第67話 敗北者の言い訳、勝利者の理由
いやいや、そんなわけない。
まさか一国の王子様が従者をお供に街を散策…なんて、どこぞのゲームじゃあるまいし…ていうか、そう言えばコレ、元はそうだっけ。
こっそり狼狽する私をよそに、フードの青年は固まっている私を見て首を傾げた。
「これは、あなたのだろう?」
「は、はい。…なくしたと思っていたのに」
「…落ちていたので」
「落ちていたって…」
(わざわざ拾って届けてくれたってこと??)
「ありがとうございます…ええと」
この人、私より背が高い。
覗き込むようにしたから見上げると、一瞬、朱色の瞳とぶつかった。
「…ん?!」
「……!」
(あれ?見間違いじゃない)
朱色…と言っても、どこか不思議な感じがする。
若干金色が少し混じったような不思議な色…なんだけど、こんな綺麗な色の瞳を持つ人は初めて見る。
ふと、思い出した。この世界に来て初めての時…燃えるような怒りに満ちた瞳で、私を真っすぐで見ていた。
「ま、まさか‥‥レ」
「…ちょっと待って」
「むぐ」
突如伸ばされた手が私の口をふさぐ。‥‥いや、殺す気か!
「す、すまない。…ちょっとこっちへ」
「こっちって…」
そう言って路地裏に連れ込まれて…彼はフードを取る。
少し癖のある赤い炎のような髪に、朱色の瞳。全身黒いマントで隠されているものの、にじみでるオーラのような物は、明かに常人のそれではない。
(こ、この人、まさか…やっぱりレアルド王子…?!)
この人って、確かヴィヴィアン派よね?!
私に敵意を持っているんじゃ…思わず身構えようとしたけど、やっぱりどこか様子がおかしい。おかしいというよりは、大人しいという方が正しいかもしれない。
「あの…?」
「すまない。その…あなたに危害を加えようとか、そういうつもりは一切ない!」
「そ、それはそうでしょうけど…レアルド…王子、殿下です よね?」
どうしてまともなの?
という言葉を慌てて飲みこんだ。
「ああ」
「私のこと…毛虫の如く、嫌っていらっしゃいませんでしたっけ」
「…そ、その節は、すまない」
「すまないって…扇子まで拾ってくれたんですか?!」
「…あ、ああ」
えええ?どういうこと?!
どういう心境の変化なの??私があんぐり口を開けていると、ばつが悪そうにレアルド王子は目をそらした。
「君には、一度詫びねばならない」
「詫び…って」
ああ、思い当たる節がたくさんありすぎて?!
いや、それよりも…
「あの~…なんというか。元気そう、ですよね」
「元気そう?…ああ」
その返事が、どこかため息にも似ている。
「私は、やはりおかしかったんだな」
「あ、はい。それはもう」
「……君を、一歩間違えれば…私は」
どんより、とわかりやすく落ち込んでいる…。
そう言えば…私が知らないところで、この人のフラグって壊れていたんだっけ?その影響…?だとしたら。
「今は…まとも、ですか?」
「君ははっきり言うな」
「…私は、殿下に激しく敵意を抱かれているようでしたので」
「それは、返す言葉もない。私はどうかしていたんだろう」
「どうかして…って」
だって、それはヴィヴィアンのせい、よね?
そのヴィヴィアンの魔力?みたいなものが効力が消えたのだとしたら。
(フラグはカシルと、レイヴンだけだ。…あと、ふたり)
「私が君にしてきたことを考えると、この程度では足りないかもしれないが…」
「…ええと」
どうしよう、調子が狂う。
「ロクに調べもせずに、甘言を信じ、ただ一人の言葉をうのみにして君を陥れようとした。」
レアルドは私を真っすぐに見つめると、頭を下げた。
「…君に礼と、謝罪と両方延べなければならない」
「よ、よしてください。礼も謝罪も必要ありません!!…っていうか、礼って??」
ふっと頭をあげると、レアルドは困ったように笑った。
「そうだな…私は、こう見えてこの国の王太子…という立場なんだ」
「は、はい」
「そんな人間を、誰が咎められると思う?」
「それは…」
「私は否定をしなければ…何をしても咎める者もいなければ、どんな行いもすべてを肯定されてしまう」
「そ、それは仕方がありません。だって皇帝陛下の次に身分の高い方でいらっしゃいますから」
「彼女を想うあまり、正気を失い、壊れかけた私の行動を停めるものは誰一人としていなかった。…罪なき人間を一人、一歩間違えれば処刑を命じていたかもしれないと思うと、ゾッとする」
「ゾッとするって…」
私はなんとも言えない気持ちになる。
心身共に病んでいたのが目にわかるくらい入れ込んでいたのに、こうも簡単に心替わりしてしまうなんて。
(まるで…魅了、みたいな)
「君とレイヴンのやり取りを見て、気が付いた。剣の忠義は誰の者か、と問うていたな」
「そ…それは、だって、レイヴンは騎士でしょう?…私の周りには、忠義厚い騎士様たちがたくさんいるから」
「…私が捧げるべきは国。一人の女性ではない」
ヘルト然り、ユリウス然り…騎士の鏡ともいえる人たちが周りにいるって、実はすごいことなんだろうけど。
捧げるべきは国…って、そ、そんな思い詰めなくても。いや、それが帝王学というものかしら…うーん。
「それで、はっとなったよ。…ありがとう」
「は、はあ」
「…ヘルト卿にも、わびねば成らない」
「詫びねばって」
なんていうか、レアルド王子ってこんな人なの??
真面目過ぎるっていうか、超優等生な委員長タイプっていうか…ヘルトとは違った固さというか。
(あ…そうか。だから、盲目的になってしまいやすいのかな…?)
「そ、そういうことなら…」
「ああ…!これは、運命でしょうか?!カサンドラ様!!」
突如聞こえた明朗な声。
…振り返りたくない。だって、この声、今一番聞きたくない声だもの。
その空気を読まず、そいつはわざわざたたっと軽快な足音で私の前にやって来た。
「…フラムベルグ公子…様」
「わあ!僕を覚えてくれていたなんて!」
そりゃ忘れるわけないでしょう。大体あんたのせいだわこの野郎。
「急いでおりますので…」
「あ、どちらへお急ぎですか?!何だったら僕の馬車にお乗りくださいお嬢様!」
見れば、ちゃっかり往来の真ん中で白い馬車が待機しているのが見えた。
(もしかして…後をつけていたの?)
今はレアルドに連れられて人気のない路地裏にいるというのに。偶然なんてどう考えてもおかしいでしょうに。
「公子様。…どういうおつもりですか?」
「え?な、何のことでしょう」
「なぜここに私がいると?」
「それは…あなたを愛するあまり、幻覚が見えたかと思っ…」
「いい加減にしてください!」
ここは、路地裏で、建物と建物の間にできた狭いスペース。多分、私の声はものすごく響いたことだろう。
「私は一度お断りをしました!」
「で、ですが!…カサンドラ様、この婚約は貴女にとって本意ではないのでしょう?いくらフォスターチ家が優秀でも、ユリウス殿などたかが庶子の身!あなたと釣り合うとは…」
「本意じゃないって…?」
いやいや、誰のせいでこんなことになっていると思ってるのよ。
ああ、だんだんイライラしてきた。
なんでこいつ一人にこんなに振り回されなきゃならないわけ?しかも私のことはともかく、ユリウスにまで。
私のイライラは頂点に達し、我慢できなくて…つい、私は左手の手袋を外し、彼の顔に向かって叩きつけた。
「!!」
「どうぞ、お拾いあそばせ」
案の定、カシルは目をまん丸くしてこちらを見ている。
「じょ、女性がこのようなっ」
「先ほどからカシル様はユリウス様にばかりご執心のようで…まるで私のことをアクセサリや装飾品か何かと勘違いされているのでしょうか?」
「そ、そのようなことは」
「本当に?」
「…!」
はあ、とわざとらしくため息をつくと、カシルの前に立つ。
彼にとっては不本意かもしれないが、私の身長では、どうしてもカシルを見下ろす感じになってしまう。
ぐっと距離を詰めると、目が合うようにわざと少しを背をかがめて見る。
「勝ち、と負け。貴方がこだわっているのはそれだけではありませんか?公爵家に勝つ、ユリウス様に勝つ。まるで私は戦利品みたい…本当は私になど興味がないのでしょう?」
「ち、違う!僕は、貴女にっ」
家の事情だったり、政略的な理由だったり…この世界でのそういう類のものは夢がないことは理解しているつもりだ。
(けど、なんで私がこいつの為にそんな目に合わなきゃならないのよ。)
「あなたはご自分が思い通りならないことが嫌なのでしょう?まるで敗北したみたいで。だって、この求婚だって、私が公爵家の力を使って絶対に拒否することだってできるのに、一度でも正式にお申し入れをなさいましたか?」
「そ、それは」
そう。
このカシル・フラムベルグは、あのプロポーズ・ショーにしても、今にしても…正式な手段での求婚を一切行っていない。
「考えられるのは二つ。一つは、ご家族に承諾を貰っていないあなた個人のスタンドプレーだから、ご自慢の権力を使わず個人の力で解決しようとしている。二つ目は、私個人なら押し切れば容易い、要するに私のことを力づくで押せば何とかなる…的な思慮の浅い子供じみた妄想を本気でかなえられるって、そう思ってるってことよ!」
私の弾丸トークに、カシルは口をパクパクしている。
まだ行くわよ…!!
「あわよくば公爵家のユリウスにマウント取れるし?…この、カサンドラ・グランシアをどうにかできると思っているなら、今回のことも含め、正式に謝罪をしてセオリー通り公爵家を通すことね…!!」
ふう、すっきりした!
と、思っていたのに。…みるみるカシルの様子がおかしくなってきた。
「黙って…聞いていれば」
「…?」
言い過ぎたのは認める。でも、この空気は何?
何となく私は、初めてレアルドにあった時に敵意のような物を思い出した。
すると、カシルはぎろりと私を睨んで、私の腕をつかんだ。
「痛っ…」
「僕は勝つんだ…!公女、あなたを手にして、権力も手にして!!僕は…」
「失礼、フラムベルグ公子」
バキィ!!と、なんとも景気の良い音がした。そして…聞こえたのは
「イテテテ!!」…という、間抜けな声だった。
「これはどう見ても、君が悪いだろう」
「あ…!」
そう…実はここにいたのはわたしだけではなかった。




