第61話 黒と白②~物語の主人公は~
「ラヴィ…?」
その日、ラヴィは帰ってこなかった。
「うああーーん!!ラヴィがかえってこないよぉーーー!!」
次の日の昼頃、いつもいるお気に入りのかごは空のまま。
ご主人様は、自室のソファーで三角座りをしながらわんわん泣いていた。メイドたちはおろおろしながらも、ウサギを探しに行ってくれているようだ。
「落ち着いてよ、ご主人様。あいつだって一応魔法使いの端くれだろ?大丈夫だって」
「そう言っても!野犬に襲われたりしたらどうするの?!」
「それは…ほら、一応人間になれるしさ…?」
ぐすん、とご主人様が涙目でこちらを見て訴えてくる。
こんなこと言ったら怒られるだろうけど、ご主人様の泣き顔は正直いって可愛らし…いや、そうじゃなくて。
「あんまり泣き顔さらしたら食べちゃうよ?」
「私なんて食べてもおいしくないでしょ!!」
……。
全然効果なし。僕だって結構絵本に出てくる王子様ばりな容姿だと思うんだけどなぁ。彼女は王子様願望じみたものは持ち合わせていないのだろう。まあ、そう言うところもいいけど。
しゃくりながら、ごしごしと服の袖で涙をぬぐうので、ハンカチを手渡した。
それを奪い取ると、じっとこちらを見てきた。
「…アードラは、ラヴィのこと嫌い?」
「嫌いっていうか。…ちょっと、空気が違うのが気になる、かも」
「空気が違う?」
「そ。…確かに君の味方なんだけど、どこかしら信用ならないっていうか。まあ、僕が言えた義理じゃないけどね」
そう、言葉にできない違和感、のようなものを彼からは感じる。
与えられている役割を演じているだけというか、システムで設定された言葉を選んでいるというか。もしかしたら、それは大いなる意志の枠組みから外れていない《《彼ら》》と似ているかもしれない。
「だからっていじめないでよ!」
「いじめられっ子の顔をしているのはラヴィだろ?カサンドラぁ―、泣かないでってば」
全く、ご主人様にとって、ラヴィというのはどんな存在なんだろう?
まるで家出をした息子を心配する母親の図だ。羨まし…くはない、な。うん。
「多分、怪我とかはしていない。怪我したり、異常があれば僕でもわかるから」
「アードラでもわかるの?」
「まあ、なんとなく、気配を追うことが出来るんだ。不思議なつながりだよね」
兄弟というのはそう言うものなんだろうか?
なんだかラヴィというやつは自分では兄とか言うけど、僕からすれば年上の弟みたいなものだ。
甘くて、不器用で、感情の起伏が実にわかりやすい。怒るときは怒るくせに、すぐしょんぼりするとそれを隠そうともしないのだ。
「まあ、たまーに、いじめたくなる…っていうのは認めるよ。真性のいじめられっ子みたい」
「…アードラ、その腹黒さ、なんかユリウスに似ている」
ユリウス…というと、あの公子様だろうか。
直接会ったわけではないけど、放っておけば出世街道まっしぐらな癖に、わざわざ全部放り投げて真逆の仕事に就く心意気は、正直脱帽だ。
橙色の髪に、緑色の瞳…は、まあ僕程じゃないにしても、見目麗しいと思う。
「そのユリウスってのと僕、そんなに似ている?」
「顔とかじゃなくて、腹黒加減。…ああ、そうだ、ユリウスの問題もあったんだわ」
「?問題…?」
「一応彼と私は公式上婚約することにしたのよ」
「こん、やくって…はあ?!!何それ!!」
「公式上で、期限付きの婚約よ。ちょっとおかしな奴に捕まっちゃって。昨日は脱線してしまったけど、その話をしようと思っていたのよ。こんな展開シナリオにないでしょ?ヒロインはヴィヴィアンで私じゃないもん」
何で、こう大事なことを後回しにするんだ?!
僕はため息をつきながら、まだぐすぐすいうご主人様の肩に手を回した。
また怒られるかとも思ったけど、そこは素直に身をゆだねてくれた。
「…うーん。ご主人様、そのヒロインだとかシナリオとか、この際考えるのはやめた方がいいよ」
「どういうこと?」
青色の瞳が驚いたように見開いて、こちらを見上げた。
「これは既にカサンドラの物語であって、ほかの誰の物語でもないってことさ」
「私だけの、物語?」
「そうだよ。登場人物は僕やラヴィに、ノエルやヘルト。腹が立つけどユリウスもそうだろ?ヴィヴィアンやら他の連中はご主人様のわき役で、主人公はこっち。‥‥違う?」
カサンドラは、僕の腕の中でふるふると勢いよく首を左右に振る。
「私が選んで、私が進めてる。‥‥アードラの言う通りね」
「そうそう。だから、好きなように物語を作って、好きな方へ進めばいいじゃん、ね?」
「‥‥うん」
いつになく素直なご主人様に、なんだかこっちの方が落ち着かない。
少し濡れた瞳も、僕の肩に甘えるように(わけでもないけど)頭をのせているところも、柔らかい髪も、今この瞬間は自分の腕の中にある。
煩いくらいの心臓の音に少し戸惑いながら、そっと腕に力を込める。
(ちょっとくらい…)と、邪な考えが脳裏をよぎった瞬間。
ごん、と思い切り顎を強打した。
「いっ」
カサンドラが急に顔をあげたせいで、近づけていた僕の顎に頭突きを食らってしまった。
ゆ、油断してるようにみせかけてこれか!
「うん!!わかった!!もう好きなように生きてくわ!!」
「う、うん…それでいいと思うよ」
「ありがと、アードラ!そーよ!らしくないわ自分!!」
まるで晴れた空みたいにカラッと笑うご主人さまの笑顔が眩しい。その笑顔が見れたら、顎の痛みなんて怪我の功名くらいに思えてしまう。
「どういたしまして」
そのままぐりぐりと頭を撫でてくるのだが、なんだかつられて笑顔になってしまう。…僕は犬じゃないんだけどな。
「よおし、ラヴィはきっと大丈夫よね!とにかく、お風呂に入ってすっきりしないと!その後は街に繰り出すよ!!」
ほんと、うちのご主人様は切り替えが早いなあ。
まあ、もうちょっとくらい落ち込んでくれてた方が、良かったかな?せっかく可愛かったのに。
なんて、少しだけ思ってしまった。
**
「はぁー‥‥」
「…で、オレんとこに来るってどういうことだよ?」
ここはギルト・シュヴァルの経営する酒場の一角。夜は情報交換が盛んな酒場だが、日が昇っている最中は街で女性に人気のカフェテリアらしい。
今日のノエルは紫の髪をひとくくりにして、前掛けをしてなら店のカウンターに立っている。
彼は本当に何でもやるんだなあ。
「一応ウサギは草食動物だから、サラダでも食べておけ」
「うん…ありがとう、ノエル君」
そう言って、菜っ葉類とパンをひとかけ小さな皿にのせてくれるので、それをありがたく頂戴した。
あれから、ウサギの姿で行く当てもなくさ迷っていると、森で野犬に襲われてしまった。
そこをたまたま通りがかりのノエルに助けてもらったのだった。
私はしゃくしゃくとレタスの葉を食べながらため息をつく。落ち込んでても、お腹は減るものなんだ。
「食べるのか落ち込むのかどっちかにしろよ、ラヴィ」
「うん、とりあえずいただきます」
「それにしても、サンドラと喧嘩でもしたのか?」
サンドラと喧嘩…はしていない。けど、アードラと喧嘩したわけでもない。
ただ、自分が勝手に飛び出してきただけなので、なんとも言えず目をそらした。
「ううん、私…いや、僕が勝手に嫉妬して…勝手に逃げ出しただけだ」
「嫉妬、ねえ。お前もやっぱりサンドラが好きなのか?」
「好き?って…いっても、僕は人間じゃない」
するとぐりぐりと頭を撫でながら彼は笑った。
「何言ってやがる。こうやって思い悩んで落ち込んで…それが人間というものだろ?」
「ノエル君…」
なんだか、一番欲しかった言葉を言ってくれたような気がする。本当にいい奴だ。
「ちょっと…自分の存在について悩んでしまって…」
「…そんなの誰もわからないだろ。わかったら苦労しない」
申し訳ないことだが、ちょっと驚いた。
彼はいつもつかみどころがなくて、何でも器用にこなしているように見えたから…わからないことがないように思っていた。
「あのなあ。…オレだって迷い戸惑い、焦りもする。つかみどころがないのは、そう言う風に演じているから、だ。その方が色々便利なんだ」
「…僕の心、読んだ?」
「見て欲しかったんじゃないのか?」
「そ、そう言うわけでは。あ、そうだ。ノエル君は何でも屋でしょう?…ヒューベルトっていう人のことを知っている?」
そうだ。くよくよ悩んでいる暇はない。
自分のルーツを探ることに決めたんだ…だとしたら、彼、レアルドの話に出てきた人物はいわゆる僕の「モデル」となった人物かも知れないのだ。
「ヒューベルトねえ。ファーストネームと苗字は?」
「え?さあ、レアルド王子にそう間違われたんだ」
「レアルド王子?そういや、いたな、あそこに。‥‥ふむ。ちょっと待ってろ」
そう言ってノエルは立ち上がると、店の奥に引っ込んだ。
ややしばらくしてから、手に分厚い本を持って再び登場した。彼が持ってきたのは、金糸の装飾が施され、見るからに上等そうな布で覆われた一冊の本だった。
「王室名鑑表?そんなもの持ってるの?」
「まあな。ええと、ヒューベルト…っていう人物だが、実は該当するものが一人いる」
パラパラとページをめくると、ルベリアムという豪華な紋章のページに止まる。
「ルベリアムって」
「ハルベルン王家の苗字みたいなものだ。ほらここ。ヒューベルト・ルベリアム・アスク・ハルベルン。」
「な、長い名前だね??」
「ルベリアム王家の長男だからだな。アスクは正統なる後継者に贈られる称号みたいなものだ」
ヒューベルトの名前の横にレアルド・ルベリアムの名前が並んでいる。二人は兄弟だろうか?
けれども、兄であるヒューベルトの方には白いバラの花が描かれていた。
「この白薔薇は?」
「それは故人を現す…まあ暗号みたいなもの。レアルドの兄、ヒューベルトは14歳の頃事故で亡くなったと言われている」
ドクン、と胸が跳ねたような気がする。
「…死んだ?」
「ああ。…事故の原因は確か狩猟大会の時、何者かが放った弓矢で死亡している。…誤射だ」
「誤射…って。それ、暗殺じゃ」
むぐぐと口にパンを放り込まれてしまった。…言うな、って言うこと?
「あくまでも、公式的には事故、だ。…そう王室で認めている」
「ちなみに、犯人は」
「弟のレアルドだ」
「…え…?」
「だから、…事故なのさ」




