第55話 ユリウス②~休日~
(つい、離れがたくて誘ってしまったけれど、大丈夫だろうか?)
「ユリウス様、今日はお仕事は?」
「あ、ヘルト殿が風を召された、ということで非番となりました」
「ああ…」
それだけ言うと、カサンドラ様は困ったように笑った。
「本当、無理しすぎなんですよね、お兄様ってば…いつ寝てるのやら」
「私はそういうところは尊敬すべきところだと思いますが…」
「ただの仕事中毒ですよ…あ、ほらあそこのお店」
そう言って彼女が指さしたのは…小さな馬車に、パンとソーセージと看板が置いてある店…と呼んでいいんだろうか?そんな場所だった。
「お店…ですか?その、移動しながらモノを売る…?!」
自分の知る情報とは違いすぎて、戸惑っていると、隣の彼女はたまらず笑った。
「ふふ!…あのお店、プチ・パオンて言って、巷じゃ有名なパン屋さんがこうして出張してきているんですよ」
「あ…出張。なるほど」
「あ、私買ってきます!」
「あ」
しまった、出遅れた。
こちらが声をかける間もなく馬車に向かって走り出し、ほどなくしてほくほくした笑顔で手に何か持ってきた。
30センチほどの長いものが紙で包まれている。あれが世に聞くほっとどっく?とやらなのだろうか。
「見てみて!すごく長いんですよこれ!!しかも中はちゃんとソーセージ!!おいしそうでしょ?!」
「わあ…すごい。こ、これはナイフも無ければ…ええと」
「こうやって!」
こちらがおたおたしている間に、カサンドラ様は顔にかかった髪を払いながらそのままぱくりとかみついた。
「…?!あ、ええと」
なんだか見てはいけないものを見たような…!
しかし、こちらの想いとは裏腹にそんなことはお構いなしといった様子で、そのままもぐもぐとした後、にっこりとほほ笑む。
「ん!美味しい!!」
「‥‥これを、このまま」
柔らかそうな細長いパンに、長いソーセージ。上には赤いたれと黄色いたれがたっぷりとかかっている‥‥ものを、ぎこちない仕草で思い切りかぶりつく。
パリッとした触感に、柔らかいパンとはじけた肉汁がとても美味しい。
「は、初めて食べましたが。いつもと一味違ってこれは、美味しいです…!」
「……っ」
すると、隣でカサンドラ様は何か笑いこらえている様子だ。
「…な、なんか可愛いですね…っ」
「え?」
「あ!!いいえ何でも!ユリウス様は…」
と、言いかけたところで彼女の口元の汚れをさっと払う。驚いたようにぱちくりする目を見返して、意を決した。
「その…嫌でなければ、様というのはなしで。あ!無理にとは言いませんがっ」
「…では、ユリウス?」
「!はいっ」
「ダメですよ、誰に彼にでも触っては!…誤解されてしまいますよ?」
「ゴ、誤解?」
何かいけなかったのだろうか。
やはりそこまで親しくないのに、こんなことをお願いするなんて…
「あ、いいえ、その。そんな青い顔をしなくても、大したことじゃないので…」
「え?!」
「あ、いや、ここれが普通なん…ですよね、きっと。うん!なら、私のことも様抜きでどうぞ!」
「!!はい…!嬉しいです」
「?!だからそういう…ああ、もういいです…」
言いながら、顔を真っ赤にしてうつむかれてしまった。
これは、何か話題を変えた方がいいのだろうか。残り少しとなったホットドックを飲み込むと、近くにあった果実のジュースが置いている屋台を見つけた。
ええと、注文するときはこのまま現金を払えばいいのだろうか?
「き、金貨は困りますよお客さん!」
「あ、すみません。ではこちらで」
「はいはい。リンゴとコーヒーでいいのね!毎度ー」
「ありがとうございます」
「…に、にいさん綺麗な顔してるねぇ。おばさんときめいちゃったから、これもあげるよ!」
そういうと、なぜか小さな包み袋のクッキーまでいただいてしまった。
女性に一礼をして下がると、カサンドラ…様は笑顔で迎えてくれた。
「もしかして、屋台で初お買い物、ですか?」
「恥ずかしながら…うーん。次から金貨は持ち歩かないようにしますね」
「その方がいいかも」
実は、先日ホットドックを教えてくれた騎士の同胞が、気にして銀貨を二枚を渡してくれていたのだ。彼に感謝しなければ。
「カサンドラ…は、良く屋台で買い物を?」
「はい。ずっと城にばかりいたのだけど、それじゃつまらないので今はあちこち探索しています」
ふと、気になったことがある。
「それは…その、おひとりですか?それとも、別の」
例えば、あの紫髪の青年とか、ヘルト殿とか…までは言い出せず、喉元で飲み込んだ。しかし、帰ってきた返答は意外なものだった。
「主にウサギとです!」
「…兎。あの、ぴょんぴょんはねる」
「はい!最近は鳥もいるかなあ」
「ど、動物がお好きなのですね」
「私の大事な友人たちですから!」
「友人…」
自分は、今どのあたりにいるのだろうか。
そんなことをふと思ったが、異性と街は探索しないのなら、と安どした。
「なら、次はどうぞ私も呼んでください。その、私はまだ街の暮らしに慣れていないので…屋台一つ買い物するにも緊張してしまうのです」
「わかりました…、じゃあ今度は」
などと話していると、いつの間にか、黒いスーツの大男たちに囲まれてしまった。
「おさがりください」
「…あ、はい」
先程の男たちの仲間だろうか?
その中で一番体格の大きい男がすっと前に出る。
「先ほどの乱闘、拝見いたしました。素晴らしい格闘術をお持ちのようですね」
「彼女に何か御用でしょうか」
「……つかぬことをお伺いいたしますが、この黒い髪のウィッグ…こちらに見覚えはありませんか?」
カサンドラ様を背中に隠す。
ちらりと彼女の顔を見ると、思った通り、驚いた表情をしている。戸惑うような視線の意味を察し、静かに首を左右に振る。
「知らないようですよ?」
「本当に?」
しかし、黒服の男たちはめげた様子もなく、私の背中の方に顔をのぞかせた。
「ご、ございませんけど…」
遠慮がちに彼女が答えると、黒服たちがなにやらこそこそと相談しだした。
その隙を逃さず、後ろに手を回し、その手を掴む。
「…ここは逃げた方がよさそうです」
「は、はい」
しっかりと握り返した手を引いて走り出す。
すると今度は突如、豪華な二頭立ての馬車がやってきて目の前に停止した。
ひひいん、と甲高い馬のいななきが轟くと、その馬車に刻まれた本をかぎ爪で掴む隼の紋章を見て、言葉を失う。
(あの紋章は…)
「まさか…フラムベルグ家?」
「え?!フラムベルグって…」
「おい、貴様。《《一介の騎士無勢が!!!》》この私に頭を垂れぬとは何事か!」
突如、バァン!と派手な音が響き、馬車の扉が開け放たれた。同時に先ほどの黒服たちは左右に散り、どこからか赤い絨毯を持ってきて足元に広げる。
「ふ、ご苦労」
現れたのは私の身長よりも一回り程小さい、黄色い髪の子ど…いいや、少年。この夏の暑い日に、派手なぎんぎつねのマフラーを羽織り、金色の装飾の派手派手しい刺繍ジャケットを着ている。
今までされたことのない高圧的な対応に、怒りよりも新鮮さのような物が勝り、まじまじと見つめてしまう。
そんな私を見て何をどう誤解したのか、子供は更にふんぞり返り鼻息を荒くした。
「さっさとその女性から離れるがいい!!困っているだろう!」
「え?!こ、困ってません?!」
はっと我に返り、瞬時に状況を察した。
昨日から続いている黒髪のウィッグ事件…真犯人はこの《《子供》》ということ、その目的は、彼女を探しだすということ。この二つがわかれば十分だ。
「……誰が一介の騎士で、誰に頭を下げろと?」
「ひっ…ゆ、ユリウス…?!あの…と、とりあえず事情を…」
「なにー?聞こえなかったのか?愚図め!たかが騎士風情の貴様が!この僕に!!なぜ膝をつかないのかと聞いているんだ!!僕はハルベルン伯爵第一位、カシル・フラムベルグだ!!」
誇らしげにその名前を叫ぶ。
…この国には全部で子爵、男爵、伯爵、公爵と四つの地位がある。各爵位の中でも格というものがあり、公爵家に次いで二番目の地位である伯爵家の中でもフラムベルグ家は一番格式が高いとされている。
そう。公爵の次の爵位の中で、だ。
「ふふ、どうやら聞き間違いではないようですね」
…不思議なことに、冷静になればなるほど笑顔になってしまうのはなぜだろうか。心の中ではどうやってこの子供を教育して、どれだけ惨めで痛い目に見てもらえばいいか?そういう黒いことに思考を巡らせるからかもしれない。
にこりと天使のようなわざとらしい微笑みを浮かべると、足元に敷かれている深紅の絨毯の上に土足で踏み込んだ。
「な、なんだ?!き、貴様」
周りの黒スーツ共は危機を察してとびかかろうとするが、正直こちらの敵ではない。
「うわ…?!」
「訓練が成っていない」
ひとり、また一人と倒し、カシルの目の前に来る。
「な、なっなな…なん」
「…フラムベルグ公子。私の名前はユリウス・ルアン・フォスターチ。こちらはカサンドラ・グランシア公爵令嬢。…膝をつくのはどちらか正しいか、子供でもわかるだろう?」
最大級の侮蔑と蔑みを込めて上から見下ろすと、身長差も相まってフラムベルグ公子はすっかり子ネズミのようにプルプルと震えだす。
「え?!フォスターチ…ユリウス公子?!!それに…グランシアの…っ」
カシルの顔が、血の気が引いたようにさっと青くなる。
そのままバッと片膝をついた。
「も、申し訳ありません!!」
「ここ最近、この界隈で女性を捕まえては妙な質問をして金一封を渡して去るという不審な事件が相次いでいる。犯人はお前か?」
「そ、それは」
あわあわと、動揺するカシル。
「す、すみません!せ、先日仮面舞踏会で怪しいものに襲われそうになった時、助けてくれた命の恩人を探しておりまして!!」
「命の恩人?」
やはり、こういう事情があるとは思ったが。
ちらりと彼女を見ると、小さく頷き肯定した。
「ならば、グランシア公女は違うだろう。彼女は仮面舞踏会に参加してはいない」
「そ、そうなのですか?」
「ま、間違いありませんわ」
…が、しかし。なぜかカシルは、納得がいかない様子だ。
「本当に?」
「ほん、本当ですわ!」
「絶対に?」
「何度も言わせないで下さ‥」
「その声です!!」
「え」
「!」
舌打ちしそうなのをこらえる。
先ほどまでしおしおとなっていた表情がぱあっと明るくなった。
「ああ!やはりあなただ!!貴方に間違いありません!!!」
「?!」
「……」




