第101話 化け物VS化け物
始まりは、四月のこと。
新しい『巫女』の誕生のニュースが国を駆け巡り、それを祝う祝賀パーティーが開かれた。
ノエルと祝賀会で遭遇し、いつものように、他愛のない会話をしていると、大広間の方で妹がひと悶着を起こしていると聞いた。
…気が付いた時、その足は玄関口の方に向かっていた。
(もうすぐ、くる)
やって来た後姿を見て、ヘルトはその時確かに感じた。
いつものやり取り、いつもの会話。
そして…それがやがて確信に変わる。また、逢えた――と。
「…既視感、だと?」
「ええ。あなたは覚えているはずですよ。この世界を逆戻したのは貴殿なのですから」
「…逆、戻す?!」
アードラは思わずヘルトを見る。
「どういうこと…?」
「……」
「沈黙は、肯定…と、なるわけだけど」
「人間は常に選択をし続けて生きている。生きている時、誰もがあの時こうであれば、と。そう思う瞬間があるだろう?…ヒューベルトのように。なあ、リオンよ」
「…!僕はアードラ。リオンとは違う」
「いいや、同じだよ」
ファルケンの瞳にギラギラと燃える光が見える。
「私が何度も繰り返す世界の中でたどり着いた究極の完成形…それが、お前とヒューベルト!!!お前達の身体を作ったのは紛れもなくこの私。すなわちお前だって私の作品なのだよ、リオン!!」
ファルケンはアードラの全身を嘗め回すようにじっと見つめ、満足げに嗤った。
「それにしても、よくできた身体だ。リオンも私に感謝していることだろう」
「誰がお前に…っ」
「お前だって願ったはずだ。欠陥のない、完全で完璧な身体を」
「…!」
「身に覚えがあるだろう?」
「ふざけるな…!僕は僕だ。…リオンの一部であることは認めるけど!でも」
「その形を精巧にするために、多くの骨を使ったよ」
その言葉に、絶句した。
ファルケンが口にした【願い】は、覚えがないわけではない。
(間違ってはいない、けど…予想通りとはいえ、こんなのは)
「錬金術の究極。賢者の石、知っているのだろう?」
「…は?」
「正しき世界で、死を迎える直前…私は成すべきことも成せずに死ぬことを恐れていた。しかし、死の直前、私は昏き影に触れ真の闇を識ったとき…世界の道理と摂理の究極を理解した。【大いなる意志】は、私に何度も繰り返しの世界を旅する権利をもたらしたのだ」
「権利って…」
「【大いなる意志】は知識の象徴である賢者の石の生成を学ぶチャンスを与えた!…神の作品を、この私が再生することに成功したのだ!!」
(こんな奴の話…まともに聞いてたら、頭がおかしくなる。そこに、真実はない)
元をたどれば、アードラをはじめ、ラヴィもファルケンもこの世界を構築する機能の一つだったということは知識として、持っている。
しかし、その知識が正しいという確信もない。
不確かなものや言葉にできない感覚などは当人にしか理解しえない。
それがたとえ間違っていようと、それを【道理と摂理】と言い切ってしまえばそれが当人にとっての真実になる。それを他の誰かが証明する手立てなどありはしない。まさに『悪魔の証明』だ。
「それ、神じゃなくて悪魔の間違いじゃないの?」
「は!神さえ私は既に超越している…!これで、我が作品がこの国の王となれば…ついにそれが証明されるのだからな!!」
(コイツと話していると、こちらまで頭がおかしくなりそうだ)
要するに神だのなんだの口に出したところで、こいつは自分しか信じていないだけの話だろう、と思う。
「【大いなる意志】とは、女神など霞む程素晴らしい存在なのだよ!!」
まるで謳うようにファルケンは告げる。
「……一つ、聞きたいのですが」
すると、今まで黙っていたユリウスが口を開いた。
「あなたの言う時間繰り返す権利、とは?それはあなたが傾倒している錬金術がもたらす奇跡ですか?それとも…違う別の何かですか?」
「……この世界は、砂時計のように何度も繰り返し、繰り返す運命の牢獄そのもの。それをもたらすのは、アロンダイトの祝福という奇跡…女神すら、神となった私を容認したのだろう」
「神…ふ はは!」
そう言うと、ユリウスは口元を抑えて笑った。
その様子を見て、ファルケンは不快な表情を見せる。
「…ユリウス、何がおかしい」
「いいえ…すみません、つい可笑しくて」
「……何?」
「そのアロンダイトの祝福とやらも…運命そのものを変えることはできないのですか?例えば、あなたが病で死ぬ運命とか」
「!だが、私は生きている。…繰り返しの時間で、研究を繰り返し、研鑽を繰り返し実験を繰り返し…!!そうして!今!私はここにいる!!!」
「…アハハ!ご苦労なことで!何度も繰り返さなければならぬほど無知だったとは。そのみっともないまでの努力が実ってさぞご満悦でしょう?毒公爵殿!」
ついに声を出して笑うユリウスに、アードラは何となく恐怖を感じた。
(…え。こいつ正気?)
ヘルトも同様で、目の前で起きている出来事を信じられない様子で見ている。
「…お前達フォスターチをこの帝国随一の家門にしたのは誰の功績だと?」
苛々とした表情のまま、ファルケンはユリウスをにらみつける。
その視線を真っ向から受け止めてもなお、ユリウスは笑うのを辞めなかった。
「嫌だなあ…老人共はすぐに過去の栄光に縋りたがる。あなたこそ勘違いしているようですが、あなたが時代を変えたのではない、ほとんど先祖代々受け継がれた暗殺術の毒薬のレシピでしょう?」
「だがその毒薬をさらに研究し、唯一無二の物を作ったのはこの私だ」
「唯一無二な物を作れたのは、先人の知識が詰まった錬金術というものをご自身がたまたま掘り起こしてそれが毒薬のレシピと合体したまでのこと。あなた自身では何も生み落としていないではありませんか!」
「貴様に何がわかる!!!」
「何も。化け物の考えなど常人には到底理解できませんから」
続く舌戦に、アードラもヘルトも呆気にとられてしまった。
(うわ…化け物同士で戦ってる…ってそう言えば)
ふと我に返るとアードラはゆっくりと視線を動かし、机の上に転がる異様に光る赤い球をそっと手に取った。
「自分の死の運命すら抗えず、神を愚弄する錬金術に傾倒し、最終的にまた神に縋る…誰よりも運命の牢獄にとらわれているのはあなたご自身でしょう?なんと憐れなことか…」
「…言わせておけばッ!!」
カッとなり、ファルケンが杖を振りかざす。
その隙にヘルトはファルケンの懐に飛び込み、当て身をくらわす。
「どんな化け物だろうが、腕力はこちらが上だ…!」
「な…?!」
ガン、という音と共に、ファルケンは床に倒れ込む。
同時に、ユリウスは手近にある椅子を持ち上げ、窓ガラスを粉々に砕く。
「鷹!火を起こせ!!」
「?!…なにする」
言い終えるより前に、ヘルトは更にもう一撃ファルケンを吹き飛ばす。
そして、ユリウスは胸元から指の長さほどの小さな筒状の物を取り出し、粉のような物を空中に放り投げる。締め切った空間だったものが、窓ガラスを割ることで風を起こし、粉は霧散する。
「火薬…?!」
「早くしろ!」
「わ わかった!!」
「貴様…!やめ」
アードラが魔法で巻き起こした炎は風を受け舞い上がり、散らばった火薬を刺激し…ドン!という激しい音共に爆発した。
鈍い音共に二階から飛び降りる形になった二人と一羽だったが、騎士としての訓練を常時行っているヘルトとユリウスにとっては造作もないことだった。
華麗に着地すると、風圧で飛ばされそうなアードラの足をユリウスが掴んだ。
「…やれやれ、ユリウス、あの小馬鹿にした煽りはわざと?」
「別に。…あの異形は、ファルケンの形をしている別の存在だろうと思い、鎌をかけただけ」
「カマ…って」
「私の知る限り、ファルケン・ビショップという生きていた人間は、神という存在を真っ向から否定し、そこに芯のようなものがあった。それが、あの異形には感じられない、…ならば、ただの記憶の入れ物、例えばそんな存在かと思っただけです」
「記憶の入れ物、ねえ…」
「…私は、一度あの異形に自身が祖父だと認知させてしまった。ならば、それを完全否定するのも、また私の役割でしょう」
「ふうん…」
「それよりも…」
言いながら、ちらりとヘルトを見る。
「繰り返す時間とやら…ヘルト殿は何かご存じのようですが。私たちが生きているのは今、この瞬間の世界です。時間を逆戻したと言われたところで…それを知らない我々はその時間を過ごす。それが前を向く、ということ」
「…ユリウス、お前」
「あの程度でくたばるとは思えませんが…腕力でダメージを与えられるなら、或いは殴り倒せば始末できるかもしれませんね」
それを聞いたアードラは苦笑する。
(やっぱ、ユリウスも相当だよなー…カエルの子はカエル…)
とはいえ、どこかたくましく感じるのは、この身体の元の主の感情の名残かもしれないと思う。
「一度、王都に戻りましょう。これについても調べてみたい」
ポケットから黒い手帳を取り出して見せる。
それを見て、ヘルトも苦笑して胸元に入れていたノートを取り出した。
「参考になるかはわからんが」
「…安心しました」
「?」
「あなたは、まだ諦めていなかったのですね」
「運命の因果律…という奴だな」
「それは?」
「…なんでもない。それよりも、鷹、お前はどうする?」
「どう、とは?」
「…」
「多少驚きもするし、やっぱりな、という複雑な想いもあるけどね」
けれどもたとえ、ファルケンに何を言われようとアードラは自身の存在意義は絶対に揺るがない。
「出自はどうあれ、僕はリオンであり、アードラでもある。」
「…認めるのか」
「フン、分からない?この世界に僕が居る理由なんて、あの子の側にいる為に決まっている。例え世界中が彼女の敵に回ろうと、‥‥例えば彼女が誰かの元へ行くことになったとしても傍にいる。重いと言われようがそんなもの知るか。僕がそう、誓ったのだから。」
手に持っていた赤い宝石はきらりと輝く。
「ただでは転ばないか」
「当然。…何か、わかればいいけど」
そして、空に想いを馳せる。
(ご主人様。…会いたいな)
この想いを、今すぐにでも伝えらえたら…そう、思った。
お読みいただきありがとうございます。更新頻度は遅いですが、呼んでくれたら幸いです。
また、ブックマーク、評価等誠にありがとうございます。精進します!




