第108話 悪魔と鬼畜
「そこに、地下に行く階段が見えるんだ」
「ぐっ…そりゃ、俺も気にはなりますけど」
正直、ノエルとしてはいち早くこの場所を離れたい。
先ほどから、耳元で目に見えない者達が色々な声や音を訴えてきて、頭痛がひどい。だがしかし、同時に全ての秘密の正体がすぐ目の前にあるのだ。その好奇心に抗うことはできない。
(…王子の護衛も仕事の一つだし…)
悶々と悩むノエルをよそに、レアルドはすたすたと前を歩いていく。
「……わかりましたよ」
地下に下がる階段の先にある扉を開くと、途端に強烈なかび臭い匂いが流れてきた。
「うっ…凄まじい匂いだな」
「単純に墓地のようなものを想像していたんですけど…、想像以上ですね」
そこは、ノエルの予想を裏切るものだった。
燭台や地面がむき出しになっている様な場所ではなく、近代的な研究所のように見える。
人ひとり横たわれるくらいの大きさの固い硬質で出来た板のようなものに、試験管やフラスコやビーカーのような実験器具も一通りそろっている。
当然ながら、人の姿はなく、机の上の書類のようなものや、壁に張られたメモ紙などは、そのまま残されていた。
僅かに読み取れるものを手に取って確認してみると、よくわからない記号のようなものの羅列ばかりで、さっぱりわからない。
(‥‥コレは記号なのか?暗号なのか…)
「これは数式だな。女神と共に伝わったという古い文字だ」
「さすが…」
「残念ながら専門外だ。…ただ、魔法を使うときに見る陣の文字と似ている」
そう言ってレアルドが手に持って見せたのは、光を失った手のひらサイズの赤い宝石だった。その石はなんだかおぞましく、ノエルは触れるのをためらう。
「その石、何か変じゃないか…?」
「…残念ながら、実はそこに大量にあるんだ」
「大量に…って」
そう言ってレアルドが指さしたのは、半開きになってい扉の奥。床には赤い石のようなものが大量に転がっているのを確認できた。
どうやら、更に奥にある部屋は、こういった赤い石が保管されている倉庫のような場所らしい。
先を行こうとするレアルドを制し、ノエルは先に歩く。
「何かあってからでは遅いんで」
「あ、すまない」
「ありがとう、の方が護衛としては嬉しいですけど」
「…ありがとう」
慎重に扉を開き、中を窺う。
足元に転がっているいくつかの赤い石が積みあがった山を越えると、大量に赤い石が詰め込まれた袋が並ぶ。その傍らには複数の机が並び、一番奥の机の上に机に突っ伏した状態でいる人影が見えた。
「…元・人間、だな。骨と皮しかない」
「相当月日がたっている…ここの研究者か?」
ミイラ化した遺体の主は、紋章が刻まれた白衣を身に纏っている。
ずっと締め切っていた地下室の部屋だからだろうか、全体的にかび臭く、風の通りもないため干からびてしまったようだ。
「…この紋章…エイリアスか?」
「うちの元のご先祖は…碌なことしていませんねえ」
骨格からして、どうやら男性のようだ。
レアルドはミイラが着ていたボロボロの白衣のポケットをまさぐる。
「…よく平気で触れますね?」
「グローブ越しだし、気にするほどでもないだろう」
(面白い王子様だな…)
「…見つけた」
「何を?」
「手帳、とあとは鍵」
「…ちょっと失礼」
ノエルは損壊しないようにそっとミイラの身体を動かし、机の中を物色し始める。引き出しは横に上・中・下の三段になっており、鍵のかかっていない引き出しからは、大量の資料を見つけた。
「魔力の結晶化と、流出、抑圧についての研究結果…」
バインダーのようなものに大事そうに挟まっている書類の束をパラパラとめくると、そこには年齢が様々な人たちの名簿があった。
「名簿?」
「…随分と古いな」
名簿には顔写真と全身像、アルファベットの頭文字、年齢、性別、それと共に何かの経過が日付と共に書かれ、赤いペンで×印がかかれていたり、〇印が書かれていた。
それぞれの写真の人物たちが一体誰なのか、どういう経緯でファイリングされているのだろうか。
「10歳、15歳、17歳…4歳まで。子供が多いな」
その一枚、年齢が6歳と記されたひとりの女の子の写真が目に入る。
その少女を見た途端、ノエルとレアルドはその目を疑った。
「……これは」
ノエルは思わずレアルドの顔を見てしまう。…思った通り青ざめている。
その写真の少女は、茶色い髪の毛で、『V』女性と記されており、赤い丸印がつけられている。
そして赤い瞳を持つ、幼さの残るこの少女の顔立ちは、ある人物に酷似している。
「…ヴィヴィアンに似ている…日付は、10年前?今で16歳」
「他には?」
更にパラパラとめくるのだが、そのノートに乗っている写真を見た途端、ノエルは激しく後悔した。
あるページで大きく丸印が記された写真の人間は、薄赤色の髪をしていて、瞳は空色。
「…まさか」
その姿は、まぎれもなく幼いカサンドラ・グランシア、本人の姿だった。
思わず二人で顔を見合わせる。
「これは…何の名簿だろう?共通しているのは、皆目が同じ赤色、ということくらいか」
「―――これはオレの憶測だけど」
ややしばし間をおいて、ノエルは慎重に言葉を並べる。
「推測?」
「この子供たち、×印と〇になっている子供たちがいるだろう、…この【V】と書かれた少女も含めて」
「ああ。…カサンドラには特に徴がないが、ヴィヴィアンの方は…」
ぱらぱらと紙をめくって見せる。
「…大きく〇がつけられているが」
「殿下は…うちのバーに来た時、赤い目のウェイターを見たでしょう。…この彼」
その内の一枚に映った一人の少年を指さす。
「f…?」
「…〇がつけられた子供たちの中に思い当たりそうな人間が複数いる」
ノエルの言葉に、レアルドは目を見張る。
「それはつまり…生きているということか?」
「そうこいつ、この【F】の子供。…オレの秘書に似てる」
「…確かに」
「確か、あいつは孤児だったな」
「それはつまり…いや、ちょっと待て」
「ハルベルンは豊かな国です。…けれども、どうしても貧富の差というものは存在している。…年間にどれくらいの子供が生まれ、どのくらいの人間が行方不明になっていることか」
ノエルはこの国で指折りのギルドの頭領。
尚のこと、この国で起きている裏側の格差というものをよく知っているのだ。
「…確証があるわけではありませんが、さっきの手帳…何が書いてありますか?」
先ほどミイラから弄り出てきた手帳を取り出してみるが、装丁がボロボロになり、中を開いても引きちぎられた紙片が挟まっているだけで、およそ字と判別できるような記述は見当たらなかった。
「こちらは報酬なしだが、この鍵…もしかして」
一番下の引き出しの鍵穴に挿し込むと、カチリという音が鳴る。
「開けるよ」
「はい」
カチリ、と音が鳴り引き出しを開けると…中から一冊の分厚い本が出てきた。先ほどの手帳とは変わって保存状態はかなり良く、赤い装丁には走り書きのようなサインがあった。
「グラセル・エイリアス署?…これは」
ページをめくると、ハルベルンの紋章が刻まれているだけで、中は白紙だった。
「白紙?」
「……少なからず魔力も感じるから、なにかの封印がされてるかもしれない」
レアルドがそれを手に取り、中身を確認してみる。
パラパラとページをめくっても、まるで何も書かれてはいなかった。
「これは…本当に書かれていないのか、それとも…」
一ページ開いた拍子に指先が切れ、赤い血がにじむ。するとそこにうっすらと文字が浮かび上がった。
「!ちょっと待って。殿下、これ…文字では?」
「なるほど…」
そう言うと、指先から膨らんだ赤い水滴を再びぽたりと紙の上に落とす。と、とたんに何も書かれていなかった白紙のページに赤い文字が浮かび上がる。
「なんと魔法的な…」
「血の封印だなんて…悪い予感しかしないが」
言いながら二人で中身を検分する。
レアルドはパラパラとページをめくっていき、その内容に言葉を失った。
「‥‥‥これは、多分、日記だ」
「日記?」
ノエルがそっと覗き込むと…決して流麗とは言えない字が乱雑に書きなぐられていた。
「10月27日、素晴らしい検体が手に入った。長年の研究がついに実を結ぶことになろうとは…って、どうして研究者達っていうのは、こう、勿体ぶって律儀に文章にまとめたがるかね」
ノエルがため息混じりに言うと、レアルドはうなだれながら、一言呟いた。
「10月…兄のヒューベルトが亡くなったのはおそらくそのあたりの日付のことだ」
「!まさか、検体って」
「その日のことは実際あまり覚えていないんだ。…本当に、なにかに邪魔されているような、記憶自体が曖昧で不確かだが…秋の頃だったのは朧気にある。だから、もしかしたら」
「…続きを見てみよう」
———10月28日
原因は馬での落下による事故死、ということらしい。
身体の状態は極めて美しく、外見からは傷痕などまるで見当たらない。
ただ、心臓の部分は傷があるのが気にはなる。ひとまず、血の清算による遺体はほとんどストックも尽きたし、まるまるあの最後の貴重な石で補うことにする。本当に、そうすれば、我が家紋が復活するのも夢ではないかもしれない。———
「遺体のストック……だと」
「ノエル…」
「人の命を…なんだと」
「…落ち着け。気持ちはよくわかるが…私も君も、もう傍観者ではいられない」
「…わかっていますよ」
「続きを読もう」
———10月29日
今日、例の錬金術師がやってきた。
憎き仇であり、我が一族を滅ぼした張本人のくせに。だが、奴の助力がなければこの計画は成功しない。しかし、構わない。どうせ私も長くはない。ならば、全ての可能性をこの赤い石とこの身体にかけてしまうとしよう。いずれ、私も女神の懐に抱かれ、仲間と共にあの時計の中で眠ることになる。
「…最後の方、日付が飛んでるな」
———3月7日
実験は成功した。
彼はしかるべき時に然るべき存在となって復活し、仕事をやり遂げることだろう。
この結果を、我が息子、フィサーリに捧げる————
「仕事…それに、フィサーリ、とは」
「整理してみよう。この日記に、一応四人、登場する人物がいる。『研究者』と『錬金術師』『ヒューベルト』『フィサーリという息子』、それと…赤い石の正体」と、レアルド。
「血の清算の遺体を使ってとあるから、つまりは……赤い石は全てつまりは元人間、ということになると…錬金術師で当てはまりそうなのは、ファルケン・ビショップ…か」
「そして今、存在している兄上…ヒューベルトは人工的に作られて蘇らせられた人間、ということだ」
(だから…兄上は、終わらせてほしい、とそう言っていたのか)
「まさに悪魔の所業…。ならばここでは鬼畜の実験が行われていた、ということになるな」
「…そうなりますね。…ックソ!あの爺…」
「人造生命体の材料が…人骨と、その赤い石とは」
なるほど、とレアルドは口の中で呟くと、瞳を閉じた。
「この研究所には、材料が全部そろっているな」
そして、二人はテーブルに並べられた赤い瞳の子供たちの写真を見る。
「この写真の子供たちは…形はどうあれ、この廃神殿で生まれて旅立った。ある者はオレの秘書のように人に紛れたり、ある者は…ヴィヴィアン・ブラウナーのように」




