第37話 新たなフラグ、無事構築
「フォスターチ公爵は…何も言わなかったのですか?」
私の問いに、ユリウスは静かに首を振る。
「父もまた、彼らのような化け物を生み出した一人ですから。情よりも利を優先する男です。今回のあなたとの縁談も、主に父が主導で動き出したお話です。」
(タヌキと狐、互いに自分たちの権力の拡大を狙ったわけ?にしては、ただでさえ二枚岩の強固な岩盤の公爵家なのに。欲ってそう言うものかしら)
なんか、家同士の取り決めのような裏の裏の事情がありそうだな、思ったけど。
「それから、彼らがその金を使用しする度、徐々に悪魔や化け物の顔に変わっていきました。それを理解してくれたもう一人の兄もいましたが、若くしてこの世を去りました」
「そうなんですね…」
「本当に、今更で申し訳ありませんが白状致します。私は、あなたと縁を結ぶことでこの家から脱出しようと考えておりました。…逃げ出すために、あなたを利用しようとしたのです」
なるほど、と合点がいった。
どこか、ユリウスはらしくないと感じた原因がこれだったのか。
彼もまた、自身の欲の為に私を利用したということだ。つまりは婿養子を狙ってたってわけね。
「私も甘く見られたものですわ。みんなして、私のことを何だと思っているのやら!どうせなら、私は生涯独身で過ごしますって、周囲に言いふらしてやろうかしら」
「そ、そんな。‥‥いえ、すみません」
「構いませんわ。これでひとつ貸し、ですわねユリウス様。貴方が私を利用しようとしたこと、ご自身で白状なさったのですから、許します。」
「…え」
今回の件で、恐らくフォスターチ家もただでは済まないだろうと思う。ユリウス自身だって。
何より、ヘルトが手を抜かないだろうから。
「…その代わりと言っては何ですが」
「あ…は、はい!なんでも私に償えるのなら!」
(うーん、償うっていうほど大げさなものじゃないのに)
「もしもこれから、私がなにか本当に困ったときに、一つだけお願いを聞いてくださいませんか?」
「お願い…とは?」
「まだ決めてませんので…考えておきます」
別に大した問題じゃないとはいえ…まあ私を利用しようとしたのは気に食わないし。私にまるで被害がなかったわけじゃない。
無償で許してもいいけど、そうするとユリウスは今回の件をいつまでも引っ張ってその内悪化するんじゃないかな、と思ったのだ。
「そんなことで、いいのですか?」
「あら、お願いって言ったって、もしかしたらとんでもないことかもしれませんよ?」
「…あなたが望むことならなんだってやって見せます。どんな願いでも、無茶な依頼でも、あなたの為なら…!」
「い、いえそこまで思いつめなくてもいいんですけど」
ユリウスはものすごく真剣に真っすぐ私を見つめてくる。
(んん?!いやいや、そんな子犬のような目で私を見ないでくれる?!)
「一つだけ言わせてください」
「は、はい?なんでしょう?!」
「ダンスの時にあなたとの会話の中で私は一つだけ真実を告げました」
「し、真実?」
握る私の手に一層力がこもると、私が動けないのをいいことに見つめながら距離を詰めてくる。
「あなたに心を奪われたこれは本当のことです。…カサンドラ様。」
ユリウスは私の手の甲にキスをすると、例の笑顔でにっこり微笑んだ。
「想うのは…自由でしょう?」
「え…ええと」
あれ?なんかこれ…別のフラグが立ってないだろうか??
し、システムの影響を受けないから…関係ないよね?!そんな私の様子を面白そうに見やると、ユリウスは懐から小さな瓶を取り出した。
「ふふ、それより。これが解毒薬です…今日はこれを飲んでよく眠ってください」
「それって…」
つい、身構えてしまうのだがそんな私を見て彼は笑った。
「大丈夫ですよ。似た形状のものですが、ただの強化クリスタルの小瓶です。この入れ物はとても昔に、母から四人の子供たちにと贈られた守りなのです。」
「…お母様は本当に皆さんを愛されていたんですね。そう言えば、三番目の公子様ってどんな方だったですか?」
私はそう言うと、ユリウスは哀しそうに目を伏せてしまった。
(あ、聞いちゃまずかったかも)
「とても心の綺麗な兄上でした。元々身体が弱く、五年程前に他界してしまいました」
「申し訳ありません、私ってば余計な…」
「いいえ、兄はこの家を嫌っていましたから。早く出ていきたかったのかもしれませんね。今は母と同じ場所に眠っています」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「え?」
「私、ユリウス様にお母様の話を聞いた時、少し思ったんです。お母様が亡くなられて、公爵様が痕跡が一切なくなくしたと言ってましたが、それって、もしかして違う理由があるかもって」
「違う、理由…?」
「本当に、公爵様が奥様を大切に思っていたから…そう思ってしまったんです」
ユリウスの綺麗な顔がきょとん、まぬけ面をしている。でも、綺麗な顔の人は何をしても綺麗なのよね。
「まさか、そんな」
「だって、お母様がどんな状態になっても、ずっとそばに置かれていたんでしょう?」
「それは…体面を保つために」
「そうでしょうか?」
「え…?」
私はあることを思い出した。それは、自分の両親を亡くしたときのこと。
突然の交通事故で二人同時に亡くなったと聞いて…幼い私は悲しすぎて、その事実を受け入れられなかった。
…全部夢だったら、と。信じきれなくて、大切だった思い出も全部消えてしまえばいいのに、そしたら…苦しくないのに。何度もそう思った。
「自ら命を絶ったなんて…きっと公爵様は、哀しすぎて、全ての痕跡を亡くしてしまえと思ったんじゃないでしょうか」
「ですが、兄たちは」
「お兄様二人が悪い意味でのっかたとしても、それを止めなかったのだとしたら?」
「……」
少し願望も入っているかもしれないのだけど、悲しみの形は人それぞれだと思う。
「きっと、一族とは違う場所に墓を作られたのも、これ以上この地に縛られないように、と願いを込めたのでは?そして…同じように三番目のお兄様も」
「そんな…」
そうだったらいいな。…そう考えた方が幸せじゃない?
「そんなことは…考えたこともなかった」
「あはは、だったらいいな、が本音ですけど。だって、みんな幸せな方がずっといいじゃないですか!」
「カサンドラ様…あなたは、本当に」
「あ…ごめんなさい、ぺらぺらと…」
う…な、なんか照れる。偉そうに私ってば。
よし、話を変えよう!
「そ、それより…この瓶の薬は、このまま飲んでもいいのでしょうか?」
私は改めて小瓶を見る。
なんだかどろっとした緑色の液体が入っているけど…大丈夫だろうか。
「いいえ、少しずつ水に混ぜて飲んだ方が安全でしょう。小瓶に入っているのは濃縮されたもので、とてもお勧めできる味ではありません」
「…そ、そこまで…」
「水はこちらに。三日ほどかけて飲み切ればしびれは完全に消えてなくなるでしょう」
「なるほど…あ」
そう言って、小瓶を受け取ろうとするのだけど、美しい銀細工の水差しをポロリと落としてしまった。
残念ながら、しびれはまだまだ残っているので物を持つ、歩く動作がまだできない。
「す、すみません、その蓋を…開けていただけますか?」
「構いません。手をお貸しします」
「はい、助かりま?!」
ユリウスがひょい、私の上半身を起き上がらせると、自身の身体を支えに私の背後から前方に腕を回して来た。
「ひぇ?!」
「じっとして」
ひええ、耳元に吐息が感じられて非常にくすぐったい!!ダイレクトに体温を感じてしまい、私は更に体が強張る。
こ、ここここれが…巷で噂の後ろハグというやつ?!
「少しづつ飲み込んでください」
「え、あの ん んぐっ」
(う。動けないからしょうがないけど、何もこんなことしなくても?!)
何とか飲み込んだけど…味も何もさっぱりわからない!!他に方法はなかったのかしらユリウス!?
「…飲めましたか?」
「ひゃ、ひゃい!…うっ」
すると、早速私の視界はぐらりと回り、視線が定まらなくなる。
こ、こんな速攻できくなんて、恐るべしフォスターチ印の薬。
「どうやら、効き目があるようですね。しばらくは強烈な眠気に襲われますので、ゆっくりお休みください」
あ、でも、こんな恥ずかしい体制で寝るのは…とも思ったのだけど。
(あ、布団がフカフカで…今日もう疲れたし…… …)
そして、すこんと眠りに落ちてしまったのだ。
・・・
「カサンドラ…様?」
(柔らかい…)自分の腕の中ですやすやと安らかな寝息が聞こえてくる。それがなんともいとおしく感じていたが、ふと、我に返る。
「……はっ。私は一体何を…!」
限りなく故意に近い偶然の出来事を装った自分を恥じ、赤面してしまう。できるだけ驚かせないよう、そうっと寝台に寝かせた。その横で、ユリウスは安らかな寝顔をじっと見つめていた。
「あなたに…あえてよかった」
今後このような機会がいつ訪れるとは限らない。切なさと寂しさのような複雑な想いで租の寝顔を見つめ…やがて、振り払うように気持ちを切り替えた。
「あの…寝て、ますよ ね。ぐっすりとお休みなられているようですし…明日もまた、あなたに逢えるので、今日はこれで失礼します」
そっと布団をかけ直すと、燭台の灯りを消した。




