第23話 黒と白①
バルク・ベルヴォンは、楽しそうな喧騒の中で一人、ベンチに座って考え込んでいた。先ほどのカサンドラとの会話を何度も何度も反芻している。
(考えたことがなかったわけじゃない。)
ヴィヴィアンは、間違いなく、自分といるときと‥例えばレアルド皇太子といるときと全くの別人に思える。誰にだってそういうのはあるだろうと思っていた。
「でも…」
彼女に近づけば近づくほど、わからなくなる。
彼女を中心に回りだし、正常な判断がおろそかになってくるのだ。そして、まるで魔法にかかったみたいに、ヴィヴィアンに対して不満を述べる者に対いて攻撃的になっていく。それがいいこと、とはとても思えない。
「演技…か」
カサンドラ・グランシアの言葉には裏表はない。きっと、自分が放った問いに答えただけなんだろう。
「あ!バルク!ここに居たのね?もう探したよ~」
すると、向こうからヴィヴィアンが笑顔で手を振っているのが見えた。
彼女が着ているのは、バルクが先日贈った新作のドレスだった。‥見返りを求めるつもりもないが、かといって、それを当然のように思っていた自分に対して少し疑問を感じてしまう。
「ああ、ヴィヴィアン‥君に逢いたかったよ」
「うん!私も」
しかし、どれだけ頭で考えても、彼女と会うと、全てがどうでもよくなってしまう。けれども同時にカサンドラに際り際に言われた最後の言葉が胸の奥に突き刺さる。
――…ほんと、恋は盲目ってね。自分の心をなくす前に、一度よく考えてみたら?
(利益と不利益…ヴィヴィアンは‥自分に何を求めているんだ?)
***
「さっきの、ちょっと悪役っぽかったね、カサンドラ」
「でしょ?でしょ?!私もそう思う!!」
バルクと別れた後、鞄の中に隠れていたラヴィが顔を出した。だが私の顔を見るなり、心配そうに尋ねて来た。
「どうしたの?元気がないね」
「…ちょっと言い過ぎたかな、とも思うけど。ああいうのを目の当たりにすると、怖いね」
前にも思ったが、好きになればなるほど他がどうでもよくなるって‥呪いのようだ。
全身に毒が回っていき、自由を奪っていく。そうすると、心まで支配されてしまうのだろうか。
「そういえば‥ラヴィには話したよね、この間、変な魔物?みたいなものに襲われたって。」
「…ああ。私の知る限り、そんなものはこの世界に存在しない筈なんだ」
「でも、私のように…多分ヴィヴィアンもだと思うのだけど、《《来訪者》》がいる可能性は?」
私の問いに、ラヴィは答えない。
きっとラヴィにもわからないことなのだろう。けれども‥ラヴィが言っていたように、完璧なシステムの世界から軸がずれてきているということは、これからどんどんその歪みも大きくなるかもしれない。これからもっと不確定な問題が浮上してくるんだろう。
「…!ごめん、カサンドラ。僕は少し一人で考えてみる」
「?大丈夫なの?ウサギの状態で」
「心配しないで。‥君はヘルトと楽しんできてね」
「あ」
ラヴィはそういうと、ぴょん、と私の腕から脱走し、人ごみの中に消えていった。
「‥大丈夫かな?」
「サンドラ!」
ものすごいタイミングで、待ち合わせの場所にヘルトがやってきた。
「ヘルトにいさ‥」
「すまん、待たせたか?」
現れたヘルトは制服姿ではなく、普通の青のスーツジャケット姿だった。タイもスカーフもない、まさに普段着だった。
もしかして、わざわざ着替えてきてくれたのだろうか?
「さすがに制服で着たら色んな連中に捕まるだろうしな」
「なるほど、休みが仕事になってしまいますもんね…」
ふと、ヘルトと目があう。
彼はじっとこちらを見つめると、穏やかにほほ笑んだ。
「…本当は、来てくれないんじゃないかと思った」
「何故ですか?私は普通に楽しみにしてましたけど…」
「それならいい。…似合うな、その服」
「え?!ど、どうも…」
うう、眩しいっ!
(な、なんだか照れてしまう?!やっぱりシステム枠から外れたとはいえ、主人公よね!この人も!)
「ほ、ほめても何も出ませんよ?!さ、行きましょう!私、一度食べてみたいものがあったんです!」
そうして、私はヘルトと二人、並んで歩きだしたのだ。
「間違いない‥!さっきのはやっぱり」
ラヴィは短い手足を一生懸命伸ばして、街の中をかけていく。
人ごみをかき分けて進むのだが、ウサギの姿ではなかなか前に進まない。
先ほども見知らぬ子供に攫われそうになってしまったので、諦めてその姿を人に変えて走り出した。迷路のような路地裏を抜け、進んでいき、行き停まりにあたる。
「見つけた…!!」
そしてそこに佇む一人の男性。互いに名乗らなくても、どこにいようと、何をしていようと嫌でもその存在がわかってしまう、もう一人の自分。
「帽子屋!!!」
「おや。面白い気配を感じたと思ったら…君か。ラヴィ」
「ここで何をしている?!」
黒の燕尾服で、シルクハットを目深にかぶったその姿は、まるで鏡を見ているような錯覚に陥る。
帽子屋は被っていた帽子をとると、後ろに束ねた長く黒い髪が風になびいた。
「ありゃ、残念だな。君の大切な来訪者は今日は一緒じゃないのかい?あいさつしたかったんだけどなー」
「…あの子になんて絶対に会わせないよ、帽子屋。あの狭い空間に閉じ込めようとしたこと、忘れたとは言わせないからな!」
「そう怒んないでよ。今日はたまたまこうして様子を見に来ただけだし…、何か危害を加えようなんて考えてないって」
「…どうだか」
ラヴィがにらみつけると、帽子屋はおどけて見せた。
「つれないなあ、君と僕は唯一無二の兄弟みたいなもんだろう。仲良くしようよ?」
「どうしたって、お前と相容れることはない。私と君は、同じ存在だけど、全く異なる役割を持っているんだから」
帽子屋は残念そうに肩をすくめると、赤い瞳を細めて笑った。
「僕の存在意義は物語の存続と保存だ。僕の来訪者が世界の流れを正常に戻そうとするのなら、僕は彼女の障害を排除しないとならない」
「そうだとしても、彼女はこの世界において、生身のひとりの人間だ。‥僕らのように形亡き存在ではないんだ」
本当に、少し羨ましく思えてしまう程。ラヴィはその言葉を飲み込んだ。
「君はあい変わらず、莫迦だねえ。…大いなる意志の言う通りを心から信じてるわけだ」
「…何?」
帽子屋は、ラヴィを見ながらあざけわらった。
「全ての起こりうる出来事の流れを変えたとき、今とは全く異なる世界になるのだろうが‥その時、自分たちはどうなっているんだろうね?…考えたことはある?」
「‥もともと、私たちの存在意義など、曖昧で不確かなものだろう」
「……それでいいの?本当に?君のこと、あの子が忘れてしまっても?」
「それが必要なら、受け入れるよ」
これから先に何が起こるか…その答えは誰にもわからない。本当に消えてしまうかもしれないし、もしかしたら別の異なる形になるのかもしれない。
(でも、私はそれを知るためにも、できるだけカサンドラの力になりたい)
帽子屋と自分はまるで、光と影のようだと思う。どちらが光で、どちらが影なのかわからない。けれども、互いにカードの裏表のように存在しているのは間違いない。
「…変わらないものを見守っているより、一緒に動いて変えていく様子を見ていく方が、私は余程楽しいよ。そうしたら、私たちにはまた別の未来が待っているかもしれないんだから」
「ふうん…あ、そう。お前らしい」
帽子屋はつまらなさそうにため息をつくと、くるりとラヴィに背を向けた。
「‥帽子屋。一つ聞いてもいいかい?」
「なに?」
「私の来訪者が、先日自分の影から獣を出す片眼鏡の紳士に襲われたんだ」
ラヴィの言葉に、帽子屋は怪訝そうな顔で振り返った。
「‥どういうことだ?この世界にそんなモノ存在しない筈だろう」
「でも、実際襲われたらしい。…君が知らないというのなら、本当にこの世界は姿を変え始めているのかもしれないね。」
「……忠告、ありがとう」
持っていた帽子をかぶり直すと、ひらひらと手を振りながら煙のように姿を消してしまった。
「ふう、帽子屋も知らないとなると一体アレは…」
あの子がみた化け物についても、結局何一つ情報は得られなかった。
ふらり、と力が抜けるようにラヴィはその場に座り込んでしまう。すると瞬く間にラヴィの姿はか弱いウサギの姿に戻ってしまった。
「疲れた……やはり、まだ無理は出来ないか…」
まだ長時間魔法を使い続けるほどの魔力は回復していないのだ。
ウサギの姿のままコロン、と仰向けに転がると、空には満天の星空が広がっていた。手をのばせば届きそうな空に、軌跡を残して星が一つ流れた。
(この世界は本当にきらきらしていて、刺激にあふれている‥今度は人の姿になって、あの子と一緒に色々な所を見て回りたいなあ。)
今頃あの子はヘルト君と一緒にいるんだろう。それを考えると、なんだか胸の奥の方が少しチクチクした。
(まただ。もやもやする、これはなんだろう?)
明日、カサンドラに聞いてみようか?でもなんて聞けばいいのだろう?
そんなことを考えながら、ラヴィは静かに瞳を閉じた。




