第44話 イヴェンター伯爵の夜会へ
カァン!カン!と、激しい剣の打ち合う音が訓練所に響きわたる。
ここは王国騎士団第三師団詰め所の訓練所。
あまりにも華麗な転身を果たした新人ユリウス・フォスターチは、当然の如く歓迎などされるはずもなく、風当たりは非常に冷たかった。
誰しも「どうせすぐ根をあげるだろう」と冷ややかな目で見つめ、多くの腕自慢はちょっと脅かしてやろうなどと不遜な思考を巡らせていた。
だが、しかし。
「ま…参った」
「はい、では次の方」
予想に反してユリウスは強かった。
名だたる腕自慢を完膚なきまでに打ちのめし、息一つ乱さない。ほぼ全員が「こいつは化け物かもしれない」と思い始めており、誰もがその腕を認めた。
そして…今では、ヘルトとユリウス、二人の化け物を中心にぐるりと取り囲み、激しい撃ち込み稽古の様子を周囲の団員達は遠巻きに見守っているに至った。
「イヴェンター家主催の仮面舞踏会?」
「はい。ご存じですか?」
いいながら、ユリウスは思い切りヘルトの懐へと踏み込んでいく。
それを軽くいなしながら、ヘルトは答える。
「有名だろう。…うちにも一度、招待状が来た」
「パーティ好きで有名なあの御仁…取り合えず知名度の高い人は一度は必ず招待されると聞いていますから」
「ユリウス、あなたは参加するのか?」
「いいえ、一応あんなことがあった直後でもあるし、自粛中…のつもりではありますが」
基本的に二人一組での訓練となるが、この二人のレベルが高すぎるせいか、ほかの団員は手も足も出せない。
「俺は基本的にそう言うイベントに興味はない」
ヘルトの突きを木剣でかわしながら、ユリウスは距離を取って間を作る。
「妹君が参加されるとしたらどうしますか?」
「…状況による」
「あはは、ご安心を。ヘルト殿が行かなければ私が護衛を引き受けるまでです」
「妹がいいと言ったらな」
「まあ、でもあの方なら…」
カー――ン!と剣が真っ二つに割れる。
「我々が行くよりも先に、お一人で出陣してしまいそうですね?よし、23戦中3引き分け10勝10タイでしたが、勝星を一つ上げました」
「おい。訓練中に余計な話しはするな、ユリウス殿」
「その言葉、そっくりそのままお返しますよ、ヘルト副団長」
ユリウスは、今は長かった髪をバッサリと斬り、入団した。
彼の騎士団入団は各方々に衝撃が走ったものだが、今ではすっかり第三師団になじみ、ホープとまで言われるようになったのである。
ふと、その時ヘルトは妙な勘が働いた。
(…イヴェンター伯爵の、夜会)
「…ヘルト殿?」
「今日は、その夜会とやらの当日だったか?」
一瞬、ユリウスは止まった。
そして、何かを察したようににっこりと笑う。
「はい」
「普段通り…勤務時間終了の刻だな」
「では、参りましょうか」
「どこに」
「え?ヘルト殿も、同じことを考えたでしょう」
「…伯爵の邸がある地区の夜回りを担当している奴、早く帰りたいのにと愚痴っていたな」
「ああ、なら…丁度いいですね」
「……」
(沈黙は肯定、ですね)
くるりと背を向けたヘルトの後を、ユリウスは追いかけた。
**
「わ…わああ。このドレス、素敵!!見ているだけでドキドキしますぅ。セ、セクシーです!!でもお似合いです!!カサンドラ様!」
「そ、そう?」
そしてやってきました。仮面舞踏会当日。
(本当に女神様のご神託とやらがあるわけ?)
今のところいたって私は健康だ。
お告げというのは、本当に口から出まかせなのかそうでないのか判別つかないから厄介である。
鏡の前で上から下までじっくりと眺めて、くるりと一回りする。
いま、私が着ているのは例のノエルチョイスのセクシーイブニングドレス。こんなものを着る機会がこの私に訪れようとは。
今回ノエルがくれたプレゼントには、靴とアクセサリも同封されており、私は大きな紫の宝石がはめ込まれた大振りの首飾りを装着する。
全てそろうと、本当にこのドレスの為にあしらわれたセットなのだろう。この、黒い髪のカツラにとても映える。
「すごい…さすがマダム。でもドレスの色の指定とか装飾品を選んだのはノエルなのよね。おしゃれだなあ」
もし、ノエルが一緒に行くのであれば、どういうデザインだったんだろう?一緒に行けないのが少し残念だけど、仕方ない。
そう言えば、あの白兎はどうなったのだろうか。
「そう言えば、ラヴィさん、今日は元気がないようですね」
「え?」
「いつもはお嬢様にぴったりくっついているのに、大人しいです」
「そう言う日もあるんじゃない?そっとしといてあげて」
今ラヴィのおうちにいるのは、ラヴィそっくりのうさぎのぬいぐるみ…一応替え玉なのだ。
「そろそろ、約束の時間かな」
ウィッグもセットしたし、準備万端!…と、構えた瞬間。
こつんと窓に何かが当たる音がした。
「ん?」
不思議に思い、開けてみると、ふわりとベランダに黒いマントに仮面の姿の男性が現われた。
「?!」
「お嬢様?!」
「こんばんは、レディ」
(…この、気障ったらしい言い方をするのは)
「ノエル?」
「…なんだ、あまり驚かないな、サンドラ」
「声でわかるよ。…迎えに来てくれたの?」
「…ちぇ」
当てが外れたのか、ちょっと照れくさそうにしている姿は新鮮だ。
着ている姿は、どうやら私のドレスと同じ生地の黒の燕尾服。
うーん、不思議と板についているような雰囲気は、さすが攻略対象と言ったところかしらね。
「向こうでラヴィが待っている。せっかくだからそこまでエスコートさせてよ、サンドラ!」
「え わ?!」
そのままひょいと私をかっさらうと、ノエルはそのまま私をグランシア家の広いエントランスホールにエスコートをしてくれた。
「残念だなあ。せっかくこんな美しいレディーを舞踏会で連れて歩ける機会だったんだけどな。」
「また、機会があるよきっと」
「君は高嶺の花だし、俺ももっと出世しないと。…そのドレス、すごくいい」
低くて良い声が耳元でささやかれると、ぞっとして一気に顔に熱が集まる。
ほ、本当にこういうのは勘弁してほしい‥心臓が持たない。
顔も良くていい声の男の人って本当に、厄介だ。徐々に近づいてくる顔に逃げ腰になってしまう。
「ちょ、ちょっと!殴るわよ?!」
「殴られるのも悪くないなー、…そういう反応、ホント可愛い」
「はい、そこまで!」
私の手を握っていたノエルの手にスパっと手刀が飛んできた。
「ノエル君。ほら、サッサと行かないとヴィヴィアンが待っているだろう」
「いてて‥‥女性を待たすのもいい男の条件の一つなんでね」
「ラヴィ!」
現れたのは、いつもの白い燕尾服のウサギ…ではなくて、髪は白から黒に変え、黒のロングジャケットを着た、なんともミステリアスな雰囲気がいい味を出している。
(おお、帽子屋みたいね!)
私が思わず拍手すると、ラヴィは照れたようにはにかみながら微笑んだ。
「似合う?カサンドラ」
「うん!ばっちり!似合うよラヴィ」
「カサンドラもすごく美しい。…いつもと違う雰囲気だね」
などと言う私とラヴィのやり取りを見ながら、ノエルは苦笑いした。
「やれやれ。お姫様の心を完全に開くには、オレはまだまだ努力が足りないなあ」
**
その頃、ヴィヴィアンもまた身支度を整え、待ち合わせの場所に向かっていく最中だった。
(カツラも被ったし、一見すると私にはわからないわよね)
茶色の髪はしまいこみ、銀色のウィッグを装着している。ドレスは普段のヴィヴィアンのイメージカラーである白やピンクはやめ、赤いドレスを着用していた。
「全く…迎えに来てくれたって…」
「ヴィヴィアン!」
「?!」
約束通り同じ時刻同じ待ち合わせの場所で待っていたのは…ノエルではない、別の男性だった。
青い燕尾服に片側の顔を銀色のマスクで覆っている。トレードマークの赤い髪をそのままにしているのは、彼ゆえのプライドかもしれない。
(嘘…この声)
「あ…すまない、もし、人違いだったら申し訳ない。君は」
「人違いですわ。私は別の方を待っています」
くるりと背を向けるが、構わず男性は声をかけて来た。
「‥…聞いてもいいだろうか、君が待っているのは、誰?」
「貴方に応える義務はありませんわ」
(なんでここに?!レアルドの招待状は開けてないもの、イベントフラグが立たない筈じゃない?!)
動揺を隠しきれず、ヴィヴィアンは持っていた鞄を握る手に力が入る。そのまま背を向けて歩き出すと、男性はなおも近づき、ヴィヴィアンの手首をつかんだ。
「待って…ヴィヴィアン!」
「!離し…」
そのまま強く抱きすくめられ、身動きが取れない。
(しまった…つい、返事を)
「…どうして僕を避ける?!」
「さ、避けるって…は、離して!!」
バシ、という音共に外れた仮面の下のレアルドからはいつものような苛烈さや気高さのようなものを感じられない、金色の瞳は揺れ、傷ついた顔の人間の姿だった。
その表情を見て、ゾッとする。
(なんで?ゲームのキャラクターでしょ?どうしてこんなに悲しんだり、傷ついたりするの?!まるで生きている人間じゃない…!)
「ヴィヴィアン…!僕は君に嫌われてしまったのか…?」
「れ、レアルドさ…」
「やっぱり!君はヴィー!」
身元が確認できて安心したのか、レアルドは更にヴィヴィアンを強く抱き締めた。
「ああ、やはり僕のところに来てくれたんだね!」
「い、いた!離して…!」
レアルドの腕の中でもがくのだが、びくともしない。
すると、次の瞬間別の強い力がヴィヴィアンの身体を引っ張った。
「!」
「あ、怪しい奴め!何者だ!」
「何者って、この子と約束しているものだよ。しつこい男は嫌われるぜ?」
ヴィヴィアンは驚いて後ろを振り返り、その姿を見て固まった。
目の前に現れたのは、派手派手しい紫色の鳥の羽の飾りと宝石がちりばめられた仮面付きの帽子をかぶり、毛皮のマントで覆われた年齢不詳、性別は多分…男であろう人物がそこに立っていた。




