第42話 ノエル視点1~パーティーの招待状~
「や、カサンドラ。」
「ノエル??」
大きな空色の瞳がぱちぱちと瞬く。
俺にとって、毎週木曜日というのはこの、恋敵だらけのお嬢様との時間を独占できる唯一のチャンスタイムなのだ。
「どうしたの?あ、もしかしてお仕事?」
「まあ、それもあるけど」
例の事件以来、彼女はあの似非神官坊ちゃんの家で養生していたらしい。今ではすっかり元気を取り戻したようで、本当によかったと思う。
「それにしても…どうやって入ったの?」
「アリーちゃんも、アデイラさんも、快く通してくれるよ?オレのこと」
…最も、ちゃんと心ばかりの品は渡しているけどな。
とは言わず、俺は持っていた大き目の箱をカサンドラの前に置いた。
「まさかの顔パスとはね…それで、その箱は?」
「開けてみて。君へのプレゼント」
「私にぃ?!…何で??」
「いいから」
ややためらいがちに、カサンドラが大きなリボンをするりとほどく。
「これ…黒い髪のカツラと…仮面?」
そこまで言うと、なぜかものすごく嫌そうな顔をされてしまった。
「気に入らない?」
「気に入らないというか…もしかして、例のイヴェンター伯爵の仮面舞踏会?」
「あれ?知ってるのか」
「…有名じゃない」
イヴェンター伯爵とは。
巷でも大のパーティ好きで有名な有力貴族の一人である。
かといって、誰でも参加できるわけではなく、伯爵が招待状を送った人物…もしくは、その人物が推薦する人間しかパーティーには参加をさせない。
「…招待状が来なかったら、完全にスルーつもりでいたのに…」
「な、なんて?」
「なんでもない」
蝶の仮面と共に送ったのは、夜空を舞う蝶をイメージして造ったという、マダム・ベルヴォン渾身の一作である。
煌びやかなスパンコールがキラキラと反射し、カサンドラは…な、なんでそんな絶望的な表情をしてるんだ…?
「あの…?サンドラ」
「…行かないわよ、私」
「まあまあ、まずは見てよ!このきらびやかなドレス!マダム・ベルヴォンの渾身の一作だよ!」
「…随分、せ、背中が大分ぱっくり空いてるけど?!」
カサンドラがためらうのも無理はない。
ただ、マダム曰く「あの方なら絶対に着こなせるはずよ?!」と大小判を押してくれたのだ。
「大丈夫だって!サンドラはスタイルいいし、ヘルトと毎朝訓練しているんだろ?背中の筋肉もばっちりついているし、絶対に似合うって!何よりオレの好みのドレスだしね」
「…ノエルの好みのドレスをどうして私が着なくちゃならないのよ?」
「まあまあ。でも本当に、それはマダム・ベルヴォンのにオーダーした奴だ。君のドレスって言ったら喜んで最速で作ってくれたんだ。それにほら、ショールもあるし」
「えぇ―…でも私、しばらく夜会には…」
(無理もない…よなあ)
オレだって本当はこんなことしたくはない。
彼女が嫌がるようなことをして、嫌われたら正直辛い。
とはいえ…あの聖女様が絡んでいる以上、無視するわけにはいかない。どうするべきかと思案していると、じっと見つめてくるカサンドラと目が遭った。
「何か理由でもあるの?」
「…あー…うん。実は…招待状を、二通持ってる」
「二通?」
「一枚は君宛ての、もう一枚は…ヴィヴィアン・ブラウナ―宛てだ」
「!!…ふうん」
「一枚はもう送ったけどね……怒ってる?」
「別に。何か、脅迫でもされたの?」
カサンドラとヴィヴィアン…一体二人の間に何があったんだろう?
まあ、ここまでは俺も想定範囲。
そう、何を隠そう、オレにはもう一つ目的がある。
「…ごめん、理由は少し待ってほしい」
「……事情が分からないと、私も簡単に行く、なんて言えない」
「うーーん……あ、ところで今日はうさぎはいないの?」
やや強引に話を変えるが、カサンドラも深くは追求せずに付き合ってくれた。
「ラヴィ?私の部屋にいると思うけど」
「ふうん。たまには、俺もウサギと触れ合いたいな」
「…??いいけど、ごめん、アリー。ラヴィを籠ごとつれてきてくれる?」
「わかりました、お嬢様」
ややしばらくしてから、メイドのアリーは麻で編まれた丸い籠を持ってくる。
丸まって寝ているウサギの首元ををひょいと持ち上げると、じっと目を見つめた。
「?!‥‥っ」
じたばたと落ち着かない様子のウサギは、さっと目をそらした。
「やっぱりな」
「?!」
「??」
「ちょっとコイツ借りるよ」
「えっ?!ちょっと!ノエル?!」
そのまま庭に出ると、ウサギの身体を隅々まで入念に見つめる。
こうしてみると、ただの弱々しいウサギに見えるのだが…オレにの直感では、こいつ、絶っっ対、人語が理解できるだろう。
「お前、何者だ?」
ぎくり、とウサギは必死にもがいて脱走を試みた。
しかし胴体ををしっかりと握っているので、逃走はあえなく失敗した。
「何もしないって。それよりお前、喋れるだろ。…名前はラヴィだっけ?」
「……」
「わかりやすく目をそらすのが、なによりのしょ・う・こ!なんだよ」
「…~~~!!」
ブルンブルンと力任せに振り回され、たまらずラヴィは観念した。
「ッ危ないな!」
「よしよし、早く正体を現せって!!」
パッと手を離すと、ラヴィは人の姿に戻った。
「何もしないって言ったじゃないか!」
「…マジか」
一瞬目を見張る。
白い燕尾服に、耳のついたシルクハット。
癖のあるプラチナの髪に、まるでルビーのように赤い瞳。…うっすら金色が勝っているように見える、不思議な色だ。
「へえ…オレにはかなわないにしても。これならいける」
「何がだよ!」
ふいッとそっぽを向く仕草はどこか子供っぽい。この際それくらいは目を瞑るとして、この容姿なら問題はない。
「これならちょうどいい。オレの頼みを聞いてくれないか?」
「?ノエル君の頼み…?」
「そう。…あの女に顔バレしてなくて、有名でも無くて…人外の力を持ってるなら尚いい」
「人外…って、なんだか失礼だな」
「変身するウサギのどこが普通なんだよ。これは、魔法とかそういう…いや、そこは詮索しない方がいいか」
その言葉が意外だったのか、ラヴィは小首をかしげた。
「…なぜ?」
「オレには…世界という一つの箱には、暴かなくてもいい謎があるほうがより面白いと思ってるからな」
「暴かなくていい…謎?」
「ああ。…まあ、確信もない、ほぼオレの勘みたいな奴さ。それに、お前のことを暴いたら、カサンドラには嫌われるような気がするから…絶対にしない」
オレは…昔から勘だけは鋭い。
その勘が、こいつとカサンドラ二人の関係性を暴くようなことをしたら、二度と彼女は俺に心を開いてくれないだろうという確信がある。
興味は尽きないが、世の中には知らなくてもいいことは山ほどあるものだからな。
「ふうん。君ってチャラそうだけど…意外と真面目なんだね」
「一言余計だぞ、ウサギのくせに。…で?」
「何?」
「話を聞いてくれるか?」
「……そうだね」
「ラヴィ!」
座り込んだラヴィに手を差し伸べると…向こうから、青い顔をしたカサンドラがこちらに走ってきた。
「…ちょっ、え?!!ど、どういうこと?!!」
うーん、予想を裏切らない反応をしているカサンドラを見て、笑ってしまった。
「んー。いや、君のウサギがさ。あまりにもオレと目を合わせないようにするものだから、つい確認してみたくなって。そしたらまさか人の姿になるとはねえ」
「…レ、例の、瞳を見つめたら、その人の心の声が聞こえる能力って…やつ?」
「そう。あ、君のは相変わらず見えないから、安心して」
「そういう…問題じゃなくて」
おお、ラヴィのこと睨んでる睨んでる。
それに気づき、ラヴィもまた、苦笑いを浮かべる。
「ご、ごめん」
「謝る、ことじゃないけど…」
「まあまあ、それよりさ。ここ、日差しがきついし、中でお茶でも飲みたいな~?」
「……」
おっと、言動が軽すぎたか?
きつめな一瞥をいただいてしまった。
でもそれも、悪くない。