第40話 弱き者の盾
「あっつー…」
私は攻略本をパラパラとめくりながら、今後の対策を考えていた。
季節は夏。外はじりじりと夏の日差しに照らされ、燦燦と太陽の光を浴びたヒマワリが胸を張って咲いている。こんな日に外に出ないなんて勿体ないので、日光浴もかねて私は外にいた。
ここはグランシア家の敷地内の庭園の一つ。小さな噴水が置いてあるウォーター・ガーデンである。
「こういう時の仕事の後の一杯は格別なのよね。ビアガーデンとか懐かしいなあ」
「びあがーでん…て、なにそれ?」
相変わらず隣でぐったりしていたラヴィの耳がぴこん、と立った。
現在ラヴィの籠は夏仕様ということで通気性のいい藁でできた籠を住みかとしている。
「みんなで外でお酒を飲んで乾杯するの。こっちで言う発泡酒?かな。を、大きなグラスに入れるのよ」
「へえ、なんか楽しそうな独り言だな、カサンドラ」
「??!」
完全に油断していたので、私は危うく叫び声をあげそうになった。
口を押えながら振り向くと、そこにいたのは
「やあ。今日もいい天気だね、サンドラ」
「ノエル?!」
爽やかな白のサマージャケットが眩しく見え、少し日に焼けたような肌にはよく似合う。…なんて、見とれている場合じゃなくて。
私は慌てて攻略本をラヴィの家(?)にぎゅっと押し込む。「ぐえ」とカエルをつぶしたような声がした…けど…。
「大丈夫?そのウサギ、死んでない??」
「だ、だいじょうぶ!!健康第一だからこの子!!」
暑さのせいなのか先ほどの衝撃のせいなのか判別つかないが、気絶しているウサギを摘まみ上げ、その真下に攻略本を押し込んだ。
(あら―…ごめん。し、死んでないよね?)
「えっと!それよりどうやってここまで来たの?」
一応、ここはグランシア本邸の敷地内なので、来客があった場合は執事のトーマスさんが呼びに来てくれるはずなのだが…どうやって入ってきたんだろう??
「なあに、君の為なら想いの翼があれば…」
「そーゆーのはいいから。もしかして、仕事?」
「その冷たい反応もいいね。ま、ご名答かな」
ノエルの本業は何でも屋…ということは、もしかしてヘルトの依頼だろうか?
つい先日あったフォスターチ家で起きたことは、少なからず私にも影響があった。
聞き取り調査みたいな感じで第三師団の団長さんと面談したり、状況説明に呼び出されたりもした。
そして、ものすごく張り切って入団したユリウス主導の元、主にシグマ・フォスターチ関連の事件が一切合切洗い出され、まるで事を鎮める為の生贄のごとくシグマは内部からも外部からも矢面に立たされ、糾弾されてしまったのだ。
しかもまだまだ女性関連での余罪が出てきているので、彼の罪は終わらないだろう。にも拘らず、フォスターチの力は全く揺らぎを見せないのだから恐ろしい。
(その対応やら何やらでヘルトは相当忙しいみたい。仕事人間だから、倒れないといいけど)
「サンドラ、君はもう平気?…色々大変だったんだろう」
「私は平気よ。ユリウス様のお陰でゆっくり養生できたし、ほぼほぼ未遂だったしね」
そうそう。
あの後フォスターチ家にあれから約4日ほど滞在したわけだが…至れる尽くせり、朝から晩まであの大きな邸の奥で、誰にも邪魔されずそれはそれはゆっくりできたのだ。あちらのメイドさんたちともすっかり仲良くなって、後半2日間はほぼ雑談とお茶会で終わってしまった。
(半分以上茶飲み友達だったわよね。楽しかったなあ)
「それならいいけど…おかげでまた一人恋敵が増えた」
「ふふ、私は高嶺の花ですからねー」
「…はあ、全く。一番の強敵は君だよ、ほんと。自覚あるんだかないんだか」
あれ?やれやれみたいな顔でため息をつかれてしまった。
「さて。ところでサンドラ、君の今日の午後の予定は?」
「え?特にないけど…」
「じゃあ、例のデート券、使っていい?」
「…はあ、そうよね。約束だったものね」
「じゃあ決まりだね!早速行くとしようか!お嬢様、お手をどうぞ」
そう言って気障たらしく差し出された手を取ると、ノエルはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、じゃあ着替えてくるか」
「いやいや」
邸に戻るつもりでいたのだが、ノエルは私の手を取り、邸とは逆方向に歩き出した。
「?どこ行くの??」
「レディーが美しく着飾るの待つのも悪くないが、それじゃあ時間が勿体ない。今日の夜までの君の時間は、オレのものだろ?あっちに馬を停めてあるんだ、行こう!」
「へ?あ!!」
ノエルは笑顔でそう言うと、軽々と私の身体を抱き上げる。
私はというと、体制を保てずに慌ててノエルの首に腕をからませた。
「わあ!ご、ごめん!!きゅ 急に動くから」
「おお、良い感触♪他の奴らに遅れはとってられないからねー」
「バっ!バカ!!」
そのまま軽やかに馬にまたがると、私を引っ張り上げる。
(は、初めて馬に乗るけど、こんなに高いの?!)
「いい眺めだろ。しっかり掴まってなよ、サンドラ」
「う、うん!」
・・・
長い並木道を超えて、やっとグランシア邸を出ると、ノエルはそのまま街道から逸れた道を選んで馬を走らせた。乗り始めは思った以上のスピードにに少しくらくらしたものの、慣れてくると、目線がいつもより高く、景色が違って見えてきた。
「サンドラ、馬に乗るのは初めて?」
「う、うん!すごいね、目線が高くてびっくりしちゃった…」
はっ。まずいまずい!
うっかり素が出てしまい、慌てて表情から取り繕うが、時すでに遅し。私の真後ろでノエルはにやにやとこちらを見下ろしている。
「もう少し力抜いて、オレが支えてるから安心して甘えていいよ?」
ただでさえ密着している上に、耳元でこんなことを囁くからたまったものじゃない。私は耳まで真っ赤になってしまう。
「…後が怖そうだから、遠慮します。それよりどこに行くの?」
「もうすぐ着くよ。とっておきの場所があるんだけど、他の奴には内緒だよ?」
「とっておき??」
背の高い木々が青々と茂る森の道を抜けると、今度は開けた場所に出た。
本当にただの何もない小高い草原なのだが、遠くの方に畑や家がぼつぼつ見える。その奥には、背の小さい木が等間隔で茂る、果樹園のようなものが見えた。
「ほら、着いた」
一番見晴らしの良い場所に出ると、下から吹く一層気持ちのよい風が私の髪を巻き上げる。木陰の下を選んで馬を停めると、ノエルは着ていたジャケットを草むらの上に敷いた。
「い、いいよ、汚れちゃうわノエル」
「じゃ、オレの膝の上に座る?」
「…ありがたく使わせていただきます。こんな遠くに来るんだったら、事前に言ってくれれば弁当を持ってきたのに」
「ほんと?じゃ次の約束はそれにしようか」
なんというか、人徳?
ノエルが言うとしょうがないな、と思ってしまうのだから、困ったものだ。
「…あそこからここらあたりまで、うちのギルドの農園なんだ」
「嘘!こんなに??」
あそこからここらあたりと、なんとも大雑把な説明ではあるが、要するに見えるところは大体そうなのだろう。ていうか、農園までやってるの?!シュヴァルギルドって?!
「うちって、いわゆるギルド商会ってものなんだけど、別に荒事やら裏事ばかりじゃなくて、職業訓練みたいな側面もあるんだよね」
「職業訓練?」
「色々な人から依頼を受けるわけで…中には二度と人前に出ることもできなくなってしまった人とか、身分も名前も全くの別人に変わらざるを得ない人もいる」
「…!…そうなのね」
もし、癒されない傷を負った人がいたとして、彼らはすぐに社会復帰できるとは限らない。
きっと、そうじゃない人の方が実は圧倒的に多い。
「適した能力がある奴はギルドのメンバーになってうちの職員として働いてもらえるけど…そうじゃない人達に働く場所を提供するのも、俺たちの仕事なんだ」
「…凄いね。そこまで考えているなんて」
「うちにとってもプラスになるし、彼らも今後の足掛かりをつかめるだろ?…うちは弱きものの盾、だから。」
「弱き者の盾?」
「そう。…力なき者達を守れたら、って思う。それが、俺たちのギルドなんだ」
なんとなく、ギルドって言うと、冒険者の依頼とかそういうものを扱うようなゲームのイメージを勝手に想像していたので…逆に申し訳なく思えてしまった。
「今回、フォスターチで君が起きたような…ああいうものに巻き込まれた人も、ギルドに助けを求めに来る。今日、ヘルトに渡したのは、そう言った事件の被害者達の了承を得てリストアップしたものだったんだ」
「…もしかして、私の」
「君が言ったんだろう?きちんと調べろって。そういう女の子が他にいるかもしれないから、と」
私は胸が締め付けれられる想いがした。
たかが小娘一人が言ったことを本当に実行してくれる人がいて、それに応える勇気を出してくれた人もいて…。それがこんなに嬉しいなんて。
「……っ」
「って、何も泣かなくても」
「ううん、嬉しくて。私って恵まれてるなあって思った」
私にとっては、トラウマにもならないような出来事だけど…もっとつらい思いをした人もきっといるのだろう。
つくづく自分は幸せなんだと実感してしまう。
「ごめん、ちょっと。泣くつもりはなかったんだけど」
ほとんど着の身着のままだったので、あいにくハンカチというものを持っていない。仕方ないので手で拭おうと思ったのだけど。次の瞬間、ノエルの腕の中にすっぽり収まっていた。
「!」
「こすると跡が残るよ。こういう時、美女は隣の異性の胸を借りるものさ。あ、もちろんオレ以外の奴の胸は借りちゃダメだよ?」
「じゃあ、ノエル以外の前で泣けないじゃない」
「それでいいだろ。呼べばいつでも参上しますよ、お嬢様」
などと言いながら私の腰に手を回してくるので、そこは思い切りつねった。
(流されてなるものですか!)
「いてて、相変わらずつれないな。せっかくいい雰囲気だったのに」
「当たり前でしょ!調子に乗んないで!!でもありがとね、ノエル」
そうして、私はまた笑顔になれた。




