第109話 覚悟を問う
「…俺が今まで見た事のある赤い瞳の人間は、フラウと、ヴィヴィアン・ブラウナーだけですが…そのほかは」
「皆、死んでしまったんだろう」
「え?」
「‥‥このバツ印」
レアルドはたくさんある資料の一枚を取り出して見せた。…そこには、ある一人の少女の成長過程が記された記述だった。
あその少女の記述は、最初の日付から最後の日付まで約9年ほどの書かれた後、最後の9年目に赤いバツ印が付けられている。
「さっきの本に、全てが成功するわけじゃないと書いてある」
「亡くなった…」
「ああ、…この書類【魔力の結晶化と、流出、抑圧についての研究結果】について。恐らくその必要な材料というのが、これに書かれている赤い石なんじゃないかな」
「赤い石ってまさか…」
「この文書通りなら、人間の魔力と生命力を人工的に結晶化させたものだと思う…信じられない話だが」
「……まさか、血の清算を起こしたのは」
ノエル自身、その事件のせいで、自分の身内を失った。
今に至る未来まで、歩んできた道は決して平たんではない。それを思うと、憤りを感じずにはいられない。
思わず片手で顔を覆うと、深く息を吐き、深呼吸をする。
「…じゃあ、たくさん聞こえるこの声は」
言いながら、はっとなる。
「もしかして」
ゆっくりと視線を動かし、入り口の方を見る。
…あのがらん、とした広場に置かれた巨大な砂時計。さらさらとまるで誰かが泣いているように聞こえる悲しげな音は、彼らの無念なのかもしれない。
「亡くなった子供たちは――」
ノエルが苦し気にそう呟くのを見て、レアルドは思わず目を伏せた。
そして、ふと女神の砂時計を思い出す。
「そう言えば…あの砂時計は、何を計っているんだ?」
「計る…?」
「そもそも砂時計は、時間を測るものだろう」
「それは…」
「…この本に、【計画】とあったな。ヒューベルトの身体を使って、復活させることが計画だとして…その後、どうするつもりだったんだ?」
「筆者はグラセル・エイリアス、この日記が言う家紋というのはエイリアス。エイリアス王家の復活…それと、フィサーリ?」
「……どちらにせよ、兄は無理やり逆法で復活させられた、ということになるわけだが…中身はどうなんだろう」
二人の間に沈黙が訪れる。
「…俺は、悪役の気持ちなんてものはわかりませんが…物語でも、なんでも、悪役というのは目的があるでしょう?世界征服とか、なんか、そういうの」
「そ、そうなのか??」
「あ…」
(しまった。王子殿下は俗話を読んだりしないんだろうな…)
「ま、まあとにかく。今の状況が計画通りだとして…グラセルが言っているのは、ヒューベルトの身体をした人造人間が王に統べる事…それが、最終的な到達地なのかな、と思ったんです」
「ヒューベルトの…それは、もしや」
「ラヴィも、赤い瞳でした。…俺は最初、ラヴィが造られた存在だとして、もしかしたらヒューベルト、という人間をベースにとか…そう言う存在かと思ったんですが」
ノエルが知る限り、ラヴィとよく似た存在のアードラも…かつては赤い瞳だったと聞いていた。
しかし、それはカサンドラがアードラという存在と契約を交わしたからだと、そう言っていたのを思い出す。
「実は…ヒューベルトはどうかわかりませんが、ラヴィは元々このフィサーリという名前の人間に近い存在だったのかも」
「…だが、兄は」
レアルドに忠告をしに来た彼の瞳は自分がよく知る色と同じ色だった。
「じゃあ…もしかして。一つの身体に二つの魂が存在している…?」
**
同じ頃。
ユリウスとヘルトは王宮にいた。
(王宮内だというのにこの静けさは…)
いつもは行き交う人々の姿が多くあり、たくさんの人の気配を感じる場所にも拘らず、今はまるで水を打ったように静けさに包まれている。
ビロードの絨毯が敷かれた長い廊下は、等間隔に並べられた黄金の燭台のせいでどこか不気味に見える。
先を行くヘルトは、まるでその場所に何度も行ったことがあるかのように、一度も迷うことなく突き進んでいく。
その姿に違和感を覚え、思わず声をかける。
「…黒曜の間に行ったことが?」
「……過去で」
「その記憶は、どこまで残っているんですか?」
「断片的に、だな。全体的にはどこか明晰夢のようではっきりとしない」
「…そうですか」
「使ったものはその直前の戻した世界の記憶を持ち合わせている。だが、それは次の回帰が始まると、どこか朧気に記憶に残っているんだ」
カツンカツン、と二人の足音だけが広い廊下に響く。
2人が王宮内に入った時、先ほどのユイナの雨のせいか、ほとんどの人間は気絶しているか、眠っているようだった。
ただ一つ、例外だったのは…国王陛下である、バロル・ルベリアムと、その王妃はすでに正気を失い虚空を見つめたままぼうっとしているだけで、何を呼び掛けても反応がなかった、ということだ。
「これまでの流れは…ほぼ同じ、なのでしょうか?」
「俺が知る限り、陛下と王妃様がああなっていたのは、初めてだと思う。黒曜の間に招く辺り、父上と公爵閣下は既に知っているのだろうが」
「……」
振り返らずにヘルトが答える。
(…彼は今、どんな表情でいるのだろう)
何を考え、何を思うのか。
ユリウスにとってヘルトは、ある意味自分の目標のようで、憧れでもあり…同時に、一番負けたくないと思う存在だった。
だからこそ、尋ねずにはいられなかった。
「…一つ聞いてもいいでしょうか」
「……なんだ?」
「ヘルト殿。あなたは…カサンドラ様を愛していらっしゃるのでしょうか」
「……」
ぴたり、と足が止まる。
「聞いてどうする?」
「私の知る限り…カサンドラ様は、あなたに信頼を寄せているように見えます。それが、親愛だとしてあなたはどうなんだろう、といつも思っていました」
「……俺は、兄として」
「兄として…本当に?」
「……」
「あなたの覚悟を問いたい。…ヘルト殿」
「覚悟、だと?」
「私は…彼女を愛しています。たとえ、彼女がもしも別の世界へと旅立ったとしても…必ず取り戻します。私を取りまく身分や地位、全て捨ててカサンドラ様の元へ行きます」
「ユリウス…」
振り返ったヘルトの表情は、硬い。
「もう一度…あなたは、カサンドラ様を愛していらっしゃるのですか?」
「お前も…それを、聞くのか」
「…私は、あの方が幸せであればそれで構いません。もし、お二人の間にそう言った感情のやり取りがあったとしたら」
「…あったと、したら?」
(あったとしたら…それは)
「……私は、潔く引きます。お二人が幸福になれるよう、一人の人間として尽力しましょう」
「……」
実直な性格故か、ユリウスは真っすぐこちらを見据える。
…その視線を受けては、嘘や偽りなど付けるはずもない。一度開きかけた口を閉じ、ヘルトは目を瞑る。
やがて、短く息を吐き、続けた。
「例えば…サンドラが何かとてつもなく大きな流れに呑まれそうでも、どんな状況でも、俺は彼女を守る」
「…はい」
「…だが、サンドラは。―――あいつは、俺に何も言わない。何か大きなことに巻き込まれていたとしても、絶対に俺を頼ることはしない」
「ヘルト殿…」
「…感情に、名前を付けるなら、俺の想いは【愛】と呼べるだろう。でも、それをあいつに押し付けることなど、絶対にしない…それが、俺の覚悟だ」
「あの方がもし同じ…」
「ユリウス」
ぴしゃり、とヘルトはユリウスの言葉を遮る。
「!」
「最初から、その資格を俺は持っていない」
「……ヘルト殿」
「答えになっているか?」
「……」
思っていたものよりももっと深い何かを感じ、ユリウスは言葉に詰まる。
言葉を紡ごうとした瞬間、凛とした声が響いた。
「お待ちしておりました。ヘルト・グランシア殿」
「!」
長く続いていた廊下がやっと終わり、突き当りにある黒塗りの扉の前では、レアルドの従者であるルイスが恭しく頭を下げて待っていた。
「…見たことがある顔だ」
「お久しぶりでございます。ユリウス様には一度お会いいたしました。…主より、あなた方がきたら丁重におもてなしをせよ、と言い使っております」
「…もう中に?」
「はい。フォスターチ公爵閣下、グランシア公爵閣下お二方はもすでに来られています」
そう言うと、ルイスは鍵の束を出し、黒曜の扉の鍵を回した。
開いた扉の先で二人を出迎えたのは、ハルベルンの双肩と呼ばれる二人の公爵の姿だった。
ヘルトの顔を見るなり、グランシア公爵ロッシはにこやかに笑う。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
「…その分、一連の事件に関して大まかな道筋は見えております」
「そうか…それと、ユリウス・フォスターチ。君も、来たんだね」
「お久しぶりです。…それと」
ちらりとユリウスは反対側に座るゲオルギウス・フォスターチの姿を見た。
「なぜ、お前が?」
「……私も知る権利があると思いました」
「ほう?」
「残念ながら、祖父が深く関わっているようですから…自分の身に流れる血を呪いたくなります。…まあ、直結のあなたはもっと、複雑でしょうが」
「ふん、化け物の考えなど、到底わかるはずもない。…理解しようとすればするほど、自身も化け物に近づいていくだけだ」
(化け物…)
ユリウスの知る【化け物】とは、兄や腐りきった神殿の幹部たちのような、人外の獣の仮面をかぶった連中のことを指している。
ふと、それに気が付いた時ある大きな違和感を感じた。…ファルケン・ビショップは化け物か否か?ということ。
「……全てではないにしても、私は、少しだけ共感できる部分がありました」
「共感?」ゲオルギウスは目を見張る。
「祖父が錬金術に傾倒したのは、女神ではない別の神…ノンネームドに共感したからでしょう」
「…神、か」
「私も、女神に懐疑的でした。だからこそ、最終的に神官ではなく、騎士を選んだのです」
「ユリウス…」
「あなた方は…ヘルト殿の言う、時間逆行をどれくらい体験していらっしゃるのか。…とても興味深い」
そう言って、懐からファルケン・ビショップの手帳を出した。
「それは?」
「その手帳に、ファルケンが造り上げた人工生命体…ホムンクルスについて記載があります」
「……」
「あなたもご存じだったのでしょう?この手帳には、繰り返しファルケンが時間を遡り、その過程で得た知識が凝縮されている。…もし、奴の繰り返される逆行を女神が認めたというなら…私はやはり、女神アロンダイトの存在を否定することとなるでしょう」
ユリウスの返答が気に入ったのか、ゲオルギウスは口元に笑みを浮かべた。
「私が知る限り…この世界は7度め、だな」
「え…?」
「全ての原因は…お前が嫌う、女神神話の裏に隠された真実から生まれた、創世の女神神話から成る、砂時計の物語から始まっている」




