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第8話 「茨姫の誕生日」

 「そういえばさ、お兄ちゃん」


 昼食後、のんびりとお茶を飲んでいた俺に、妹の由美利が突然話しかけてきた。


 「――お兄ちゃんって、御影学園の氷室透華さんと知り合いなんでしょ?」


 「ぶふっ!」


 思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになる。


 「な、なんでそんな話になんだよ……?」


 妹の勘の鋭さは、俺の知る限り天才的なレベルに達している。迂闊な反応をすると面倒なことになる。慎重に行かないと……。


 由美利はじっと俺の顔を見つめ、ニヤリと笑う。


 「だって、お兄ちゃん、最近ちょっと雰囲気変わったからね〜。しかもさ、学校でも“茨姫と親しげに話してるやつがいる”って噂になってるんだよ?」


 「……マジかよ」


 知らんうちにそんなことになってたのか。

 でもそれだけで俺と透華を結び付けたのか……?

 勘がいい……にしても流石に良すぎな気がする。


 ……いやよく考えたら確かに透華とは“友達になるための練習”とか言ってファミレスに行ったりしたがそこからどこからか経由で情報が漏れたんだろうな。

 

 そんな感じだと信じたい。

 これでもしも妹が俺をストーキングしてたりしてたら今までの勘の良さの裏にはこのようなたゆまぬ努力が隠されていた、と納得はするがその行為自体に納得は到底できない。さすがに怖いよ、お兄ちゃん。


 そんな俺の心配をよそに妹は続けた。


 「でね、その氷室透華さん、もうすぐ誕生日なんだよ」


 「……え?」


 俺は思わず顔を上げた。


 「氷室透華の誕生日?」


 「うん、たしか今週末だったかな? 何かするの?」


 「……いや、別に」


 「ふーん?」


 俺の言葉を聞いて、由美利はにやにやしたままお茶を飲む。


 (誕生日、か……)


 そういえば、透華って誕生日を祝ってもらったことがあるのか?


 家族とは仲が悪いわけじゃなさそうだけど、彼女自身の言動を思い返すと、今はあまり交流がなさそうにも見える。


 それに、“茨姫”なんて呼ばれてるくらいだし、友達がいないことも自分で言っていた。


 (もしかして……誕生日を祝ってもらう機会もないのか?)


 気になった俺は、スマホを取り出し、透華にメッセージを送ってみることにした。


「お兄ちゃん誰に連絡するのー?」


 そんな携帯をいきなり取りだした俺に妹がニヤニヤしながら尋ねてくる。


「別になんでもねぇよ」


 そういうものの由美里のニヤニヤは止まらない。


「ふーん?」


「なんだよ」


「……まぁいいや、またなんか進展あったら教えてね〜。なにかお困り事があったら力になるからさっ」


 そう言ってぱっちりとウインクを決める由美里。


「うっせぇ……でもありがとな」


 一応妹なりに兄のことを気にかけてくれてるのだろう、そう思い感謝の気持ちを伝えるながら俺は自分の部屋に行こうと立ち上がった。

 すると妹はまたもやニヤニヤし始めた。


「ええー!お兄ちゃんやけに素直じゃん。可愛い〜」


「……うっせえ!」


 ありがとうとかいうんじゃがなかったあ……。



 ******


 



 スマホの通知音が鳴る。


 私――氷室透華は課題を終わらせ休憩中、何気なく画面を見ると——それは悠斗からのメッセージだった。


『透華って誕生日いつ?』


 「……?」


 思わず眉をひそめる。


 なぜ、いきなりそんなことを聞いてくるのだろうか。

 特になんの脈絡もなかったはずだ。


 少しどう返事をしようか迷ったが、適当に返信することにした。


『もうすぐよ。どうして?』


 悠斗からすぐに返信が返ってくる。


『いや、誕生日って祝ってもらうもんじゃん?』


 その言葉を見て、一瞬だけ指が止まる。


 ——誕生日は、祝ってもらうもの。


 いつ誰がそんな決まりを決めたのだ。

 昔はそうだった。幼い頃は、両親たちがケーキを用意してくれたり、プレゼントをもらったりしたこともある。


 でも、大きくなるにつれて、そういったことは次第に減っていった。


 今はもう、特に誕生日だからといって、その日が誕生日だ、と言うだけだ。それ以外でもなんでもない。

 プレゼントだったり友達との誕生日パーティーであったり……そんなことは何もない。


 少しだけ迷いながら、メッセージを打つ。


『昔は家族に祝われていたけど、今は特に何もないわ』


 何も思ってなかった、何も考えずに言葉を打って送信ボタンを押した……それだけなのに。

 なぜだか分からないが送信した後、自分でも驚くほど胸の奥がモヤモヤとした。


 別に、寂しいとか思っているわけではない。

 ……たぶん。

 

 しかしそんなモヤモヤをこじらせる暇もなく悠斗からの返信は、すぐに届いた。


『じゃあ、俺が祝ってやるよ』


 「……は?」


 思わず声が出てしまい、スマホを持つ手が固まる。


 ——私の誕生日を、悠斗が祝う?


 何を言っているのか、すぐには理解できなかった。


『別に、いいわよ……』


 そう打ち込んで送信する。でも、なぜかすぐにスマホを置くことができなかった。


 なぜ、こんなにドキドキしているの?


 「……っ」


 慌ててスマホを置き、深呼吸をする。


(落ち着きなさい、氷室透華。これはただの“貸し借りのない関係”としての行動よ)


 そう、これは特別なことじゃない。悠斗はただ「友達として」祝おうとしているだけ。


 なのに——


 どうして、こんなに胸が温かくなるの?


 しばらくして、スマホが再び震えた。


『いや、決まりな。誕生日、楽しみにしとけよ』


 悠斗の、どこまでも軽いノリの言葉。


 でも、なぜかそれが心地よかった。


 『……わかったわ』


 スマホを見つめながら、私は無意識に小さく呟いてしまう。


「……バカじゃないの?」


 でも、そんな自分の声には、どこか不思議とそして嬉しさが滲んでいた——。



 


 ******



 


 

 透華からの最後のメッセージを見て、俺はニヤッと笑った。


(ふっつーに喜んでるじゃねぇか)


 透華は多分、誕生日を祝われることに慣れていない。だから、どう反応すればいいのか分からなかったんだろう。


 でもまあ、あの反応を見る限り……祝ってほしくないわけじゃなさそうだし?


 「さて、どうやって祝うか……」


 俺はスマホを置き、考えを巡らせる。


(せっかくだし、ちゃんとしたプレゼントも用意するか?)


 どうせなら、透華が本当に喜ぶものを渡したい。


 ……でも、そもそも、こいつって何が好きなんだ?


 今回は自分の力でプレゼント選び頑張ってみるか。最悪無理なら由美里に土下座でご教授願うことにしよう。


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