第43話 15本の黄色い薔薇
朝、目が覚めると、窓際に一枚の招待状に、一輪の赤いバラが添えてあった。
それは、「仮面舞踏会」の招待状だった。
誰から贈られたものなのかわからず、ヴィヴィアンは戸惑う。
『誰かしら?でも、きっと』
あの人だったらいいな‥‥と。ほんの少しの期待を胸にヴィヴィアンは夜を待ち、こっそり抜け出したのだった。
**
(って…始まるのが、この仮面舞踏会のイベント)
ヴィヴィアンは、机の上に並べてある二通の招待状をじっと見つめる。
一通は華やかなエメラルグリーンの封筒、一通は鮮やかなワインレッドの封筒だった。
(この二人からの誘いは…まあ、予想通りなんだけど)
肝心のもう一枚の招待状は今、手元にない。
「ノエル…どうするつもり?」
「ヴィヴィアン様、お届け物が届いておりますよ」
「!ありがとう、ギネリーさ…」
ドアを開けると、ふわりとバラの香りが漂う。
世話係のギネリーが少しためらいながらも見せてくれたのは…両手いっぱいの黄色いバラの花束だった。そして、それに添えられた紫色の封筒。
「黄色の薔薇…」
やや呆然とつぶやくヴィヴィアンを、ギネリーは心配そうに見つめた。
「…その、黄色いバラの花束というのは」
「ふふ、いいのよ。綺麗じゃない、バラって私好きですよ」
「そ、そのヴィヴィアン様が喜んでいらっしゃるのであれば、私からは何も申し上げることはありません。では、何かあったらおよび下さい」
「ええ、いつもありがとう、ギネリーさん」
パタン、とドアが閉じたのを確認すると、招待状に添えられたカードを見て、思わず爪を噛んだ。
――これで、満足かい?聖女様
「何よ‥‥!」
そのカードを握りつぶし、花束と共にごみ箱に投げ捨てた。
「よりによって、黄色いバラ15本だなんて…っ嫌がらせ?」
(黄色の薔薇って…馬鹿にしないでよ!あたしが知らないとでも思ってる?!)
黄色の薔薇は、誰かの贈り物しては、あまり良い意味を持たない。
「…ひとまずは。これで仮面舞踏会のレアルドイベントは避けられた筈…ある程度好感度は下がるかもしれないけど、それでいいわ」
言いながら、自身のパラメータ―画面を凝視する。
現状としては、攻略対象者にリストアップされているのはレアルド、レイヴン、バルク、カシルの四名。好感度表示はレアルド180%、レイヴン130%、バルク120%、カシル45%となっている。
「…さすがにレイヴンは空気を読んだみたい。バルクは…まあこんなものでしょ」
レイヴンに関していえば、目の前で他の男性を誘ったのだから、当然と言えば当然の結果だろう。
ヴィヴィアンは持っていた三通の招待状を見比べた。一通はバルクと…もう一通の王家の押印が押された招待状を見るなり、ため息をつく。
「…たまには、距離を取って焦らすのも…ありよね?どうせ、ゲームでしょ」
二通の招待状の封が開かれることなく、ヴィヴィアンが木箱の中にしまい込んだ。
その時、カタンという物音共に、いつの間にか窓辺に黒い毛並みの豊かな猫が据わっていた。
「猫?いつの間に」
『こんんばんは』
「…は?」
『保存専門の彼はどうやら貴方の元を去ってしまったみたいだ』
(ね、猫が喋ってる?!)
ヴィヴィアンが思わず身構えた、その様子を面白そうに猫が笑うと、すとんと足元に降りたった。
『これではあなたの方が不利です。今度は私が貴方を応援することにしましょう』
すると、猫の影は徐々に大きくなり…いつの間にか片眼鏡の紳士が姿を変えた。
「な…に?!あなた、一体」
『彼がシステムの保存を担当するのなら、私は新たな更新システム、といったところでしょうか』
「バックアップ…?」
『もう一人のプレイヤーを‥‥消したいのでしょう?』
ヴィヴィアンはどきりとした。
「別に…邪魔をしなければ、それでいいだけ」
『ふふ。なら、協力しましょう。私はこう見えて…色々とできるんですよ?』
**
「お茶とお菓子をお持ちいたしました」
「…」
「あ、美味しい。いい茶葉だ」
興味と好奇心を全面に押し出し、名残惜し気に去っていくメイドのアリーを見送りながら、私はサルーンルームに鍵をかけた。
そして振返り、再びため息をつく。
(困り顔の人型ラヴィに、普通にお茶を楽しむノエル。二人が並ぶと、なんていうか本当に絵になるんだけど…この状況はどういうこと?)
「…それで?」
「ひ、ひとまず。秘密にしているわけではないので…」
などと適当なことを言うものだから、私はぎろりとラヴィをにらみつけた。
(ラヴィは良くても、私が困るってのよ!!)
これはまずい。いや、まずいのかそうでもないのか、それすらわからない。
こ、こんなことは予想外過ぎる出来事なのだ。私は一生懸命、頭をフル回転させる。
(あの絶望的な公開裁判でも乗り切ったのよ!!私!!頑張って!!!)
「対策を一生懸命考えて居るところ、申し訳ないけど、カサンドラ。さっきのイヴェンター伯爵の件だけど…」
「?!は…はい!!」
私の心の声はどうやら聞こえないようだけど、以前ノエルは「瞳を見つめたら、その人の心の声が聞こえる」と話していた。
ノエル…本当に私の心の声、聞こえてないのよね?!
「今度の仮面舞踏会、この彼と一緒に行ってもらえるかな?」
「……へ?」
「ええ?!」
私のまぬけ面とは対照的に、ラヴィは思わず立ち上がった。
「わ、私が…カサンドラと?!」
「なんかその嬉しそうな反応。面白くないな―…。そうだよ、今度のパートナーはウサギのラヴィ、きみだよ」
「いや、あの。どういうこと??い、一応私、仮面舞踏会に行くなんて一言も」
「じゃあ、オレが君とこのウサギがどういう利害の元で一緒にいるのか、詮索しないから…その代わりに行くっていうのはどうだい?」
私としては仮面舞踏会など出たくもないが、状況がそうさせないのなら、腹を決めようと思っていた。それなのに。
(まさかノエルが関係してくるなんて…ゲームの強制力?それとも…)
「一応…何で、そんなに私を仮面舞踏会に行かせたいの?ラヴィまで引っ張り出してきて」
私がそう聞くと、ノエルは最大級に顔をしかめた。
「聖女様の託宣が下りたんだとさ」
「託宣?」
「君の身に危険があると」
「それが女神の神託って。なによそれ、ホントなのっ?」
予想外の言葉に心底驚いた。
(うわあ、これは嫌な予感しかしないわー)
むしろ私に身の危険を及ぼすのはヴィヴィアン、あんたの手先達でしょうに?!
「…それじゃ、猶更私は家で大人しくしてた方がいいのでは?」
「オレもそう思ったんだが、当日一日いっぱい君の身は危険だそうだ」
「何それ…」
「ねえ。カサンドラ?」
「何、ラヴィ」
「聖女様って…誰?」
え?
思わず私は言葉を失った。
(あ‥‥そう言えば、ラヴィはまだ一度もヴィヴィアンと遭遇していなかった)
「ヴィヴィアン…ええと、創世神話の女神・アロンダイトに聖なるお告げ…託宣を受け取る、ハルベルンの巫女と言われている…んだけど」
それが、ヒロイン。
なのに、ラヴィはどこかぴんと来ない様子だった。
「ふうん…そんなの、いるんだ。その人が君の身に危険があるって?女神様がわざわざ聖女さんに教えてくれたってことだよね?」
「まあ…間違っていないな」
「ふふ、おかしな話だね。女神様なんて、この世界にいないのに」
「…え?」
「ん?」
「あ…ううん…」
あれ、何だろう。
すごく違和感を感じてしまう。…ラヴィにとっての「神様」は、大いなる意志…システムってこと?
(じゃあ、女神様って…なんなの?)
ダメだ、考えてもらちが明かない。
…所で、この『仮面舞踏会』というものは、一体何かというと。
まあ仮面をつけて舞踏会をするということなのだけど、この世界では娯楽の一種として、平民貴族関係なく割とそこかしこで頻繁に行われているようだ。
主催は貴族が主で、貴族のみしか許されない舞踏会がほとんどだけど、中にはそうじゃない場合もあるらしい。イベント好きの男爵様やら伯爵様も多く、趣向を凝らした物まであるそうなのだ。
…平和な国ねえ。
そして、今回のこの仮面舞踏会の主催は、イベント大好きで有名な『イヴェンター伯爵家』。まさにイベントを作成するのが宿命のような名前の貴族である。
そんな彼が懇意にしているのが、シュヴァルギルドだそうで、ノエル曰く『切りたいけど切っても切れない親戚みたいな関係』らしい。
今回のは規模も大きく、貴族以外も招待状さえあれば参加できるのだそうだ。
それはともかく。
「あー…取り込み中、悪いけど。あのさ、…ヴィヴィアンと君はもともと親しいの?」
どきりと心臓が跳ねた。
詳しく話すのには、情報が多いし、かといって誤魔化すわけにもいかないし。
私だって以前のカサンドラとヴィヴィアンの状態がどうかなんてそこまで把握しきれていない。
(私がこっちに来た時点のあの状況では、顔見知り以上の者ではありそうだけど)
「仲がいいというわけではないわ。今となっては、ね。」
「そうか…」
この答え方は間違ってはいない。復活祭の様子を見れば、あちらは敵意むき出しだった。
「実はその聖女様に、取引を持ち掛けられた」
私とラヴィは思わず目を見合わせた。
「取引?」
「オレがヴィヴィアンのパートナーを務めること。それで、君の身に危険から遠ざけるって」
「ノエル君がその子と一緒に?そうしないと悪いことが起きるの?あはは、おかしい」
そう言って無邪気に笑うラヴィをなんとも言えない表情で見つめるノエル。
「まあ。それもそうなんだけどさ。いい男っての大変だよなー」
全体的に軽い口調だが、語尾にはそれ以外の怒りにも似た感情が読み取れる。
それにしても、『女神のご神託』だなんて、なんて都合のいい…しかも誰も断ることが出来なさそうな理由だこと。
「ねえ、カサンドラ、君さえよければ一緒に行こう?」
「ラヴィ」
「そんなわけで、俺も会場にいるから。ちゃんと仮装してきなよ?」
なんかこの二人の間に密約でもあるのだろうか?
「…わかった」
私は小さく、頷いた。




