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第5章ヒロインの名前は

 

それは、ある晴れた日曜日の午後のこと。街の中心部にある噴水公園は、今日も人でにぎわっている。普段なら恋人たちのデートスポットとなっているが、本日は休日だからだろうか?小さな子供を連れた親子や、年配のご夫婦、子供たちが楽しそうに走り回っている。

白いワンピースを着た茶色の髪に赤い瞳の少女は、眩しそうに空を見上げた。


「いいお天気!」


思わず両手を伸ばして深呼吸すると…


「きゃっ!」


ひゅっと風が通り抜け、少女の帽子はふわりと風に乗って飛ばされていく。


「もぉ…!!すみません、誰かその帽子…あぁ…」


運がいいのか悪いのか、帽子はふわふわと誘われるように噴水の中へ落ちてしまった。


「お気に入りだったのに…」


見れば、帽子はぷかぷかと水の上を遊んでいるが、手を伸ばせば取り戻せるかもしれない。意を決して少女が身を乗り出すと…脇の方から長い腕がすっと伸びた。


「取りたいのはこれか?」

「!」


驚いて振り返ると…そこにいたのは、さらりと藍色の髪が風になびく背の高い青年だった。糊のきいた白いブラウスに、青いジャケット。黒曜石のような綺麗な瞳と目が合うと、思わず少女は顔を真っ赤にしてしまう。

(やだ、恥ずかしい…私ったら)


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


おずおずと手を伸ばして帽子を受け取ると、青年は軽く笑った。


「気をつけろよ、お嬢さん」

「あ、あの!!待って!!…その、お礼を!」

「?別に、大したこともしてないが…」

「い、いいえ!この帽子、とってもお気に入りで…故郷のおばあちゃんがくれた宝物なの…」

「それはよかった」

「だから、その…お茶でも、ごちそうさせてくれませんか?!」

「え…」

「あ!ヤダ、私ったら…」


自分の言葉に驚きつつ、まさに顔から火が出そう。軽率な発言に後悔していると、青年は声をあげて笑った。

「積極的なお嬢さんだ。…じゃあ

、ぜひ」

「!!本当ですか?!あ、私、ヴィヴィアンって言います!…ヴィヴィアン・ブラウナー!」

「あ…俺はヘルト。下の名前は…まあ、いいか」

「ヘルトさん…?」


***


(って、こうなるはずなのに…)


「災難だったのお、お嬢さん」

「いいえ、全然大丈夫です。助けてくれてありがと、おじいちゃん」

「ほほ、気をつけてな」


ニコニコと満面の笑顔で手を振り、助けてくれたご老人を見送る。


「何で、こうなるのよ」


ぽつりとつぶやいた言葉は、人ごみに紛れて消えた。


(今日は隠しキャラとヘルトと出会えるイベントのある日じゃないの?!)


「なによ、日付だって間違ってないわよね…?妹と仲良くなってから、パーティーで会って、それから、街の広場に行って」


条件は、妹と仲を深めてヘルトの情報を入手、日曜日の今日、たまたま偶然この噴水広場で出会う。本来ならば今日、隠しキャラのヘルトと街の広場で再会を果たすイベント当日だったはずだ。

…それなのに、同じ手順と要領で進んだのに。例のパーティ会場での出来事をきっかけに妹との接点は激減、義兄の情報をしっかりと手に入れた後にも関わらず。やって来たのは、全く別の老人だった。


「おじいちゃんて。何よそれ…ステイタス!」


リン、という鈴のような音共に、他の人には見えない四角いパラメータ画面が表示された。スワイプしつつ、各キャラの攻略条件を再チェックする。


「やっぱり間違ってないのに…どういうことよ!どうして何も起きないの?条件は達成してるはず」


日付も勿論、条件も間違っていない…しかし、なぜかヘルト・グランシアの好感度は徐々に下降していった。


「ちょ、ちょっと…止まって!!どういうことよ?!」


やがて0%を超えると、攻略対象画面からヘルトの名前は消えてしまった。


「…嘘 これ、リセットできないのに!どうして」呆然としたまま、広場の噴水でヴィヴィアンは歯ぎしりをした。

「誰かが、誰かが邪魔しているって…こと?」

「あれ?!ヴィー!」

「!」


すると、向こうからやって来たのは…攻略対象の一人、緑の髪が特徴のバルクだった。どこか少年ぽさが残る顔立ちで、ヴィヴィアンよりも一つ下の青年だった。


(まあ…そこまで好みの顔じゃないんだけど、まあ好感度上げてくのに、越したことはないわよね)

気持ちをさっと切り替えて、ヒロイン特有の極上スマイルを送る。


「まあ、バルク!」

「偶然だね!あ、もしかして…一人?ならオレと食事でもどお?」


何かを期待するような瞳で見るバルクに笑顔で応える。


1・笑顔で頷く

2・少し困ったそぶりを見せてから頷く

3・断る


(…バルクは親密度をあげすぎると、他キャラのイベント見れないし…キャラクターと対立しちゃう。なら、微増の選択肢2、かな)


「う―ん…どうしようかな」

「あ、都合が悪いなら」

「あ、大丈夫!もう、用事も終わったし」

「本当?!」


ぱあっと笑顔になるバルクを満足げに見つつ、少女はほくそ笑む。


「そう言えば…この間、大丈夫だったか?…あのデブ令嬢に、いじめられてないか?」

「え?…デブ令嬢って」

「ほら、あいつだよ。あいつ!カサンドラ・グランシア」

「…カサンドラ?」


(カサンドラ・グランシア…あの子って、()()()()に最初っからいたっけ?)


ゲームの内容を思い出しても、登場人物の中にももちろん、誰かのシナリオに深くかかわってくるわけでもない。唯一、ヘルトのシナリオで関わりのあるが、実際は名前すら出てこない、全くのイレギュラーだった。


(全キャラの三種類のEDを見たから、間違いないはず…どういうこと?)


「あ…、う、うん。平気!心配してくれてありがと、バルク!」


言いながら、心の中にじわじわと言いようのない不安が襲ってくる。


(調べてみないと…。せっかく、こんな素敵な世界に入り込めたんだもの、もし邪魔するならどうにかして手を打たないと…)


彼女の名前はヒロイン ヴィヴィアン、こと崎本 結奈。彼女もまた、この世界のたまたま紛れ込んだ来訪者だった。

ある理由で死を目の前にした後、気が付いたらこの場所にいて、この茶色い髪に赤い瞳の少女に転生していた。

それが、自分が大好きだったゲーム『ヘヴンス・ゲート』内の世界だと気づいた時には、嬉しさのあまり夜も眠れなくなるほど。ゲームの序章の通り、片田舎で住んでいたところを女神神殿の神官たちがやってきて、彼女をここに導いたんのである。

さて、彼女をめぐる攻略対象は全部で7人。それぞれ、通り名というか、煽りテーマが存在する。


『情熱の赤をまとう若き獅子の王子、レアルド!』

『太陽みたいな橙色の甘えん坊な彼…☆ユリウス!』

『明るい黄色の花束みたいなはにかみ笑顔☆みんなの王子様…カシル!!』

『クールな青の一匹狼!騎士道を重んじる聖騎士、レイヴン』

『爽やか実力主義☆新進気鋭のファッションデザイナーバルク!』

『商売上手で狙った獲物は外さない☆紫の風、ノエル』

『騎士の鑑、名門公爵家の名を受け継ぐ藍色の紳士、ヘルト』


といった具合だ。


(恐らく、なにか失敗しただけよね。まあ、そこまで推しじゃないし…、まだ6人もオとせるわけだし…本命はミスしないわよ!)


そんな結奈の本命は、攻略対象内で唯一、貴族ではない平民の商家の息子『ノエル・シュヴァル』だった。

実は、隠しキャラであるヘルトの次に攻略の難易度が高いと言われているの攻略対象キャラで、選択肢によって変動する好感度のふり幅が大きいのが特徴だ。

取り返しのつかない失敗をすると、取り戻すのに相当な努力が必要となるが、いわゆる結奈の『最推しキャラ』だった。


(やば…テンション上がる…!)


「随分と楽しそうだな、ヴィー」

「ん?やだあ、そんなんじゃないよ!天気も良いし、気持ちいじゃない、こういう日!」

「へへ…そうだな」


今の結奈にとって重要なのは、リアルなこの逆ハーレムの世界を隅々まで体感することである。シナリオが決まっているのだから、そう状況が変動することもないだろう、と楽観視していた。

後にそれを後悔することになるわけなのだが…この時はまだ、絶望など欠片も感じていなかったのである。

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