第31話 いざ、フォスターチ家
――ユリウス・フォスターチには、ある秘密がある。
それを知る者は、恐らくユリウス本人以外、知る者はいないだろう。
「準備はどうだ?ユリウス」
「…リカルド兄さま」
やって来たのは、ファスターチ家長男、リカルド。
兄のリカルドは幼少のころから爵位の継承教育を受けており、名実ともに今は時期公爵として社会的な地位を確立している。
その評判は悪くなく…かといっていいわけでもない。批判や称賛がないということは、それだけで評価されるともいえる。
「今度の夜会…例のカサンドラ・グランシアを招待したんだろう?」
「ええ…父上の采配の一つ、というところでしょうか」
いいながら、張り付いた笑顔で兄の質問に答える。
…この特異な体質のせいで、長年彼らに向ける表情を取り繕うのがとてもうまくなったものだ、と自分でも思う。
「前回の復活祭で一度見かけたが…ふむ、社交の噂は当てにならないなあ‥想像以上だ」
(この人たちの欲望は底なしだな)
特異な体質…それは、ユリウスには兄リカルドは角の生えた悪魔の顔に見える。
ユリウスの目には、強い欲望や、ネガティヴな感情を持つ人間は皆化け物や悪魔の顔に見えるのだ。…シュルシュルとまるで舌なめずりをするように悪魔の男はニィッと笑った。
「ふむ、父上の仰ることは絶対だが…、何もお前ひとりで対処しなくてもいいだろう?」
どこか含みを込めたように呟く声に、ユリウスは辟易した。
「あの方程となると、見るものも見ている方々も次元が違うでしょうね」
「どういう意味だ?」
「…下手な手を打ってグランシア公爵家の兄君を敵に回すおつもりですか?」
その名前を出した途端、悪魔の顔は一瞬怯えたような表情になる。
「ふん、ヘルト・グランシアか…」
「何度か遭遇しただけですが…彼が特に妹君に心を置いているのを目の当たりにしています。兄さまたちは妻帯者でいらっしゃるのに…移り気を起こすと、手痛いしっぺ返しを食らうのでは?」
「な…移り気とは、失礼な」
「ふふ、どうでしょう?」
(ただでさえ神殿ににらみを利かせている騎士団所属で、清廉潔白なヘルト卿が本気を出せば、恐らくこの兄たちなど一網打尽だろう。)
そのくらい、フォスターチ家は欲望と欺瞞と血で塗り固められている。
グランシア家が眩い光だとしたら。フォスターチ家はその逆であろう。
「リカルド兄さまは焦っていらっしゃるのですか?」
「…何?」
「一番弱いと思っていた弟が父上の期待を受けているのが、恐ろしいのでしょうか」
ここ数年。
フォスターチの人間は誰一人、グランシア公爵家に纏わる者に手を出そうとはしなかった。それが、父が年齢を重ねるとともに浮上したこの話は、大きな意味を持つ。
「ユリウス…!お前はいつからそんなに偉そうな態度をとるようになった?…身の程を知れ」
悪魔の顔はみるみる怒りに歪んでいき、その双眸はユリウスをにらみつけた。
「身の程をわきまえているからこそ‥私は、あなた方の力は一切借りません。さあ、そろそろお客様を迎えねば…失礼いたします」
「……」
**
「…」
「……」
何なのよ、この沈黙。
フォスターチの邸に向かう馬車の中では、向かい合わせに座る私とヘルト兄さまの間に微妙な空気が漂っている。
今日の朝と同じく、ヘルトは眉間にしわを寄せてなにやら考え事をしているのだ。
(こ、声をかけていいのかどうか迷ってしまう‥!)
「…今日のドレスは珍しい形だな」
「はっ?!あ‥はい。マダムベルヴォンの渾身の新作、タキシードドレスです」
本日のドレスは、例のマダムが考えた『カッコいい女性のドレス』である。
夜会に着用するため肌の露出は多めだが、このドレスはスパンコールや飾りは少なく、黒のAラインで首周りには男性が付けるようなタキシードリボンが飾られている。
(バニーガールを更に上品にしたロングドレス版て感じよね。網タイツじゃないのが残念かも、なんてね)
この世界で女性が着用するドレスといえば、ふわふわのレースにキラキラのビーズに宝石、色も様々で、まるで絵本のお姫様のようなドレスが多い。
それを考えると、このデザインは随分と斬新で前衛的に見えると思う。私からすれば、ごてごてしてないすっきりとしたラインだし、モノトーンで落ち着くんだけどなあ。
「ヘルト兄さまの礼服と並ぶとお揃いみたいで素敵でしょう!」
「あ、ああ。そうだな」
ヘルトはというと、王子様スタイルというより、王道のタキシードスタイルだった。全体の雰囲気は二人並ぶと奇跡的にまとまって見えるので、ほっとした。
行くなら行くと最初から言ってくれれば良かったのに。
「そういえば、どうしてヘルト兄さまは夜会に出られないのですか?…苦手、ですか?」
「まあ、そうだね。…俺が出るには、相応しくない」
まただ。
時々ヘルトはまるで自分が絶対に表に出てはいけない、みたいなことをよく口にしている。どうしてだろう?
「あの、にいさ」
「ついたな」
「!」
ガタン、と馬車が止まった。
(あ~ついちゃった…うーん。啖呵切った手前、入りにくい…)
もやもやと考え込んでいると、先に馬車から降りたヘルトが手を差し出してくれた。
「足元に気をつけろ」
「は、はい…」
人々が行き交うエントランスホールでは、ユリウスが満面の笑みで迎えてくれた。
私は気まずさが相まって愛想笑いを浮かべる。
(む、無視するわけにはいかないわよね…)
「おや、これは珍しい。まさかヘルト殿が妹君とご一緒に来て下さるとは」
にこやかな笑顔にはにこやかな愛想笑いを、とばかりにヘルトは張り付いた笑顔を見せた。…俗に言う、営業スマイルというやつだ。だって目が笑ってないもの。
「本日は、父の名代により招待を受けさせていただきました。先日の弟の件もあるので、ご挨拶とお詫びも兼ねて。…弟の救助にご助力いただき、ありがとうございました」
「いいえ、私など。カサンドラ様も、クレイン様も無事で何よりです。」
ユリウスはそう言うと、くるりとこちらに向かって再び眩しい笑顔を向けてきた。
…うぅ。眩しい!目が溶けるわッ!
「ふふ‥てっきりお一人でいらっしゃるものとばかり。お約束どおりエスコートを‥と思いましたが、本当にカサンドラ様は予想を上回るお方です」
「!!」
(言い方!イヤミか?!イヤミねユリウス!!!)
ユリウスはそのまま私の手を取ろうとしたようだが、脇からヘルトが私の手をさらう。
そして…なぜか、初対面なはず?のヘルトとユリウス、互いに二人の厭味の応酬(?)が始まった。
「カサンドラのエスコートは、私の役目です、‥またの機会にどうぞ」
「それは残念。ですが、パーティー嫌いで有名なグランシア卿が無理を推して参加された理由…とても興味深いですね」
「大した理由ではありませんよ。もともと権力をひけらかすような夜会に興味の欠片も持ち合わせないだけですから」
「ふふふ、多くの皆様に出会いと社交の場を提供するのは重要な仕事の一つですので」
「はは、高尚なことだ。さすが女神神殿の司祭殿、社交にも明るくいらっしゃる」
な、なんなの。
ヘルトとユリウス、この二人の周囲だけ空気が全然違う…!!
なにこの雰囲気!!超怖い!
尋常じゃない空気をまき散らしながら張り付いた笑顔で微笑みあう二人の間に挟まれ、私は息をひそめて立ち尽くしてしまう。
「あの…兄さま、そのフォスターチ公子様とは、その」
「何の話だ?」
「え?!い、いいえ、何でもありません…」
も、もしかして…このふたり、同族嫌悪みたいなやつじゃ。
すると、ユリウスはとんでもないことを言い出した。
「なら、私とヘルト殿、二人でエスコートするのはいかがでしょう?」
「はぃ?!そ、そんな恐れ多い…!!」
この二大美形ヘルトとユリウス二人にエスコートしてもらうなんてなんて贅沢、いいえ贅沢どころじゃ済まない。会場内の女性全員から恨まれてしまう!!
こ、これなら一人で行く方がましなのに!!もう、なんで思い通りにいかないのよ…!
しかし、二人は全く譲る気配はない。
「はぁ…じゃ、じゃあ…お願いしま~す…」




