第65話 カシル・フラムベルグという挑戦者
「同じ…って」
「僕は今でも、ラヴィを信じていない…そりゃ、信じたい気持ちはあるけどさ」
その言葉に、思わずどきりとした。
「…何でか、聞いてもいい?」
私が問うと、アードラは少し伏し目がちに頷いた。
「うーん…システムの奴隷?みたいな、そんな感じ。ご主人様やノエル、ヘルトやユリウスなんかは、やっぱり違う。…大いなる意志の管理下から外れるってことはそう言うことなんだと思う」
「意志を持ったNPC…って、前に言っていたね」
「それってもう、《登場人物》じゃないじゃん」
そう言えば、と思い当たることが一つある。
以前見た夢で逢った青い目のヴィヴィアン。夢というには、あまりにもリアルだから、そうじゃないかもしれないけれど…彼女は元私《真梨香》の部屋にいて、テレビの画面を見ていた。
あの部屋は、まるで傍観者の席で、テーブルにはコントローラもあったような気がする。
「…アードラの言う通り、ヴィヴィアンもレアルドも…もしかしたらラヴィだって、誰かが動かしているのだとしたら」
それは、実はものすごく恐ろしいことなのではないだろうか?
「話を振ったのは僕だけど。あまり、深く考えすぎない方がいいよ。思考が迷宮入りすると、その内宇宙意識に呑まれてしまうよ?」
「‥‥なんか、莫迦にしてない?」
「してないしてない。」
「それ本当?あ、ここだ」
かららん、と小気味の良いベルの音が響くと、中は想像通り満席のようだ。
「い、いらっしゃいませ!あ、少々おまちください!」
待つべきかどうするべきか、と悩んでいると、向こうから一人の若い店員さんがこちらに向かってきた。
「あ、二名で」
私が言うと、目の前の背の高いすらりとした男性の店員は笑顔で答えてくれた。
「それでは少々お待ちを…」
その笑顔がなんとも素敵な笑顔で、思わずときめいてしまうくらい…なあんて、思ったのだけど。
「なんだ、ラヴィじゃん」
「「え?」」
アードラの発言により、一瞬にして夢から覚めた。背の高い、すらりとした、髪の白いって…あ、ほんとだ。
「ら らら」
しまった、思わず噛んだ。しかし、私以上に動揺しているのはラヴィの方だった。
「え?!あ あ あのえっと!!」
「オラ新人!!席片付けて客入れろ!!」
「はいい!!」
聞きなれた声に厨房の方を見ると…そこにいたのは、ノエルだった。
あ、そうか、なるほどここの店って。
「お客さん。いらっしゃーい」
いつものようなちょっと斜に構えたような笑顔。…のはずなんだけど。
なんだろう。今、ゾクッとした。
寒気の元は…うん、多分ノエルのような気がする…何?何か怒らせてるの私??
「あ、どどどうぞ!こちらの席へ!」
店内は、入り口からみて左側に壁に沿ってL字型のバーカウンターが設置されており、その奥が厨房とつながっている造りのようだ。
客席は大体50席くらいで、そこまで規模は大きくないものの、メニューが豊富なのが売りだ。また、18:00になると雰囲気は変わり、喫茶店からバーに早変わりするのが特徴らしい。
ラヴィに案内されたのは…いうまでもなくカウンター。
逃げられないじゃない…。いいや、逃げるつもりもないのだが、なんだかノエルから不穏な気配を感じてしょうがない。
「ご注文は?」
「あ、ええと…じゃ、じゃあおすすめのランチセットで…」
「じゃあ俺、チキンセット。」
共食いか。
いや、元は人間だものね。私は思わず現実逃避よろしく、心の中で突っ込んだ。
「いいでしょ、うちの新人。社会勉強ってやつ」
「え?!あ、うん…い、いい経験になるんじゃない?」
あれ、さっきの冷たい空気が影を潜めているように思える。で、でも油断はできない。すると、ノエルは私のテーブルに水を置いて…顔が近くになった瞬間、いい声でささやいた。
「ね…フラムベルグの坊ちゃんに絡まれた挙句、ユリウス・フォスターチと婚約したって、ホント?」
「!!!」
そうして、思わずむせた。
「はあ…まさか、グランシア公女とは…」
フラムベルクの執務室。
現党首である、ヘキセン・フラムベルグ伯爵は、ため息をついた。
「父上!グランシア公女に結婚を申し込みたいんです!!」
突然、告げてきたフラムベルグ直後継の宣言に、絶句した。
―――あのこは、いつも一番だった。
男兄弟は他におらず、姉が三人と女傑家族の中で産まれたフラムベルグの嫡男は、周りからのあふれんばかりの愛情の中で育ってきた。
フラムベルグ伯爵にとっては、やっとの思いで恵まれた唯一の男児であり、目に入れてもいたくない程の可愛い。
結果、カシルは望むものは全て与えられていくことになる。
しかし…年齢を重ねるごとに、望んでもできないことが増えてくるを知っていく。
執務机の上に並べられた、グランシア公爵家と、フォスターチ公爵家両方の正式な印章の封筒を見て、改めて深いため息をついた。
「カシルを呼んで来い」
その頃、カシルは自室にて、得意の頭脳を巡らせていた。
「父上が?」
「はい」
「…あの件、か」
立ち上がり、去っていくカシルを見て、執事もまたため息をつく。
(坊ちゃまは…とても賢い)
生まれたときからあまり身体が丈夫でなかったカシルは、騎士を望んだにもかかわらず、その手に剣を持つことは叶わなかった。
けれど、騎士になる夢は幼い頃からの親友であり従者だったレイヴンが果たしてくれた。
…それならば、と違う方法で強くなることを固く決意した。
なぜなら、彼は昔から恵まれない身体の代わりに、優秀な記憶力を持っており、一度見た文章は全て覚えるし、それを理解できる頭脳も持っていたのだ。
特に、戦略を使う盤上ゲームでは右に出る者がいない位得意だった。
「そうだ、剣がなければ権力と名声を手に入れればいいじゃないか!」
そうして、幼い頃から神に愛された容姿と頭脳を最大限利用して、メキメキと人脈とコネクションを構築していく。
幼少の頃から伯爵について回り、社交界での顔を広め、将来自分の力になりえるような駒を探すべく目を光らせながら成長していったのだ。
そんな時、父の友人だったイヴェンター伯爵家の仮面舞踏会に参加した時、運命的な出会いを果たす。
身体を使って戦うことが出来ないカシルにとって、しなやかに動く彼女の肢体はとても魅力的で、一目で心を奪われた。
あの後、一体彼女がどこの誰で、どこの家の者か調べようとした。
しかしイベント中に起きたいざこざのせいで、騎士団の預かり事案となり、客の名簿は没収されてしまった。
結果、彼女を探すことが困難になった。
少なからず荒い手ではあるものの、犯罪にならない程度で探し当てた彼女は、なんと、ハルベルンでも高名な公爵家の令嬢だったのだ
これが運命といわずしてなんというのか!こうなれば、多少なりとも強引に、彼女が逃げられないような状況を作ってやろう。そう言う考えに至った。
しかし、肝心の彼女に近づこうにも、「自称・婚約者」を名乗るグランシアと並ぶ名門、フォスターチ公爵家の公子に邪魔をされ、さらには外堀計画筆頭、兄君のヘルトには牽制され、カシルの自信は見事に萎えてしまう。
「カシル、お前は、盤上のゲームにおいて、いつも詰めが甘いな」
「‥‥‥」
ぐさり、とカシルの心に少なからずのダメージが与えらえた。
「ッせっかく、前半は優勢だったのに‥‥」
「お前はそう思った瞬間、わかりやすい隙ができる。気が付いていないのか?」
「父上…」
街での一件の後、首都アンリにある邸に帰った途端、待ち構えていた父にチェスのゲームを奨められた。そして…ものの見事に完敗してしまった。
「お前は負けることに慣れていない」
「…父上はいつも私に何事にも勝つようにご教示いただいておりました。だから僕は」
「お前の好きにしろとは言ってはいたが…先日、フォスターチ公子より苦言を提言された」
カシルはどきりとした。
「ユリウス・フォスターチ…ですか?」
「ああ、婚約したばかりなのをいいことに、公子の目の前でグランシア公爵令嬢にプロポーズ・ショーを行ったそうだな?」
脳裏にあの屈辱的な茶番劇が思い浮かぶ。
「あ、あれは!その」
「フォスターチ家には関わるな」
ぴしゃりと告げられたいつもと違う声に、カシルは怯んだ。
「!…それは、どういうことでしょうか…」
「…獅子の尾は好奇心で踏んではいけない。たまには眼前の敵から撤退することもお前は学ぶべきだろう」
「眼前の…敵から撤退?!父上らしくもない!!名門公爵家とは言え、嫡子ではない…たかが庶子に過ぎない者でしょう?!それを獅子などと…」
「…あの家の者に下手に関わると、こちらが手痛い被害を受けかねない」
フラムベルグ公爵はため息をついて、静かに首を振った。
「特に、飛ぶ鳥を落とす勢いで名をあげたユリウス卿には、な。お前も社交界に少しか顔が利くのなら、聞いてはいるだろう?フォスターチ家の次男シグマ殿の件」
「え、ええ。身分を問わず女性を攫っては襲い、余興に耽っていたとか…」
ああ、とだけ短く言って、公爵は頷く。
「その一連の事件を洗いざらい調べ、徹底的に糾弾しているのは、実弟のユリウス卿だ」
「…身内を、糾弾?兄弟同士で…そのような」
「そう言う家紋だ。ハルベルンの盾のグランシアと、剣のフォスターチ。この二つがどれほど影響力を持っているか…身をもって知るべきだろう。」
「‥…」
「お前には、もっとふさわしいご令嬢がいるだろう。グランシア公女は諦めろ」
父の背中を見送ったカシルは、自分が負けたチェス盤の前でただぼんやりと座っていた。
夕暮れの淡い光が窓を赤く染め上げ、倒されたチェス盤を照らしていく。もの悲しくさえ見えるその駒に、まるで血のように赤い光が映し出された。
(ここにきて…諦めろ、だなんて。…負けを認めるだなんて)
ぎゅっと拳に力が入る。
幼少の頃から、カシルは全て手に入れた。諦める方法など、思い切れる方法など誰も教えてくれるはずもなく…考える必要がなかったのだ。
「いいや、僕は、まだ負けてない!全部の手を尽くしたわけじゃない!まだ…」
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