第68話 ホワイトクイーンの嗜み
(そう言えば…レアルド殿下がここにいるのを忘れていた…)
先ほどの出来事を思い出すと、ちょ、ちょっと恥ずかしい…。
レアルドはいとも簡単にカシルの腕をわしづかみ、宙に浮かせてしまう。
足をバタバタする姿は、なんとも間抜けである。
そして、軽く腕をひねり、放り投げる。
「な、な、ななな?!」
「出直すといい。…彼女の言う通り、謝罪文と共に、ね」
どさ、と尻餅をついた時、恐らくレアルドの特徴的な瞳とばっちりと会ってしまったのだろう、面白い位顔が青くなっていく。
「なぜ…ここに」
「それ以上問うことは許さない。…去れ」
「…は、はい」
負け犬よろしく、走り去っていく姿を見て、私は一息ついた。
(全く…思春期爆走中二病少年め…!)
「大丈夫だったか?グランシア公女」
「!!あ、ありがとうございます…その、助けて頂いて」
「いいや…それにしても、フラムベルグ公子はああも思慮の浅い人間だったとは」
「…ええと」
「…もしかすると、私もああだったのかもしれないな」
そ、それは否定できないけど、肯定もできない。でも…そう、なんだかあの様子は、ヴィヴィアンに夢中だった時のレアルドと被るような気がする。
(まさか…これも大いなる意志とか、コントローラーを持っている誰かのせいだとしたら)
「公女」
「?!はい?」
「この後、時間は?」
「え?ありますけど…」
「なら、一つ尋ねたい。街の共同墓地というのは、どこにあるんだ?」
「は?!」
なんてマイペースな人なんだろう。
墓荒らしでもするつもりなの?この王子様ってば。
私があんぐりと口を開けていると、空気を察したのか、従者らしき人が前に出た。
「は!初めまして…私は、レアルド様の従者・ルイスと申します!」
「は、はあ」
「ええと…その、今はとある事件の調査中でして」
そう言ってわざとらしくこそこそと口元に手を当てる。
「事件って…わざわざ殿下が?」
「そ、それは…」
分かりやすく言いよどむ従者のルイス。とりあえずうんうんと頷くレアルド殿下…怪しすぎる行動だということを、自覚ないのだろうか?この人たち。
「う、うーん…街の共同墓地…」
とはいえ、そんななじみのない場所を私が知る由も…って、ん?
そういえば、と思い出したことがある。
(レアルドシナリオのイベントで…なんかそういうのがあったような)
そう、【ヘヴンス・ゲート】の中で唯一私が睡眠時間を削ってクリアしたのはレアルド王子のシナリオである。
確かいくつかの条件を満たせば、案内人みたいのが登場してその場所に行くことになるんだけど…もうゲームじゃないみたいだし。
とはいえ、もしかするとヒントでもあったりして…と思い辺りを見渡すと、なんとも都合のいい場所に一台の運送馬車が走っているのが見えた。この世界では、馬車は現代のタクシーと同じくらい需要がある。
(!!あれだ!)
「それなら、いっそ、馬車に運んでもらいましょ?」
「馬車?!…あれが?」
「…いや、あの。一般市民ではあれが普通です」
馬車は入り組んだ道を進み、奥へ、更に郊外へと進んでいき…やがて、首都アンリの外門にほど近い、北側のエリアに到着した。
だだ広い原っぱを進んでいくと、やがて策に囲まれたこじんまりとした白い聖堂が見えた。
アロンダイトの神殿というのは、乳白色の壁で作られた外壁に囲まれた円筒状の建物が多い。ここも同じような作りだけど、天窓にステンドグラスがはめ込まれているのを見る限り、もしかしたら以前見た旧信仰の教会の名残かもしれない。
太陽は大分傾きかけていて、風景全体が赤く染まっており、独特の雰囲気だ。
(…わお、雰囲気抜群…)
「つきましたよ」
「ありがとうございます、帰りもお願いしますね」
銀貨を渡すと、馭者さんは快く了承してくれた。よし、これで帰りも万全、と。
ちらりと後ろを振り返ると、レアルドは胸元で片手でAの字を切る。現代で言う【アーメン】みたいな仕草だった。
「あのお…ここが共同墓地ですが」
「ああ」
馬車を降りると、ひゅう、と風が吹く。
聖殿を横目に進んでいくと、朽ちた柵の扉が突如現れる。忠臣(?)であるらしいルイスさんが先を行き、奥へ進んでいく。
沈みかけた夕陽は、個人の名前が刻まれた墓石を赤く染め昏い影を作る。
「不気味…」
夏らしく、湿り気を含んだ生ぬるい風が通り抜け、肝試しには抜群の気候…だけど。苛烈な光に照らされた石の影は濃く、その影がいつ動いてもおかしくないように見え、思わず身震いする。
(なぜここに来たのか聞くべきか…)
気にはなる。が、聞いてもロクなことにならなさそう…。
レアルドは広がる墓の奥にある小さな木の掘っ立て小屋に向かって、迷いなく突き進んでいく。
「そこは…墓守の人がいるんでしょうか」
「いや、今はただの空き家だ」
「へえ…」
何となく、場所が場所なだけに一人でいるのは心細いので、レアルド達についていくことにした。咎めるわけでもなく、何も言わないので別に秘密の調査ってわけではない、かも?
「鍵は…かかっていないか」
レアルドはためらいもなく取っ手に手をかけると、思い切り押した。同時にギギィ…と不気味な音を立てて扉が開く。
「ヒッ?!」
「うるさい、ルイス」
「す、すすすすみませぇん…」
(なんなの?何かの調査?)
レアルドの背中越しに小屋を見る。…土間がむき出しになったまま、家具も何も一切ない殺風景な部屋の痕のような場所。
「やはり、何もないか」
「…ここは一体何なんですか?」
「ある事件の犯人が住んでいたとされる場所だ」
「ある事件…?」
「五年まえの、連続墓荒らし事件の犯人」
「連続…墓荒らし?」
それきり、レアルドは何も言わない。
少しの風でガタガタ揺れるような今にも壊れそうな窓枠だけが辛うじて残り、窓の部分は既に失せているのだろう。それを覆う白い布は、他に比べてどこか新しいように見える。
「な、なんか、この布…随分新しくないです?」と、従者。
「確かに」
思った通り、レアルドがそれをおもむろにとると…眉をひそめた。
「あのお…何が?」
「文字が書かれている。赤い文字」
「へえ…?」
辛うじて原型をとどめている紙に書かれていたのは…【NO/V38】その一文字だった。
**
同じ頃。
カサンドラたちがいる、首都・アンリの北側の門とは真逆の位置となる、西の方角。建国記念碑となるこの国の象徴である鷹の横顔のモチーフのレリーフの広場を過ぎ、銀色の西門を出ると広大な葡萄畑が広がっている。
ハルベルンの名産である葡萄酒の元となる葡萄のほとんどがフォスターチ家の領内で栽培されており、葡萄酒のボトルには印章が刻まれている。
地平線すら見えるほどの広大な光景に、まるで一振りの剣のように真っすぐ伸びた轍の道路は、鉱石で整備され馬車の往来も多い。
道なりに進んでいくと、フォスターチ公爵家の壮麗な城館とそのひざ元である城下町が見える。
その一角、ハルベルンの書庫に勝るとも劣らない膨大な書物が収められている公爵家所有の図書館のVIPルームでユリウスは思い切り伸びをする。
そして、目の前に積み上げられた本の山を見てため息をつく。
「欲を張り過ぎたか…」
その一冊を手に取り、パラパラとページをめくる。表紙にタイトルとはなく、代わりに小さな鍵穴が付いている。
(思った以上に記録書物が多い…ここは、専門家に聞くべきかな)
古い歴史を持つフォスターチ公爵家には、多くの傍系が存在する。
彼ら傍系にはそれぞれ本家を支える【役割】がある。それぞれの特色と任務があり、直径血族には忠誠を誓っている。
その一つ、【記録のチャーフィル家】は、歴代公爵の記録を管理、保管する役割を持つ一族だった。
「…先々代様の記録…ですか?」
ややくせっ毛で、丸めがねの少年が首を傾げた。
「ああ」
「珍しく、こちらにお戻りになられたかと思えば…」
「ちょっと調べたいことがあるんだ。ティム、君は記録の《《チャーフィル》》、だろう?」
ティムと呼ばれた少年は、まだあどけない笑顔を見せ力強く頷いた。
「はい!それはもう!うーん…先代の記録は、こちらにあります!どういった内容をお好みでしょうか」
「…特に晩年の動向が知りたい」
「ならば、この辺りでしょうか?」
こう見えて、彼は神童と呼ばれており一度見た文字は絶対に忘れないという特技を持っている。
ティムは一度本棚をじっと見て、その中の10冊くらいにまとめて取り出した。
「こんなにあるのか…」
「はい!先代様のエピソードはそれこそ、天文学的な程情報量がありますからねえ。なにせ、初代・毒公爵様、と言われた方ですから」
「…そうだな、亡くなる数年前の記録などを見せてくれると助かるのだけど」
「それなら、植物園の邸宅に日記帳の方が詳しく書かれているかもしれません」
「植物園…」
「直系であるユリウス様なら、迷わず行けるのでは?」
植物園とは、【毒】公爵と言われている所以でもある。城館の裏にあるうっそうとした森の奥にある栽培施設で、特殊な術がかけられおり、直系以外の者が入り込むと散々迷った挙句命すら危うい場所である。
「鍵は…執事が管理しているか」
「そうですね。もし誰かが入れば、記録されているはずですけど…」
「わかった。…この本は借りていくね」
「わかりました!あ、読み終わったらちゃんと元の場所に戻してくださいね~」
(初代・毒公爵…ファルケン・フォスターチ…一度、植物園に行くべきか)
思いがけない休暇の今こそ行くべきだろうか?
しばし考えこんでいると、先ほど帰ったばかりのティムがやって来た。
「ユリウス様ー!お手紙ですよ!執事さんからお届けするよう頼まれました!」
「ああ、ありがと…う」
さあ、とユリウスの周囲の空気が一気に冷え込む。
「?!あ、ぼ、僕はこれで、失礼しまぁす…」
「……」
その手紙の差出人は、カシル・フラムベルグだった。
「堂々と挑戦状をたたきつけるとは…ならば、遠慮は無用だろう」




