第112話 贄
「私だけ…どうして?」
「お母さん、会いたいよ」
「どうして!?なんで…あんなに頑張ったのに」
愛し合っているのに、どうにもできなくて死を選んだ令嬢。
家族に愛され、その想いを抱いたまま病で散った少女の祈り。
アカデミーの試験に合格して、明るい未来が約束されていたはずのなのに、事故で命を落としてしまった絶望。
報われない、祈りは届かない。
―――死にたくなかった。もっと、もっともっと…生きて
小さな叫びは大きな声となり、心には鋭い刃が突き出されていく。
それは生への欲望となり、やがて執着に変わる。
そして…最後には目に見えない影となり、身体を求めてさまよう無形の者に変化してしまうという。
(その塊が、この私)
形を持たず、さ迷っていたあの雨の日。私は森の奥で迷子になったカサンドラという一人の少女に出会った。
そして、今。
何度か目を瞬き、私は顔をあげる。
見上げた先にあるのは、黄金色に染まった空と、風にたなびく筋状の雲だった。
そして、心配そうにのぞき込む、カーネリアンの瞳。
「大丈夫…?」
「……ラヴィ」
ラヴィは私の手を取ると、立ち上がらせてくれた。
「…この、アローヴァに眠る強烈な力に君も呼ばれてしまったの?」
「私が生れたのは…ここだもの」
「……」
「たくさんの人が遺した想いや、誰かの祈りが生んだ心の寄せ集め。私は、そう言う無形の存在だから」
「サンドラ…」
「あなたが…その身体にヒューベルトとラヴィと、二人が共存しているように」
ラヴィと向かい合うと、長い影が映る。
「私の中に、カサンドラはいないけれど」
「でも…僕は君を知っていたよ」
「…?それって、どういう」
はっと我に返ると、遠くからこちらに向かってくる二人の影。
―――レアルドと、ノエルだ。
「どうして…ここに」
「サンドラ…」
「ごめん」
ノエルは、どこか気まずそうに視線を逸らす。
「見つけた…それに」
「レアルド……」
緊張した面持ちで、レアルドはラヴィを見る。
「…久しぶりだね。ノエル君、レアルド君」
「……あなたは、兄上ではないのですか…?」
「正確に言うと…僕は僕で、彼は中にいる」
「…知ってるよ」
ノエルはうつむきながらぽつりと呟く。
「勝手に…出ていきやがって」
「ノエル君…ごめんね、急に姿を消してしまって」
「…さっきまで、色々なものを見てきたんだ」
ちら、とノエルは私の方を見た。
「ノエル…?」
「ラヴィ、…お前がオレにした依頼、覚えてるよな?」
「勿論」
「なら…見つけたぞ、お前のこと」
そう言って見せてくれたのは、一冊のノート。
「グラセル・エイリアス…エイリアスって…!」
「二つの王家があって、一つは血の清算で根絶やしにされた。その後…本当に、ごくまれに生き延びた奴もいる、俺みたいにね」
「え?!」
思わず声をあげてしまう。…緊張感のある場面なのに。
「…続けるよ。その中で、最後の継承者…失われたその名前を、グラセル・エイリアスが書き残していた」
びく、とラヴィの肩が震える。
「その名前は…フィサーリ・レヴィ・エイリアス。ラヴィ…お前のことだ」
ひゅう、と風が吹く。
その名前を聞いて、私も思いだしたことがある。…正確に言えば、私の中にある無形の存在の内の一つ、だけど。
(フィサーリ…?!そうか…彼は)
奥に眠っていた古い記憶は急激に蘇り、私は過ぎ去りし日を思い出す。
「ああ…懐かしいなぁ。その名前…誰かに読んでもらうのは本当に久しぶりだ」
「ラヴィ…いや、フィサーリ。俺はお前とヒューベルトがどんな係わりか知らない。でも、俺が知ってるのは、ウサギのラヴィ、お前だけ」
ラヴィの言葉を聞いて、ノエルが頷く。
「そして…この砂時計が存在する、本当の秘密も」
「!サンドラ…大丈夫か?」
「ごめん」
ボロボロと涙がこぼれる。
ずっと昔のこと。
暗闇の中、まどろむように眠っていた【私】が目覚めた時…フィサーリは、私を見つけた。
「ねえ、ずっと僕を見てたよね?」
変わりゆく歪な世界で、大きく見開くカーネリアンの瞳は、じっとこちらを見ている。
(…まさか)
金色の髪はまるで、天上から差し込む太陽の光のよう。
その子供は、大人たちがいなくなった隙を見て、こちらにやって来て、そっと手を伸ばしてきた。
「僕の名前はフィサーリ。君は?」
それは、私がまだ実験段階で形を持っていなかった時のこと。
硝子の入れ物の中で、私は彼と出会った。
「……」
(何か伝えなければ、と思うけれど…残念だけれど、今の私に身体がない。
声も出ないし、ここにいるよ、って合図もできない)
「…?あ、しゃべれないのかな。でもいるよね?」
どうして、私が見えるの?
何で、ここにいるの?
ここはどこ?
色んな疑問が浮かんでくる。
「大丈夫。…いずれ、話せるようになるから」
フィサーリと名乗った少年は、にこやかに笑い、とんとんと私の目のまえに立ちはだかるガラスをたたいた。
ああ、せめて身体があればいいのに。
声を出す喉があれば、あなたに触れることができる手があれば。私が中途半端な存在じゃなくて、人間であれば応えることができるのに。
「でも君の名前、見つけた。―――ナンバーVの38」
「!!」
その時、赤い宝石の粉がたくさん入った大きなガラスの瓶の中にいた形を持たない私は、突如として朧気だった意識が【個】になったんだ。
ぐっと涙をぬぐった先にいた、ラヴィがほほ笑む。
「ノエル君…君に報酬をあげよう」
「……報酬って」
「世界の、秘密」
「!」
そう言って、ラヴィが取り出したのは…銀色の砂時計だった。
それを見て、レアルドの表情がさっと青ざめる。
「それを…なぜあなたが!」
「言っただろう?僕とヒューベルトは違うけど、同じ、なんだ」
「…兄上…と?」
「この身体…」
ラヴィがそっと手をかざすと、手のひらには赤い亀裂が走っているのが見えた。
「それは…」
「赤い宝石でできている。…研究記録があるということは、行ったんだろう?赤い結晶の研究所…女神の墓に」
ドクン、と私の身体の何かが波打つ。
(女神の墓…そうか、私が生れた…じゃあ、きっと)
ノエルは…レアルドは、気が付いたんだろう。
私が、【カサンドラ】ではないことに。思わずノエルとレアルドと二人の顔を見てしまった。
「オレは、オレ達は色々なものを見て来たよ。…砂時計がどうして作られたか、何によって作られているのか…赤い結晶と、それに伴ってできた、子供たち…その中に、君とよく似た少女がいたよ。あの、聖女様も」
「……そう。なら、気が付いたよね。…私は」
「違う!!」
「ノエル…」
「君は君だろ…?」
泣きそうな表情は、とてもノエルらしい。
(本当に…私がカサンドラ本人だったらよかったのに)
「この砂時計は、落ちれば世界が滅亡する代わりに、ひっくり返せば世界の時間を戻すことができる」
「…昔、父上に聞いたことがあるけれど、ただのお伽話だと思っていた。でも本当…だったとは」
言いかけて、レアルドはっとなる。
同様に、ノエルもまた。
「でも、ただじゃないだろう?…俺は散々見てきた。【等価交換】を」
「そう…本当は、女神の過ぎた力を使わぬよう戒めとして、時の王が次代の王への警鐘として遺したものなんだけど…ある王が法則を破った。それが、今世のバロル・ルベリアム…君のお父さんだ」
「?!父上が…?」
「この砂時計は、使い手を選ぶ。一度時間を戻すためには強烈な魔力を必要とするから、より力のある者を選んでその使い手が最も大切に想う人を贄とする。そう言う特性があるんだ」
「贄…って」
「もう、時間があまりない…僕はこれを、この繰り返す世界を終わらせ…っ」
「ラヴィ?!」
一瞬、苦しそうに顔をゆがめた。
その瞬間、ラヴィを取りまく雰囲気が一変した。
「私はヒューベルト…君と話していたのはずっと彼の方だったから。初めまして、だね」
「…レアルドのお兄さん」
「兄上?」
(本当に、別人みたい)
瞳の色だけじゃない、雰囲気も。
顔も服装も変わらないのに…何もかもが違って見える。
「君の言う通り、私とラヴィは共存している。互いの役割を振り分けて、互いの目的のために行動している」
「あなた達は…目的がそれぞれ違うの?」
「…私は、失った恋人を救うために。彼は、この繰り返される歪な世界そのものを壊すために」
「壊す…?」
「…私は過去を、彼は未来を見ることができる。それは、王家に連なる者が持って生まれた特性の一つ。だからこそ、今何をすべきか、どれが最善か…私達はわかるんだ」
「……本当に?」
何故だろう。
彼の張り付いた笑顔を見る度、底知れない恐怖を感じてしまう。
探るようにヒューベルトを見つめても、張り付いた笑顔は仮面のようでよくわからない。
「あなたの失った恋人って…もしかして」
「…人の生命力を結晶化させた赤い石と、女神の骨粉と…人間の骨髄を混ぜると、何ができるか知っているかい?」
「!」
「人工的に作られた生命体…つまりは、ホムンクルスさ。この身体と、彼女と君と同じように…人間のふりをした化け物だよ」
ラヴィと同じ笑顔でつづられていく言葉に、ゾッとする。
「…否定は、しない」
「彼女は…かつて、この楽園で行われ続けたおぞましい実験の過程から生まれた、哀れな魂の一つ…君と同じように」
(ヴィヴィアン…あの子も、私と同じ)
「だから…私は、今度こそ、彼女を介抱させてあげたいと思っている」
ヒューベルトは何かに気が付き、にっと笑った。
「レアルド。良く、ここまで来てくれた」
「……目に見える者だけを信じろ。そう言ったのは、あなたです」
「ここにある真実…女神の砂時計から生まれた、数多くの生命たち。運命を弄んだすべての根源…それがこの砂時計」
「あなたは…私に何を望んでいるのですか?」
「言っただろう、終わらせてほしい、と」
赤の混じった白い砂が残っている上の部分はもうほとんど残っていない。
思わず見たヒューベルトの表情は変わらない。目が合うけれど、彼はその表情をまるで崩さなくて、少し怖い。
(何を考えているの…?!)
「これが落ち切った時…この世界は滅亡してしまう」
「砂が落ち…」
すると、空から一枚の羽根が下りた。
「!」
上空から鷹が急降下し、ヒューベルトの手から砂時計を奪う。
「間に合った…!」
「ユリウス!」
「来たか…今代の使い手」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます、
あと2話〜3話で終わりです。
aiにこの話の世界観を文章化させてみると、意外な発見がありました…試してみてくださいw




