第47話 名前の契り
しん、と静まり返った廊下には、もうカサンドラの姿はなくなっていた。
「ちょ、ちょっと片眼鏡!…消えちゃった、けど」
「おや、何を今さら。貴方は何度も言っていたでしょう。カサンドラが消えればいい、これはゲームだから、と」
「それは…そう、だけど」
(確かにそう言ったけど!)
片眼鏡の紳士の言葉にヴィヴィアンは何も言えない。
(シナリオも若干の違いはあるとはいえ、大まかな流れ通りの展開だし、これで、いいのよ、ね?)
「では…ついでに、他の仕事も済ませましょうか」
「仕事って…」
紳士はそう言うと指先から黒い糸のようなものを動かした。その様子を見ながら言いようのない不安感に襲われたヴィヴィアンは、ぶんぶんと首を振る。
(……だって、ゲームだもの、大丈夫よね?)
「さあ…これは全て欲望が見せる夢。影たちよ…本能の赴くまま、行動するがいい」
**
(飲み込まれる…?!)
私はぎゅっと瞳を瞑る。
覚えているのは、真っ暗の闇。
だが…次の瞬間聞こえた聞きなれた音に、愕然とした。
ガランコローーン♪
「ま、まさか」
そして、いつもの声が頭の中で響き渡る
『おめでとうございます!』
「いまここでぇーー?!!」
これは偶然?!それとも必然??私に恨みでもあるのあるのか大いなる意志め!!!
『レアルドのシークレットフラグがクラッシュしました!レアルドのシークレットフラグ2がクラッシュしました!!同時に、新世界のフラグを一つ、回収しました!!』
ん?!今のは何か聞きなれないフレーズだったような、レアルドは、私会ってないけど?!!そして滅亡じゃなくて新世界??フラグを回収って…壊したんじゃなくて?!
「じょ、情報量多すぎ―――?!」
「君はいつもこんな目に合ってるの?」
跳んできた情報量を正確に把握できず、思わず叫ぶと…何故か目の前に帽子屋がいた。私から見たら、彼は逆さまの姿勢…ってことは、宙に浮いてる?
「??え?!」
「…ようこそ、なんて言ってる状況でもなさそう…君、死にそうだったんだよ?」
一度深呼吸をして、落ち着いて周りをみる。
帽子屋はそのままくるりと一回転すると、私の手を取って、ふわりと地面に着地した。
(殺風景な…場所)
そこは…ラヴィのいたあの空間と似ているけど全く違う部屋だった。
「‥‥もしかして、助けてくれたの?」
「さあ、どうだろう。でも君は僕たちを人間と言ってくれたから」
「僕たちを人間っって…ヴィヴィアンと私の会話を聞いていたの?」
「そうかな?…どう思う?」
赤い瞳を伏せ、自嘲気味に笑う姿が、なんだか少し悲しい。
(盗み聞きとは、感心しないけど。これはきっと…ううん、絶対)
「あなた…帽子屋が助けてくれたから、私はこうして無事なんじゃないの?」
「そう来るか。…でも、そうなるかな」
「素直じゃないのねえ…、それとも、これから私に危害を加えるの?」
「まさか」
「じゃあ、助けてくれてありがとう、帽子屋」
「…どういたしまして」
今の帽子屋は、初めて見たときともまた違う印象で、随分と穏やかな顔をしているように見える。
ラヴィもだけど、彼らは会えば会うほど人間らしさみたいなものが滲み出てくるのはなぜだろう?
すっと出された手を取り、私は立ちあがる。
「今日の君のドレス、素敵だね」
「よく言われるわ。最も…さっき少しだけ派手に動いたから、スパンコール外れちゃったけどね」
「でも、綺麗だよ」
「あら、ありがと。…よし!じゃあ行くわよ」
グイ、と帽子屋の腕を引っ張るが彼は腕をだらんと下げたままきょとんとしている。
「?どこへ」
「決まってるじゃない。一緒に行くのよ。こんなところに一人でいてもつまらないでしょう?」
「…でも、どこに行けば。僕は…」
何故か急に躊躇いだす帽子屋の手をつないで、無理やり握手をした。
「私はカサンドラ、あなたの名前は?」
「…名前?って、なんで握手するのさ」
「だって、名前を名乗るときは握手をするものじゃない。だから、ほら。」
しばらくつないだ手をぼーっと見やると、帽子屋は小さい声でつぶやいた。
「……名前なんて、ない」
「ラヴィにもあるんだもの、帽子屋にもあるでしょ?」
「ないものはないんだ!僕は彼とはちが…」
「じゃあ私が付けていい?」
「…え」
「嫌なら帽子屋のままで…」
すると、帽子屋はつないだ手にもう一方の手を重ねてぎゅっと握りしめた。
「…帽子屋《その名前》は嫌だ。こんなのただの、暗号だ。どうせなら、…その、君につけてもらいたい」
帽子屋は目をそらしながら言うのだけど、…少し頬が赤いようだ。
(なんだ、やっぱり名前がある方がいいんじゃない)
「名前…名前ねえ。どんなのがいい?」
「どんな?…考えたこともない」
うーん。ラヴィの時も思ったけど、この擬人化システムたちは、他の情報というものを知る必要がないのか、それとも知らないのか。
(みんな、見た目だけやたら綺麗な大人の子供たちみたいなのよねえ。なんか、ほっとけない感じ)
「そうねえ、ラヴィはウサギだったら、あなたは鳥のイメージかなあ」
「…鳥?」
「そう。自由気ままで、猫よりも神出鬼没だし。…うーんそうだな。ファルケとか、アードラとか、どう?」
「さっきの!」
「ん?」
「アードラが良い」
「よし、ドイツ語ね!じゃあ、あなたは今日から帽子屋改め、アードラで…」
すると、何故か突然抱き締められた。
「ありがとう」
「ど、どういたしまし…て?」
次の瞬間、私は現実に戻された。
場面は…どうやらさっきの絶対絶命とは違う場面だ。
(嘘…まさか時間を戻せるの?アードラ…)
「えっと…ここって、どこ?」
なんだろう…ここまで来れば。システムとかそう言うレベルの話じゃないような。彼らは一体何者なの?しばらく現実味が薄く、ぼーっとしていると、誰かの叫び声で我に返る。
「わーーー!!」
見れば…それはそれはタンポポみたいな黄色の髪をした少年が影に襲われていた。
「スキル怪力!!」
「え?え?ええ??!」
私は気合を込めてそう叫ぶと、少年の腕をつかみ、追ってくる影を何とか振り切る。
「…せっかくの贈り物なので、今回服は汚さない!!ちょっと少年!!無事?!!」
そして、拳に意識を集中させて向かってきた影を真正面から殴った。しっかりとした手ごたえを感じると、影はへなへなと勢いを失って地面に落ちていく。
「よし!」
うん、このドレス、結構深めにスリットが入っているから動きやすいのよね!しかもさっき美味しい食事も食べたし!気力体力十分よ!!
「お姉さん!後ろ!」
「…っく!」
すると、さっきのヴィヴィアンのモノとは違って意志を持ったような動きをする獣たちが影から現れた。
(多分、この間も遭遇した奴?…か、数が多い)
ざっと確認しても10匹は確実だ。いやいや、どんだけ嫌われてるの、私。
姿の見えない獣の餌食になるのは絶対に嫌だ!私は身をひるがえして少年を背に迎えうつ準備をした。
とりあえず、一般の方には退場を…!
「あなた!!ここから…」
「か、かっこいい…!」
「は?」
気のせいじゃない。少年は私に尊敬の眼差しを受けている気がする、けど…どうしようもないわね、これ。
そこにいたのは、よく見れば少年…と呼ぶにはちょっと失礼かな?高校生くらいの可愛らしい男の子だった。
「そ、そう言うのはいいから。わかった?」
「は、はいお姉さま!!」
「お、お姉さま…」
「怪我したくなかったら、ここから去るか」
「グルル…」
(あれ?襲ってこない…)
獣の影は、やはり様子をうかがうようにこちらを見ている。その内一匹がこちらに向かって飛んでくるので、先ほどと同じ方法できつい一発をくれてやる。
バチン、とまるで霧のように飛び散るさまを見ながら、くるりと振り返った。
すると、やはり影たちはためらい、襲ってこない。
(黄色の髪…それって)
「その子、攻略対象者だね」
「…アードラ?」
私の声に応えるように上空を旋回する黒い鳥がピィっと鳴いた。
いや、それよりも。
「も、もしかして」
キラキラとした目でこちらを見つめる黄色い美少年。
もしかして、いや、もしかしなくとも。
(カシル・フラムベルグ?!嘘…逢っちゃった?!!)
「何?会うと不都合?」と、アードラが上空から私に声をかける。
「不都合っていうか…」
「ふうん、とりあえず、こいつを別の場所に移動させればいいの?」
「あの僕は…っ」
すると、次の瞬間。
…カシルの姿は消え去った。
「え?!ちょ…大、丈夫なのよね?!!」
「死んでない、死んでない。それよりほら、ご主人様前!」
「ごしゅじ…うりゃあ!!」
のんびり会話をする暇もなく、影はカシルがいなくなった途端私に向かってきた。
それを蹴り飛ばし、体勢を立て直す。
物陰に身をひそめると…なぜか、影の魔物たちはきょろきょろしだした。
(あれ…?なんでだろ)
私がいる場所を再確認する。…ここは、柱の陰。中庭が見える場所で、月明かりが照らしている中、ここは丁度柱の陰に融け込んでいる。
「カサンドラ―――!!」
「!この声…ラヴィ?」
見ると、向こう側からこちらに向かってくるラヴィの姿があった。
「大丈夫?!」
「う、うん」
「やあ、遅かったね」
「え…」
バサバサと鳥が舞い落ちると、…黒いスワローテイルジャケットの帽子屋…もとい、アードラが舞い降りた。尻尾みたいな後ろで縛っていた長い髪はどうやらバッサリなくなっているようだ。
「無事で何より。さすが僕のご主人様」
「アードラ」
私がその名前を呼ぶと、隣にいたラヴィがパッと私の前に立つ。
「な、なんでお前がここ」
に、と言いかけ、ラヴィは固まった。
「お前の…瞳の色」
「ラヴィ、大丈夫だよ。アードラは」
「そう…お前と違う。俺の主はカサンドラだからね」
「何で…」
「よろしくラヴィお兄様」
「お兄様じゃない!!」
する、とアードラはラヴィをよけ、その逆隣に収まる。
瞳の色…なるほど、赤い瞳だったのが今は海の底みたいな綺麗な紺色をしている。
「君が名前をくれたから、これからは君が僕のご主人様だよ」
「ご…ご主人様なんて。恥かしいからやめて!」
「本当にありがとう…カサンドラ」
さも嬉しそうに笑ってそう言うものだから、思わず私の胸はときめいてしまった。




