第99話 視えざるものへの探求
「…おい、ユリウス」
「もうすぐ着きますので、ご心配なく」
ため息交じりにヘルトが呟くと、上空を飛ぶ鷹のアードラが呑気に声をかけてきた。
「ねー、本当に行くつもり?」
「…それで、何故人語を操る鷹までついてくる?」
「僕だってご主人様のところに行きたいさ。でも…どうせ僕の力が必要なんだろ?ユリウス・フォスターチ」
「……ああ」
「この方向は…フォスターチ領の方か?」
「まあ、多少遠くはありますが…我々ならば、もう到着するでしょう。これから私たちには必要な情報がそこにあるはずです」
なんだかんだで一日中馬を走らせ、既に日は暮れかけている。ヘルトはやや深めなため息をついた。
「…それで、必要な情報とは?」
「ファルケン・ビショップ…あの耄碌爺について我々はもっと知るべきです」
「も…耄碌爺」
馬で駆け抜けるユリウスは、前方の広大な森をにらみつける。
(ファルケンに力を与えさせたのも、奴が原因で状況が悪化の一途をたどっているのも、私のせいだ。…カサンドラ様まで)
本当は今すぐにでも、彼女の元へ駆けつけたい。
自分以外の異性が傍にいるだけでも腹立たしいのに、それを招いた一因は自分にある。そう思うからこそ、徹底的に調べるべき、と判断したのだ。
「この先にあるのは、フォスターチ家の管理する植物園と、祖父が晩年を過ごした研究所兼邸が遺されています」
「研究…まさか、錬金術の?」
「はい」
そんな二人のやり取りをみながら、アードラもまた複雑な思いを抱えていた。
(…秘密の、更に深淵。自分のことを知らないままいるのは嫌だ。でも)
怖くないと言えば、嘘になる。
ふと、ある場所を通過したとき、なんとも形容しがたい妙な気配を感じた。
「あれ、昼間だと少し不思議な感じがする」
「!さすが、というところか」
アードラの鋭い言葉に少し感心してしまう。
「…この森全体にある種の魔法がかけられています」
「魔法?…なるほど」
アードラはそういうと、ぐるりと回りを見渡した。
「道迷いみたいな幻惑の術…か?正しい道のりを進まないと入り口に戻されるっていう」
「正解です。この森の正しい道のりを知っているのはフォスターチ一族の直系血族のみ。血に纏わる魔法の様です」
「!」
「…ユリウスはわかるのか?」
「まあ、ほとんど直感のようなものですけれど、…こちらです」
ユリウスをはじめ、フォスターチの血統の者がこの森を歩く時、不思議と迷うことはなかった。
例えば、フォスターチ家に長年仕えている一族のだったり、血を分けた傍系の者達でも、決してこの森の正しい道順は分からない。
地図もないこの森では、目に見えない何かの力が働いているのだ。それを思うと、アードラはまた複雑な心境になる。
(さっきの不思議な感覚は…もしかして、この身体の)
最近、妙な感じがする。
今まで、いくら探しても見つからなかった、この身体の主の存在。自分の内側に何か自分とは違う別の何かが同居しているような、そんな感覚。
アードラには、人間が必ず持っているもの【心臓】というものがない。それでも、何かが高ぶるようなこの感覚は、それに近いのかもしれない。
「着きました」
「ここは…古い洋館のようだが」
「ええ。ここは、かつて私の祖父、ファルケン・ビショップが晩年を過ごした館…例の紫スズランや、貴重な薬草などもこの植物園で採取が可能です」
「…いいのか?ここに俺を連れてき…」
「あ、ヘルト殿」
「?」
「足元のその草、毒薬の元となるのでお気を付けを」
「……」
さっとその場を引くと、ユリウスは苦笑する。
「この場所は、誰でも簡単に足を踏める場所でもなし―――無礼に入り込んでも、この温室にたどり着くのは不可能に近いでしょう。ご存じですか?この森が一般では何と呼ばれているか」
「…人食いの森」
「そう言うことです。さ、行きましょう」
すると、バサバサと羽をばたつかせアードラはヘルトの肩に止まる。
「……おい」
「飛ぶのって結構疲れるんだよね…ちょっと休ませて」
「………」
悪びれなく言うアードラに呆れながら、ヘルトは何も言わなかった。
(うーん…前にご主人様が、ヘルトは生粋のお兄ちゃん気質と言っていたけど…面倒見がいいんだろうなあ)
「祖父について改めて調べた時、気になる記述を見つけたのです」
「気になること?」
「祖父個人の記録というのはほとんど残っておりませんでしたが‥フォスターチ家に関する歴代の記録の中に、祖父の残した研究文書が残っていました」
フォスターチ家には、門外不出の歴史が記されたものが数多く残っている。
一族に連なる者達は、あらゆる方面に多岐にわたって分家が存在しており、それぞれの役割を持っているが、その中でも【記録】を受け持つ分家が膨大な全ての文書を何かしらの形で保存しているのだ。
「ファルケン・ビショップは、歴史上の表に残っている功績から毒公爵として名高いですが、あくまで『毒』は、彼の研究の成果ではなく一族の歴史から生まれたもので、それがたまたまハルベルンの王家にとって役に立ち、容赦なく利用しただけに過ぎません」
記録から見ても、『毒』はフォスターチに昔から伝わるもので、ファルケン個人の功績というよりも、歴代の一族がもたらしたレシピや薬学の知識による功績が大きい。
「容赦なく利用…」
「ええ。…もちろん、ファルケンの知識があってこその功績には違いありません。ですが、彼はそれよりももっと深く研究した項目があるんです」
「深く研究…?」
「魔法と錬金術の関りについて、だそうです」
記録係は言っていた。
「ファルケン・ビショップは天才です。それは本人も自覚していたようで、彼の研究を理解するには時代が追い付いていない程でした」と。
「一つ聞きたい。お前の言う錬金術というのは、一体どういうものを指す?」
「錬金術は単純に鉄を金に変える研究と一般的に言われておりますが、その研究は人ならざる者達、目に見えない事柄への探求と知識です。…魔法と似て非なる物ですが、同一とする考えが一般的でしょう。」
ハルベルンには、古来より『女神神話』と一緒に『魔法』も伝わっていた。
ただ、目に見えない『魔法』の原理は難解で誰にも理解されず、時代と共に廃れていった。しかし、『錬金術』に関する文書が異国より伝わり、その関りについても次第に注目を浴びていくこととなる。
それが今から50年程前のこと。
時は流れ、現国王の後継争いが起きた二十年前。
女神神殿の力が強くなると、『錬金術』や『魔法』は、女神固有の力による非現実的で根拠なきもの、それを人間が理解しようとするのは傲慢だと排斥する動きが高まった。
「神殿の軋轢により、権威ある研究者たちはこぞって処罰の対象となり、多くの知識人が日の目を見ることなく処刑台の露と消えていきました。その際、失われた実験や実績は数えきれない程と言われています」
「そして…二十年前の血の清算。失われた功績を神格化した【旧信仰】は、エイリアス王家が受け継いだとされているが…」
表の歴史事情では、エイリアス王家が高潔さを失い、いかに堕落したかということが事細かに書かれている。
真相を知る者は、誰もいない。その時の証人は全て闇へと消えてしまったのだ。
「その時ファルケンは今の国王に尽力し、毒を扱うことで自身の価値を高めていき…女神神殿そのものをそっくりそのまま乗っ取ることに成功しました」
自身の生涯をかける知識を守り、あわよくば神殿の力を掌握しようとした…彼の思惑が全て合致したというのは、今のフォスターチの力を見れば明らかだった。
「錬金術による研究方法やその過程は、女神神殿的に言うと、道理に外れているものです」
「道理に外れる?」
その問いの答えはユリウスでではなく、アードラが答えた。
「女神アロンダイトの道理が愛と恵と生あるものすべての許しだとしたら、錬金術や魔法の道理は死と破滅、それによる再生だ」
「死と破滅…それによる、再生?」
「元々女神さまが使っていたのも魔法なのに…矛盾しているよね」
言いながら、アードラは人の姿に変える。
「大いなる意志、という言葉を知っている?二人とも」
かつてよく知る人物の姿を見て、ユリウスはさっと視線を外し、答えた。
「…【大いなる意志】という言葉は、錬金術師たちが使う理の名前と聞いたことがありますが」
「それは…神なのか?」
ヘルトが聞くと、アードラは静かに首を左右に振る。
「この世界では、神を指す言葉はアロンダイトの名をあげるだろうけど…これは、神ではなく、目に見えない事象の流れの意志によってもたらされる法則と摂理のことを指す。運命とか、宿命とかそういうもの」
「運命…」
「ファルケンはそれを自分の手で支配しようとしているのかもしれないね。…ご苦労なことだ」
アードラの知る限り、ファルケンは自らを【アップデータシステム】と名乗っていた。
「目に見えない…と言えば、結局【影】というのはどんな役割を持っている?ファルケンはその影を操り、カサンドラを二度も襲った。…理由があるんだろう?」
「私も祖父の研究文書を読んでの知識にすぎませんが、【影】は見えざる者で唯一物理的でもあり、心理的概念であり、正体が明らかな物である、と祖父は考えて居たようです」
「さっきの大いなる意志とやらに似ているようだが」
「正直に言うと、一度祖父の研究論文を読んでみただけでは、その全てを理解することは出来ませんでした」
それほどまでに、長年の執着が垣間見える程綿密な根拠と原理が研究文書に記されていた。
「女神神話において【影】は悪意であり、女神が討つべき権化である。つまりは【悪】とされていますので…そういう面においても錬金術は【悪】と認識されてしまったのでしょう」
「…頭が痛くなる話だ。それで…ユリウス」
「アードラ?」
「この館の二階…もしかして、ファルケンの錬金術の研究書庫だったんじゃない?」
「…その通りだ。」
この館の二階へ上がる階段は朽ち果てている。
しかし、いくら年月が経っていると言っても、外観や中身の様子と比べて、こんなに早く階段だけ朽ち果てるというのは、どこかおかしい。
と、なると誰かが故意に壊したという可能性が浮上してくる。
「ただ、壊すだけなら館ごとなくせばいいものを。誰にも二階へ行けないようにしてわざわざ残すということは、何か理由があるはずだと思ったんだ」
「わかった。…二人はどうする?」
「…一つ、提案をしたいのだが」
「ヘルト殿?」
すると、ヘルトはアードラをじっと見つめた。
「え…な なに?」
「鷹。お前は簡単に人から動物へと姿を変えられるが…」
「うん…そりゃ、まあ」
「なら、俺たちも何かに姿を変えることはできないか?」
思いがけない提案に、アードラもユリウスも固まった。
そして、同時に「は?」と言ったのだった。




