第12話 見えない力と…帽子屋登場
「つ、疲れた…うぅ、まだ腰がひりひりするぅ…」
さて、その晩のこと。
ベルクとの例のやり取りの後、私は部屋に帰るなり早々にベッドにダイヴした。なんと言っても、あのコルセット。…昨今のご令嬢達は、あんなもんを毎日締め付けて苦しくないのだろうか?
「マダムは最新のオシャレアイテムよ!とか言っていたけど…はぁああ」
などと、文句ばっかり言っててもしょうがないので寝る前のチェックもかねて、最近のルーティンをこなすことにした。
「やれやれ…ぱらめーたー」
どれだけやる気のない声で発音しても、ちゃんと反応してくれるから、有難いことだ。ピッという機械音と共に、画面が表示される。
「あ…カサンドラの状態が疲労になってる。…ぼ、暴力令嬢って、何よこのネーミングは…もぅ」
せめて怪力にしてほしいものだ。
(もしかして…今日あのバルクをぶん殴ったせい?バルクのシークレットフラグが壊れたとか言ってたけど…)
指で画面を動かすと、全キャラクターの画面になる。
それぞれ色別に名前が書かれていて、その下に天秤のような模様と、皿の上には両方に赤ハートと青ハートがパーセンテージ表記されており、それぞれのっかている。
「赤がヴィヴィアンで、私が青だよね」
ヴィヴィアンの画面に移行するが、あいにく、彼女のパラメータは閲覧は文字化けしててよくわからない。
見れば、なぜかバルクのヴィヴィアン好感度の赤いハート数値は少し減っているようだった。
私の好感度の青いハートは、相変わらずバツ印が付いている。これがブロークンというものだろうか?
「はー…ほんとにゲームみたい。あ、ヘルトと…んん?なんでかな、ノエルの赤ハート、ブロークンしてる」
続けてみてみると、ブロークンこそしてないが、赤髪王子と、水色騎士はそれぞれ0%状態のままで、赤いハートにがっつり傾いている。
その他、残っているのはオレンジ色の『??』と、黄色の『??』だった。
「まだ『??』表記のまま。多分まだ私は全員会っていないから?…でもまあ、あちらも同じような物みたいね。好感度には変動がない」
オレンジは…多分橙神官と、黄色坊ちゃんだろう。ちなみに、これらの呼び名は、私が勝手につけた心の中のコードネームである。
だって、名前長いんだもの。
それにしても…こう見ると、私はまだ出会っていない彼らを探さなくてはいけないのだろうか?…引きこもりにどうしろと。
(それとも、急に道端でばったりとか?強制力とかで、そういうのあるのかなあ。殴ったときのバルクの様子もおかしかったし…)
「あーもーつかれたーねむーい…」
とかなんとか考えながらも、私はあっという間に瞼と瞼がくっついてしまったのだった。
そして…その日、私は夢を見た。
(…?)
ふと、眼を開くと、そこは…いつもの私の部屋だった。
大きなテレビ画面、大きなソファーに、白い壁紙の質素な部屋。手にはコントローラを、テーブルには『ヘヴンス・ゲート』のパッケージが置いてある。
ぼーっとそれを見ていると、消えていたはずのテレビがものすごいノイズと共に点灯した。
「?!」
思わず耳をふさぐと、暗い画面の向こうに、人影が見えた。
「…誰?」
思わず声をかけると、人影はゆっくりと振り返る。
すらりと背の高く、黒いスワローているスーツを身にまとう、黒髪にシルクハットのの青年。赤い瞳が印象の青年はにっこりと振り返る。
さっと帽子をとると、さらりと長い人房の髪が顔にかかった。
(おお…人間型ラヴィに負けないくらい綺麗な顔してる‥‥!!)
「初めまして、来訪者。…私はマッドハッター。」
「ラ、来訪者?まっとはったー…」
「いずれ、また」
妖美に口元をあげると、まっどはったーさんは煙のように消えてしまった。
まるで何か騙されているような、そう、こういうのは
「キツネにつままれた!!…っ…あれ?」
目が覚めた頃にはちょうど日が昇り始めた辺りだろう。
「夢…はぁ、まっぶし」
ベッドから見える窓の外の庭園には、白々とした光が稜線を描いている。陽光がまぶしくてカーテンを閉めに窓辺に立つと、下から声が聞こえた。
「カサンドラ、おはよう」
「!兄さま。おはようございます」
いつもの場所には、ヘルトが待機していた。
爽やかな笑顔の足元には嬉しそうにグランが尻尾を振ってこちらを見ている。と、いうことは…。
「あ、もしかしてついに克服したんですか?」
「今はグランに待機を命じているから、急に動かなければ問題ない」
「わんわん!」
(…まさかねえ?)
もしかして毎朝、ヘルトは私の部屋の下の庭園で待っていてくれたのだろうか?
いやいやそんなまさか。
とりあえず、私は動きやすい服装に着替えて下に降りることにした。
「昨日は派手にやらかしたようだな。‥侍女たちが噂していたぞ」
あの一連の出来事はすっかり広まっているらしい。
まあ、別にいいんだけども。これでも少しだけ反省しているのだ。
「…ちょっとやりすぎた感はありますけど。後悔してませんわ」
「それは頼もしいことで」
まず初日、ということで今日は少しの準備運動の後、ウォーキングを決行することにした。
「いきなり走るのはあれですし…マダムにも少し筋肉をつけた方がいいということでしたので」
グランのリールをしっかり操作してヘルトも隣に並んで歩きだした。
最初はあんなにぎくしゃくした一匹と一人だったが、グランは今やすっかりヘルトを飼い主と認識しているようで、お手からふせ、おかわりまできっちりいうことを聞くようになったらしい。
「‥番犬にするのもいいな。グランは賢い」
「本当に仲良くなったんですね―‥じゃあもう弱点克服は…」
「いや」
「え?」
するとピタリと足を止めてヘルトはこちらを真っすぐ見つめた。
「まだ本調子じゃないんだろう?‥サンドラは少し体を鍛えた方がいい」
「そ、そうですか??」
「何だったら、護身術を教えてやる。」
「ごしんじゅつ…ちょっと興味あります!」
本当にまるで私の専属トレーナーだ…一体私を何者にするつもりなんだろう。まあ面白そうだけど。
「‥そうか。とりあえずしばらくは少し歩いて持久力をつけるといい!」
「はい!」
心なしかほっとしたように笑顔を見せたヘルトは、どこまでも眩しく感じた。
と、突然がさがさと草むらが動き出して…
「僕も混ぜてくーださーい!!」
「クレイン」
「…なんだってここに」
クレインが現れた。
「お姉さまのダイエットの秘訣、教えてくださいますか?!どうせならみんなで頑張った方がこうりつがあがりますよぉ♪」
ややぽっちゃり体系のクレインは、にこにこと笑いながらこっちを見ている。
「‥何しに来た、クレイン」
「やだなあ、お兄様。毎日お姉さまと二人きりで散歩、なんて贅沢ですよー?僕も一緒に鍛えてほしいなー!」
「でも、確かにそれもいいわね!」
「サンドラ…」
そういえば、いつの間にかヘルトは私のことを愛称の『サンドラ』と呼ぶようになっていた。こういうのは、距離が近くなったようでうれしいものだ。
「よし、じゃあ毎朝一緒に体を動かすところから始めましょう!」
「はい!サンドラねーさまあ!」
ヘルトはやや面白くなさそうな顔をしているけど、気のせいかしら。
本当はこれでフェイリーも来てくれれば嬉しいんだけどなあ。
いつか家族全員仲良くなれますように。そんな思い込めて私は別邸の方を見つめていると…窓辺にいた小さな女の子と目があった。
しかし、女の子はびくっと小動物のように驚き、カーテンの奥に隠れてしまった。
(あれは、妹のフェイリーよね?)
「あのね、サンドラ姉さま」
「ん?」
「フェイリー、まだ、素直になれないだけなんだ」
「クレイン‥‥」
「ほんとは、フェイリーだって、姉さまや兄さまとみんなと遊びたいんだと思う。でも、ちょっと、まだその…準備ができないっていうか」
クレインは一生懸命フェイリーの気持ちを代弁してくれている。
…なんだか、その気持ちだけで嬉しくなってしまう。
「大丈夫だよ。…私も、急になれなれしくできないし。そのうち、ね」
「うん…その、僕のことは?」
「うん?」
「僕のことは…仲良くしてくれますか?」
「勿論」
「!本当?」
ぱっとまるで花が咲いたようにキラキラとした笑顔だった。
「だからほら、一緒に鍛えましょう!」
「…え あ、うん」
「なあに?歯切れ悪いわよー?」
「い、いやその ぼぼぼくは、そこまで鍛えなくても…」
クレインは徐々に顔色が蒼くなっている…のは気のせいよね?
「体を動かすのは気持ちいいわよ?」
「そうそう。ほら、立て。まずはしっかり背筋を伸ばすところからだな」
「兄さままで…」
そうして、和やかに、かつ厳しくハードな朝の訓練を終えたのだった。
ちなみに私のぜい肉は…いまだ健在である。
(うーん…食生活も改善しないとダメかな?と言ってもなあ、この世界のダイエット食って何?やっぱりサラダ?)
現代なら何となく想像はできるけど…ここは、似てはいるようだけど、和食ではないので正直なところ、よくわからない。
そして、やっぱり甘い物は食べると美味しいので、ついつい午後のティータイムは欠かせなくなっている。
「いや、これではまずい。まずのはわかっているのよ、でもね」
などとぶつぶつ言っていると、勢いよく部屋のノックをたたく音が聞こえた。この元気のいいノックは、きっとメイドのアリーだろう。
「カサンドラおじょーうさま!」
「アリー…やっぱり」
「お客様がいらしてますが…」
「は?客??私に???」
どうしよう、全く主当たる節がない。
「…?誰」
「誰って…そのぉ」
「え?何で顔が赤いの」
「私の口から言えません!キャッ!」
「キャって何?!なんなの!!」
何か誤解をしているようだが、アリーはもういなくなった。
「…ひとまず、行けばいいのかしら…」
仕方ないので、階段を降りていくと。
「あ、やあ!」
「…やあ?」
現れたのは、薔薇を持った紫色の髪の長身イケメンだった。
…すごい、こんなことしても絵になる人って、この世に本当にいるんだ。私は、妙なことに感心してしまったのだった。
そして、誰?と聞く前に私はこいつの正体を知っている。
「…ノエル・シュヴァル…」
そう、どこでどうしたかはわからないけれど、いつの間にかシークレット・フラグが壊れてた一人、つまりはヘヴンス・ゲートの登場人物。いわゆる、攻略対象キャラクターという奴だった。




