第57話 敗北のクロージング
「一番通りに…すッッごく!美味しいスイーツがあるお店ができたんです!!!」
「そうなの?」
「はい!!中でも、チーズをふんだんに使ったレアチーズのケーキがとっても絶品で‥‥!一度食べたら病みつきになること間違いないですう!!!」
そう言って、一度アリーが非番を押して買ってきたことがある。
甘くとろける舌触りで、柑橘系のリキュールを使っているみたいで、すっきりとした味と香りがとても良い。ふんわりした感触が、ちょっと、いいえかなりさっきの出来事を思い出させるので、バクバクと思い切り食した。
それを食べて、やっと少し気を落ち着かせてから、私はユリウスにある提案をした。
「形式的…とは」
「ええと…いわゆる契約、です」
「け 契約」
あれ?
この反応は一体。以前ユリウスが私にした提案を逆にしてみただけなんだけど。なんだろう、明らかに動揺してる…ように見える。
だって、手に持っていたカップを落として茫然としているもの。
「あの…、ナフキン、使います?」
「!!!あ…いいえ、大丈夫です…」
いや、どう見ても動揺してるよね?だって手がカタカタ揺れている。
その後、残っていたグラスの水を一気飲みして、すまし顔で対応する。
…なんか、この人可愛いなあ。
「ど、どれくらいの期間、でしょうか?」
「ひとまず…一年、で」
「え?」と、驚いた様子のユリウス。
さて、このハルベルンという世界にも、勿論法律がある。
私は引きこもり期間中、だらだらと過ごしていたわけではない。一応、ダンスの練習はしていたし、身体づくりもしていた。そしてもう一つ…書斎で色々な本を読んでいたのだ。
有難いことに、この世界の文字は、実はあちらの『英語』表記とよく似ている。元々のカサンドラも本を読むのが好きだったみたいで、蓄積した知識をさらに後付けで底上げするようなイメージ?で、大体のことは理解ができた。
私は元もと法学部にいて、そういう道を目指していた。だから、普通の人では読まないであろう法律関係の本をたくさん読むのは苦ではないし、むしろ興味がある。
一応貴族社会とやらに所属している以上、色々ありそうだなと思っていたので、結婚に関する法律もしっかり確認しておいた。
一番確認したかったのは、この世界の『結婚観』である。
そもそも離婚という概念があるのか?結婚に至るまでの法律的な順序、年齢、同意なしの政略的結婚の場合の対処法等々。
そして…知ったのは、離婚なり婚約破棄などが過去にあったという記録は、あまりないということ。
ただ、一般論では不可能とされているけれど、法律上では可能。
誰しも結婚準備期間(いわゆる婚約期間)というのが設けられていて、当人たちの同意書と、それを第三者が証明している記述書が必要ということ。ただ、その準備期間中に同意書が提出されていない場合、366日を過ぎた後に自動的に無効となり、そこから更に133日間は別の誰かとの婚約並びに結婚などの書類の提出は、原則認められていない…例外は除いて。
この例外、というのは、例えば婚約準備期間中にどちらかの身体的な理由、社会的に自身の信頼を著しく低下するような事柄(多分浮気とか、そういうの?)が発覚した場合、それをすぐに破棄できるらしい。
察するに、金目当ての遺産問題とか、そういう『黒い結婚』というのは、行政的には認めていない、ということだろう。
最も、言い換えれば何としても婚姻を成立したい場合は書類を速攻で作成して、速攻で提出さえすれば、簡単に姻戚関係が成立するっていうがばがばな法律だ。だからこその、そういう救済措置的な項目が追加されたのかもしれない。
(つまりは、ユリウスとも表向きでは婚約を設定していても、365日後には婚約破棄が双方問題なく成立できる)
…その時まで、一人で生きていく術を考えておくのもいいし、《《何が起きても》》なんとかできるはず。
1年後…私のお役目、どうなってるかわからないし。私も、この世界も。
「…私はある理由がありまして、今すぐどなたかと結婚などは出来ません」
「はい…」
「ユリウスの言う通り、私に決まった婚約者がいないから今日みたいな面倒事が起きるということなら…仕方のないことです」
「…ぐっ仕方のない、ですか…」
「はい!…なので」
私はビッと1本の指を立てた。
「一年!!一年契約でいかがでしょう?!…ハルベルンの法律上、1年は表向きにも互いに婚約関係の体裁を保てますし」
「ちなみに、その後は?」
「え?」
何となく遠い目であらぬ未来に思いを馳せた。
「それは‥‥」
言葉に窮する。
「未来のことは、誰にも分りません」
「……」
これは、私の本音だ。
「……わかりました」
「その、何かしら公式行事があるときは、ユリウス様に合わせます。もし、フォスターチ家で婚約者という肩書が必要な場合は仰っていただければ」
「わかりました。では、その見返りは?」
「…み、見返り?」
まさか見返り、と来るとは。
ちょっと、これは想定外かもしれない。けれど、ユリウスは更に詰めてくる。
…ていうか、目つきが変わった。
「契約とは、自分と相手、互いに何かしらのメリットがあった上でもたらされるものです。あなたにとっては、細かい煩わしい事柄を封じることが出来るでしょうが、では私の方はどうでしょう?」
「え…っと、ゆ、ユリウス様に婚約者ができるので煩わしさから解放され…」
「残念ながら、そう言う方面は対処法を心得ておりますので…私にとっては、まあ悪くはないが良くもない話です」
ぐっ。まさかそんな風に言われるとは…
「手放しで喜んで相手の意に従うのは、それこそフェアではない。契約という縛りがある以上それを利用しない手はないでしょう?」
う!来た来たこの腹黒い笑顔!!
慎重に!令嬢スマイルで頑張れ私!
「利用…とは、随分な言いようですわ、ユリウス」
「違いましたか?」
「…それは」ダメよ、ここは平静に!だが、私が口を開く前にユリウスが続けた。
「残念ながら、これが私の通常運転です。形式的とはいえ、婚約者となる方には私のありのままを見てほしいですから」
「では、逆にお聞きします。ユリウス、あなたはどういった内容であれば、納得してくださるんでしょう」
私がそういうと、ユリウスは一瞬押黙る。
そして、少しの間何かを考えるような仕草を見て、私の質問に答えた。
「なら、一年後私はカサンドラ…あなたに本気でプロポーズをします。そのチャンスをいただきたい」
がた、と椅子から立ち上がり私の前に立つ。
「…え」
「それまでは、あなたが望むままの婚約者を演じ切り、カシル・フラムベルグを完膚なきまで叩きのめして差し上げましょう」
うっ…!!
何この笑顔!!眩しいっ!!
流れるような所作で私の手にキスをする…って、本当にこの人たちがやると、シャレにならないくらい絵になるから、恐ろしいわ!!攻略対象者の人って!!!
「まあ、フラムベルグの公子殿に関しては…私が手を下さずとも、想像以上に簡単に始末できる問題ではありますが…」
「そう…ですか??」
「ええ。あなたはどうやらご自身の価値をよくわかっていらっしゃらない…私も、今以上に努力をしなければ」
「はあ…」
(努力、とは??)
「それではひとまず…私の初仕事として、あなたには楽しい時間を過ごしてもらうようエスコートいたしましょう」
そう言って、一枚の皿に乗ったショコラケーキを私にくれた。
「楽しい時間は、美味しいものを食べてから。…今、新しい紅茶を頼みますね」
「…は、はあ」
なんだろう、この敗北感。
悔しいけど、今の私では敵わない気もする…。
「それよりも、当面の問題を解決する方法を探さなくては」
「…当面の問題?」
「ええ。カサンドラの周りにいるでしょう?あなたを愛してやまない私にとっての好敵手たちが」
「こ…?!」
「…後ほど、グランシア公爵邸にご挨拶に伺います。勿論、ヘルト殿が回復した後に、ね」
「…」
(これで、良かったのかしら…でも)
今の状況って、間違いなく自分が招いたものでもあるけど、シナリオにはない展開を続けていくことに、少し不安がある。
そんなことを考えながら帰宅すると…突然もふっ。とした毛玉が私の顔面に向かって飛び出してきた。
「ら、ラヴィ。どうしたのよ」
「き、急にいなくなるから!!!」
く、口の中に毛玉がっ。
ウサギはしっかりと私にしがみつくのだが、寂しかったのだろうか?まあウサギだし。
「だって私が起きたとき寝てたじゃない。起こすのも悪いかなって思ったのよ。…アードラは?」
「呼んだ?ご主人様」
すると突然、何もない場所から人型アードラが現れた。
「ふむ、カサンドラがいなくなった後、このウサギはずっと枕に顔を埋めてはむせび泣いていたんだ。なんていうか、ちょっと引くよねー」
言いながらこの鳥は私の肩にしなだれかかってきた。
それが気に入らなかったのか、ラヴィはいつものスタンピングでアードラをきっとにらみつける。
しかし所詮ウサギというかなんというか、凄みを全く感じない。
「ちょっとカサンドラ!なんで注意しないの。嫌じゃないの?」
「嫌っていうか、なんというか。肩を貸してるくらいなら別に」
「そうそう。ご主人様のペットだもの、僕」
「あまりくっつきすぎても困るけどね」
そうよ、こいつには前科があるんだから。
すると今度は何を思ったか、ラヴィまで人型になり、負けじとアードラの逆隣に座った。
「なら私がくっついても、文句はないだろう?」
「ちょ、ちょっとどうしたのよラヴィまで。そんなことより!」
私は男二人をはねのけ、そのまま机に向かうと鍵のかかった引き出しから一冊の本を取り出した。…例の攻略本だ。
「確認したいんだけど、今ってどの程度システムの影響力がかかってるの?」
そう言って、私はパラパラとページをめくっていく。
それは、どこも白紙だ。
「それは、何?」
「ラヴィからもらったの」
「ふうん…」
「これから先どんな出来事があるか、とか書いてあったんだけど」
本を受取ると、アードラはベッドで寝転びながらパラパラとページをめくっていく。
「なるほどねえ。君は大分世界の情報を書き換えたってことなんだろうね」
「世界を書き換えた?」
私は、少しどきりとした。
それは良いことなのだろうか?それとも、良くないことなのだろうか?




