるよ」
ノエルならきっと大丈夫だろう。
クレインのお師匠様だし、彼はああ見えてとても優しい人だから。
「そ…そうかなっ。」
「そうそう、…素敵な便せんと封筒を用意しないとね」
「うんっ!」
そんな和やかな時間を過ごしていると、空からぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。
「!雨だ」
あわててフェイリーを抱きかかえ、邸内に向かって走る。クレインも訓練を嬉々として中断し、こちらに向かって走ってきた。
「お嬢様方!濡れておりませんか?!」
「大丈夫よ、トーマス。それよりこの子たちにも朝食を用意してくれるかしら?…今日は一緒に食べよ?クレイン、フェイリー」
私が尋ねると、二人は笑顔で応じてくれた。
「うん!あとね、ノエルの手紙の書き方も教えて!」
「なんだよ、子供が色気づいて~」
「フェイリー子供じゃないもん!」
「師匠は立派なレディーがお好みだって言ってたから…まだまだだね」
「もう!クレインのばか!」
なんだか、こんな瞬間が当たり前になったことが本当に嬉しい。
(そうよね、動けば状況だって変わるものよね)
三人そろって慌てて中へ駆け込むと、ちょうどヘルトが着替えて出てきたところだった。思わずぎくりと固まってしまう…が、
「…おはよう」
「おはよう…ございます」
「……ああ」
なんだか複雑そうな表情でふい、と目をそらされてしまった。
(…へ?!)
「あ!!おにーさま!」
「おはよう、フェイリー、クレイン」
穏やかにヘルトが微笑むと、クレインとフェイリーは元気よく返事をした。
「ご病気は大丈夫?治った?」
「ああ。…それにしても珍しいな、フェイリーがこちらにいるとは」
「うん!」
もう恒例というか、フェイリーはいつもヘルトに抱っこをせがみに行く。
「えへへ」
しっかりとフェイリーを抱き上げると、フェイリーもまた、満足そうに微笑む。
まあ確かに、ヘルトってばすごくいい身体をしてるものね。抱き着き甲斐があるのかもしれない。
そんなフェイリーを覗き込みながら、クレインはヘルトに報告をした。
「ねえ聞いてくださいよー!フェイリーがノエルに会いたいそうです?」
「‥‥なんで、あいつに。もの好きだな、フェイリー。」
「なんで?!ノエルはかっこいいもん!!王子様みたいなんだから!」
「王子様ねえ…。それより、サンドラ」
「ひぇ?ひゃ…ひゃい」
「これを」
何を言われるのか?無意識に警戒するもの、ヘルトから手渡されたのはフラムベルグ家の封蝋が押された手紙だった。
なんとなく、度重なる最近の出来事に顔をしかめてしまう。
「今朝、正式にグランシア家宛てに届いた。開くも捨てるも好きにするといい」
「捨てたいところですけど…」
ペーパーナイフで開いてみると、…どうやら何かの招待状だった。
「ガーデンパーティー?」
「…あそこは、確か百合の花が咲いた庭園が有名だな」
「パーティーと名のつく行事…あまり行きたくないんですけど」
「嫌なら断ればいい。…グランシアの方が序列は上だし、お前に決定権はある。どうする?」
「うーーん…実は私、昨日街で遭遇して、公子様に発破をかけてしまったんですよね」
「発破?」
「結婚を申し込みたいなら、正々堂々招待状を送って勝負しろ、って」
「…お前」
あ、すごいしかめっ面。
「わかった、俺も行く」
「え?!」
また思いもよらぬことを言い出したわ、この人。
「…どうした」
「パーティー、お嫌いじゃなかったでしたっけ」
「ああ…大ごとになるのは面倒だから、護衛ならば問題ないだろう」
「護衛って…何でまた」
「色々と話は聞いているからな」
「ヘルト兄さま…でも」
「その、呼び方」
「え?」
「…なんでもない」
いつも通りに呼んだはずなのだが、なぜかそんな不満そうな表情をされてしまう。なんなの…今日のヘルトは。
「…放っておけないからな」
そう言ってなんとも切なそうな目で私を見るので、なんだかドキドキしてしまう。そして、こういう時に限って、あの書斎でのことを思い出す私の脆弱な精神を戒めたい…煩悩よ、どこかに行け。
「わ、わかりました…」
と、なるとユリウスにもこの招待状は送られているだろう。
それにしても…護衛だなんて、その手があったかって感じ。
まあ、確かにグランシア家を通してきたなら、公爵代理としてヘルトが行くということは、フラムベルグ伯爵家にとっても大きな意味を持つこと…になるかもしれないけど、護衛なら話は少し違うもの。
そういえば、と。
現代でゲームをプレイしているとき、確か9月のはじめに何かのイベントがあったような…。もしかして、これかな?
(だとしたら…ヴィヴィアンも来る…?)
今ではすっかり白紙となってしまったあの攻略本を当てにできないので、もう自分の記憶が頼りだ。まあ、本当にそれが必要なのかすら不明だけれど。
「ヘルトに―様、怒っちゃダメよ!」
「む…そ、そうか?怒ってはいないが。…まあとにかく、だ。お前をひとり放ってはおけない」
とりあえず、彼なりに私の心配をしてくれているのは理解できるので、ありがたく申し出を受けることにした。
「はい」
「ねえ、それなあに?フェイリーも行きたい!」
ヘルトの腕から興味津々に顔を覗かせるフェイリー。
「だめよ、クレインならまだしも」
「…いいんじゃないか?」
「え。」
「なになに?!僕のことおよびですか?!」
傍で聞き耳を立てていたクレインがやってきた。
「そうだ、それならクレインも一緒に行かないか?そしたら俺も堂々と護衛の一人として行けるし、そろそろ貴族間の空気とやらを味わってみるのも悪くない。俺も12歳になる頃には父上に無理やり付き合わされたものだからな」
「!これは僕一人ではなくて、姉さまと敬愛すべき兄上も行く感じですねッ?!」
「フェイリーも行く!」
ちょっと、正気?
と言いそうになるのを飲み込んで、ヘルトを見た。
「大丈夫ですか?お父様とお母様が許可するとはとても思えな…」
「それは俺から話すとしよう。むしろ、サンドラ、お前よりもクレインの方がマナーはしっかりしているかもしれないぞ?」
少しからかうような口ぶりで言われてしまう。ひ、否定できないから腹が立つわ。
「…ぐ。でも、本当に何かあったら」
「そのために俺と一応お前の婚約者(仮)も連れて行くんだから」
「ならば猶更!僕、絶対に行きますよ!」
「何よそれ…もう!」
「だって、お姉さまのにっくき婚約者候補ですから!ここは弟としてしっかり見極めないと!」
「そうだな、その調子だ」
「はい!」
「それに、子供たちがいるなら妙な真似はできないだろう?…何かあろうものなら、全力で潰しにかかるが」
あ…目が本気だ。
こ、この兄上様なら本気でやってのけそうだわ。と、言うかむしろそれが狙いかと疑ってしまうほど。
「りっぱなれでぃーになるために、ぜったいいく!おとーさまにおねがいするっ」
「フラムベルグって公爵家には及ばずとも力の強い家紋ですよね?後学のために僕もぜひ行きたいです!」
すっかり恋する乙女モードのフェイリーはともかく、クレインは私が思っている以上に賢いのかもしれない。
「その、でも招待状がないのに勝手に行くのはどうかと…」
「未成年はノーカウントだろう」
「え…そ、そうなんですか??」
ヘルトが言うと妙に説得力があるような気がするから、困る。
まあ確かに…私としては、味方が多ければ多い程ありがたい。前回のことといい、どうもカシル・フラムベルグという人間は気を付けた方がいいように思える。
少し、様子もおかしいし。
「分かりました。では、参加の意思を手紙に書くことにします」
「護衛のことは伏せておくように」
「は、は~い」




