第69話 終わりのないゲーム
「あの…」
「何か?」
「ええと…」
ガタンゴトン。
…さすが、さっき乗った乗合馬車とは比べ物にならない快適なクッションシート。
グランシアの馬車も相当だと思うけど、こちらの馬車は乗り心地が最高だ。そりゃあ…王家の紋章が入った馬車だものね。
「こ、ここまでで」
「なぜだ?…やはり、私といるのは」
「いや!!そうではなくて!!」
「ならかまうな。ついでのような物だから」
そのついでが余計なんですが…、さて、今私はこの豪華な王家の紋章入りの馬車で公爵邸に向かっている。
あの墓地の帰り、私はそのまま乗合馬車で帰ろうとしたのに、なぜかレアルド王子に止められた。理由は簡単、「女性を一人で返すわけにはいかないから。あんなことがあった後だろう?」だかららしい。
(その簡単がイージーじゃないんだってば…)
それにしても…こうして改めて近くで見ると、さすがはこの国の王子様…でいて、かつ、ヘヴンス・ゲートのゲームパッケージの表紙を飾る王子様だ。
なんとも、眩しい。
初めて見た時は、様子がおかしい時だったのでマイナスなイメージが強かったが、こうしてまともになった王子様のオーラはやはりただものではない。
(き、きまずいよぉ…)
「君は」
「えっ?!」
気まずさを先に打ち破るかの如く、先に口を開いたのは、レアルドだった。
「今日のように…誰かに絡まれることは珍しくないのか?」
「そういうわけではありませんけど…」
「いや、随分と冷静な対応だったし、大したものだと思って」
これは…褒められている、と思うべきなのかしら…?
「ま、まあ…最終的には、レアルド様に助けて頂いたので…」
「ああ…でも、まさか手袋を投げつけるとは思ってもいなかった。勿論、意味を分かっていたんだよね?」
「そ、それは…まあ」
「ふふ、なんとも頼もしいことだ」
あ、笑った。…こう見ると、普通の青年だけど一国の王子様、なのよね。王子とか貴族とか、現代での私には無縁すぎる世界で、目がちかちかするわ。
「あれは…その、私だけでなく、ユリウスのことも一緒に悪く言うから、つい」
「…仲がいいんだな。彼は気難しいイメージだけど、君の前では違うのかな」
「うーーん…私としては、扱い注意の爆発物というか…」
なんというか、あの冷たい導火線にいつ火がつくのか、よくわからないんだもん。
言葉を濁すと、その答えが面白かったのか、声をあげて笑われてしまう。
「はは、危険物か!…両肩の公爵家の縁談ともなると、色々と大変だろうが、私もできるだけ協力する」
「あ。いえ!そこはお構いなくで!!」
「?そうなのか」
これで、王室関係からのバックアップを得た日には、後に引けなくなりそうだからやめてほしい…。
「その…殿下は、もう、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫、とは?」
「ええと」
ダメだ、これ以上は突っこんで聞くわけにはいかない。
もし本当にレアルドとヴィヴィアンのフラグが完全に壊れたんだとしたら、いわゆる【レアルドED】そのものは消滅することになる。
今まで周知の事実のカップリングだったのに、急にこんなふうになるなんて周りはどう見るのだろう?
「…王家にいると」
「!」
「私にとって都合のいいものと、周りにとって都合のいいものは全く異なる形をしている」
「異なる…形?」
「例えば、心から私を想い、悪い行いを叱りつけたものはことごとく王宮を追放されてしまう」
「…あ」
「逆に、私の立場とかそういうものを都合よく思うものは、中々離れやしない。そして、後を考えて都合の悪いものは排除させていくものだから」
よくある話、かもしれない。
いい人は、みんな王座を狙う連中の道具の餌食となり、時にはあらぬ罪を着せられて投獄を命じられ、二度と光の差す場所に出ることさえ許されなくなることもあると聞く。
(だとしたら…ヴィヴィアンの未来は)
「人の心は変わるものだな」
「…!」
レアルドは窓を見やり、そっと呟いた。
「ある日突然、雷に打たれたように世界の全てがその人になることも、急激に冷めることもある」
「?!‥‥ぇえと」
これは流石に独り事ではないだろうと思いつつも、どう答えるべきか迷った。
「同様に、時間がたてばたつほど、離れていた心は分かりにくく変わってしまい、それさえも幻のようにも感じてしまう…その繰り返し。まるで、終わりのないゲームのようだ」
何となく…このレアルドは、本当にアードラの言うシステムの世界から逸脱できたんだろう、と思った。
初めてかもしれない…誰かを解放できた、と実感できたのは。
「もうついたな」
「え、もう?!」
「ああ。…君と話すのは有意義で面白かった」
「そんな…」
ちらりと玄関を見ると…ああ、王家の馬車が来たもんだから、執事&メイドちゃんズ、そして公爵までずらりと並んでお出迎えしている…ああ、なんて説明しよう。
「なんだか騒々しいのは、あれが理由か」
カサンドラの部屋で、アードラは鳥の姿のままレアルドを見ていた。
「まさか…王子様まで引き入れちゃうとはねえ…すごいな、うちのご主人様」
ここから見る限り、彼ら特有のあの《《病んだ》》雰囲気は感じられない。
(ラヴィはレアルドに仮面舞踏会で会ったって言ってたけど、彼が元に戻った原因はそれ…?)
ラヴィは何だかんだで人が良くて優しいのはよくわかっているが、憔悴しているレアルドを放っておけなかっただけなのか、それとも。
(問題なのは、それがラヴィの意思による出逢いなのか、仕組まれていたことかどうか、というところだな)
何かを演じるほど器用でないことも承知しているが、果たしてどこまで彼が自分の意志で動いているのか、見極められない。
だから、どうしても疑いから入ってしまう。
「実は知らない場所で、誰かが彼らを勝手に動かしている…か」
”この世界は全てプレイヤ―が登場人物を動かしている。
ここは、ゲームの世界。異世界から招かれた来訪者はプレイヤーであり、同時に登場人物となる”
それは、まだアードラという名前をもらう前の帽子屋だった時に知識として備わっていたものだ。
だがそれ以上のことは考えたことなどないし、知る必要もなかった。…それが当然だったから。
今にして思えば、そう言う風に考えるように設定されていたのだろうと思う。
もし、同じようにラヴィもまた、性格から言動、その全てを行動設定されているのだとしたら…誰かが彼をそう、動かしていることになる。
(じゃあ、そのプレイヤー達に指示を出しているのはどこの誰だ?)
システムの管理下にいるというのは、そう言うことなのだと気がつき、同時にその本当の意味について考えるようになったのは最近のことだ。
そしてアードラもまた、物語の保存を目的にカサンドラを排除すべき、と考えたことがある。その漠然とした命令だって、誰かがそう指示していたのだとしたら、やはりカサンドラは特殊なんだろうと思う。
「システムに危険視されているってことは、さすがはうちのご主人様。…普通じゃないな」
もう、世界はだいぶ形を変えている。
それを肌で感じているのは、まだアードラだけだった。
**
「手掛かりはなし、か…」
カサンドラと別れた後、王宮へと戻ったレアルドだったが、直後、妙な違和感を感じる。…いつもなら、必要以上に警戒しているはずの門番がいない。
中庭を巡回する兵士も少なく、無断で王宮を出たはずなのに、労せず自室に戻ることができたのだ。
(…気のせい、だろうか)
夜が遅いもあるのだろうが、王宮内はあまりにしん、と静まり返っている。
「……様子がおかしい。父に報告に行こうと思っていたのに」
実を言うと、王家の墓が荒らされたことを、現在の国王…つまりはレアルドの実父に当たる、バロルに報告をしていない。
それには理由がある。…もしかしたら、あの王墓に外部の人間を招き入れたのは、父自身であるのでは、と考えているからだ。
自分がそうであったように、父もまた、何者かに心乱され正気を失っているのではないか?それを彷彿とさせる出来事がある。
ここ数日、父はどこかぼーっとしており、目の焦点が定まっていない。頬はこけ、医師の話では、極度の睡眠不足に悩まされており、食欲も不振だという。
その症状が、一番近くでその様子を見ていたルイスの見た自分の話と一致しているのだ。
「聖女様のお話をするときと、ご一緒の時はそれは幸せそうにしておりました。ですが…他者に対して攻撃的で、全ての物事を聖女様中心に推し進めようとなさるものですから…肝が冷えました」
その話を聞いた時、驚愕した。
ほとんどを、レアルドは《《覚えていなかったから》》である。
父も同様で、無意識だとしたら?そうなれば、その見えない何者かというのは、既に王家の奥深くに入り込んでいる可能性があるということ。
もしそれが、王家の墓荒らしにも関係があるのだとしたら。
(ギルド・シュヴァルの主人と会うのは三日後…少し、もどかしい)
ふと、ジャケットの内ポケットに入っている扇子に気が付く。
「あ……そう言えば、結局扇子を渡し損ねた」
(全く、面白い人だ)
まさか、異性に決闘の申し込みのグローブをたたきつけるなんて。恐らくこの国史上初、だろう。
「また…会えるだろうか?」
彼女をもっと知りたい、そう思った。
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