第113話 無形
鷹は砂時計をユリウスに渡すと、私の前にやって来た。
「ご主人様」
「アードラ…なんで」
「…全く、僕は君のことがよくわかるのに、君は僕を全く頼ってくれないんだから」
「…その」
私はなんだか申し訳ないような、そんな気分になる。
だって、私は。
「それより…見届けなよ。あいつがどういう選択するのか」
「え…?」
ユリウスは砂時計を持ち、じっと見つめる。
「……あなたは」
「さあ…天地を返すがいい。使い手よ」
「…!」
砂時計は後ちょっと、というところでぴたりと止まった。
「止まってる…!」
「今回の使い手は君だよ。…ユリウス・フォスターチ…この滅びゆく世界を元に戻すか…それとも。その選択は君にゆだねられた」
「兄上…」
「……」
ユリウスはただじっと砂時計を見つめている。
(これは、どうするのが…正しいの?)
砂時計を返せば、世界は元に戻る。
返さなければ、そのまま。
すると、突然足元がぐらりと揺れる。
「!」
「さあ、もうあまり時間がない」
(元に戻っても…ユリウスにとっては大事なものは)
ふと、ユリウスは私の目を真っすぐに見つめた。
「…ユリウス、様」
「私は…あなたを愛しています」
「!」
「誰かが犠牲になって、みんなが平和で…それが、本当に幸せですか?」
私の手を取り、唇で触れる。
「父も…グランシア公爵も、バロル国王も…ヘルト殿ですら、世界と誰かを天秤にかけて、世界を選んだのでしょう…でも。それは本当に正しい選択だったのでしょうか」
(もし正しいのだとすれば…彼らはもっと、今を悔やんで生きていない)
「私を…大切だと、思っていても…それは、違う」
「カサンドラ…」
「私は、あなたの愛するカサンドラ・グランシアではない。精巧に似た皮を被ったただの、化け物です…から。」
…手が、震える。
でも、私なんかの為に…みんなが犠牲になるなんて…そんなのは耐えられそうもない。
私は、次の世界でこそ、消えるかもしれない…肉体を持たないからこそ、何度も繰り返す世界を傍観することができた。でも――もう、いい。
「その想いは偽りで…!思い違いで…私は、あなたを愛してなどいないから」
するりとほどこうとした手は、再び握り返された。
「!」
「なら、どうして…泣いているんですか」
「…っ違」
「あなたがなんだってかまわない!私は貴方がいい…!今のあなたが!」
「やめて!!…砂時計を…戻してっ…みんなを」
「そんなことできるわけないだろう!!!」
…初めて聞く、ユリウスの大きな声。
「あなたがいない世界なんて…耐えられない…!そんな犠牲でしか成り立てない世界なら、いっそ滅んでしまえばいい…!」
「ユリウス…!」
突如、ガシャン!と大きな音が響く。
「…ふざ、けるな」
「兄上…?!」
「ふざけるな…ふざけるなふざけるな!!!返せ…早く時間を戻せ!!!」
続く光景に、レアルドは息をのむ。
「腕が…」
足元には、赤い石で作られた右腕が落ちていた。
「時間がない…早く、私はまだすべきことを終えていないんだ…!!」
アードラが一歩前に出て、ヒューベルトを見た。
「ヒューベルト…お前がすべきことっていうのは、この子のこと?」
さっと手をかざすと、そこから小さな光が飛び出す。
ふわふわと舞いながら、ヒューベルトの周りを心配そうに飛び回った。
「君は…」
「ヒュー…もう大丈夫だよ」
やがて光は集まり、一人の少女の姿になる。
茶色の髪の、赤い瞳の女性。…私は、かつて、あの子を見たことがある。
「ヴィヴァン…」
「私、やっと自由になれた。…本物の、聖女様のおかげで今、とても幸せ」
膝をつき、祈るような仕草を見せた少女は、そっとヒューベルトの身体に覆いかぶさる。
「…そう か。良かった…」
一度ぐらりと傾く身体をレアルドが支えた。
「…!」
「レアルド…」
「兄上…」
「その、剣」
レアルドの腰の宝剣は、ヒューベルトが触るとパッと光があふれ出した。
「!アロンダイトの…剣?」
「女神の骨でできたものは…女神の祈りによってのみ、打ち砕くことができる。…これは、王位を継ぐ者がその地位に就くとき、先代から受け継ぐ言葉だ。その言葉をお前に贈るよ」
「あれを…壊せ、と?」
「君達なら…きっと、正しい答えを見つける。お前は私がいなくなったあと…たくさん経験して、学んで、強くなったんだろう?」
「ヒュー…にいさ、ま」
「頼むよ。…未来を」
それだけ呟くと、激しい音を立てて身体が崩れていく。
「!ラヴィ」
アードラとノエルが駆け寄ると、半分壊れかけ、片目を失ったからだが震える。そして、見慣れたカーネリアンの瞳がゆっくりと開いた。
「彼は…満足して逝ったんだね…」
「ああ…!だからってお前まで…」
「僕は…僕こそ、最後にやらないといけない仕事があるんだ…」
「仕事って…」
「改めて問う。ユリウス…君は、砂時計をどうする?」
「!」
その問いを受け、ユリウスはきっぱりと答えた。
「先ほども言いました。…犠牲の上に成り立つ平穏は真の幸福とは言えない。これを逆転させないことで、世界が滅亡するというなら…それも運命。私は私の大切なものを、絶対に失ったりはしない!」
「…その言葉、しかと受け取った」
ラヴィがそう言うと、キラキラと光を放ち、宙を浮いていた砂時計は、吸い寄せられるようにラヴィの手元に収まる。
同時に、その輝きは失われた。
「レアルド君、さあ…君の仕事だ。その砂時計、ぶっ壊して」
「!本当にそれで?」
「…それが本当の正しい使い方なんだ」
「正しい…使い方?」
カラカラと、ラヴィの身体が崩れていく。
とても、見ていられない。
「ある時、悪魔がこの世界の秘密に気が付いてしまった」
「悪魔?」
「砂時計を返すことで、世界が変わること。そいつは世界を何度も繰り返し、都合のいいように作り変えていった」
一瞬何を言っているのか、全く理解できなかった。
「そんな…ことが」
「砂時計って、ひっくり返しても、中にある時間が戻るだけだろう」
「それは、わかるけど…」
「世界をリセットするって。…でも、リセットは、同じ出来事をくりかえすだけなんだ」
「繰り返す…?!」
ラヴィの言葉が、まるで鋭いナイフのように身体に突き刺さる。
『同じことを』繰り返す。それはつまり、このままじゃ何も変わらないということだ。
「何度も、滅んで。何度も蘇って。…同じ時間をくりかえす。その先に進むことは出来ない…ってこと?」
「そうだよ。でも、カサンドラ、君が変えていった。言ったよね、君が動けば世界が変わる…それが、君の物語だって」
「!」
(フラグ…!)
「それは…もしかして、同じように砂時計を返してしまえば…あの悪魔はまた」
ユリウスの声に怒りがにじむ。
「壊れた先は?」
「僕の力は、未来を見る。今、見えているのは明るい世界…この先の未来だよ」
「ラヴィは…どうなるんだ?」
アードラが聞くけど、ラヴィは笑った。
「いいんだ、これで。さあ、早く」
「わかった…」
コトン、と地面に置くと、再び残り僅かの砂が零れ落ちていく。
「行くぞ」
レアルドがすっと剣をぬく。
そして、そのまま振り下ろした―――
パキン、と乾いた音を立て砂時計が真っ二つに割れると、強烈な光が全てを飲み込む。私の身体もまた、融けるように消えていく。
「暖かい…」
走馬灯、というのだろうか。
ぐるぐると私の意識はまるでメリーゴーランドのように回っている。いいや、これは、この世界そのものの記憶?
「その昔、血の清算が起きる前のこと」
「!」
「言っただろう?僕とヒューベルト二人の能力があれば、世界の全てを見通すことができるって」
ふと、聞こえた声に振り向くと…そこには、金色の髪に、カーネリアンの瞳の青年がいた。
「…フィサーリ」
「みて」
彼が指さす方を見ると…複数の白い服を着た人間たちが何かを熱心に研究している。
「まだエイリアスという王家が存在していて…彼らは、旧き時代からある悪魔的な実験を行っていた。開祖となるのは、初代のエイリアス…つまりは、女神が生んだ子供たちのうちの一人だと言われている。」
人の身となったアロンダイトが死を迎えた時、夫である王は嘆き悲しんだ。悲しみの余り、女神を炎で弔い骨となった時、いつでもそばにいられるように…と、それを砕いて持ち歩いたのが始まり。
魔力が強すぎる砂が徐々に王の精神を蝕み、最終的には完全に狂人と化し、女神の復活を息子に託してこの世を去った。息子であるエイリアスもまた、異常な力を秘めた砂に魅入られ、そこで初めて【人間】を製造する禁忌の術を編み出した。
―――しかし、実験は成功しない。
そこで少しずつ、女神の骨粉を混ぜ込んでみると、形は異常でも人らしいモノが生れた。
「なぜだろう?命は誕生するというのに、どうして意志を持ち、形を保てないのだろう?…あ、そうだなら」
人間を使ってみるのはどうだろう?
そうだ、きっと…それなら亡くなった娘に再び会えるかもしれない!
「…異常な思考というのは、あるところまで振り切れると、それが常識となる。」
「……」
エイリアスも父と同様徐々におかしくなり、見かねた兄・ルベリアムはその骨を取り上げてしまう。しかし、頻繁に繰り返された実験によって、砂はほんの一握りしか残っていなかった。
そして、強力な術と魔法でその力を封じ、これが二度と人の手に触れぬよう、王家を継ぐもののみが触れるように、戒めとして一つの砂時計を作る。
「それが…起源?」
「そう…」
フィサーリが頷き、続ける。
「しかし…エイリアスは、諦めなかった」
己の欲と研究心を満たすために、女神を守護する信仰と組織を作り、自身の研究そのものを全て隠匿してしまう。
その知識は受け継がれ、時には【錬金術】という別の技術と混ざり合い、独自の進化を遂げていく。
自らも女神の血を引く者として、自身の身体を燃やして骨粉にし、次の世代へとつなげた。
もっともっと、もっと魔力を持つ粉を…もっと女神の血族の骨を!!
「…そうして、王家は異常な習慣を作る。王家の墓と称し、古い血族の遺骨を砕き、大きなガラスに継ぎ足していく。
継ぎ足して、継ぎ足して…大きな砂時計ほどの大きさとなる頃には、その悪しき習慣は美化され、名誉あることにすり替わっていった。」
「…そんな、事が」
「人の業は…とても深い」
実験は続き、時折生きた人間と見紛う程の【作品】が生み出されることもあった。とびぬけた才と魔力、そして整った容姿。
彼らはエイリアスの王家を名乗り、その血を徐々に広め…ハルベルンという国は年月が追うごとに繁栄していくこととなる。
しかし…薄まった血は、どんなに練成しても、形を保てずに無形の存在となる事例が相次ぐ。同様に、魂を持たない抜け殻のような身体が生れることも。
「―――そうして生まれたのが、この私…」
「ああ。ここで、僕が君に出会った」
予定として残り2話か3話で終わり!




