第30話 そして夜会へ
「ヘルト?どうした、珍しいなお前がこちらに来るとは」
タリアが満面の笑顔で用意してくれた晩餐を丁重に断り、公爵の部屋を訪ねた。
「フォスターチ家とカサンドラの婚約話が浮上しているようですね」
「その話か。…これは先方からぜひ前向きにと、フォスターチ公爵が自ら持ってきた話だ。私とて、大事な娘を中途半端な家門に送り出すつもりは、毛頭ない。格式も名分も申し分のない案件だと思うが」
(公爵の言いたいことはよくわかる。だが…)
「フォスターチとグランシア…この両家はハルベルンでも有数の名家です。周りが騒がしくなるのは明らかでしょう。…王家の了承も得られるかどうか」
公爵はヘルトをじっと見つめた。しばしの沈黙ののち、やっと口を開いた。
「ならば…お前がグランシアを継いで、然るべき家柄の妻を迎えてくれれば問題はないのだが」
「俺は、グランシアを継ぐ気はありません。俺に《《正統》》な血が流れていませんから」
きっぱりと答えるヘルトに、公爵は苦い表情をした。
「…考えは変わらぬか。血などなくとも、お前は私の養子だろう」
「ですが、公爵家と血を継いだ男子が既におられるでしょう」
「あの子はまだ子供だ」公爵がため息交じりに言うと、ヘルトは頷いた。
「ええ。ですから、クレインが成人を迎えたら、俺を除籍してください」
あっさりと告げるヘルトに、公爵は切ない表情を見せる。
「…ならば、猶更カサンドラとユリウス公子との婚約を実現させるべきだ。長女のカサンドラにフォスターチの血族を迎えれば、二つの公爵家は姻戚関係となる。今、力をつけてきているフランベルク伯爵家や、その他の力が付き始めている爵位のある家に我が娘を嫁がせるわけにはいかないのだ」
「…地位も名誉ももう十分にあるでしょうに。この期に及んでまだご自身の娘を政治の道具に使うおつもりですか」
ヘルトの言葉に、公爵は一瞬目をそらした。
しかし、次の瞬間にやりと何かを思いついたように目を光らせた。
「ならば、お前がカサンドラの正式な夫となるか?そうすれば、名実ともにグランシア家の当主となりえよう」
ヘルトは一瞬、ほんの一瞬だけ鼓動が跳ねた。
だが、それをうち消すようにはっきりと告げた。
「何を馬鹿なことを。どこまで俺を侮辱するおつもりですか?」
「…そうか?まあ、その可能性も考慮して、カサンドラが誰の妻になるかは私が決める。…話はこれで終わりだ。今日はもう戻るといい」
「…失礼致します。父上」
去っていくヘルトを見ながら、公爵はため息をついた。
(…本当に、ヘルトが我が公爵家を継げば、私も安泰なのだが…ああも頑なにさせてしまったのは…私のせいなんだろうなあ…)
再びついたため息は、風と共に消えていった。
次の日のこと。
明日に控えた夜会の為、私はマダム・ベルヴォンの店にやってきた。
「まあまあ。ようこそいらっしゃいましたわ!!カサンドラ様!」
「お久しぶりです、マダム・ベルヴォン」
店に入ってすぐに店内を見渡してみるが、バルクの姿は見当たらない。
最後に顔を合わせたのは復活祭の時…その後、彼はどうなったんだろう。
「バルクなら本日は、ヴィヴィアン様と出かけておりますわ」
「そうですか。相変わらず仲が良いのですね」
私がそう言うと、マダムは少し難しそうな表情になった。
「‥仲がいい、というのかしら‥。バルクも以前ほど熱をあげていないようなので」
「何かあったんですか?」
余計なことを聞いてしまったかもしれないけど、熱をあげてない…ということは、どこか距離があるということかしら?
「確かに仲はいいのでしょうけどねえ」
「…?」
私的にはいい兆候だけど。
もしそうならバルクの場合、この先のヴィヴィアンとのフラグを壊すこともできないこともないかもしれない。
(とはいえ…なんか、バルクも本気っぽいし、それをぶち壊すのもなあ)
やっぱりなんだかんだで良心が痛むというのは本音だ。
ていうか、基本的に私は平和主義なのである…悪役には向いていない性格なのよねえ。
「それより、カサンドラ様。今度のドレスはどのようなものにされます?」
「あ…実は、急で申し訳ないのですけれど、フォスターチの夜会に出席することになりまして…」
と、その名前を出すと、マダムの表情がぱあっと明るくなった。
「まあ!!それはそれは!私はね、美しい方には美しいドレスと心の美しい方が一緒にいるというのはとても自然なことと思っておりますの!!!色などお決まりでしょうか?」
「い、色…」
うん、考えたことがなかった…。
この世界ってみんなどうやって服装決めてるのかしら…やっぱ流行りすたりがある者なんだろうけど。
しかし、そんな私の様子をマダムはお見通しのようで、にこやかに笑った。
「ふふ。ならば、カサンドラ様にとって、憧れの女性像というのは、どんなものですか?」
「憧れ…?あ!そう言えば、マダム。気高き誇りある令嬢の手引き、拝見させていただきました。…かっこいい女性!ステキだと思います!」
「まあ、あれを読んでくださったの?嬉しいですわ。私の後に続くように、女性も好きなことが出来る時代になれば、との思いで書きました。貴方のようなレディに読んでいただいて、光栄ですわ」
マダムはまるで花が咲いたようにほくほくと微笑む。
うーん、私のいた世界では結構一般常識なんだけどなあ。
「そうだわ!ならば今度のドレス、このようなものはいかがでしょう?」
「…?」
「ふふ。…実はね、私がカッコいい女性というのを考えてデザインしたドレスが一つあるのだけど…似合う方を探しておりましたの」
「カッコいい女性のドレス…?」
「カサンドラ様にぜひ来ていただきたいですわ!」
そう言って、マダムは少し得意げな笑顔で一枚のドレスを見せてくれた。
**
そして次の日。
遂に夜会当時となったわけなのだけど。
「‥あの~…ヘルト兄さま?」
「どうした?」
(いや、それはこちらのセリフなんだけど)
どうしたっていうか、ヘルトこそどうしたんだろう。
朝からいつもの訓練のメニューをこなすわけだが、ずっとヘルトは眉間にしわを寄せて考え事をしているようだった。
機嫌が悪いだけかもと思ったのだけど、そうではないようだ。
「あのー、体調が悪いのでしたら今日はこの辺にしておきますか?フェイリー、クレイン。そろそろ帰るよ!」
私が叫ぶと、離れた場所でクレインの素振りをじっと見ていたフェイリーがこちらにかけてきた。
とことこと駆け寄り、私の手をぎゅっとつかむ。
「ん?どうしたの、フェイリー」
「ねえ、カサンドラ。カサンドラはけっこんするの?」
「え?!まだしないよ!!誰から聞いたの?」
「んーと、クレイン。」
「こらクレイン!!昨日の調子でみんなに言いふらすのはやめなさい!!」
「え!いや、だって!!」
「それで、どうなんだ?するつもりなのか?」
もごもごとどもるクレインよりも、何故かヘルトの方が反応した。
(いきなり話に入ってこないでよ?!)
「…しませんよ。私は世界の平和の為に日々戦っているんです!」
「そうなのか?」
「そ、そう真面目に返されると返答に困るんだけど…もうー」
「では、断るつもりなのか?」
「そ、それは…できれば、そうならないようにはしたいですけれど…」
「……そうなのか?」
この納得いかない表情…でも、嘘は言ってない、よ?!
「うーんと…色々な未来予想図を展開中です!」
なんなのクレインもヘルトも!!
ほっとけってのよ!!するとフェイリーはにっこり笑った。
「じゃあ、まだけっこんはしないのね?!」
「う、うん…」
「えっと、もっとカサンドラとお話ししたい!だからまだけっこんしちゃダメだからね!」
「‥‥!」
なんてかわいいことを…!!
思わず感動してしまう。
「ありがと!!フェイリーをおいて、そんなことするわけないじゃない!」
「ほんと?」
「うん!結婚なんて、まだまだ先の先の話よ!」
「…そうか」
あれ?次の瞬間、何故かすっかりヘルトの機嫌(?)は治っていた。
…むしろ、ご機嫌のように見える。
これは、やっぱりフェイリー効果?!
にこにこと笑う和やかな兄弟たちをみて、私はなんとなくほっこりしてしまった。
が、しかし。
その夜――
「…あの~…どうして、ヘルト兄さまが礼服を着ているんですか?」
マダムベルヴォン考案のドレスに身を包み、いざ、戦闘開始!と玄関に降りた私を待っていたのは。
なんといつもの制服ではなく、きちんとしたタキシード姿のヘルトだった、
(おお…、スーツマジック?いつもより五倍程輝いて見える‥!!)
元々体格もいい上に、背も高く、騎士というだけあって背筋がびしっと伸びていて、まるでマネキンのようだ。…こういう姿は我が兄ながら本当にかっこいいと思う。
って、感動している場合じゃなくて。
「珍しいですね、兄さまが礼服を着て夜会に行く姿は初めて見る気がします。…どこかの夜会てすか?」
きゅっと白い手袋を嵌めながら、ヘルトはこちらを見た。
「普段なら絶対に社交界には一切顔を出さない。だが、同じ公爵家からの招待状があるというなら、話は別だ」
「え…同じ公爵家って、まさか」
「今日のフォスターチ家の夜会、俺もグランシア公爵の名代として、お前に随行しよう」
「ぇええ?!」
「何か不都合でも?」
「な、ないですけど…」
言いかけて、はっとなる。
嘘…私、ユリウスに一人で行きます(キリっ!)って、啖呵を切ってしまったんですけど、お兄様?!




