第63話 綻び
「ヴィヴィアン様、贈り物が届いております…けれども」
「…ありがと、ギネリーさん‥…」
ヴィヴィアンは、目の前に積み重なっている山のようなプレゼントを目の前にして、大きなため息をついた。
(毎日、毎日、毎日…よくもまあ飽きないものね)
最近、ヴィヴィアンは悩んでいた。
…レイヴンから、やれ舟遊びだのやれ舞踏会だの…ひっきりなしに誘いが来るのだ。それに対し、あんなにも執拗だった、レアルドからの誘いも、贈り物も…その一切がなくなった。
(…何かあったのかしら?)
――所詮まがい物でしょ?
あの時夢で見た少女の言葉を思い出す。
(違う!私は…)
「ヴィヴィアン様?バルク様がいらしてまよ」
「!いま。行きますね」
ヴィヴィアンは神殿の離れにある家に住んでいる。
迎えに来たバルクのエスコートで馬車に乗り込むと、街に向かって走りだす。
「大丈夫か?随分顔が疲れているみたいだけど」
「大丈夫よ」
こうなると、二人ほどアプローチが激しくないバルクと一緒にいる方がはるかに気が楽だ。彼を口実にレイヴンの誘いを断ることが必然的に増えていく。
街に出ると、今日は休日というのもあってか人手が多い。はぐれないように、とバルクが差し出した手をつなぎ、街を歩いた。
「ねえ今日はどこに」
「…ヴィー!やっぱりここに居たんだ」
すると次の瞬間、聞こえる筈のないその声に、肩がびくり、と震えてしまう。
恐る恐る振り返ると、レイヴンがものすごく怖い顔でこちらをにらんでいた。思わずバルクの腕にしがみつくと、バルクも異常を察知したのか背中でかばってくれた。
「え、な なんで」
今日、彼からの誘いがあったので、断ったはずだ。にも拘らず、なぜここに居るんだろう?
「彼女から離れろ、バルク・ベルヴォン!」
「確かあんたは、レイヴン・クロム…」
ぎろり、とにらみつけるレイヴンにバルクは半歩下がってしまうが、背後に隠れているヴィヴィアンを見て思いとどまった。
ごくりと、つばを飲み込んで、バルクはレイヴンの方を見た。
「…レ、レイヴン卿!ヴィヴィアンが怖がっています」
「違う!…お前が脅したんだろう?」
「ち、違います!」
レイヴンの眼には光がない。
頬もこけ、顔色も良くないように見える。‥‥まるで廃人のような様子に戦慄した。ヴィヴィアンも同様に、信じられない想いで目の前の攻略対象者であるはずのレイヴンを見つめた。
(こ…怖い、なんでこんなになってるの?これじゃあまるで、廃人じゃない…)
ゆっくりとこちらに近づいてくる彼はどこか病んだような笑みを浮かべているように見える。
「や…やだ、来ないで」
「僕のプレゼントはみてくれた?君に似合うと思って、たくさん用意したんだ!…もしかして気に入らない?だったら何がいいのかな?教えてよ、ヴィー」
「き、今日はヴィーも疲れているみたいだし…」
「うるさい!!」
立ちはだかるバルクを力づくで引きはがして、地面にたたきつける。
「う…っ」
「バルク!…きゃあ!!」
駆け寄ろうとするヴィヴィアンの腕をレイヴンは強引につかむと、嫌がるヴィヴィアンを連れて歩き出した。
「さあ、行こう。今日は特別なレストランを予約してあるんだ。きっと君も気にいってくれる」
「い、いやよ!やめて、はなして!!!」
(あたしを愛するだけの存在なのに、どうしてあたしが嫌がることをするの?)
半ばずるずるとひきずられるように歩いていき、何度も振り払おうとするのだがうまくいかない。優し気に振り返るレイヴンの表情を見て、恐怖を覚えた。
(なんなの…怖い、怖い!!)
ここは街の真ん中の公園近く、徐々に人も集まってきている。助けを求めようと周りを見渡すが、これほどの人間がいるというのに、みんな遠巻きに見つめたり、こちらを一度も振り返らない人間ばかりだった。誰も近づこうとせず、力強く掴まれた腕が痛い。
(なんで…みんな、見てるだけなの?ここはあたし《ヒロイン》が中心の世界じゃないの?!)
「だ、誰か助け…!!!」
すると、急にふっと力が抜けた。そしてヴィヴィアンの背中を支える優しい手。
続いて聞こえたのは衝撃音とうめき声。
「大丈夫?」
「え…」
そして震えるヴィヴィアンに、気づかわし気に声をかけてきたのは…女性、だった。振返ると、青い瞳がじっとこちらを心配そうに見つめていた。
目の前に現れたのは、最新の流行を追ったサマードレスに、真っ白い帽子を身に着け、凛と立つ一人の女性。
「う…そ なんであなた」
カサンドラは、ヴィヴィアンを後ろにかばい、脇で転がっているバルクに手を貸す。
「ほんっと、喧嘩弱いのねえ、バルク」
「う、うるさい」
「さーて、と」
(…良かった、バルクに怪我はないみたい)
パン!と扇子を開いて優雅にほほ笑む姿は、不本意だけど…格好よく見えた。
「いるのよね。相手にされないからって逆上するしょうもない奴って」
「…っ、カサンドラ・グランシア!!!」
「ごきげんよう、レイヴン・クロム。お取込み中でしたかしら?」
レイヴンは、まるで仇敵を見つけたかのようなものすごい形相でにらみつけるが、カサンドラは全く動じない。…至って平気そうな顔で、ぱたぱたと扇子で扇ぎながらため息をつく。
(ど、どういう神経してるのよ、この子…)
「騎士ともあろうものが、一人の女性にそっぽ向かれたからって…みっともない」
「なんだと?!俺の…っどこがみっともないというのだ!」
レイヴンはわなわなと震えながら言い放ち、カサンドラに向かって剣を抜いた。
「ッ!!」
咄嗟に息をのんだ。けれども、剣を向けられたカサンドラ本人は動じることなく真っすぐ突進するレイヴンを見つめている。そして、妖美に微笑んだ。
「これは正当防衛というもの…先に手を出したのはそちらですわ」
美しい女神神殿の紋章が入った装飾の柄がきらりと輝く。
突剣を切っ先をひらりとかわすと、そのまま扇子でレイヴンの手首を叩いた。
「うっ?!」
そのままバランスを崩してよろけるが、転ぶのだけは辛うじて避けたようだ。騎士としてのプライドだろうか。そのままくるりと勢いよく振り返るが、カサンドラが扇子で首元を抑え込んだ。
「!」
「まぁ、なんということでしょう。顔色も悪く、目の下はくまだらけ。随分と凶悪な人相になられましたこと!ああ、恋って恐ろしい!人間をこうも変えてしまうなんて」
大げさな程身振り手振りを添えて、カサンドラはレイヴンをあざけ笑う。
ざわざわと周りが騒ぎ出し、皆レイヴンを憐れむように見た。
「貴様…!」
「その剣の忠義は誰のもの?」
ぴたりと剣の刃を指でなぞる。
「女神に仕えるべき騎士が、こんな往来でしかも武器を持たない女性に刃を向けるなんて。…度が過ぎるわ」
「…ッくそ」
ヴィヴィアンは二人のやり取りをハラハラしながら見ていた。
「残念ですけど、これだけの目撃者がいます。どう考えても、嫌がる女性を無理やり連れて行こうとした挙句、女性に剣を向けた騎士様の方が分が悪いですわよ?」
そう言うと、再びバッと扇子を開いて微笑んだ。
「俺は…俺は!無理に連れ行こうとなんて…!
「でもヴィヴィアンが怖がってるじゃない」
「していない!!」
「!!」
目の色を変えて襲い掛かってきたレイヴンを見て、カサンドラは構える。
(そのまま…避けて足をかけて、吹き飛ばす!!!)
「うっ?!」
しかし、次の瞬間レイヴンからうめき声が漏れた。
キラッと太陽に光を受けて反射した光は、容赦なくレイヴンの顔を映し出す。その顔に扇子を投げつけ、回れ右をした。
「!!さ、逃げるわよ。」
「え?!」
カサンドラは茫然としているヴィヴィアンの手を取り、走り出す。
「バルク―!あんたも死にたくなければさっさと私についてきなさい!!」
「あ ちょ 待てよ!!」
「アードラ、あいつ追ってこないか見といて!」
「了解、ご主人様」
カサンドラについてきていた黒い鳥はそのままパタパタと街の方へ戻っていく。そうして、二人はあの状況から見事に逃げおおせることが出来た。
人ごみを抜け出し、複雑な路地裏をずんずんとカサンドラは走っていく。
「ちょっとぉ―バルク!体力なさすぎー」
「ちょ、ちょっと待って…早…」
どれくらい走っただろうか。肩で息をしながら、ヴィヴィアンはちらりと後ろの方を向いた。後ろからバルクが息も絶え絶えにこちらに向かって一生懸命走って来るのが見えた。それを見て、安堵する。
「あら、優しいのね。バルクのこと、気にかけていたんでしょ?」
「‥‥助けて、貰ったから」
「か、カサンドラ!お前、化け物かよ!なん…で!息…一つ、乱れてないんだ!」
地面にへたりこむバルクを見てヴィヴィアンは少し苦笑してしまう。とはいえ、守ってくれたのは本当だし…決まり切らなかっただけで。
「鍛え方が違うのよ、鍛え方が」
カサンドラは、やや乱れた髪を直しながら答えた。
呼吸も落ち着いてきたので、ヴィヴィアンは周りを見る。やって来たのは、崩れかけた壁と、割れたステンドグラスのある場所。
「ここは…教会の廃墟?」
「追手が来ても嫌だし、中に入りましょう?そう言えばやるじゃない、バルク。少し見直したわ」
「…お前に言われても嬉しくない。この体力バカ女め」
やがて、街の方角から先ほどの黒い鳥がこちらに向かって飛んできて、彼女の肩に止まる。
「ん。大丈夫みたいね」
教会の中は天井も高く、かつては青く美しい色だったのだろうか?ところどころ剥げてはいるものの、青色がのぞいている。
天使の像や神と思しき像は見当たらないが、現代で見る教会と同じようなつくりをしているようだ。今は原型をとどめていないが、祭壇の中央には半壊した石の台がひっそりと建っていた。
日の光を透して落ちる鮮やかな光に、すこしだけ目を細めた。
「…さて。あの騎士様はどういうこと?ヴィヴィアン、あなた彼に何か薬でも盛った?」
「わ、私は何もしてない!…その、ちょっと‥‥最近冷たくしていたのは認めるけど」
「冷たく、ねえ。ヤク中の末期症状みたいになってるじゃない。どうするのアレ?」
「‥‥そんなこと、言われても…!」
ヴィヴィアンは、何も答えられない。
ただ、この世界に来て、満足だった。満足がゆえに、ありのまま、何もせずに時間を過ごしてきたのだ。ただ、普通に恋愛ゲームみたく攻略対象者を攻略して、デートしてイベントをして…本当にそれだけだった。
それに、気が付いた。




