第54話 黒髪のウィッグ事件
「え?ヘルト殿が風邪で非番に?」
「ああ。朝方連絡があった。まあ、最近随分と根詰めていたようだし、たまには休暇も必要だろう。もちろん、ユリウス。お前さんもな。」
「ギーザス団長…ですが」
「いいからいいから。オレは仕事ができる奴と真面目な奴には優しいんだ。ついでに、なんで昨晩の現場にお前達がいたのかも不問にしといてやるよ。ま、結果オーライってやつだな」
にやりと笑う団長に対し、苦笑いで対応する。
(…バレていたか)
「イヴェンター家の舞踏会にしても、現場の保存と調査は別の管轄だしな。二人が働きすぎるもんだから他の連中が暇を持て余している。たまには花を持たしてやってくれ」
王国騎士団第三師団に配属されて、約ふた月が過ぎた。
女神神殿にいた時は、司祭という身分もあり常に神殿に在中しての雑務や神事を監督するような立場だった。
現在はその真逆で、若干戸惑いはしたものの、今ではすっかりと此方の仕事になじむことが出来た。
元々、身体を動かす方が性に合っているのかもしれない、と思う。
「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「あ、そうだ。そう言えば昨日から変な事件が続ているんだ」
「変な事件、ですか?」
「まあ、取り立てて被害があるわけでもないし、不可思議というかなんというか…なんだが」
いつもははっきりと物言う団長にしては、歯切れの悪い。
「どんな事件でしょうか?」
「場所はまちまちだが…対象は背の高い女性。突然大男達に取り囲まれるんだそうだ」
「‥‥取り囲んで、その先は?」
「その後、何かするわけでもなく、やたらと礼儀正しい所作で黒い髪のカツラを出して、見覚えがあるか?と聞いてくるらしい」
黒い髪のカツラには、なんとなく覚えがあるようなないような。
嫌な予感がしないでもないが。はて、気のせいだろうか。
「なんともメッセージ性が強いというかなんというか。それでどうなるんですか?」
「知らないと言えば、それで終わり。‥…乱暴もされることなく、金一封を渡して去っていくんだそうだ」
「金一封も??」
「ほれ」
団長が雑に指さした先には、大量の革袋が箱にしまい込んである。
「こんなに?!…何かの対価、でしょうか??」
「それが昨日32件報告されている。誰も別に被害もないみたいだが、貰った金一封が恐ろしくて落とし物として届けてくる女性が多くてな」
確かにそんな恐ろしいもの、その先の危険を回避する意味でも手放す方が賢明というものだろう。
「まあ、そんな意味不明の事件だから、帰りがてらにパトロールをしてきてくれるか?何もなければそのまま午後は非番でいいから」
「わかりました。」
第三師団団長ギーザス・ロートは、全騎士全員に出自は構わず特別扱いをしない。その気遣いがとても心地よい。
挨拶も軽く済ませ、詰め所を出ると、広がる青い空につい目を細めてしまう。
(…急に休暇となってしまったものだが。さてどうしようか?)
外壁に掲げられた第三騎士団の鷲と剣の青と白の紋章がよく映える。剣は王家に対する忠誠を、青は正義、白は潔白の証明の色を現しているのだ。
ヘルト関しては恐らくここ数日ろくに眠っていないのは知っている。
彼の場合、夢中になりすぎると他のことがおろそかになってしまう、典型的な仕事人間だろう。
理由がある正当な休暇というのは、彼にしてみれば本当にいい機会かもしれない。
街を歩いてみると、天気も良く今日は特に人出が多いようだ。
ハルベルンの首都・アンリは、王宮に続く表通りがメインストリートになっている。
立ち並ぶ店は区間ごとに種類が異なり、ご令嬢方に人気のあるドレスブランドはこの周辺に固まっている。大抵紳士服と併設されており、この辺りは特に多い。
神殿に仕えていた時は、司祭服で街に降りたとうものなら、あらゆる人間にまるで神のごとく崇められ、別の意味で生きた心地がしなかった。
それが今ではこうしてただ普通に、街を歩けることが何よりも嬉しく感じた。
(そう言えば…この辺りに人気のある屋台があるとかないとか)
以前、他の騎士に聞いた『ホットドック』という食べ物を思い出す。そこをひと先ず目的地に決めた。
平日パトロールという名目で街をただ歩くということはなんと贅沢なことか。
(それにしても、先ほど聞いた事件が気になる。黒い髪のカツラというと…カサンドラ様が仮面舞踏会の仮装で使ってたものと同じ。…これは偶然か?)
黒いスーツのやたらと礼儀正しい男たちというのも気になる。もしかして、どこかの貴族の騎士だったりするんだろうか?
(…《《あの男》》が関係しているわけではなさそうだが)
「?!」
すると、人がたくさんいるこの往来の真ん中で、一人の女性が見るからにガラの悪そうな男たちに囲まれているのが見えた。
もしかして、アレが例の黒服の連中か?そう思い、あわてて駆け寄ろうとするのだが…どうも、思っていた光景とは違うようだ。
「うわ?!」
ラベンダー色のドレスの女性は、見事な身のこなしで掴みかかろうとした男をかわして手首でいなして地面にたたきつける。続けざま突撃してきた二人目の男を足を引っかけて転ばせ、残りの右往左往している連中を全て手首のスナップで叩きのめす。
(凄い!全く物おじせずにやり遂げるあたりに彼女なりの格闘の美学を感じる…!)
つい見入ってしまっている間に、彼女はあっと言う間にその場を制圧してしまった。地面で伸びている連中はよくよく見ると、皆黒い服を着ていなかった。ということは本当にただのごろつきなのだろうか?
すると、女性はくるりとこちらに振り返り、花のように笑って見せる。その姿を見て、息をのむ。
「!!」
「ユリウス様?」
想像した通りの人物の声が聞こえて、どきりと心臓が跳ね上がる。
「カサンドラ様?」
「やっぱり!髪が短くなっているし、ちょっと自信がなかったけど」
「お怪我は?」
「全然平気です!師匠の腕がいいから」
ああ、なるほどと合点が行く。先ほどの華麗な手さばきは兄上仕込みということらしい。
(…やはり、ヘルト殿が一番の強敵だ)
思わぬ出逢いを自身の神に感謝し、制服の襟を正して簡単に身だしなみを整える。
「こんにちは、レディ。どうにも、私は出遅れてしまったようですね」
「いいえ、あんな奴ら騎士様自ら出る必要ないですって!」
何とも逞しくも力強い様子に、苦笑する。
ちらりとあたりを確認してみるが、どうやら護衛などは連れていない様子で彼女は一人だった。
「…いつもお一人で街に?」
「あ、ええと。今日はたまたま、です」
苦笑いを浮かべる令嬢に、なんとなくヘルトの苦労を察した。じっとしてられない性分というのは理解できるので、妙に親近感を覚えてしまう。
「先日でも大変な目に合われたばかりでしょう?油断は禁物です。自信があるからこそ一層気を付けないと」
「…そ、それは。返す言葉もありませんわ」
「どうもこの辺りで一人の女性に複数の黒服の男たちが声をかけるという事件が頻発しています」
「へえ…?」
「それもどうやら…黒い髪のカツラの持ち主を探しているとか」
言いながら、ちらりと横を見ると。
「…あ、はは」
「もしかして…やはり、その黒髪のカツラを被った女性というのは」
「ゆ、ユリウス様も、舞踏会にいた、と…兄から聞きました」
「もしや、その連中はあなたを探しているのでは?」
「え…ま、まさか」
事実、あの仮面舞踏会は何かしらの企みが裏で起こっていたのでは、と考えている。しかも、それは自分の家…つまり、フォスターチの人間が関係している可能性が高い。
(万が一…カサンドラ様に)
すると目の前に一凛のガーベラを差し出された。
「そこの素敵なお兄さんとお姉さん!お花はいかが?」
「!」
「怖い顔していると、いいことが逃げちゃうわよ!」
みつあみの少女がにっこりと笑うと、白い歯がきらりと光る。その隣の歯が抜けているのは、愛嬌というものだろうか。
何より、少女の瞳の色はとても印象に残るものだった。
(瞳の色がカサンドラ様に似てる)
「あら、可愛いお花。たくさんあるのね」
「そうなの!どれも可愛いでしょ?」
少女の小さな体が抱える大きなかごの中には、色々な種類の花があった。
「いくらだい?」
「えっと…50ゴールドです!」
百合、カスミソウ、チューリップ、ガーベラとある。
どれも大ぶりで、色も鮮やかだ。
「…カサンドラ様、どの花がお好きですか?」
「え?!」
「どうせなら、あなたにプレゼントさせてください」
「で、でも」
「そーよ!お姉さん、男性からのプレゼントをもらうのは女性の《《とっけん》》なのよ!!」
「特権って…」
そう言って、彼女はちらりとチューリップの花を見た。
「こちらでしょうか?」
「!…あ、ええと。はい」
「ではこれと…これもいただこうか」
その中でも、丈夫そうな一凛の赤いガーベラ選んで少女の三つ編みに挿し込んだ。
「わあ!嬉しい!お兄さんありがとう!」
「一番大きいこのガーベラは、あなたにあげます」
すると、花屋の少女はぱっと花が開いたような笑顔を浮かべた。
「えへへ。…ありがとう、お兄さん。またごひいきに!」
ひらひらと手を振る少女を見送った痕、手に持っていた花を差し出した。
「豪華な薔薇もいいけれど、清楚なユリよりも…このビタミンカラーの花達がよくお似合いです。…どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます…」
…すると、見る見るうちに真っ赤になっていく様子が、なんだかとても新鮮に感じた。
(可愛い)
「この後…何か用事が?」
「え?!あ…えっと、特に決めては」
「なら…もしよかったら、私にお付き合いくださいませんか?」
「ゆ、ユリウス様に?」
「ホットドック、というものを食べてみたいのですが、どれかわからなくて」
そう、自慢ではなく自分の身分というのは無駄に高いのは承知している。
なればこそ、今のこの時間が奇跡にも近いわけであるが…実際、街に降りたのは初めてで、どこをどう見ればいいのかわからない。
「…っあはは!!なら、お花のお礼に案内しますよ!」
そう言われただけでもなんだか…今日は素晴らしい休日になるような、そんな予感がした。




