第114話 そして、私は
あと残り一話+a!
私が生れた時…この世界は初めて、一度逆行した。
その光景を、ガラス瓶の中でずっと見ていた。繰り返した時間の向こうで私は、運命と出会うことになる。
「やあ、元気?」
その少年は、ある日突然私の前に現れた。
もう来ないだろう思ったのに、彼は次の日も、そのまた次の日もやって来た。
硝子越しでのやり取り、言葉を交わすことはできないけれど、なんだか楽しくてどうにか意志を伝えれば、と頑張ってみて…ふわりと、砂の一つを動かすことができた。
「!…やっぱり、君はそこにいるんだね」
喜んでくれた。…もっと違うことができるようにならないかな?
でも、フィサーリはいつも一人。
ここにはたくさんの大人たちがいるけど、彼と同じ年頃の子供はいないのだろうか?私は喋れないから、彼は話すことをただ聞いているだけなんだけど、ある時彼はこういった。
「もう少しで、僕は消えてしまう…その前に、君に会えてよかった」
フィサーリが触れたガラスを触ろうとしたけれど、やっぱりできなかった。
「大丈夫、また会えるから」
(どうしてわかるの?不思議な子……)
どこ確信じみた言葉。その自信はどこから来るの?
けれど…その時はやって来た。
突然真っ黒い服装の人間たちがたくさんやって来て、武器を振りかざす。多くの人は抵抗できずにそのまま…ものが壊れる音や、叫び声、嫌な音が散々鳴り響いた後…突如、全ての音が消滅した。
(…何が、起きたの?あの子は…)
あの子はどうなったんだろう?会いたい。
そう強く願た瞬間、ビシ、と目の前の硝子が粉々に砕け散った。
(出れた!)
足元には、銀色のプレートで【Variant-V/38】と書かれていた。
硝子の外は自由だった。
まるで空気のようにどこまでも行ける。ふと、見ると…倒れた人たちから、白い光が抜けていくのが見えた。
(これは…この人の、もしかして魂…?)
それに触れた時、私は何かに引き寄せられるように引き込まれ…ヌルっとしたものを触った。
「!」
続いて、…何か錆びたような匂い、口の中でに広がる、鉄のような味。
「触覚、嗅覚、味覚…声」
―――想像よりも野太い声だったけど。
「言葉…」
そうか、私は身体を得た。
私自身が身体を持たないから、一度死んでしまった人の身体に入り込むことができる特性を…言葉を発することと同じように理解した。
「嘘…こんなの、初めて…っ痛」
けれど、欠点がある。
それは、その身体の今の状態のまま動かすことになる、ということ。
(けが…)
「この人、足をケガしてる。…直すのは難しそう、もうボロボロで潰れている」
(せっかく…体を得たのに)
身体から出る術を知らず、戻り方も分からない。
それでも彼を探そうと視線を巡らせると、天井まで届くような大きな砂時計と、小さな大人の身長ほどの砂時計が複数見えた。特殊なガラスで作られた砂時計達は…赤い砂礫がさらさらと音を立てて流れ続けている。
その光景はなんだかとても無機質で恐ろしく、強烈な後ろめたさが襲ってきて、目をそらしてしまう。
「ここに、戻りたくない…でも」
ふと、遠くの方で何かのささやき声が聞こえた気がした。
「…?」
音の方に向かって、上半身だけの身体で這いつくばっていく。
(痛い。苦しい。でも…)
やっとの思いでたどり着いた場所は、大きな細長い箱が並ぶ部屋だった。蓋は開いていたリ、閉じていたり。でも、どれも白い布がかけられていて…宝石のような花が添えてある。
その中の一つ、開いた箱を覗いてみたら…茶色い髪の女の子が眠っていた。
…箱の表面に名前が刻まれていた名前、それが――【VIVAN】だった。
「ヴィヴァン…?うっ」
突然全身の力が抜ける。まるで吸い寄せられるようにその少女の方に引っ張られていく。
『私に触らないで…!』
「?!…これは」
『私の身体はわたしのもの!!出て行って!!!』
「‥‥っ!!!」
次の瞬間、私はまた空を漂う空気に変わった。
(はじき出された…!)
起き上がった少女は、何度か荒く息をし、顔をあげた。
「生きてる…?!何、これ…?」
恐らく…この子が初めて見る光景は、凄惨なものだったに違いない。充満する血の匂い、倒れた人々の姿。…割れた砂時計。
「だって、私は…しんだはずじゃあ」
少女は何があったのかわからぬまま、茫然としていると…何処からか、多くの大人がやってきた。
「見つけた。この、子供たち?」
「!」
「お前は特別な子供。特別な使命を持って、誰よりも有能で高貴なる地位に就く権利を持っているのよ。感謝なさい」
「……ねえ、私の名前は?」
「そうね、アルファベットを一つ足して…あなたの名前は、ヴィヴィアンよ」
――それ以来、その子は連れていかれて…同じように眠っていた棺の子供たちも、皆そこから運ばれていった。私はその光景を、なすすべもなく、ずっと見ていた。
**
「どうしても気になって…あなたも、あの子たちも探したけれど、結局見つからなかった」
「君は、ずっと探していてくれたんだね」
「……だって、あまりにも突然だったから。でも、私はそれでようやく、あの場所から出ることができたの」
そこで…私はあの子に出会うこととなる。
**
再び、私はただの空を漂う塵となる。
その間に、何度も世界は不自然な力で逆行していく様子をずっと見守り続けていた。
長い長い時が過ぎ、もう疲れてしまって。そんな時、偶然迷い込んだ大きな森で、あの子に出会った。
「ふえぇ…っひっく、ヒック…」
大きな木の根元で凍えながら縮こまっている小さな少女。
雨がざんざん降っていて、綺麗な薄赤色の髪がぐっしょりと濡れて地面に張り付いている。
(このままでは死んでしまいそう)
この頃、私は命を失った身体の中に入れることを知っていたので、近くで命を落としたリスの姿を借りてその子に近づいた。
ばち、と空色の瞳がこちらを見る。
「リスさん…」
ただでさえ濡れている瞳が大きく見開き、ふさふさの尻尾を目いっぱいの力で握りしめられて、私は驚く。
「?!」
「うええん…おとうさま、おかあさま…」
(身体がとても冷たい、このままじゃ)
ふと、ある声が囁く。
――このままこの子を見殺しにすれば、この子になれるかもしれない。
――随分綺麗な洋服、きっと身分が高い子なんじゃない?
長い間、身体を持たずにいた私は、いつの間にか別の意味で一人ではなくなっていた。周囲に散らばる魂たちがよりどころを求めて私の一部になり、一つの意志になっていたから。
(なんでもいい。…誰かが死ぬのを見るのは嫌)
「カサンドラ!!」
「おーーーい!!」
遠くで聞こえるのは…この子を探している人たちの声だ。
「キッ」
「……りすさん」
(息が荒い…このままじゃ、この子、死んじゃう)
そう思った瞬間、その子の中に引き寄せられるように、私はその子になる。
「!!…ダメ」
死んでは、だめ。
「カサンドラ!!!」
「…おにーさ、ま」
(あれ…?)
不思議な感覚。
私の意志ではなく、身体が動き、心が揺れる。
まるで流れる映像をずっと見ているみたいな、そんな感じ。
(出れない…?)
ぎゅっと握った手をしっかりと握り返してくれる。
「カサンドラ…!大丈夫か?」
「おにー…さま…?」
「…このバカ…!」
それが暖かくて、涙が出そう。
そのまま彼女の中に融けて、私は私でなくなっていた。その子の奥でずっと心地よい眠りのまま存在していた。それでもいい、そう思っていたのに。
けれど…幾度となく繰り返していく時間の中で、事態を嘆いた女神は一人の少女と私の魂を長い旅に出すことにした。
そして私たちは、ヘルトが選んだ選択の先で目覚めることになる。
その過程で、カサンドラは自分で運命を切り開き、進んでいく。
そして私は、違う道を歩むこととなる。
「色々な人に出会った……繰り返される時間の中で、彼女を通して私はたくさん見てきた。そんな大事なこと、いつの間にか忘れてしまって。馬鹿ね」
「それくらい、二人は一緒だったってことだよね」
「…そうかな」
「でも…僕はまた、君と出逢えた」
改めてみるフィサーリは、まるで知らない大人の姿で、少し見慣れない。
(ラヴィの時もそうだけど、昔から、人をじっと見る癖は変わらないのね)
「わ、私が知っているのはここまで、この後…世界はどうなるの?」
「僕が一番最後に見た未来は今、この瞬間。…君と向かい合って話している姿だ。だから、これから先は誰も知らない、決まっていない未来になるんだろう」
「フィサーリ…」
「僕はそろそろ、行くよ」
「……行っちゃうの?」
すると、フィサーリは困ったように笑って私を見た。
「本当は、僕だって連れていきたいけれど…今、君はどんな姿をしていると思う?」
「…え?」
すっと顔を近づけて…カーネリアンの瞳に映る自分を見た。
薄赤色に、空色の瞳。
「あ…私は」
言いかけて、そのまま唇がふさがれた。
「…っ」
「…僕はここまで。でも、悔しいから、少しだけ君の心を貰っていくよ」
再びキスをされて、私はとんと肩を押された。
「フィサーリ…」
ああ、やっぱり、一緒に入られないんだ。
「!…わたし、あなたに会えてよかった!!…本当に、嬉しかった」
「僕も…ヴィラント」
「だから!…ありがとう!!!」
そのまま私の身体は落ちていく。
(遠くで…鐘の音が聞こえる。行かなきゃ)
「うわあああん!!カサンドラ様ぁっ!」
耳元で叫ぶこの声は。
「アリー…?」
「はい!!」
「今日も元気ね…」
「よ、良かったです…!死んじゃったかと!!皆さん呼んできます!」
「皆さん…て」
起き上がろうとするけれど、なんだか全身に力が入らない。
「う…」
「あ!急に起き上がろうとしてもむずかしいですよお。だって、五日間も眠ってらしたんですから!!」
言われてはっとなる。
「い。いい いつかぁ?!」
「そうそう!!地震があってー、先日の南部の土砂崩れも、その前兆だったという話ですし…色々とお疲れだったんでしょうってお医者様が」
「…ええと、あれ?」
南部に行ったまでは覚えている。けれど、でもその後が曖昧で…?!
何か記憶がボヤッとしているような…。
「カサンドラ様!!」
「え?…わ!!」
扉が開いた同時に飛び出してきたのは…涙目のユリウスだ。
そしてそのまま目いっぱい抱き着かれてしまう。
「よかった…!一時はどうなるかと」
「い、いい一時って」
「はいはい、起き抜けの病人に抱き着くのはちょっと紳士としてはどうかと思うよー?」
「…うるさい」
力づくで私からはがそうとしているのは…黒い髪の整った顔立ちの。
「アードラ?」
「はい、専属医のアードラ・ウィザードリィと申します。お嬢様、以後お見知りおきを」
「…へ??」
これは一体どういうことなんだろう。
何でここに堂々といるの??
「無事か?」
「あ…お兄様」
そして、複雑そうで…これまた、しばらく寝ていなさそうな表情の…ヘルトがやって来た。
「後の始末はレアルド殿下とノエルが何とかしてくれるさ」
「後の、始末…あ」
そうだ、砂時計は。
世界の滅亡は…?!
「えっと…ごめんなさい。記憶が、少しおかしくて…私は」
「カサンドラ?」
「…レアルド様と、廃村に行って…までは、覚えているのに」
そう、断片的な記憶は残っている。
でも…肝心なところが思い出せない。誰かととても大事な話をしたはずなのに。
それがとても切なくて、哀しくて…涙が出た。
(…思い、出せない)
白いふわふわで、赤い瞳の。
あれは…誰のことだったのか、まるで思い出せなかった。




