第21話 戦う司祭様と、魔物たち
さて、今私の頭の中は疑問符だらけである。
(なななな!なにあれなにあれなにあれえええ?!!!)
多分私の覚えている限り、この『ヘヴンス・ゲート』というゲームは恐らく戦う要素というものはなかったと思う。
けれど、どうだろう。このニヤニヤうす笑いを浮かべているモノクルの紳士と、その人からどかすか出てくるこの黒い影の獣たちは何なの?!
「魔物か?…それとも」
しかし、そんなことはお構いなしといった様子で、ユリウスは三度懐から小さめのナイフを取り出し、影の犬たちめがけてひゅんひゅん投げていく。
それも百発百中で、獣たちに全て命中している。
(司祭って戦いは好まないんじゃなかったっけ?!超強いわこの司祭様!!)
私は咄嗟にフェイリーの眼を隠して抱きかかえ、物陰へと逃げ込む。
まさに蝶のように舞い、華麗なナイフさばきで影たちを退治していく姿は、まるで舞を踊っているかのよう。満月をバックに佇む姿に橙色の髪が風になびいてく。
あまりにもキャッチーな場面は、絶対ゲームだったらスチルになっているだろう。
「すご…っか・かっこいい!!」
「争いは好みません‥が!」
(こ、この人…こんなに戦闘上等!なキャラクターなの?)
まるで映画のワンシーンのようだと場違いながらもワクワクしていると、影の一部が人の形に変えて、私の背後に回ってきた。
「えぇ?!!」
「!カサンドラ様!!」
「そのまましゃがみこめ!サンドラ!」
そいつがまさに私に襲い掛かろうとしたその瞬間、反射的に言われた通りその場にしゃがみこむ。
頭上すれすれに誰かの回し蹴りが飛んできて、影は吹き飛ばされた。
「大丈夫か?サンドラ、フェイリー!」
「ノ‥ノエル…」
ぽかんと口を開けていると、この場にぱちぱちと、拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい。思った以上だね、君たちは」
片眼鏡の紳士は満足げにほほ笑むと、どこからか黒い布の塊が姿を現した。
「待て貴様!!」
ヘルトが踏み込むのと同時に、その塊をヘルトめがけて投げてきた。よけきれず勢い余って転倒するが、布はしっかりとその手にとらえていた。
「今宵はこれにて、退散するとしましょうか。それでは皆さん、ごきげんよう」
被っていたシルクハットを被り直すと、紳士の姿はまるで月の光に融けるように消えていった。
(なんていうか‥あの仕草。どこかで見たことがあるような気もするんだけど)
どこかで、あの優雅な仕草?というかたたずまいというか‥私は確実に知っている気がするのに、全く思い出せなかった。
すると、ヘルトが持っていた黒い布はうごうごと動き出した。そして…
「クレイン!!」
「う。うううっ‥ヘ、ヘルトにーさまぁ…!」
「坊ちゃま!!!」
「こ、こらーーん」
黒い布から顔だけ飛び出したクレインは、ボロボロと涙をこぼしていた。
「うわあああん!!!ご、ごめんなざっあうっうえええん」
「全く…このバカ!」
「あ、えっと公爵夫妻に知らせてまいります!」
「ああ、頼んだ。コラン」
まさにミノムシ状態のクレインを見て、私もほっと胸をなでおろす。
(…どうやら無事みたい。良かった‥)
「フェイリー、よかった。‥クレインも無事だよ」
「ほ、ほんと?」
ぎゅっと抱きしめていたフェイリーの小さな体はまだ少し震えているようだった。そうっと顔をあげると、ほっとしたように笑顔になり、フェイリーはまた泣いてしまった。
「‥サンドラ、君は大丈夫か?」
「ノエル。ありがとう…本当に私とフェイリーを守ってくれたね」
「そりゃ当然、俺の筋肉はそのためにある!」
「…そ、それはどうも」
「ノエル!」
フェイリーはノエルが来るなり私の腕から飛び出して、一目散に駆け出していく。
ぱあっと笑顔になると思い切りノエルに抱き着いた。
…結果、私の腕はすっかすか。なんだか物悲しくさえ感じてしまう。
(うぐ、‥少しか仲良くなれたかな‥?でもまあドレスも汚れていないし、良かった)
せっかくの形見のドレスだものね。絶対に汚すわけにはいかないもの。すると、なれないヒールと、中庭の柔らかい土の上という悪条件のせいで立ち上がろうとする私の身体はふらりと揺れる。
「ぅお、わ!」
すると、ジャストなタイミングですっと手が差し出された。…ユリウスだった。
「レディー、お怪我はありませんか?」
「は、はい。ありがとうございます」
息一つ乱さず、ユリウスは柔らかく微笑んでいる‥‥相当な鍛錬をしているってこと?司祭様なのに??
などと表情に出ていたのか、ユリウスは私をまっすぐ立たせたあと苦笑いをして見せた。
「…司祭でも、守る者がいればためらわず剣を抜くものです」
「ででも!すごくお強いんですね、素敵でした!」
「え…」
ちょっと中二病感が否めないけれど、間違いなく、ユリウスの戦っている姿はとても綺麗でかっこよかった。
「いいえ、そ、そんな。あなたが無事で何よりです」
「はい!とっても格好よかったですよ!」
心からの賛辞を贈ると、ユリウスは、わたわたと顔を真っ赤にしている。
…なんだか先ほどの戦闘シーンとギャップがありすぎて、まるで別人のように思えてしまう。…うーん、車の運転で、ハンドル持ったら性格変わる、アレな感じ?なのだろうか。
「‥ヘルト、いいのか、おい。あの二人」
「いいかといえば良くないが。…ま、まあ司祭殿だし」
それぞれフェイリーとクレインにしがみつかれながら、男二人はため息をついた。
「僕が誘拐されたとなれば、みんな協力して仲良くなれると思ったんです」
その後、私達の不在を心配した両親と合流すると、クレインはしょんぼりと企みの全容を家族全員にとくとくと説明した。
結果的にその企みは失敗に終わり、本当の事件になってしまったけれど、家族全員が仲良くなりたいという彼の小さな願いは、小さいながらも私たちに影響を与えたと思う。
(まあ、急には仲良くなれないけど)
そうして…復活祭の二日目を迎える。
今日は自身の家で過ごし、家族全員で女神アロンダイトに祈りを捧げる日。
少しだけぎこちない関係ではあるけれど、ちゃんと全員で晩餐をしたりして、いつもよりは家族で過ごす時間は増えたのかもしれない。
そして、三日目の朝。
「お嬢様!!うさぎさーーーん!!皆さまおはようございまーす!!」
アリーは今日も元気だ。
いつもの兄弟との早朝鍛錬(?)のあと、朝食をとっていると‥アリーがやってきた。
最近は鍛錬後の流れで、クレインとヘルトと三人でテーブルを囲んで朝食をとるようになった。
本日は、昨日までぐったりと動かなかったウサギの為に、白い皿にてんこ盛りの野菜も用意してあるのだが‥わき目もふらずラヴィは一心不乱にその野菜を食している。彼は、今どいう気持ちなのだろう‥。
「おはようアリー。どうしたの?随分とご機嫌ね」
「はい!今日を乗り切れば、明日お休みをいただいているので!」
復活祭というのは、基本的に国民の休日となっている。でも、アリーみたいな仕事《社畜の》の人たちは日にちをずらしてお休みを取るのが普通らしい。どの世界も同じなのね‥。
勿論、ヘルトのような街の治安を守る仕事《公務員》の人たちはそうもいかないのだが。‥警察(?)って大変よね。
「じゃあ、俺はそろそろ行く」
ヘルトが立ち上がると同時に、カラン、と乾いた音が聞こえた気がした。
どうやら落ちたのはヘルトのカフリンクスのようだ。
「あ、落ちましたよ」
しゃがみこんでカフリンクスを拾うと、すっと手が伸びてきた。
(?!近‥)
ヘルトの息遣いが聞こえてきそうなくらい至近距離になると、彼は私にだけ聞こえるような声で囁いた。
「‥今日、1800に広場の時計台で待ってる」
「‥‥え あ」
「ありがとう、‥ドレス姿でしゃがみこむと、裾が汚れるだろう。気をつけろ、サンドラ」
「は、はい」
ヘルトは何事もなかったように立ち上がると、着ていたシャツにカフリンクスをつけながらそう言った。
「いいなあ。僕も早く兄さまみたいにかっこよくブラウスシャツを着こなしてみたいなー」
「もう少し大人になったらな」
ぱっと周りを見てみると、アリーはご機嫌で鼻歌を歌っているし、ラヴィは一心不乱に緑黄色野菜と戦っている。‥誰も気が付いてないようだ。
(…う、これは‥みんなには秘密ってこと?)
赤くなる頬を誤魔化すように、私はなぜか咳き込んだ。




