第32話 ダンスは軽やかに、微笑みは美しく
フォスターチ家のホールに入ると、そこは王宮の舞踏会に勝るとも劣らないきらびやかな世界が待っていた。
あちらこちらで談笑する声や、グラスの音、小さな食器の音まで、全ての音が混じってまるでBGMのように流れている。もちろん、弦楽器の重厚な音も一緒に聞こえてきて心地よい空間を作り出している。
この、私とその周辺に限定して投げられている、好奇や羨望、下心から嫉妬まであらゆる視線を除いては。
(ああ、針のむしろってこういうことを言うのね―…)
シャンパングラスを片手でくるくるとまわしながら、つい遠い目になってしまう。
私の真横では、なぜか先ほどからユリウスとヘルトが互いに離れようとしないので、一種異様な光景を作り出しているのだ。
(これ、はたから見たら…いちゃいちゃする男×男のカップルに、嫉妬する女…みたいな変な三角関係に見られていそう)
残念ながら私は現代でもノンケミカルジャンルにはあまりハマらなかったので、ただただ二人の様子を眺めているだけなのである。
人によっては、垂涎ものイベント(?)何だろうけど、こうなるともう面倒なので早く帰りたいなって思う。
ヘルトもヘルトで、久しぶりの夜会なんだろうし私のことなんて構わなくていいのに。
「おや、なんだか面白い光景ですね」
そんな私に声をかけてきたのは…ヴィヴィアンの攻略対象者たちほどではないが、美しい顔立ちをした男の人だった。年齢は…ヘルトより少し上のようだけど?
(誰だっけ。貴族には間違いないんだろうけど、全くわからないわ。とりあえず営業スマイルしておこう)
「こんばんは、…楽しませていただいております」
「ああ、お恥ずかしい限りです。我がフォスターチの夜会など、グランシア家の夜会と比べたら退屈でしょう?」
(あ、我がフォスターチって言ったわ。しかも私のことを知っているんだ。じゃあこの人はユリウスのご兄弟かな?)
「とんでもございませんわ、こちらこそ社交には疎くて…恐縮です」
「あ、ご挨拶が遅れました、私はリカルド・フォスターチ。…ユリウスの愚兄、リカルド・フォスターチでございます。失礼ですがご挨拶をさせていただいても?」
「ええ、こちらこそ、本日はお招きありがとうございます」
リカルドさんは柔和な笑顔を向けてくる。
すると同時にいつの間にか背後にヘルトが立っていた。
「お久しぶりです、リカルド卿」
「ええ、ヘルト君。お久しぶりです」
あ、この二人知り合いなんだろうけど、すごく仲が悪そうだ。顔を合わせた瞬間から二人の間にユリウスとはまた違う異様な空気が渦巻いている。
…私は本能的に危険を察知した。
(いや、お願いだから水面下の争いは私がいないところで繰り広げてほしいわね?)
タイミングよくダンスの時間になったので、私はほっと胸をなでおろし、そそくさと壁の花になろうとする。
が、そこは笑顔のユリウスが黙っていなかった。
「ぜひ、私と一曲踊らせていただけますか?」
「…は、はぃ…」
そうだった。今この場においてホスト以外で一番順位が高いのはうちでした。
基本的にこういう舞踏会は順位の高い爵位のあるもの同士が一番最初に踊る決まりとなっているので、逃れられない運命だったのを忘れてた。
さて、私はどれくらい上達したのだろうか?
実を言うと、今、私はとある先生にダンスを教わっている。
――それは、この世界に来てまだ私がどすこい体系だった頃の話。
絶賛引きこもり期間中だった私は、この世界になじむべく、邸にある図書室の本を読みまくっていた。数ある書物の中で、もっとも私が読んだ本というのが、「ダンスの手引き」だった。
なぜ必要か?…この元となっているらしい世界には、そういうイベントがつきものだから。予習していて損はないと思っていたし…他にすることがなかったのである。
しかし、一人でやるにはどうにも難しくてしょうがない。
アリーに手伝って貰ったりもしたが、推定0・1トン近くあった私は少し動くだけで息が上がってしまう為、死ぬほど脳内シミュレーションをしまくった。
で、すっきり体系になってしばらくした後、私はある人に助力を求めたのだ。
実はそれが、なんとノエル・シュヴァルである。
ハルベルンで雑事でも何でも引きうける、『ギルド・シュヴァル』。
その組織の頭領であるノエルなら、誰か先生でも紹介してくれそうだし、私の突飛な願いも聞いてくれると思ったのだ。
しかしその返事は…紙ではなくノエル本人がやってきた。
「ダンスを教わりたいんだって?!」
「……う、うん」
手紙、出したのつい昨日のことだと思うのだけど。
「お安い御用だよサンドラ!!なんなら一生君のダンスパートナーを努めても…」
「いや、一生は無理。私にも色々あるから。」
「…ほんと、つれないよね。まあそういうところも魅力的だけどな!」
あ、しまった。この人はマゾ気質だったんだわ。
まあそれはそれとして、相場というのがわからないので、料金をどれくらいにするか悩んでいたのだが、ノエルより意外な報酬が提示されたのだ。
「報酬はお金じゃなくて身体と態度で示してほしいなー」
「そうね…アルバイトは無償ではやりたくないので、三分の一でどうかしら?」
「どうしてそこで君が働く話になるんだ…はあ、そうじゃなくて。お金はいらないから、デート10回券と俺が先生になることをヘルト兄様に内緒にするって言うので、どう?」
(身体と来れば労働奉仕かと思ったのに…)
労働人のサガというか、なんというか。たまには働きたかった‥。私は少しだけ残念に感じたのだが、それよりも
「で、デート10回は…高いのか安いのか全く見当がつかないけど、もう一つのヘルト兄様に内緒にするというのは、私も賛成。でも、どうして?」
私の質問に対して、ノエルはニヤリと笑うだけで、答えてはくれなかった。
「…ま、あいつなら喜んで君に時間を割くと思うけどね」
「ダメよ。ヘルト兄さまにだって休む時間は必要よ!」
「でしょ?それにオレの出番なくなるしー」
ヘルトはただでさえ自分の時間を削って私やクレインに色々教えてくれるんだもん。これ以上時間を貰うわけにはいかないわよね。
「じゃ、今言った条件で良い?」
「…じゅ、十回は、なんか交渉的に損なような気がする。そ、その半分でどう?時間と場所は任せるから」
「お。5回もいいの!?なーんだ、最初から20回提示しとけばよかったかなあ?」
なんか、少なからず悔しいわね。
まあ、とにかくそんなこんなで私はノエルにダンスを教わることにしたのだ。…それがつい、半月前の話。
重厚な音楽と共に、最初はステップからスタート。
とりあえず、目標は足を一回も踏まないこと!である。
「先日の話ですが…いかがでしょう?」
「うーん…まだ決定的な材料が不足しているような気がしております。それとも、早急に決めなければならない理由でもあるのでしょうか?」
「…どうしてそう思うのでしょう?」
くるりとターンを決めると、少しだけ足元がふらついてしまうが、そこはユリウスのサポートが強固なのでクリアできた。
「私の気のせいかもしれませんが…先日復活祭でお会いしたときのユリウス様と今のあなたでは、どこか違う…まるで何かに急かされているような、そんな感じがするんです」
「……」
これは本当に気になっていた。
なんていうか、今回の婚約の件にしても、義務的というか挑発的というか…。強硬な手段を自ら選んでいるような気がしてならないのだ。
(この人のこと、良く知っているわけじゃないけど…らしくないんじゃないのかなあ?)
「一つ、おかしな話を聞いてくださいますか?」
「おかしな話?」
音楽は終盤に差し掛かったあたりだった。
「とある人物の話です」
「とある…人物?」
「その人物は、ある時期から悪意を持つ人間や、負の強い感情を持つ人間の顔が全て化け物の顔に見えるようになってしまったのです」
「…化け物の顔?」
「そう。人は何かしら闇の部分を抱えていると思いますが、それが例えば悪魔のような顔に見えてしまう…特に彼が棲んでいる家の人間は皆同じように異形の顔になっていて、以前の顔を思い出せなくなってしまったのです」
恐らく、彼の言う「ある人物」は自分のことなんだろうか。…それとも、誰か別の人の話?
「その人物の目に映るのは、汚れ切った悪魔の仮面の者達ばかり。そんな世界に辟易していた時…ある女性と出会いました」
「ある女性…?」
「群がる化け物の中で、彼女だけが燦然と輝き、美しく手気高くて…一目でその方をお慕いするようになったのです」
「…え」
ちょっと待て。
落ち着いて私。パラメータ的に言うと、ユリウスのシークレットフラグは壊れていない筈。
(こ、これはヴィヴィアンのことを言っているのかしら?!それとも別の場当たり的な話題の一つ???)
思いがけず焦った私は、勢い余ってユリウスの足を思い切り踏んでしまった。
「ご、ごめんなさい」
「…ふふ、動揺させてしまったようですね」
ど、動揺の理由が若干互いにずれが生じているような気もするわ…。
結構痛かっただろうに、足を思い切り踏まれて動揺しないユリウスがすごいわよ?!
そうこうしている内に、音楽は止んだ。それでもなお、手を離そうとしないユリウスはとても切なそうに呟く。
「残念です…もっとあなたを見つめていたい」
「……ッ?!」
そう言って私の手にチークキスをした。
(こ…これってどういう場面なの?!!あなたヴィヴィアンの攻略対象者でしょお?!)
美しい顔の人が振りまく色気(?)に、私は振り回されてばかりだった。




