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【完結】re:どすこい令嬢の華麗なる逆襲~すべてのフラグをぶっ壊せ!~  作者: いづかあい
第3章 毒公爵家の夜会へ

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第38話 ユリウス①~ユリウス目線~


(いつも、この扉を開くとき緊張する)


その日、私は公爵の部屋の前に立っていた。

父の執務室の扉は黒く重たい。子供の頃はその扉を開くのも一苦労だったし、年齢を重ねた今でも必要以上に重く、重厚に感じてしまう。

意を決して、取っ手に手をかけ、扉を開く。


「…何か用か」


(相変わらず、か)不思議なことに父の顔は悪魔でもない、人間でもない黒いヴェールがかかっているように見えて、その貌は分からなかった。


「今日は折り入ってお話があります」

「わざわざ私の時間を割く必要が?」

「…はい。あなたの許可をいただかなくては、私は前に進めません」

「……ふん、言うようになったな」


そう言って、周りにいた部下たちを下がらせると、ゲオルギウスは引き出しから紙煙草を取り出し、ゆっくりと吸う。


「神殿にある私の籍と功績と…全て消し去ることをお許しいただけませんか、父上」


ふ、と白い煙が空を舞う。その間、数秒であるはずなのに、私にとってはとても長い時間に感じた。


「籍を抜いて、それでどうする?今の大司教も既に高齢。黙っていればいずれお前に大司教の椅子が下りてくるのだろう。それを手にしようと思わないのか?」

「私は権力にも力にも興味がありません。手に入れたいものはありますが、それは自分の力だけで成し得るように行動していくつもりです」

「私の見解では、兄弟の中で一番優秀なのはお前だ。あのふたりは我が家を破滅に導くだろう。だがお前が違う。グランシアの公女を手に入れ、女神神殿を全掌握できた時、その力は私を凌ぐだろう」


(…そんな風に思ってくださっていたんですね)


父の言葉を少しだけ嬉しく感じる自分に嫌気がさしてしまう。けれど、もう決めたことだ。


「私は私なりに貴方の為にこの家の力となりましょう。ですが、それはもっと別の形で私自身の手で形作りたいと思います」


私の言葉に、父を覆っていた黒いヴェールが少しだけ揺らぎ、その奥に優しい貌が僅かにのぞき込んだ。


「ならば好きにするといい。できる限りのことをしてやるとしよう。ほかでもない、お前がきめたことなのだから」

「父上…ありがとうございます」


ふっと肩の荷が下りたような。思い切り息が吸えるような…そんな感覚。

扉をゆっくりと閉じると、大きく息を吐いた。


(私は…元もと、女神アロンダイトを信じていない)


それは、何時からだったろうか。もしかしたら…ずっと昔から、自分には聖職者としての資格はなかったのかもしれない。



「大司教様、お呼びですか?」

「おお、ユリウス・フォスターチ!よくぞ参られた」


ゆったりとした大きな椅子に腰かけた大司教は、でっぷりとしたお腹をさすりながらこちらに手招きをしてきた。

私は内心ため息をつきながらこのご老体の元へと身体を寄せる、寄る年波に勝てぬというか、どうやら最近耳が遠くなってきたらしいのだ。


「我が神殿にやってきた巫女のことは知っておるな?」

「噂を耳に致しましたが、一度街中で偶然お見掛けしたことがあります」


つい先日、南方の村で起きた奇跡により、一人の少女が女神神殿から「巫女」に認定されたらしい。年の項は16歳のうら若き乙女と、若い司祭たちが噂をしていたのを聞いた。

確かに、昨日街で偶然出会ったのは、茶色の髪に珍しい赤い瞳の少女だったと記憶している。


「その巫女様がどうか?」

「明日からこちらの聖殿に奉仕されるそうだ。…なので、せっかくだから盛大に歓迎してやりたくてのう。王宮の方で聖女お披露目のパーティーが催されるが…そちらに負けないくらい豪華にしたい」

「お言葉ですが、我が神殿の理念は清貧です。あまり資金を使っては、民衆の方々に示しがつきません」


大司教の表情は、みるみるうちに曇っていくようだ。どうやら不興を買ったらしく、どんどん化け物の顔に変化していく。


(また悪魔の顔が進化してる。角が三本に増えた。…大司教ともあろうものが、こ嘆かわしいことだ)


「…つまらん!つまらんのう!!ならばお前はその歓迎の催し物には絶対に参加させぬ!!…もう下がれ」

「…かしこまりました」


この世に神がいるのか、と聞かれればこの世界の大抵の人間は女神「アロンダイト」の名前を口にするだろう。女神は人を愛し、地上を愛し、恵みある豊かな世界を作り出したという。


(だけど、女神も死んだ人間を生き返らせることは出来ないだろう)


女神神殿の聖職者たちは、女神を祀り敬い、人々に女神の祈りと教えを捧げる為に存在している…はずなのだが、実情は信仰心などとうに消え失せ、金と欲望にまみれた人間の皮を被った化け物たちがうろつく伏魔殿となっている。

―――何が女神だ、と思う。

私は死者を弔うためにこの道を選んだのに、「愛」だの「恵」だの、何になるというのだろうか。

もうこの時点で、私はとうに聖職者たる資格など喪失していただろう。


人は、皆心に欲望を抱えている。


(遠き異教の神々の教えでは、人間は生きていること自体が罪で、その罰として七つの欲望をその身に抱えているという)


欲深い人間は、それを表に出した瞬間に化け物だったり、悪魔だったり、と様々な物に姿を変える。…少なくとも、私にはそう見えてしまうのだ。


だれしもそう言う側面は持ち合わせているだろう。

しかしこの神殿の人間は特に、はじめは普通の人間の顔をしているのに、いつしか欲の皮が見え始める。それが高じると、今の大司教のように角の生えた悪魔のような顔に変貌してしまうのだ。


だが、そんな中でも稀にどんな感情でも化け物に変わらない二つの例外がある。そう、ヘルト・グランシアのように、何者にも砕かれない強い心と信念と…眩い程の光を放つ存在だ。


「…ユリウス司祭!」

「レアルド様、ヴィヴィアン様…それに、ヘルト・グランシア。ごきげんよう」


何度か彼を見たことがあったが、初めてこうして顔を合わせることとなった。


(なんて真っすぐな人だ)


「レアルド様、先ほどからお三方の様子を拝見させていただいておりましたが‥今回は、明らかに殿下の方が分が悪いようにお見受けします。」

「…!なんだと!!」

「もうおやめください!レアルド様!!私も聞いてて心が痛みますわ‥!」

「ヴィヴィアン」


二人のやり取りを横目で見ながら、ヘルトは顔をしかめた。


「…誰かを驕慢な態度で見下す権利など、誰も持ち合わせてはいない。ヘルト卿、あなたは間違っておりません。…ここは引くべきでは?レアルド様」

「…フン。行こう、ヴィー」

「…は、はい」

「……」


走り去る二人を見ながら、ため息をついた。


「顔をあげてください、ヘルト・グランシア」

「…ユリウス猊下…」

「それにしても、貴公がここまで怒るとは、その妹君は幸せ者ですね。…貴方の噂は王国騎士団と関りが薄い神殿にも聞き及んでいますよ。…慧眼の騎士、と」

「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

「さあ、もう責務に戻りなさい」

「はっ」


誰もいなくなった庭園で、ヴィヴィアンが走り去った方をじっと見つめていた。

そして…女神に対する不信は更に確信へと変わる。


(彼女が、女神の再来といわれる巫女…?あれが?)


「し、司祭様、大丈夫ですか?」

「ええ…私は、大丈夫。それにしても…レアルド様は昔から、あのように公私を混同される方だったでしょうか…?」

「え?あ、さ…さあ。でもあの聖女様とは恋人同士っていう噂もありますし」

「…それは、なんと恐ろしい」


以前見たときは何とも思わなかったが、いざこうして目の当たりにすると、ヴィヴィアンの異常さに恐怖すら覚える。

顔が変貌しないもの。…もう一つの例外は、ふとした瞬間に突然豹変するもの。誰にも見せないように欲望や陰謀を上手に隠している人間は影のように悪魔の顔がダブって見えるのだ。


(彼女は女神などではない、まるで…)


本当に、悪魔だ。


(あれが女神の声を聴くだと?それは本当に女神なのか?…では女神アロンダイトとはいったい、何なのだ?)


それから私は彼女を避け続けた。

避け続けていたにもかかわらず、何故か遭遇率のようなものが高かったので、徹底的に関わらないように努めた。


そして、復活祭のあの日。

(どこを見ても、化け物に悪魔。…まるで仮装パーティーだな…)


こういった人が多く集うイベントは嫌いだった。

まともに見える人間が少なく、気が狂いそうだったから。そして、会場に登場した『聖女』もまたあまりにも周到な二面性が垣間見え、吐き気を催すほどだった。


(…この世界は本当にどうなっているのだろうか?)


化け物たちが楽しげに笑う世界をぼんやりと見つめながらそんなことを考えていると、一人だけ異彩を放つ存在を見つけた。

複数の男たちに囲まれているその姿は困惑しているように見えたので、助けるべきかとも思ったのだ。


「カサンドラ令嬢、こちらにおいででしたか」

「?!」


振返ったその姿は、化け物だらけのこの世界ではあまりに美しく、強く輝いて見え…その後はもう、彼女の存在が心に焼き付いて離れることはなかった。

少しでも傍に、たとえ強硬な手段だとしても、彼女と共にありたい。彼女を手に入れたい。…誰の命令でもなく、私の意志でそう思ったのだ。

そして、今。


「私は一体どの種類の化け物の顔をしているのだろう?でも」


あなたならきっとそんな私の醜い心さえも変えてしまうのかもしれない。



ブックマーク、及び厳しいご評価、誠にありがとうございます。

これからも精進続けてまいりますので、また読んでくださるとうれしいです。

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