第34話 真・どすこいモード!!
頭の中でザーッと砂嵐のような、例の音が聞こえてくる。
「…ん?なに…?」
見慣れた家具に、見慣れたソファー。ちょっと奮発して購入した中古の43インチテレビ。どうやらここは私の部屋の中のようだ。勉強しているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
「ふああ、なんか長い夢を見てたような…。イケメンがいっぱい出てくる、みたいな」
ソファーから起き上がると、テーブルの上に置いてあったコントローラーと「ヘブンス・ゲート」のゲームパッケージを見た。
「リアルな乙女ゲームはやるもんじゃないよね~」
色んな人にいい顔して、好感度上げて…それでどうだっていうんだろう、選べるのは一人しかいないのに。
そんなことを考えていると、電源のついていなかったはずのテレビ画面が勝手に起動した。
(あれ?リモコン…?)
しかし、リモコンのスイッチを押しても画面は消えない。
大人しくその流れる映像を見ているのだけど。それは、まるで影絵の紙芝居のようで、その内容は不思議なものだった。
茶色の髪の女の子がプラチナの髪の王子様と一緒に抱き合うシーンから始まる。
「紙芝居…?」
けれども、固く結ばれた二人の手は、徐々に離れていき、やがて王子様はばらばらになって消えてしまう。
ところどころ画面が乱れていて、詳しくはわからないが…、女の子は涙を流しながら大きな天まで高くそびえる扉に向かって何かを必死に祈っている。
けれども、彼女の必死の祈りもむなしく足元から地面がガラガラと音を立てて崩れていくのだ。
(何、これ…)
崩れた瓦礫の山から落ちていく女の子を、黒い…まるで大きな影のような化け物が包んでいく。
瞬く間に彼女も影に飲み込まれて行き‥最後はまるで黒いインクで塗りつぶしたように、元の真っ黒い画面に戻っていくだのだった。
しばらく呆然とそれを見ていると、ふと背後から人の気配を感じて振り返った。
「巫女の願いは最後まで女神様に届くことはなかった。彼女が誰か一人を愛することを特に嫌ったの。だから許されなかった。それは、かつてあった物語の一つ」
振返ると…どこかで見たことあるような、ピンク色の髪のふくよかな女性がばりばりとお菓子を食べながら座っていた。
「‥‥だれ、だっけ。…どっかであったことあるような…?」
「今は別に思い出さなくてもいいわよ、真梨香」
白いドレスワンピースにこぼれたお菓子のクズをパパっと払うと、彼女は懐からハンカチを取り出し優雅に口元を拭いた。
持っていたスナックの袋をごみ箱に捨てると、うんうんと一人でなにやら頷いてる。
「うん、このおいも?のお菓子‥なかなか美味だわ」
「それ、ポテトチップスっていうのよ。それであの―‥あなたはどちら様?」
「ぽてと…ちっぷす??へええ~、そうなんだ!」
にこにこと女性は微笑むけど、それ以上は何も言わない。
(あ、これ絶対に言わない奴だ)
「ねえ、真梨香は今の生活、楽しい?」
「…えっと、そうだな。やらなきゃいけないことが多すぎて困るくらいだけど‥こっちよりは随分とスリルもあるし、色んな人と出会えるし…面白い」
あれ?私いま、こっちって言い方をした。こっちでどっち??
「うん…私も楽しい。真梨香を通していろんなこと経験できるんだもの!」
「…私を通してって。自分で体験したいとか…思わないの?」
私の質問に、彼女は弱々しく微笑むばかりだ。
「…私はね、色んなものに失望してしまったの。自分が努力を怠った結果といえばそうだけど‥空っぽだったから…、真梨香みたいに強くなかった」
「空っぽなんて、そんなこと…!」
彼女は静かに首を左右に振ると、瞳を閉じた。
「だから、私のできなかったことをあなたが代わりにやって。私はここでずっと見てるから」
「え?待って。そんな…」
すると、先ほどまで止んでいた頭のノイズが一段とまた激しくなり、思わず耳をふさいだ。
「うっ…何よ」
やがてバチン!という音とともに、さっきまで真っ黒だった画面が急に砂嵐の画像に変わる。ほどなくして見覚えのある色彩豊かな世界が画面に映し出された。
そこには、金髪のやや顔の整った男性が鼻息荒く従者たちに指示を出しながら、一人の女性を運んでいる姿が映し出された。
「あっ!あいつ!!ちょっとどういうことよ!!何するつもり…」
はっとなって後ろを振り返る。そうだ…!この姿、私は知ってる、知らない筈がない。
「カサンドラ…!」
彼女はにっこりと笑顔で手を振る。
「大丈夫だよ、今なら間に合う。貴方には兄さま仕込みの護身術と、どこでも呼び出せる守護者がいるじゃない!」
そしてぐっと拳を閉じて前方にに突き出した。私もその拳にコツン、と自分の拳を垂直に突き合わせる。
「う、うん!ありがとう…えっとカサンドラ!!いってきます!!あなたのことは私が守るわ!!」
「ふふ、ありがと。いってらっしゃい!!」
指先からまるで光に融けいていくように私の身体は消えていく、最後にもう一度、彼女を振り返ると…その姿はもうカサンドラの姿ではなくなっていた。
そこにいたのは。
「‥え?!なんで…あなたがそこにいるの?じゃ、あっちのあの子は‥」
「‥‥ ‥を お願いね」
(‥?最後の方、良く聞こえなかった…)
とりあえず今は…今は戻らないと!カサンドラの貞操が危ない!!
・・・
真梨香の姿が完全に消えてしまったのを見届けると、ピンク色の髪はやがて腰まである長い茶色の髪に変わっていった。
夜空のような深い紺色の瞳から一筋の涙が零れた。
「…一生懸命、一生懸命祈ったわ‥お願い、彼を助けて…世界の仕組みを変えてって。けれども、女神様には届かなかった」
女神アロンダイトが望むのは、争いのない愛と希望にあふれている世界。
だから女神は代理を立て、世界の調和を一人の巫女に祈らせたのだ。選ばれた巫女はただの一人を愛することも、想うことも許されない…それが巫女の役割なのだと。
(なら。壊しちゃえばいいのに)
そうささやいたのは誰だっただろう?
(愛する人を失う世界なんて…守る必要、本当にある?)
もう忘れてしまった。
けれども、彼女はまだ、ここにいる。
「ならそんな不完全な世界、壊れてしまえばいい。…でも」
彼女の名前はヴィヴィアン。前の世界で、ただ一人を愛したためにその世界をバラバラに砕いてしまった、女神の代理を命じられたひとりの巫女だった。
「私は…まだ、迷っている」
ヴィヴィアンは、零れる涙をぐっとぬぐった。
「でも…カサンドラ。ううん、マリカ。今の世界を頼むわね」
**
ザーーーッ。
夜空のような哀しい目をしたヴィヴィアンは泣きそうな笑顔で私に手を振った。
最後の方は聞き取ることが出来なかったけれど…もしや、彼女が本当の「ヴィヴィアン」なんだろうか?
…じゃあ、こちらにいるあの赤い目のヴィヴィアンは、一体誰?
それよりも、今は‥目を覚まさないといけない。
「はっ!!!」
気合と根性で瞳をこじ開けると、思った以上に状況は最悪だった。
(動けない…?!)
手首は縛られている状態で私は豪華なベッドに寝かされている。うっすらとアルコールの香りが漂っているのは、テーブルに転がっている高級そうなウィスキーの瓶と、今まさに伸びてこようとする…この汚い手の持ち主のせいだろう。
「わ、私に触るな!!!」
ガブリ。ここは噛みたくないけど、ほかに武器がないんだから仕方がない。
「いてて!この!な…なんで目を開けるんだ?!倍の量の薬を盛ったはずなのに」
歯をがちがちさせながら、相手をにらみつける。やっぱり、バルコニーにいた金髪だ!!
「あんた一体何者よ?!」
「ふ、フン…!やはり噂通り無知な令嬢だな!!俺の名前はシグマ・フォスターチ!ユリウスの兄だ。お見知りおきを、カサンドラお嬢さま」
ユリウスの兄ですってえ?!四人もいれば一人はろくでもないのができるもんなのね?!
いいえ、ここは冷静に、冷静に!私はぐっとこらえて、しおらしいふりをすることにした。
「そ、そのフォスターチのシグマ様が…私になんのご用ですかっ?」
シラフでしおらしいか弱い女性のフリには限界があるわ…。なるべく私はこの世で一番恐ろしい出来事を思い出しながら目をそらした。
(えーと、ここ最近で哀しかったことは…いや、実はいつの間にか死んじゃったことだよねー…)
あ、なんか涙でそう。
「…なんだ、やっぱり引きこもりの気弱なお嬢様、か。あの強烈な噂はデマだったか」
(?‥…強烈な噂とは。)
シグマは満足げに鼻の穴を広げ、寝台に括り付けられている私の姿を上から下までをなめるようにじっと見つてくる。‥‥ぁああ、コイツ殴りたい。
「や、やめて…」
私は努めて弱々しーく、儚げぇな雰囲気を精一杯演出して身をよじった。
これで涙も流したら完璧ね。…今度練習しよう。
「…これは、愉しめそうだ…!」
ともあれ、私の演技(?)が功を奏したのか、シグマはニチャァと笑った。…鼻の下が5cmは伸び、息も荒々しい。
「はぁ、はぁ、…その表情たまらな」
私はこいつが馬乗りになろうとした瞬間を狙って、スキルで手首を縛っていた布を引きちぎり、シグマの顔面に裏拳をかましてやった。
「ふざけんな!いい加減気持ち悪いんだよ!!」
クリティカルヒットだった拳は、彼の鼻から赤い雫をほとばしらせる。
「ふがっ」シグマはカエルが潰れたような声を出して、こちらをにらみつけた。
「く…!この暴力女!」
「薬で寝込みを襲おうとする変態に言われたくないわよ!!」
飛び掛かってきたシグマをかわそうとするが、シーツに足を取られて床に転倒してしまう。
ああ、ごめんなさいマダム、ちょっと動きやすく改造させてもらいます!
「…邪魔ねこのスカート!」
力づくでスカートを引き裂くと、不条理な扱いに美しい絹は悲鳴を上げる。逃げながらシグマの顔面に酒瓶やグラスを投げつけ、奴と対峙した。
「はあ、はあ、くそ!だがな、女性が抵抗すればするほど、こっちは興奮するってもんなんだよぉ!」
にやにや笑って、血まみれでじりじりとこちらにゆっくりと近づいてくる姿は、もう生理的に無理。
そして、その時、ある必殺技(?)を思い出した。
「そうだ…パラメータ!で…どすこいモ―――ド!チェーンジ!!」
ぱっと一瞬輝き…私は、遂にどすこいの姿に変身したのだった。




